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第二部 宰相閣下の謹慎事情
354 雪溶けは遠く(2)
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「お待たせして申し訳ない」
そんな声と共に部屋に戻って来たアズレート・ニコラエフ副ギルド長は、後ろに一人の青年を連れていた。
ヤンネと同じくらいか――少し上か。そんな感じだ。
「王都の不動産を管理している、イフナース・クィンテンだ。本人に面識があるかどうかはともかく、イデオン公はある程度その名で察しがつくのではないだろうか」
副ギルド長の言葉に、エドヴァルドが僅かに片眉を動かした。
「……すまないが、祖父はしばらく王宮に滞在する事になるだろう。それは聞いているか」
祖父?王宮?
エドヴァルドの言葉に首を傾げているのが私だけなところを見ると、副ギルド長もヤンネも、それが誰にあたるのかを既に知っているみたいだった。
「……あ」
不意に話が繋がった私の声は、小さく抑えた事もあって、幸い誰の耳にも届いていなかった。
そして、エドヴァルドから声をかけた…と言う建前が成立したので、言われた方も軽く頭を下げて口を開いた。
「お初にお目にかかります。イフナース・クィンテンと申します。お察しの通り、私の義理の祖父はテオドル・アンディション――閣下の領内にて、現在『侯爵』の称号を賜っているかと存じます」
アンディション侯爵が、一時的とは言え「大公」に復帰する事は、まだ公にはなっていない。
今回は、呼び出された当初から王宮に部屋を与えられている状態で、孫の婚家にはまだ立ち寄れていない筈だった。
(いつだったか、臣籍降嫁した娘の、更に娘が、王都の商業ギルドの幹部である青年と結婚して、王都内に邸宅を持っているって聞いた気が……)
「今回はもしかしたら立ち寄れないかも知れないが、自分が王都にいる事でトラブルに巻き込まれるといけないので、連絡だけは入れておく――との手紙を受け取っております」
さすがギルド職員と言うべきか、エドヴァルドに対し媚びる様子は一切見せずに、淡々と問われた事にのみ答えを返している。
エドヴァルドも、それが当然とばかりに「そうか」と頷いていた。
「今回は政治案件だ。その為に王宮の一室に留まって貰っている。だが仔細は私も把握しているから、王宮に連絡がしづらいようなら、イデオン公爵邸宛に連絡を入れてくれても構わない。一応それは伝えておく」
「かしこまりました、ご配慮ありがたく」
そして二人とも、それ以上の会話を広げるつもりはないと、ビジネスライクな雰囲気を醸し出しながら、アズレート副ギルド長へと視線を戻していた。
ギルドにおいては国王陛下以外、爵位には忖度しないとの不文律がある。
この場は副ギルド長の仕切りと、二人共が納得している――それはパフォーマンスだった。
副ギルド長も軽く頷いて「イフナース」と、声をかけた。
「さっき下でも少し話したが、工房や倉庫、貴族向けの個室スペースや馬車留めが確保出来る店舗物件――と言うのが、まずは基本だ。既に一軒は候補があるが、それ以外に勧められそうな物件があったら、幾つか抜き出してくれ。こちらはその間に登録を進める」
言いながら、この前見ていた空き物件と、契約更新がまだ未定な物件の書類の束を本棚から取り出している。
「77番だ」
「了解です」
書類の束を手渡されて、多分この前チェックしていた物件の分だと思われる番号を指定されたイフナースは、そのまま別テーブルに一人腰を下ろして、書類の束を紐解き始めた。
「イフナースは次期商業ギルド長候補の一人として、ベルィフのギルドで研修も終えている。任せておいて問題ない」
王都だろうと地方だろうと他国だろうと、ギルド長になる為には、生まれ育った国以外のギルドでの幹部研修が義務付けられていると、シーカサーリのオネェギルド長ことレノーイ・リーフェフットが言っていたのを思い出す。
なるほど現状、彼は王都商業ギルド内でも地位が高い、幹部に数えられると言う訳である。
後から聞いた事だけど、その研修の際に知り合ったのが、アンディション侯爵、もといテオドル大公のお孫さんらしい。
娘さんの方は、ベルィフの王の庶子で、宰相補佐として外交に来ていた官吏に一目惚れをして、半ば親を脅す様な形で臣籍降嫁をしたんだとか。
当時の情勢を思えば、なかなかに行動派の王女サマだったんだなと、感心せずにはいられない。
そして孫となるお嬢様の方は、代理でギルドに手紙を出しに行った際にイフナース青年と知り合い、祖父の故郷出身と言う事もあって、こちらも思い切り良く嫁いだらしい。
何でも婚姻の条件が、地域は問わないから、いずれギルド長になる事――だったそうで、彼は日々職務に邁進していると言う訳だった。
ギーレン王家じゃないけど、テオドル大公一家の物語も、いつか書けそうな波瀾万丈っぷりだ。
第三弾のネタとして、とっておこうかな……。
「先に〝ユングベリ商会〟の実店舗登録から始めようか。イフナースの選別が終わり次第、出て行ける方が良いだろう」
アズレート副ギルド長の声に、私は慌てて意識を現実の方に引き戻した。
うん、皮算用は後にしておかないとね。
エドヴァルドが、すっごい「何考えてる…?」みたいな疑わしげな表情になってるけど、ココは知らないフリ一択。
ユングベリ商会の名を訝しんでいるヤンネには、ボードリエ伯爵からの紹介で、ギーレンのベクレル伯爵夫人に名付けて貰ったと、多少…いや、かなり端折った説明をしておいた。
嘘は言っていない。
ただただ、説明を端折っただけ。
だって今、それ以上の説明は必要ないから。
宰相サマ、ため息溢さないで下さいね⁉︎まるで私の話が嘘みたいに聞こえちゃうんで!
「…ヤンネ、ボードリエ伯爵とギーレンのベクレル伯爵家が縁戚関係にあるのは間違いない。今この場でそれ以上の説明は出来ん。王宮が絡んでいる時点で察しろ」
私の内心が聞こえたのか、と言う様なタイミングで、エドヴァルドがヤンネの異論を封じた。
……圧力をかけた、とも言う。
事実しか言っていない筈なのに。
これ以上部屋の温度が下がる前に、話を進めよう、うん!
「副ギルド長」
「あ、ああ」
自分に向けられた言葉じゃなかったけど、副ギルド長も、ヤンネと一緒になって怯んでいた。
私に話しかけられて、慌てて咳払いをしている。
「このギルドカードの登録名って、変えられますか?えっと…商会名の話じゃなくて、このカードの持ち主の名前そのものなんですけど」
「…と言うと『レイナ・ソガワ』とここにある名前の事か?」
「はい。この際〝ユングベリ商会〟の商会長『レイナ・ユングベリ』を名乗れないかと。元々この国の貴族でも何でもないですし、変えて困る家名でもないですから」
ふむ…と、アズレート副ギルド長は、一瞬考える仕種を見せた。
「お待たせして申し訳ない」
そんな声と共に部屋に戻って来たアズレート・ニコラエフ副ギルド長は、後ろに一人の青年を連れていた。
ヤンネと同じくらいか――少し上か。そんな感じだ。
「王都の不動産を管理している、イフナース・クィンテンだ。本人に面識があるかどうかはともかく、イデオン公はある程度その名で察しがつくのではないだろうか」
副ギルド長の言葉に、エドヴァルドが僅かに片眉を動かした。
「……すまないが、祖父はしばらく王宮に滞在する事になるだろう。それは聞いているか」
祖父?王宮?
エドヴァルドの言葉に首を傾げているのが私だけなところを見ると、副ギルド長もヤンネも、それが誰にあたるのかを既に知っているみたいだった。
「……あ」
不意に話が繋がった私の声は、小さく抑えた事もあって、幸い誰の耳にも届いていなかった。
そして、エドヴァルドから声をかけた…と言う建前が成立したので、言われた方も軽く頭を下げて口を開いた。
「お初にお目にかかります。イフナース・クィンテンと申します。お察しの通り、私の義理の祖父はテオドル・アンディション――閣下の領内にて、現在『侯爵』の称号を賜っているかと存じます」
アンディション侯爵が、一時的とは言え「大公」に復帰する事は、まだ公にはなっていない。
今回は、呼び出された当初から王宮に部屋を与えられている状態で、孫の婚家にはまだ立ち寄れていない筈だった。
(いつだったか、臣籍降嫁した娘の、更に娘が、王都の商業ギルドの幹部である青年と結婚して、王都内に邸宅を持っているって聞いた気が……)
「今回はもしかしたら立ち寄れないかも知れないが、自分が王都にいる事でトラブルに巻き込まれるといけないので、連絡だけは入れておく――との手紙を受け取っております」
さすがギルド職員と言うべきか、エドヴァルドに対し媚びる様子は一切見せずに、淡々と問われた事にのみ答えを返している。
エドヴァルドも、それが当然とばかりに「そうか」と頷いていた。
「今回は政治案件だ。その為に王宮の一室に留まって貰っている。だが仔細は私も把握しているから、王宮に連絡がしづらいようなら、イデオン公爵邸宛に連絡を入れてくれても構わない。一応それは伝えておく」
「かしこまりました、ご配慮ありがたく」
そして二人とも、それ以上の会話を広げるつもりはないと、ビジネスライクな雰囲気を醸し出しながら、アズレート副ギルド長へと視線を戻していた。
ギルドにおいては国王陛下以外、爵位には忖度しないとの不文律がある。
この場は副ギルド長の仕切りと、二人共が納得している――それはパフォーマンスだった。
副ギルド長も軽く頷いて「イフナース」と、声をかけた。
「さっき下でも少し話したが、工房や倉庫、貴族向けの個室スペースや馬車留めが確保出来る店舗物件――と言うのが、まずは基本だ。既に一軒は候補があるが、それ以外に勧められそうな物件があったら、幾つか抜き出してくれ。こちらはその間に登録を進める」
言いながら、この前見ていた空き物件と、契約更新がまだ未定な物件の書類の束を本棚から取り出している。
「77番だ」
「了解です」
書類の束を手渡されて、多分この前チェックしていた物件の分だと思われる番号を指定されたイフナースは、そのまま別テーブルに一人腰を下ろして、書類の束を紐解き始めた。
「イフナースは次期商業ギルド長候補の一人として、ベルィフのギルドで研修も終えている。任せておいて問題ない」
王都だろうと地方だろうと他国だろうと、ギルド長になる為には、生まれ育った国以外のギルドでの幹部研修が義務付けられていると、シーカサーリのオネェギルド長ことレノーイ・リーフェフットが言っていたのを思い出す。
なるほど現状、彼は王都商業ギルド内でも地位が高い、幹部に数えられると言う訳である。
後から聞いた事だけど、その研修の際に知り合ったのが、アンディション侯爵、もといテオドル大公のお孫さんらしい。
娘さんの方は、ベルィフの王の庶子で、宰相補佐として外交に来ていた官吏に一目惚れをして、半ば親を脅す様な形で臣籍降嫁をしたんだとか。
当時の情勢を思えば、なかなかに行動派の王女サマだったんだなと、感心せずにはいられない。
そして孫となるお嬢様の方は、代理でギルドに手紙を出しに行った際にイフナース青年と知り合い、祖父の故郷出身と言う事もあって、こちらも思い切り良く嫁いだらしい。
何でも婚姻の条件が、地域は問わないから、いずれギルド長になる事――だったそうで、彼は日々職務に邁進していると言う訳だった。
ギーレン王家じゃないけど、テオドル大公一家の物語も、いつか書けそうな波瀾万丈っぷりだ。
第三弾のネタとして、とっておこうかな……。
「先に〝ユングベリ商会〟の実店舗登録から始めようか。イフナースの選別が終わり次第、出て行ける方が良いだろう」
アズレート副ギルド長の声に、私は慌てて意識を現実の方に引き戻した。
うん、皮算用は後にしておかないとね。
エドヴァルドが、すっごい「何考えてる…?」みたいな疑わしげな表情になってるけど、ココは知らないフリ一択。
ユングベリ商会の名を訝しんでいるヤンネには、ボードリエ伯爵からの紹介で、ギーレンのベクレル伯爵夫人に名付けて貰ったと、多少…いや、かなり端折った説明をしておいた。
嘘は言っていない。
ただただ、説明を端折っただけ。
だって今、それ以上の説明は必要ないから。
宰相サマ、ため息溢さないで下さいね⁉︎まるで私の話が嘘みたいに聞こえちゃうんで!
「…ヤンネ、ボードリエ伯爵とギーレンのベクレル伯爵家が縁戚関係にあるのは間違いない。今この場でそれ以上の説明は出来ん。王宮が絡んでいる時点で察しろ」
私の内心が聞こえたのか、と言う様なタイミングで、エドヴァルドがヤンネの異論を封じた。
……圧力をかけた、とも言う。
事実しか言っていない筈なのに。
これ以上部屋の温度が下がる前に、話を進めよう、うん!
「副ギルド長」
「あ、ああ」
自分に向けられた言葉じゃなかったけど、副ギルド長も、ヤンネと一緒になって怯んでいた。
私に話しかけられて、慌てて咳払いをしている。
「このギルドカードの登録名って、変えられますか?えっと…商会名の話じゃなくて、このカードの持ち主の名前そのものなんですけど」
「…と言うと『レイナ・ソガワ』とここにある名前の事か?」
「はい。この際〝ユングベリ商会〟の商会長『レイナ・ユングベリ』を名乗れないかと。元々この国の貴族でも何でもないですし、変えて困る家名でもないですから」
ふむ…と、アズレート副ギルド長は、一瞬考える仕種を見せた。
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