聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
119 / 785
第一部 宰相家の居候

【鷹の眼Side】ファルコの望郷(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「アルノシュト伯と距離を置いている工房や職人さんを何人か探しておいて貰えないかな?ギーレンのラハデ公爵領内にある銀細工のお店での研修話が出ているから、留学しませんか…って言う事で」

 そもそもギーレン国へは、出国の足止めをくらっていると言うお館様を帰国させる為に来た筈だった。

 さっと忍び込んで、さっと帰国させるだけかと思いきや、それでは帰国後に揉めると。国の規模が小さいアンジェスが不利になると、そんな事を言い始めて、次から次へとを打ち始めた。

 銀の市場に関しては、むしろお館様の方が、お嬢さんレイナを関わらせまいと、セルヴァンに命じて買い占めたり部分的に売りに出したりと、じわじわと関係する貴族の資産を目減りさせていて、しばらくお嬢さんはこっちの話には手は出せないだろうと、ハルヴァラ家の白磁器が新たに開発されるまでは、その状況が続くのだと、何とはなしにそう思っていた。

 ところが、本来であればイザクだけ潜入させておけば良い筈の王立植物園に自ら入り込んだ挙句、まるで植物の蔓の様にじわじわと各方面に伝手つてを伸ばし、最後には銀細工を生き残らせる為の「留学」の話やら、枯れ果てた土地の調査権までをぎ取ってきた。

 ――それは確実に、俺の為に打たれた一手だ。

 アルノシュト家の衰退や毒に塗れた土地を蘇らせる事は、長い目で見れば、イデオン公爵領にとっても利益となる話には違いない。

「アルノシュト伯を追い落として終わりじゃ、それぞれの土地に永遠に光は射さないからね」


 何よりも、それは全滅した村と亡くなった村人を弔う為の策なのだ。

 お館様は、俺とお嬢さんとの間で黙って「契約」を交わした事を、今でもあまり快く思ってはいない。
 当主として、自分が全て責を負えば良い事だと思っている。

 このお嬢さんも、それを分かっていながら、俺との「契約」を忘れてなどいないと、言葉ではなく結果で示してくるのだ。
 お嬢さんなりに、お館様に必要以上の負担をかけたくないと思っているからこそ。

「……ホント、アンタには敵わねぇよ……」

 全てお館様の為と分かっているからこそ、俺どころかイザク達も、自重を置き忘れてきたお嬢さんの行動に苦言を呈さない。

 出来れば公爵邸でじっとしていて欲しいと言う、お館様の心の内も、分からなくはないだけに、一応のは入れておくのだが。

「ファルコ」

 諜報活動の一環として、特定の噂を集める事もあれば、逆にばら撒く事もある。

 今回は、ギーレン王家がお館様を引き留めておけなくする為に、王家にとって都合の悪い噂をばら撒くとのお嬢さんの指示で、何故か公爵邸の侍女ラウラが、お嬢さんの着想から書き上げた渾身の作、恋愛小説の抜粋版の紙面とやらを、王都郊外の街で配り歩いた。

 ラウラに小説を書かせている事もそうだが、俺たちは俺たちで、紙面製作の為の植字作業とやらを手伝わされたりと、お嬢さんの場合は、本業以外の指示も多い。

 そして、卵白を混ぜさせられるなどと、その最たる被害者かも知れないイザクが、ある時こちらに声をかけてきた。

「ナリスヴァーラ城に、お館様の誘拐目的の賊が入り込んだらしい」
「何?」
「いや、フィトやナシオで事は足りたらしいから、今回は斥候だったんだろうと言う話なんだが」

 念の為目的を吐かせてみたところ、命を狙うと言うよりは、王家の別荘地に放り込んで、国王の愛妾の娘と既成事実を作らせるのが目的と言う事らしい。

「……もう、なりふり構っていられないとでも?」
「……まあ、基本の媚薬が俺の薬で効果を消されている以上は、そうなるのかも知れん」

 お館様の目が、お嬢さん以外に向くなどと有り得ないと分かっている俺やイザクは、無駄な足掻きと溜め息が出てしまうが、ギーレン王家の側は、そう言うワケにもいかないのだろう。

 襲撃人数が増えたら面倒だと、イザクと二人相談して、自分と洗脳が出来るルヴェックでも一時的にお館様の方へ移動しようかと話をまとめたところが、結果として、ハジェスも付いて来る格好になった。

 当初はゲルトナーも俺と移動する側との話だったらしく「流石に動かし過ぎだ。連絡要員が要るだろう」と言葉を挟んだところ、イザクが「俺もそう思ったから、ゲルトナーはこっちだと、お嬢さんに納得させた」と、何とも言えない声色の返事が返ってきた。

 イザクの内心を悟った俺も、思わず「ああ…」と何とも言えない呟きをそこで洩らしていた。

「お嬢さんならあっさりと、サタノフとシーグとお前が残れば良いだろう、くらいは言うか……」

 自分に出来る事と出来ない事の区別が明確であり、出来ない部分での無茶はしない。

 全幅の信頼を寄せられている事を喜ぶべきなのか、では誰も制止が出来ない事を嘆くべきなのかが、未だに微妙だ。

 ギーレンに着いたら姿を消してもおかしくないと思っていたシーグは、どういうつもりか未だにイザクあるいはお嬢さんに付く形で、自分の薬の研究に勤しんでいると聞く。

 もしかしたら、手ぶらでは帰りづらいからこそ、役に立つ薬でも開発したいのかも知れないが、その辺りはいざとなったらイザクが上手くやるだろう。

 俺はとりあえずイザクと離れて、ルヴェック、ハジェスと共にナリスヴァーラ城の方へと入った。

 なぜお嬢さんの傍を離れた、とお館様の目がこちらを睨みつけていたが、そこはもう、後日お嬢さんと二人でをしてくれとしか、俺らも言えなかった。

 ――そしてその日の夜に再びの侵入者が押しかけてきたあたり、相手側の焦りの程が知れた。

 王宮から付けられている護衛騎士にだって矜持があるだろうと、最初の内は手を出さずにいたのだが、その中に一人、相当に腕の立つ奴がいるとナシオからの連絡が飛んで来た為、途中からは俺がその侵入者を引き受ける恰好になっていた。

「つっ……!」

 王宮派遣の騎士達を、俺や相手の間合いから弾き出すにあたって、細身のナイフに似た暗器が頬を掠めたが、その程度は想定の内、その後は繰り出される刃を複数回避け、最後には渾身の一撃で、相手を壁まで蹴り飛ばした。

「いけね……加減忘れた」

 最近、オルヴォと相対する時くらいしか本気の蹴りを入れる事がなかった弊害だ。

 肋骨くらいは折れたかも知れないが、まあ死にはしないだろうと、開き直るより他はない。
 元より、非は侵入者にある。

「あれ?ファルコ、コイツって……」

 まずは気絶した侵入者達を縛り上げなくてはと、ハジェスが縄を片手に近寄ったところで、不思議そうに首を傾げた。

「どうした、ハジェス?」

「シーグ……は、お嬢さんの所に残った筈じゃ……?」

 壁際に崩れ落ちていた侵入者の髪を掴んだハジェスが、多少乱暴な手付きで、こちらに顔を見せるように引き上げている。

「………うん?」

 確かにそこに崩れ落ちていたのは、シーグによく似た顔を持つ、少年だった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。