7 / 41
1 悪役令息
7.泣き喚く泥の塊
しおりを挟む
「来たか、サハル。でかしたぞ」
宮殿では、病気のはずの兄帝ダレイオが上機嫌だった。
「結婚式を取り止めたそうではないか。さすがわが弟! よくやった」
意味不明なことを口走っている。
俺は肩で息を切らせた。
ここまで全速力でやってきたのだ。息も切れようというものだ。
緑色の肌を持つ王位継承者は、白魔法の使い手だ。対して白い肌の俺は、土属性で、土魔法を使役する。
エメドラードは山岳国家だ。式場となった山からここまで、俺はトンネルを掘るように周囲の山の山腹をくりぬいて、宮殿まで帰って来た。それしか、ジョルジュ王子を撒く方法はなかったのだ。インゲレ国の王子だけあって、彼の馬は、素晴らしい駿馬だった。だが、今頃は、起伏の多いエメドラードの山道で息を切らせていることだろう。
「エルナは?」
肩でぜいぜいと息を切らせ、尋ねる。
ジョルジュ王子の出現で、驚いたエルナは結婚式の途中で姿を消してしまった。彼女の行く先は、ここしかない。辺境に実家のあるエルナには、王妃である姉しか、頼れる人はいないのだ。
「さあ?」
ダレイオが首を傾げる。とぼけているようにしか見えなかった。
「兄上、タビサはどこだ」
ダレイオがとぼけているからには、エルナはタビサの部屋にいるのは間違いない。理由はわからないが、夫婦で彼女を俺から隠しているのだ。
だが、やっと手に入れた掌中の珠を、失うわけにはいかない。俺のせいで、あんなに辛い思いをさせたのだから、なおさらだ。
「王妃か? 私室におるのではないか?」
あいかわらずすっとぼけている。腹の底がしんと冷えた。やっぱりだ。やっぱり兄は、何か隠している。
「なぜ、俺からエルナを隠す?」
「隠してなどおらぬ。それよりどうしてそこまでエルナにこだわるのだ? お前は、彼女との結婚に異議を唱えたと聞いたぞ」
「はあ?」
いったいどういう伝言ゲームだ?
「本当は俺も、この結婚には反対だったのだ。だから、式には出席しなかった」
「兄上!」
「だが、愛する弟のことだ。好きにさせてやろうと決意したのだ。お前の目が覚めて、本当に良かった」
「何を言うんだ、ダレイオ!」
「破談は正しい判断だと思う。さすがわが弟だ」
「破談になんかしてない! 俺は彼女を決して手放さないぞ!」
我を忘れて叫ぶ。兄は哀れむように俺を見た。
「お前は、エルナの正体を知らぬのだ」
そこで急に、卑猥な顔になった。
「あの女は、淫乱だ。到底、お前には扱い切れまい」
俺は激怒した。
「いくら兄でもあっても、王であっても、エルナを侮辱する者は許さねえぞ!」
「事実を言っているまでだ。あれは猥雑で淫らな女よ」
全身がぶるぶると震え出した。ダレイオに殴り掛かりたくてたまらない。けれど、まずはエルナだ。ダレイオがここまで言うからには、彼女は、姉のタビサの部屋にいるのに間違いない。
無言でくるりと向きを変え、俺は、謁見室から出て行こうとした。
「待て、サハル。どこへ行く」
「決まってる。エルナのところだ。彼女はタビサの部屋にいるはずだ」
「ほほう。その泥まみれの格好で、王妃の部屋へ闖入すると?」
言われて俺は改めて、全身を眺め渡した。
確かに泥だらけだ。山々の山腹にトンネルを突貫で掘り抜いてきたのだから、無理もない。
「両足もひどいことになっているではないか」
その時、俺の両足から、泥の塊がぼろり、ぽろりと落ちた。怒りのあまり震えたからだろう。
「おじちゃま?」
「ちちうえ~」
「うへえ。泥がしゃべった」
さすがのダレイオも後じさった。
「泥ではない。一つは、お前の息子だ!」
言い置いて、くるりと向きを変えた。
泥の塊がふたつ、ついてこようとする。
「おじちゃま~~~」
「ちちうえ~~~」
泥がふたつ、両手(?)を広げて抱き着いてこようとする。
「女官長!」
大声で俺は呼ばわった。
「はいぃぃぃーーーっ!」
年配の女官がすっ飛んで来た。
「こいつらを風呂に入れろ。風呂が無理なら、井戸にでもつけておけ」
なおも俺を追って泣きわめく二つの泥の塊を見て、女官長は目を丸くした。
宮殿では、病気のはずの兄帝ダレイオが上機嫌だった。
「結婚式を取り止めたそうではないか。さすがわが弟! よくやった」
意味不明なことを口走っている。
俺は肩で息を切らせた。
ここまで全速力でやってきたのだ。息も切れようというものだ。
緑色の肌を持つ王位継承者は、白魔法の使い手だ。対して白い肌の俺は、土属性で、土魔法を使役する。
エメドラードは山岳国家だ。式場となった山からここまで、俺はトンネルを掘るように周囲の山の山腹をくりぬいて、宮殿まで帰って来た。それしか、ジョルジュ王子を撒く方法はなかったのだ。インゲレ国の王子だけあって、彼の馬は、素晴らしい駿馬だった。だが、今頃は、起伏の多いエメドラードの山道で息を切らせていることだろう。
「エルナは?」
肩でぜいぜいと息を切らせ、尋ねる。
ジョルジュ王子の出現で、驚いたエルナは結婚式の途中で姿を消してしまった。彼女の行く先は、ここしかない。辺境に実家のあるエルナには、王妃である姉しか、頼れる人はいないのだ。
「さあ?」
ダレイオが首を傾げる。とぼけているようにしか見えなかった。
「兄上、タビサはどこだ」
ダレイオがとぼけているからには、エルナはタビサの部屋にいるのは間違いない。理由はわからないが、夫婦で彼女を俺から隠しているのだ。
だが、やっと手に入れた掌中の珠を、失うわけにはいかない。俺のせいで、あんなに辛い思いをさせたのだから、なおさらだ。
「王妃か? 私室におるのではないか?」
あいかわらずすっとぼけている。腹の底がしんと冷えた。やっぱりだ。やっぱり兄は、何か隠している。
「なぜ、俺からエルナを隠す?」
「隠してなどおらぬ。それよりどうしてそこまでエルナにこだわるのだ? お前は、彼女との結婚に異議を唱えたと聞いたぞ」
「はあ?」
いったいどういう伝言ゲームだ?
「本当は俺も、この結婚には反対だったのだ。だから、式には出席しなかった」
「兄上!」
「だが、愛する弟のことだ。好きにさせてやろうと決意したのだ。お前の目が覚めて、本当に良かった」
「何を言うんだ、ダレイオ!」
「破談は正しい判断だと思う。さすがわが弟だ」
「破談になんかしてない! 俺は彼女を決して手放さないぞ!」
我を忘れて叫ぶ。兄は哀れむように俺を見た。
「お前は、エルナの正体を知らぬのだ」
そこで急に、卑猥な顔になった。
「あの女は、淫乱だ。到底、お前には扱い切れまい」
俺は激怒した。
「いくら兄でもあっても、王であっても、エルナを侮辱する者は許さねえぞ!」
「事実を言っているまでだ。あれは猥雑で淫らな女よ」
全身がぶるぶると震え出した。ダレイオに殴り掛かりたくてたまらない。けれど、まずはエルナだ。ダレイオがここまで言うからには、彼女は、姉のタビサの部屋にいるのに間違いない。
無言でくるりと向きを変え、俺は、謁見室から出て行こうとした。
「待て、サハル。どこへ行く」
「決まってる。エルナのところだ。彼女はタビサの部屋にいるはずだ」
「ほほう。その泥まみれの格好で、王妃の部屋へ闖入すると?」
言われて俺は改めて、全身を眺め渡した。
確かに泥だらけだ。山々の山腹にトンネルを突貫で掘り抜いてきたのだから、無理もない。
「両足もひどいことになっているではないか」
その時、俺の両足から、泥の塊がぼろり、ぽろりと落ちた。怒りのあまり震えたからだろう。
「おじちゃま?」
「ちちうえ~」
「うへえ。泥がしゃべった」
さすがのダレイオも後じさった。
「泥ではない。一つは、お前の息子だ!」
言い置いて、くるりと向きを変えた。
泥の塊がふたつ、ついてこようとする。
「おじちゃま~~~」
「ちちうえ~~~」
泥がふたつ、両手(?)を広げて抱き着いてこようとする。
「女官長!」
大声で俺は呼ばわった。
「はいぃぃぃーーーっ!」
年配の女官がすっ飛んで来た。
「こいつらを風呂に入れろ。風呂が無理なら、井戸にでもつけておけ」
なおも俺を追って泣きわめく二つの泥の塊を見て、女官長は目を丸くした。
11
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,8時,12時,18時,20時に2話ずつ更新
王太子殿下は悪役令息のいいなり
一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼不定期連載となりました。
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる