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第一部 宰相家の居候

163 陛下、もう喋りますよ?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「……お館様が、ギーレン国内で軟禁状態にある、と?」

  エドヴァルドが、ギーレン国王家からの強烈な「引き抜き」にあうと国王陛下から仄めかせられていた事と、既に〝転移扉〟に不自然な故障が生じて、エドヴァルドがすぐには戻って来られない状況が出来上がっている事とをまず告げると、ベルセリウス将軍の表情が険しく歪んだ。

 しかも「監禁」じゃなく「軟禁」と口にするあたり、こちらの話を正確に理解していると言って良かった。
 さすが、日頃は豪快でちょっと残念な感じでも、ファルコらと同じく、物騒な話には頭が良く回ると言う事なんだろう。

「この目で確かめられる事ではないので、100%とは言いませんけれど、現在のこの状況からすれば、ほぼ間違いないかと」

「まぁ確かに……お館様がギーレンでどれほどの地位を提示されているのかは分かりませんが、例え今と同じ宰相位以上だったとしても、頷かれる事はないでしょう。地位でなびかない、次点で女性でも靡かない。じゃあ何故…となれば、確かに『レイナ嬢がその最大の障壁』と言う思考に辿り着くと言うのも、頷けますね」

 ベルセリウス将軍の隣で、ウルリック副長もそう言って頷いている。

「障壁?攫っててがうって言うもあるだろう。お館様が、レイナ嬢以外に目もくれておいででないなら、尚更」

 無骨な言い方だけど、間違いじゃない。
 レイナ嬢に失礼でしょう!と、ウルリック副長が柳眉を逆立てている向かいで、私は片手を振った。

「良いです、良いです。気にしてないですから。将軍、私を攫ってギーレンに連れて行ったとしても、ギーレンサイドには何の旨味もないんですよ」

 そう言うと、防衛軍で参謀的立ち位置にいるウルリック副長には、言いたい事が分かったんだろう。僅かに顔をしかめていた。

 ベルセリウス将軍の方が「旨味?」と怪訝そうな表情を浮かべている。

「ええ。これがもし、私がアンジェスの王女の地位にでもあれば、駆け落ちしてきたとでも言えば、ギーレン側が『愛し合う二人の後ろ楯に!』とでも声高に主張が出来て、国内外に言い訳が立つし、国民からの反発も、ほぼ考えなくて良いんですけど。実際の私は、聖女の姉とは言え、どこをどうしたって平民の小娘ですから。私をギーレンに残したエドヴァルド様にてがったところで、愛妾以上の地位には置けないんですよ」

「……っ」

 あまりにも明け透けに言ったからか、ベルセリウス将軍は目に見えて動揺していた。

「そうなると、エドヴァルド様の隣、正室の地位は空席のまま。ギーレンの高位貴族間の間で、エドヴァルド様を取り込む為に娘を充てがおうとして、無駄に権力争いが起きるだけで、王家にとってはむしろ、邪魔でしかないと思いますよ?例えば私をどこかの高位貴族家に養子縁組させて、エドヴァルド様に充てがうなら、充てがうで、それってギーレンの王家には全く利点がありませんしね?」

「……だから殺されるかも知れないと思って、警戒を?」

「実際に殺すか『殺すぞ』ってエドヴァルド様に脅しをかける為に拉致監禁するかまでは分かりませんけど、まあ、そんな感じで警戒をしていました。ご丁寧に国王陛下が、エドヴァルド様は私に夢中だとか適当な事をエドベリ殿下に言っちゃって下さってるんで、確実にギーレンの王家からは敵認定されている筈です」

 いや、それは適当じゃないだろう…と、呟くファルコに、セルヴァンやウルリック副長が激しく頷いていたのは、私の視界からは見えなかった。

 この時は、本当にあの陛下フィルバートは余計な事を!と言う苛立ちが、私の周囲への観察眼を曇らせていた。

「そもそもギーレンの王家は、今の国王ベルトルド陛下が、第三夫人となるには身分が足りない愛妾待遇の女性に生ませた子に箔をつけたくて、その子をエドヴァルド様の正室にと目論んだ上での引き抜きをかけているらしいですから」

「……それも陛下が?」

 唖然としているベルセリウス将軍に、私は頷く事しか出来ない。

 本当は、エドヴァルドを引き抜いて自分の手柄にしたいエドベリ王子と、イルヴァスティ子爵令嬢とやらの地位を底上げしてやりたいと思っている国王陛下と、二重の思惑が絡んでいるらしいと仄めかせていたけど、そこまで今、説明する必要はないだろう。

「そこまで分かっていて何故…と思われるかも知れませんけど、さすがに陛下としても、ギーレンと正面切っての戦争をされたい訳ではないんですよ。商業貿易の分野でアンジェスに多少の分があるとは言え、単純な兵力だけならかなりの差がありますからね。無駄に意地を張れば、貴重な国の働き手を損なうだけだと承知していらっしゃる」

「それは…確かに……」

「ただギーレンだって、いくら兵力で有利だとは言っても、同じく国の働き手を損なうような戦い方は出来れば避けたい。兵力があるんだぞ、と匂わせながら自分たちの要望を通す。正面から攻めるのは、最終手段。まあ、大国だからこそ出来るやり方ですよね。そんな大国に、どうやって「ふざけるな、ウチの宰相をとっとと返せ!」と突き付けてやろうかと、陛下がお考えになられた結果、まあ……私をいらっしゃる訳なんですよ」

 ところどころに挟まれる敬語が、むしろ厭味だと言う事に、この場にエドヴァルドがいればきっと察してくれただろうに、今ここにいる皆さま方は、なるほどとでも言いたげに頷いただけだった。

 …誰か「普通はそんな大事な事を、たかが〝聖女の姉〟に任せたりはしない」とツッコんで下さい。

「レイナ様が『既成事実を狙われないように』って、薬やら食料やら罠やら、過剰なくらいの装備を旦那様の荷物に紛れ込ませていたのは、その、ギーレン国王の愛妾の娘に関する話があったからと言う事ですか……」

 合点がいったと言うように呟くセルヴァンに、私はハッと我に返った。

「ああ、うん、そう言う事。この前も言ったけど、エドヴァルド様がギーレンに出発するまでは余計な事は言うなって陛下から言われていたから、中途半端な話になっちゃってたのよ」

「いえ、充分に得心しました。それで今、それを話しても良いと判断されたのは……さっきのあの少年の事が原因でしょうか?」

「少年…かどうかはちょっと置いておいて、そこは合ってる。あの子が公爵邸ここに来たって言う事は、現状、どうあってもエドヴァルド様が向こうで首を縦に振らないから、手詰まりになって、私の様子を探るようにって言う指示が本国から飛んだって言う事の裏返しになるから」

「なるほど……ですがそれならば、あの子を押さえた事によって、レイナ様に手を出す事が事実上不可能と分かって、むしろ旦那様のお戻りが早まるのではないのですか?なぜ、ベルセリウス侯爵様に代行としてお残りいただくなどと――」

「うむ、そうだな。無論、残る事自体はやぶさかではないが、理由が今一つ釈然としない。自分で言うのも何だが、私があまり長く王都に留まれば、王宮に対し不穏な意志があるように受け取られかねんし、軍本部の方も、私を王都に人質にとって何かする気か!と騒ぎだしかねん」

 セルヴァンの疑問に、ベルセリウス将軍も同じように思っていたのか、質問を重ねてきた。

 当然の疑問と言えるけれど、私も困ったように肩をすくめる事しか出来なかった。

「一度や二度の拒絶で諦めるくらいなら、初めから引き抜きなんてかけないと思いますよ?むしろ更に頑なになって、帰国が遅れる可能性の方が高いと私も――陛下も、お考えですね」

「!」

 私の言葉に、その場の全員が絶句する。
 なので私も、更なる「国王陛下のお考え」を口にするしかなかった。

「だから陛下は、エドヴァルド様が引き抜きを蹴飛ばして、自力で帰国される事を早々に諦めて、私に『迎えに行って来い』と、手を回す事を決断されました」

 簡易型転移装置を貸してやるなどと、他にどんな意図があると言うのか。
 好きに使って良いなどと、絶対に嘘だ。

「迎えに行く……?レイナ様ご自身が、ギーレンに……ですか?」

 顔色が変わったセルヴァンに、私は曖昧に微笑んだ。
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