聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
270 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

355 雪溶けは遠く(3) 

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

王都ウチの商業ギルドの発行印だけなら、新しい身分証カードを作った方が早いんだが、既にシーカサーリのギルド印も入っているからな……」

 新しい身分証カードをシーカサーリに送って、再度発行印を…と頼むのも、下手をすれば名前を変えて姿をくらまそうとする犯罪者に手を貸したと思われかねない為、あまり好ましくはないと、アズレート副ギルド長は口元に手をあてた。

「結婚とか養子縁組とかで名前が変わったりした人はいないんですか?そう言う時はどうされているんですか?」

「ん?大抵は申請書類には新しい名前を書いて、身分証カードの方にはカッコ書きでその名前を足したりするんだが……それだとダメなのか」

「うーん……商会名とすぐさま一致する方が信用度も上がるかなと……」

 本当は「ソガワ」が目立ちすぎるからイヤなんだけど、そこはちょっとオブラートに包んでおく。
 ただの我儘だと却下されるのは、出来れば避けたい。

「そうか……まあ、過去にもなかった訳ではないし、宰相閣下がこの上ない保証人にもなるから良いか……?」

 アズレート副ギルド長がちらりとエドヴァルドを見ている。

「やましい事があって家名を変えたい訳ではない。彼女の場合、今の家名が珍しすぎて、逆に今後の仕事に支障をきたしかねない。それに私だけではなく、ギーレンのベクレル伯爵家からのお墨付きもある」

 言葉だけ聞くと後押しをしてくれているようで、表情は若干不本意そうに見えるんだけど、多分そう思っているのは私だけで、日頃それほどエドヴァルドと接点のない副ギルド長なんかは、そこまでは気付いていないみたいだった。

「分かりました――そう言う事でしたら」

 頷いた副ギルド長は、机にあった、何も書かれていない羊皮紙を一枚手に取ると、隣に置かれていた羽根ペンを手に、スラスラと何かを書き込んだ。

「イフナース、物件の下見に行く前でも後でも良い。職人ギルドに寄って、身分証カードの革きをその場で依頼してくれ。これが紹介状だ」

 どう言う事かが分からずに眉根を寄せた私やエドヴァルドに、アズレート副ギルド長は「職人ギルド常駐の革職人に頼んで、名前の所だけを削って貰うんですよ」と教えてくれた。
 
「そうすれば、物件の下見をして戻られた後に『ユングベリ』の家名を焼き入れ出来ます。稀ですが、登録名のスペルを誤って入れてしまったりした時なんかの為に、こちらの承認があれば、依頼は出せる事になっているんですよ」

 その分、多少身分証カードの厚みが減るとの事だけど、偽物を疑われるほど薄くなる事はないと言う。

 ただ、専門家ではない商業ギルドの職員がそのままやってしまうと、均一にく事が出来ずに、これもまた、他人のギルドカードを無理に奪って名前を変えようとしている――などと、あらぬ疑いを招きかねないので、全て職人ギルドを通す事になっているんだとか。

 色々よく考えられているなぁ…と、聞きながら感心してしまった。

「職人ギルドに立ち寄る時間も考えたなら、加盟保証金と申請書類、キヴェカス卿に預けて出かけられたら如何です?バーレント伯爵家が主体となる会社の設立と、ユングベリ商会の実店舗登録と、その傘下にバーレント家の会社が入る申請とをするなら、閣下がたが外出される時間とちょうど良いくらいかも知れませんよ」

「!」

 うわぁ。
 今、ナチュラルにヤンネに面倒な事務手続き部分をぶん投げましたね、副ギルド長!

 多分コノヒト、私と言うよりは宰相であり公爵でもあるエドヴァルドに、あまり長々とここに居られたくないんだ。気を遣うから。

「キヴェカス卿は、イデオン公爵領法律顧問。加盟保証金を預けて手続きを委ねたとて、不正も手を抜くような事もなさらないでしょう」

 リーリャ・イッターシュ王都商業ギルド長が、なかなかに強かで個性的な人だから隠れがちかも知れないけど、生半可な事では副ギルド長にまでなる事は出来ない筈だ。

 もしかしたら、リーリャギルド長も納得ずくで、彼女の影に隠れるようにアレコレ動いているタイプなのかも知れなかった。

「……レイナ、どうしたい」

 エドヴァルドは、アズレート副ギルド長の「提案」には直接答えずに、私の意向を確認してくれた。

 うふふ。
 良いんですね?私に話を振るなら、もちろん忖度なんてしませんからね?
 
 ちょっとエドヴァルドのこめかみが痙攣ひきつったかも知れないけど、もちろん気が付かないフリ。

 ヤンネ――は、見ません!

 3日の徹夜分は、結構根に持ってるんです!
 別に、イデオン公爵領の為にならない話はひとつもしていないので、頑張って仕事して下さい。
 近々ユセフ・フォルシアン公爵令息も助手にお付けするんで。

 自分が悪かった、これ以上の仕事を振るのは勘弁してくれ――とも言ってこないワケだから、了承と見做みなします!

「公務でお忙しい宰相閣下のお手を煩わせる時間が少しでも減ると言うお話でしたら、私に否やはございません。キヴェカス卿も、粉骨砕身、コトにあたって下さるでしょうから」

「……っ」

 殊更に「閣下の為」を強調した私に、ヤンネは盛大に表情かお痙攣ひきつらせ、アズレート副ギルド長やイフナース青年は、一瞬だけ私の顔をまじまじと覗き込んだ後、笑いを堪えるかの様に二人して明後日の方を向いた。

 もちろん「有意義なご提案を有難うございます、副ギルド長」と、私もにこやかに笑い返した。

 元々アナタのご提案ですよ――?と、釘を刺しておくためだ。

「ま、まあ私も自分の当番時間の間に、話を一度で済ませてしまいたいと言うのもあるからな。そこはお互い様だ」

 かつてヤンネが女性職員と話をする事を拒んだ末に、度々窓口に呼び出された覚えのある副ギルド長からしてみれば、そこは掛け値なしの本音だと聞き取れた。

「どうやらイフナースも、候補物件の絞り込みが終わったみたいだな。そのまま出かけられるのか?」

「そうですね、階下したで窓口担当の配置を少し動かす時間さえ貰えれば」

「それならば、馬車の用意をさせている時間とで相殺されるだろう。――お二方も、それで宜しいか?」

 アズレート副ギルド長からの確認を受けたエドヴァルドは「大丈夫だ」と片手を上げた。

 えーっと……私はともかく、他の皆さん誰一人として、ヤンネの異論反論を聞く気はないんですね?
 異論反論があるのかどうかは、ともかくとして。

「ヤンネも、商会設立に携わった経験がない訳ではないだろう。会社の設立と、また勝手は違うかも知れんがな」

「………ええ、まあ。しばらくはそう言った案件はなしからは離れておりましたが」

 後でエドヴァルドから聞いたところによると、王都で行商人登録をするのは別として、店舗を出すとなると、承認が下りる数と言うのは、本来かなり制限されるものなんだそうだ。

 所謂いわゆる帝〇データバンクに確認するような「身体検査」的な調査もみっちり行われるんだとか。

 そうなると、確かに携わる件数と言うのは、そうそう爆発的に増えるものでもないんだろう。

 むしろ店舗がらみなら、買収や倒産、それ以外なら結婚離婚にまつわる法廷闘争なんかが事務所においては主となるらしい。

「あ、じゃあ最新の知識に上書きが出来ますね!」

 ニコニコと微笑う私に「鬼畜か」と、アズレート副ギルド長が呟いているのは――聞こえません‼
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。