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第2章
Ghota's side 8
しおりを挟む寝室に仕掛けた隠しカメラの映像を見ながら、回復を待った。
中途半端に近づくのは怖かった。
あんなことをした後で、どんな顔をしたらいいのか、わからない。
何と言って、会ったらいいのか。
目をあわせることさえできないかもしれない。
それでも、見つめていたかった。
注意深く姿を隠しながら、豪太は彼を見つめ続けた。
それは、破局かもしれなかった。
自分も蒼のように、捨てられるのかもしれない……。
けれど心のどこかに、甘えがあった。
受け容れてもらえるかもしれないという、甘えが。
部屋に閉じ込め、監視カメラまで使っていたというのは、紛れもない事実だ。
言われるまでもない人権侵害、医療行為などというのは、言いわけだ。
部屋を訪れるのは、いつも、あの人が深く眠り込む時間だ。
冷蔵庫の経口補水液には、小堺の処方してくれた睡眠薬が混ぜてあった。
もちろん、触れるつもりはなかった。
でも、ちょっとのぞくだけならいいだろうと思った。
あの人は、ぐっすり眠っている。
ここに連れてきた時の、あの、死んだような眠りとは違って、穏やかな、血の気の通った顔をしていた。
きれいだと思った。
名前で呼んでみた。
もちろん、返事はない。
本当は、ちゃんと起きている時も、名前で呼びたい。
苗字じゃなくて。
でもそんなことしたら、きっと、この人は激怒する……。
怒っているのもかわいい。けど、どうしても、名前で呼びあう仲になりたい。
だから、慎重にことを運ばなければ。
結局、眺めるだけではだめだった。
頬をなで、目じりに軽く口づけた。
我慢できなくて、唇にキスをした。
柔らかく、優しい唇だ。
この唇からどうして、あんな辛辣な言葉が飛び出してくるのか、本当に不思議だった。
そんな風にして避け続け、それでも、手元に置いておきたかった。
ただただ、見つめる為に。
あの人の名で辞表を作り、パワーネット社に、勝手に送り付けてやった。
目が覚めれば、きっと、怒り狂うに違いない。
構わなかった。
手放さない。
絶対に絶対に。
ただ、それだけだ。
あの日。
あの人は、乱暴なやり方で豪太を呼びつけた。
パソコンに転送された映像が歪み、途絶えた。監視カメラが外されたとすぐにわかった。
あれから初めて、目覚めているあの人と会うのだ。
胸が高鳴った。
それなのに。
あの人は、仕事に行きたいとしか言わない。
自分とのことは、まるで忘れてしまったかのように。
かっとした。
初めて抱いた男は、気高く傲慢で、いやらしかった。
とうとう捕まえた、と思った。
もう離さない。
この男を愛している、と、心の底から思った。
目を覚ましたら、確かに捕まえたはずの男は、腕の中から消えていた。
そんなはずはない。
そんなはずはないのに。
玄関ドアには、あざ笑うかのように、鍵が突き刺さったままになっていた。
「くそっ!」
小声で毒づく。
裸足のまま外廊下に飛び出した。
もちろん、男の姿はもう、そこにはなかった。
通信会社は、その日のうちに解約された。
電話もメールも繋がらなくなった。
それでも、豪太は楽観していた。
なぜなら、あの人の住処を知っているから。
弁護士だけでは食えず、探偵業に手を染めていたのが役に立った。
尾行など、お手の物だ。
だが、その日は仕事が入っていた。
翌日、彼のマンションを訪れた時には、すでにそこは、もぬけの殻だった。
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