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第二部 宰相閣下の謹慎事情
355 雪溶けは遠く(3)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「王都商業ギルドの発行印だけなら、新しい身分証を作った方が早いんだが、既にシーカサーリのギルド印も入っているからな……」
新しい身分証をシーカサーリに送って、再度発行印を…と頼むのも、下手をすれば名前を変えて姿をくらまそうとする犯罪者に手を貸したと思われかねない為、あまり好ましくはないと、アズレート副ギルド長は口元に手をあてた。
「結婚とか養子縁組とかで名前が変わったりした人はいないんですか?そう言う時はどうされているんですか?」
「ん?大抵は申請書類には新しい名前を書いて、身分証の方にはカッコ書きでその名前を足したりするんだが……それだとダメなのか」
「うーん……商会名とすぐさま一致する方が信用度も上がるかなと……」
本当は「ソガワ」が目立ちすぎるからイヤなんだけど、そこはちょっとオブラートに包んでおく。
ただの我儘だと却下されるのは、出来れば避けたい。
「そうか……まあ、過去にもなかった訳ではないし、宰相閣下がこの上ない保証人にもなるから良いか……?」
アズレート副ギルド長がちらりとエドヴァルドを見ている。
「やましい事があって家名を変えたい訳ではない。彼女の場合、今の家名が珍しすぎて、逆に今後の仕事に支障をきたしかねない。それに私だけではなく、ギーレンのベクレル伯爵家からのお墨付きもある」
言葉だけ聞くと後押しをしてくれているようで、表情は若干不本意そうに見えるんだけど、多分そう思っているのは私だけで、日頃それほどエドヴァルドと接点のない副ギルド長なんかは、そこまでは気付いていないみたいだった。
「分かりました――そう言う事でしたら」
頷いた副ギルド長は、机にあった、何も書かれていない羊皮紙を一枚手に取ると、隣に置かれていた羽根ペンを手に、スラスラと何かを書き込んだ。
「イフナース、物件の下見に行く前でも後でも良い。職人ギルドに寄って、身分証の革漉きをその場で依頼してくれ。これが紹介状だ」
どう言う事かが分からずに眉根を寄せた私やエドヴァルドに、アズレート副ギルド長は「職人ギルド常駐の革職人に頼んで、名前の所だけを削って貰うんですよ」と教えてくれた。
「そうすれば、物件の下見をして戻られた後に『ユングベリ』の家名を焼き入れ出来ます。稀ですが、登録名のスペルを誤って入れてしまったりした時なんかの為に、こちらの承認があれば、依頼は出せる事になっているんですよ」
その分、多少身分証の厚みが減るとの事だけど、偽物を疑われるほど薄くなる事はないと言う。
ただ、専門家ではない商業ギルドの職員がそのままやってしまうと、均一に漉く事が出来ずに、これもまた、他人のギルドカードを無理に奪って名前を変えようとしている――などと、あらぬ疑いを招きかねないので、全て職人ギルドを通す事になっているんだとか。
色々よく考えられているなぁ…と、聞きながら感心してしまった。
「職人ギルドに立ち寄る時間も考えたなら、加盟保証金と申請書類、キヴェカス卿に預けて出かけられたら如何です?バーレント伯爵家が主体となる会社の設立と、ユングベリ商会の実店舗登録と、その傘下にバーレント家の会社が入る申請とをするなら、閣下がたが外出される時間とちょうど良いくらいかも知れませんよ」
「!」
うわぁ。
今、ナチュラルにヤンネに面倒な事務手続き部分をぶん投げましたね、副ギルド長!
多分コノヒト、私と言うよりは宰相であり公爵でもあるエドヴァルドに、あまり長々とここに居られたくないんだ。気を遣うから。
「キヴェカス卿は、イデオン公爵領法律顧問。加盟保証金を預けて手続きを委ねたとて、不正も手を抜くような事もなさらないでしょう」
リーリャ・イッターシュ王都商業ギルド長が、なかなかに強かで個性的な人だから隠れがちかも知れないけど、生半可な事では副ギルド長にまでなる事は出来ない筈だ。
もしかしたら、リーリャギルド長も納得ずくで、彼女の影に隠れるようにアレコレ動いているタイプなのかも知れなかった。
「……レイナ、どうしたい」
エドヴァルドは、アズレート副ギルド長の「提案」には直接答えずに、私の意向を確認してくれた。
うふふ。
良いんですね?私に話を振るなら、もちろん忖度なんてしませんからね?
ちょっとエドヴァルドのこめかみが痙攣ったかも知れないけど、もちろん気が付かないフリ。
ヤンネ――は、見ません!
3日の徹夜分は、結構根に持ってるんです!
別に、イデオン公爵領の為にならない話はひとつもしていないので、頑張って仕事して下さい。
近々ユセフ・フォルシアン公爵令息も助手にお付けするんで。
自分が悪かった、これ以上の仕事を振るのは勘弁してくれ――とも言ってこないワケだから、了承と見做します!
「公務でお忙しい宰相閣下のお手を煩わせる時間が少しでも減ると言うお話でしたら、私に否やはございません。キヴェカス卿も、閣下の為とあれば粉骨砕身、コトにあたって下さるでしょうから」
「……っ」
殊更に「閣下の為」を強調した私に、ヤンネは盛大に表情を痙攣らせ、アズレート副ギルド長やイフナース青年は、一瞬だけ私の顔をまじまじと覗き込んだ後、笑いを堪えるかの様に二人して明後日の方を向いた。
もちろん「有意義なご提案を有難うございます、副ギルド長」と、私もにこやかに笑い返した。
元々アナタのご提案ですよ――?と、釘を刺しておくためだ。
「ま、まあ私も自分の当番時間の間に、話を一度で済ませてしまいたいと言うのもあるからな。そこはお互い様だ」
かつてヤンネが女性職員と話をする事を拒んだ末に、度々窓口に呼び出された覚えのある副ギルド長からしてみれば、そこは掛け値なしの本音だと聞き取れた。
「どうやらイフナースも、候補物件の絞り込みが終わったみたいだな。そのまま出かけられるのか?」
「そうですね、階下で窓口担当の配置を少し動かす時間さえ貰えれば」
「それならば、馬車の用意をさせている時間とで相殺されるだろう。――お二方も、それで宜しいか?」
アズレート副ギルド長からの確認を受けたエドヴァルドは「大丈夫だ」と片手を上げた。
えーっと……私はともかく、他の皆さん誰一人として、ヤンネの異論反論を聞く気はないんですね?
異論反論があるのかどうかは、ともかくとして。
「ヤンネも、商会設立に携わった経験がない訳ではないだろう。会社の設立と、また勝手は違うかも知れんがな」
「………ええ、まあ。しばらくはそう言った案件からは離れておりましたが」
後でエドヴァルドから聞いたところによると、王都で行商人登録をするのは別として、店舗を出すとなると、承認が下りる数と言うのは、本来かなり制限されるものなんだそうだ。
所謂帝〇データバンクに確認するような「身体検査」的な調査もみっちり行われるんだとか。
そうなると、確かに携わる件数と言うのは、そうそう爆発的に増えるものでもないんだろう。
むしろ店舗がらみなら、買収や倒産、それ以外なら結婚離婚にまつわる法廷闘争なんかが事務所においては主となるらしい。
「あ、じゃあ最新の知識に上書きが出来ますね!」
ニコニコと微笑う私に「鬼畜か」と、アズレート副ギルド長が呟いているのは――聞こえません‼
「王都商業ギルドの発行印だけなら、新しい身分証を作った方が早いんだが、既にシーカサーリのギルド印も入っているからな……」
新しい身分証をシーカサーリに送って、再度発行印を…と頼むのも、下手をすれば名前を変えて姿をくらまそうとする犯罪者に手を貸したと思われかねない為、あまり好ましくはないと、アズレート副ギルド長は口元に手をあてた。
「結婚とか養子縁組とかで名前が変わったりした人はいないんですか?そう言う時はどうされているんですか?」
「ん?大抵は申請書類には新しい名前を書いて、身分証の方にはカッコ書きでその名前を足したりするんだが……それだとダメなのか」
「うーん……商会名とすぐさま一致する方が信用度も上がるかなと……」
本当は「ソガワ」が目立ちすぎるからイヤなんだけど、そこはちょっとオブラートに包んでおく。
ただの我儘だと却下されるのは、出来れば避けたい。
「そうか……まあ、過去にもなかった訳ではないし、宰相閣下がこの上ない保証人にもなるから良いか……?」
アズレート副ギルド長がちらりとエドヴァルドを見ている。
「やましい事があって家名を変えたい訳ではない。彼女の場合、今の家名が珍しすぎて、逆に今後の仕事に支障をきたしかねない。それに私だけではなく、ギーレンのベクレル伯爵家からのお墨付きもある」
言葉だけ聞くと後押しをしてくれているようで、表情は若干不本意そうに見えるんだけど、多分そう思っているのは私だけで、日頃それほどエドヴァルドと接点のない副ギルド長なんかは、そこまでは気付いていないみたいだった。
「分かりました――そう言う事でしたら」
頷いた副ギルド長は、机にあった、何も書かれていない羊皮紙を一枚手に取ると、隣に置かれていた羽根ペンを手に、スラスラと何かを書き込んだ。
「イフナース、物件の下見に行く前でも後でも良い。職人ギルドに寄って、身分証の革漉きをその場で依頼してくれ。これが紹介状だ」
どう言う事かが分からずに眉根を寄せた私やエドヴァルドに、アズレート副ギルド長は「職人ギルド常駐の革職人に頼んで、名前の所だけを削って貰うんですよ」と教えてくれた。
「そうすれば、物件の下見をして戻られた後に『ユングベリ』の家名を焼き入れ出来ます。稀ですが、登録名のスペルを誤って入れてしまったりした時なんかの為に、こちらの承認があれば、依頼は出せる事になっているんですよ」
その分、多少身分証の厚みが減るとの事だけど、偽物を疑われるほど薄くなる事はないと言う。
ただ、専門家ではない商業ギルドの職員がそのままやってしまうと、均一に漉く事が出来ずに、これもまた、他人のギルドカードを無理に奪って名前を変えようとしている――などと、あらぬ疑いを招きかねないので、全て職人ギルドを通す事になっているんだとか。
色々よく考えられているなぁ…と、聞きながら感心してしまった。
「職人ギルドに立ち寄る時間も考えたなら、加盟保証金と申請書類、キヴェカス卿に預けて出かけられたら如何です?バーレント伯爵家が主体となる会社の設立と、ユングベリ商会の実店舗登録と、その傘下にバーレント家の会社が入る申請とをするなら、閣下がたが外出される時間とちょうど良いくらいかも知れませんよ」
「!」
うわぁ。
今、ナチュラルにヤンネに面倒な事務手続き部分をぶん投げましたね、副ギルド長!
多分コノヒト、私と言うよりは宰相であり公爵でもあるエドヴァルドに、あまり長々とここに居られたくないんだ。気を遣うから。
「キヴェカス卿は、イデオン公爵領法律顧問。加盟保証金を預けて手続きを委ねたとて、不正も手を抜くような事もなさらないでしょう」
リーリャ・イッターシュ王都商業ギルド長が、なかなかに強かで個性的な人だから隠れがちかも知れないけど、生半可な事では副ギルド長にまでなる事は出来ない筈だ。
もしかしたら、リーリャギルド長も納得ずくで、彼女の影に隠れるようにアレコレ動いているタイプなのかも知れなかった。
「……レイナ、どうしたい」
エドヴァルドは、アズレート副ギルド長の「提案」には直接答えずに、私の意向を確認してくれた。
うふふ。
良いんですね?私に話を振るなら、もちろん忖度なんてしませんからね?
ちょっとエドヴァルドのこめかみが痙攣ったかも知れないけど、もちろん気が付かないフリ。
ヤンネ――は、見ません!
3日の徹夜分は、結構根に持ってるんです!
別に、イデオン公爵領の為にならない話はひとつもしていないので、頑張って仕事して下さい。
近々ユセフ・フォルシアン公爵令息も助手にお付けするんで。
自分が悪かった、これ以上の仕事を振るのは勘弁してくれ――とも言ってこないワケだから、了承と見做します!
「公務でお忙しい宰相閣下のお手を煩わせる時間が少しでも減ると言うお話でしたら、私に否やはございません。キヴェカス卿も、閣下の為とあれば粉骨砕身、コトにあたって下さるでしょうから」
「……っ」
殊更に「閣下の為」を強調した私に、ヤンネは盛大に表情を痙攣らせ、アズレート副ギルド長やイフナース青年は、一瞬だけ私の顔をまじまじと覗き込んだ後、笑いを堪えるかの様に二人して明後日の方を向いた。
もちろん「有意義なご提案を有難うございます、副ギルド長」と、私もにこやかに笑い返した。
元々アナタのご提案ですよ――?と、釘を刺しておくためだ。
「ま、まあ私も自分の当番時間の間に、話を一度で済ませてしまいたいと言うのもあるからな。そこはお互い様だ」
かつてヤンネが女性職員と話をする事を拒んだ末に、度々窓口に呼び出された覚えのある副ギルド長からしてみれば、そこは掛け値なしの本音だと聞き取れた。
「どうやらイフナースも、候補物件の絞り込みが終わったみたいだな。そのまま出かけられるのか?」
「そうですね、階下で窓口担当の配置を少し動かす時間さえ貰えれば」
「それならば、馬車の用意をさせている時間とで相殺されるだろう。――お二方も、それで宜しいか?」
アズレート副ギルド長からの確認を受けたエドヴァルドは「大丈夫だ」と片手を上げた。
えーっと……私はともかく、他の皆さん誰一人として、ヤンネの異論反論を聞く気はないんですね?
異論反論があるのかどうかは、ともかくとして。
「ヤンネも、商会設立に携わった経験がない訳ではないだろう。会社の設立と、また勝手は違うかも知れんがな」
「………ええ、まあ。しばらくはそう言った案件からは離れておりましたが」
後でエドヴァルドから聞いたところによると、王都で行商人登録をするのは別として、店舗を出すとなると、承認が下りる数と言うのは、本来かなり制限されるものなんだそうだ。
所謂帝〇データバンクに確認するような「身体検査」的な調査もみっちり行われるんだとか。
そうなると、確かに携わる件数と言うのは、そうそう爆発的に増えるものでもないんだろう。
むしろ店舗がらみなら、買収や倒産、それ以外なら結婚離婚にまつわる法廷闘争なんかが事務所においては主となるらしい。
「あ、じゃあ最新の知識に上書きが出来ますね!」
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