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祖母、母、私の幸福論 1
しおりを挟む尾籠な話になり恐縮なのだが、人生の八十年近く和式トイレ一筋(その半分以上はポットントイレだ)で過ごしてきた祖母は、家のトイレを洋式に改装する事にずっと反対で、工事後もしばらく不機嫌だったそうだ。が、しばらく使っているうちに文句は出なくなったという。
若い時に無理を重ねた割には、というのか年がいっても動いてたお陰で、というのか。父がバリアフリーにリフォームしたトイレで、祖母は最後まで自分で用を足すことができた。
たまにトイレに間に合わないことがあったそうだが、失敗した洗濯物は自分で洗って干していたという。
亡くなる二日前から、それが風呂場に放置されるようになった。母の方は「そのうちおしめか」と覚悟したと言うが、最後まで下の世話にならなかったのは悪し様に言っていた母への意地だったのか、最後の優しさだったのか。
亡くなる当日、祖母は昼食に母のいつもの鳥蕎麦を平らげると、洗い物をしていた母の背中に一言、
「ご馳走様。美味え蕎麦だった」
と言ったそうだ。
驚いたのは母だ。嫁いで四十年近く、何千食(いや、ひょっとしたら万単位か?)と作って出した料理を、一度として褒められた事などない。
思わず振り向いた母に、いつもの調子で「どっこいしょ」と立ち上がり、台所を出て行こうとする祖母の丸い背中が見えた。
「歳っコとって丸くなってきたんだベぇが」
そんな事を考えながら目を離した瞬間、祖母は唐突に生涯を終えた。
「やはりどこか調子が悪かったのかもしれない」
母は回想しながらしんみりと言った。
祖母の死を母がどう捉えているのか気になっていた。それがたとえ、看取った達成感や開放感だとしても何も言えた義理ではないのだが、単純に家族の死が悲しいとか寂しいとか、そういったシンプルな感情だけなのかもしれない。
我が子や孫だというだけで見返りを求めずに無限の愛情を注ぎ続けることも、誰かを心底憎まずに赦し続けることも、どちらも本当に難しい。だからと言って憎み続け、怨み続けるにはその数十倍もの負のエネルギーが要る。
きっと母は幸せな人なのだろう。
祖母は自分の人生を幸せだと思っていただろうか?
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