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第一部 宰相家の居候

147 ロッピア(2)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 すぐにこちらに来ると言われてしまえば、目の前の手作り石鹸のお店の品物を、見てはいても気がそぞろになる。

 オークやブナの木灰と、オリーブ油と雨水を使うと言う、クヴィスト公爵家領地下で作られた石鹸の話は、とても興味深いのだけれど。

「…こちらアンジェスの石鹸は、デザイン性に富んだ物が多いようだ。とても興味深い」
「!」

 昨日、真横で聞いたテノールボイスが再び近くに聞こえてきた。

 私は場所を譲ると言ったていを装って、一歩引いて〝カーテシー〟を見せた。

 気のせいじゃなく、お店の周りにいた人たちが遠まきになった。
 うん、思い切り営業妨害ですね、ごめんなさい。

 最初は銀細工でも見ていた方が良いかと思ったら、エドヴァルドに「今以上、無闇に刺激をするな」と止められたのだ。
 そう言えば、銀相場に関してはエドヴァルドが影から何やら動いていたんだっけ。

 過去のキヴェカス家絡みの一件から、クヴィスト公爵家とはあまり昵懇ではないらしいので、これはこれで意図的にここにいるんだろうけど、石鹸屋さんに罪はないんじゃなかろうか。

 あとでいくつか買ってあげようと決めた。

「これはこれは、聖女の姉殿では?昨晩は妹君と一曲踊らせて貰ったが、その際に貴女の事は聞いた。妹思いの素敵な姉だと」

「―――」

 返事をする前に、全身に鳥肌がたった。
 そう見えるよう、自分で誘導したにしろ、いざ面と向かって言われると、あり得なさすぎて寒気が走ってしまった。

 私は何とか顔が痙攣ひきつるのを悟られないようにと、なるべく深々と頭を下げて〝カーテシー〟の姿勢をとった。

「昨晩は夜会に不慣れな妹にご厚情を賜り感謝に堪えません。仰る通りわたくしが当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟マナ・ソガワの姉、レイナ・ソガワにございます。妹が明日、貴国に伺わせて頂くのを楽しみにしておりました。どうぞ宜しくお願い致します」

 一見丁寧な礼をとっているようで、実際には私は、妹の名を楯に、自分の名前以上の情報を一切渡していない。

「……本当に、妹思いの姉殿だ」

 恐らくは、それと察したエドベリ王子の表情は、笑顔の裏で歪んでいるような気がした。
 目は口程に物を言うとは、よく言ったものだなと思う。

「少し、聞きたい事があるのだが」
「では、広間の中を歩きながらでも宜しいですか?これ以上はお店の方のご迷惑かと」

 表面上はにこやかなままの私に、エドベリ王子も、周囲の目も加わって、強く出られなかったのだろう。
 お店の店主に「大変失礼した」と声をかけて、他のお店を見て回る風を装って、歩き始めた。

 エドヴァルドは、王子の護衛と同じように、私の少し後ろに付いてくれていた。

「……昨晩、聖女たる妹君から、貴女がシャルリーヌ嬢と個人的に親しいようだと聞いた」

 歩きだしてそれほどたたない内に、前を向いたまま、エドベリ王子の方からそんな風に話を振ってきた。
 、身分差を慮って私から口を開かないようにしているのだから、当たり前なんだけど。

「…そうですね、お茶会にお招きする程度には」

 そして「私は、聞かれていない以上のことは話しませんよ?」と言う立ち位置を明確にしておく。

「彼女からギーレン国の話は何か聞いているのだろうか」

 なのでエドベリ王子の方でも、ある程度は踏み込まざるを得ないと思ったようだった。

「そうですね……彼女が今、不信に陥っていると言う程度には」

 言外に、貴方も入ってますよー…と言う事を仄めかせてみれば、ピクリと王子のこめかみが痙攣ひきつったように見えた。

「彼女は、後ろにおられる宰相閣下との縁談があったとも聞いたが…男性不信と言う話とは、それでは一致しないな」

「国も変われば男性の考え方も変わるかも知れないと、一縷の望みがあったのかも知れませんね」

「貴女が嫉妬心から縁談を潰したのではないと?」

「たかが聖女の姉に、それほどの権限はございません。恐れながら殿下におかれましては、わたくしの事をかなり買い被っていらっしゃるかと」

「いや、悪気はないんだ。そうであったなら、宰相閣下の事は諦めてギーレンに戻るよう、改めて口添え願えないかと思っただけだ」

 …充分「悪気」じゃないかと思ったのは、私だけだろうか。

「ふふ…いえ、大変失礼致しました。もちろん、それでが幸せになれると確実にお示し下さるのであれば、宰相閣下との事がなくとも、喜んで口添えさせて頂きます」

 エドベリ王子の表情が強張り、後ろの護衛がギョッとした表情を見せた。

「…まるで彼女がギーレンに戻っても、幸せになれないかのように聞こえるな」

「まさか、とんでもございません!それだけ今、彼女が傷付いているのだとお分かり頂きたかっただけですわ。分不相応な事を申し上げました。この通りお詫び申し上げます」

 頭を下げた私の視界には、ギリリと握りしめられたエドベリ王子の拳が見えた。

「……殿下。これ以上はいらぬ噂の元となりますので、お控え願えますか。こと彼女に関しては、私の器もそれほど大きなものではないので」

 けれどエドベリ王子が何かを言う前に、私の視界にはエドヴァルドの後姿が割って入って来た。
 一応、まだ頭を上げて良いとエドベリ王子からは言われていない以上、私はそのままの姿勢を保っている。

「いらぬ噂?」

「彼女が殿下に無礼を働いて、頭を下げたと言うだけであればともかく、その理由が、殿下が彼女を口説こうとして、彼女が拒絶をした――などと邪推されでもしたら、殿では?」

「‼︎」

 エドベリ王子が息を呑んだのが、私にも伝わってきた。

 それはそうだ。
 シャルリーヌに誤解されでもしたら、エドベリ王子が国王陛下フィルバートと交わした『賭け』だって台無しになりかねない。

 アンジェスの残虐王――フィルバートの魔の手から救い出す、白馬の王子を気取りたいエドベリ王子には、そんな噂は致命的だ。

 さすが宰相閣下エドヴァルド、嫌なところを突くなぁ…。

「もっともそんな噂は私も許容が出来ないので、ここはお互い様と言う事で収めて貰えれば僥倖なのだが」

「「……っ」」

 いやいや宰相閣下!それだとこの青のドレスとの相乗効果で、タダの弾除けどころの話じゃなくなります!

 ――なんて事を、頭を下げた体勢で言えない私と、エドベリ王子それぞれが、同時に言葉に詰まってしまった。

「それと殿下、縁談は私自身が全て拒否をしていると、昨日も言ったかと」

 ブリザード!ブリザード抑えて下さい⁉︎と、内心で冷や汗ダラダラな私に気付いた様子もなく、王子と宰相は、どうやらしばらく睨み合っていたようだった。
 
「…陛下が仰っていた通り、随分とをされておいでのようだ。姉殿も、妹君とギーレンにお誘いする事も考えたが、今回は妹君だけとする方が良いらしい」

 私込みで、シャルリーヌを釣り上げるつもりだった、とかだろうか。
 王子の執念を見た気がする…。

「姉殿も、そこまでに。どうやら私も性急に事を進めようとし過ぎたようだ。いずれ改めて、姉殿とシャルリーヌ嬢を招きたいと思っている点は承知しておいて貰えるか」

「殿下。もそこまでに。元より明日は聖女のみを案内する予定で、それ以上も以下も、話す事もない」

 そして途中から、全く私が言葉を発する余地がないし、宰相閣下エドヴァルドはこの機に乗じて、オーグレーン家絡みの話を聞く気がない事も言い切っちゃった!

 歓迎式典と夜会の意味あったのかなぁ、これ……。
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