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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【フォルシアンSide】当主イェルムの苦慮
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「――ユセフ。邸宅に戻ったら、一度この母と、ゆっくりじっくりお話し合いをしましょうか」
妻・エリサベトは、根本のところでは争いごとを好まない穏やかな気性の持ち主だとは思う。
ただ、それだけでは公爵夫人は務まらないし、普段が穏やかであるが故に、静かな怒りを垣間見せる様は、家族誰一人として逆らう術を持っていなかった。
「私、人として最低限の礼儀作法も弁えないような子に、息子を育てたつもりはなかったのですけれど」
そうだね、エリサベト。君は悪くない。
次期公爵夫人の座を狙う、肉食お花畑在住令嬢たちを上手くあしらう術を、私が息子に覚えさせられなかっただけだ。
一度女性に対する嫌悪感が根付いてしまえば、たとえ実の母親と言えど、矯正させる事は難しかった筈だ。
思春期特有の反発と、軽く考えていた私の方が罪は重いだろう。
「この騒動で、ユセフは今、高等法院勤めを休んでおりますでしょう?その休職を延長して、キヴェカス卿のお手伝いをさせるのはどうかしら?」
そして、どう矯正したものかと悩む私や、もう無理だろうと冷ややかに見ているエドヴァルドを、軽く飛び越える様にエリサベトが剛毅な提案をしてくる。
エドヴァルドの困惑した視線をヒシヒシと感じるが、私がエリサベトに絶対服従なコトは、おまえだってよく分かっているだろうにと思う。
そう思っていたら、エドヴァルドの困惑と不安は、こちらが予想だにしない斜め上のところにあった。
イデオン公爵領法律顧問としてだけではなく、恐らくは国内でもっともアンジェスの法に詳しいだろう、高等法院にいないのが惜しいとまで言われているキヴェカス家の三男は、どうやら私の息子と同種のやらかしを既にしでかしていたらしいのだ。
「…己の偏った思想がどれほど愚かな事だったのか、理解させる意味で案件の全てを抱えさせている。そこに加わるとなると、高等法院以上の激務になるのは間違いないが、それでも良いか?」
レイナ嬢絡みの案件。
この前のイデオン公爵邸での昼食会で出された料理を思い返すだけでも、初見の料理が山のようにあった筈だ。
その上、先んじてオルセン侯爵夫人やユルハ伯爵とも新商品の開発に勤しんでいる。
あの調子だと、私が知らない案件だって、まだあるかも知れない。
「ほう…まあ、それはそれでユセフにも良い薬になりそうな話だとは思うけどね」
何しろレイナ嬢は、ウチの息子に欠片の興味も持っていない。
異国からやって来て、最初に基準となったのがこの国の若き宰相なのだ。
それはもう、誰一人比較にもならないだろう。
過剰なまでに他の横槍を警戒して威嚇するエドヴァルドが、いっそ可笑しいくらいだ。
彼女は彼女なりにエドヴァルドを慕っているとは思うが、それでもエドヴァルドの不安は消えないのだろう。
本気で惚れた男特有の感情なら、私にも覚えはある。
本当なら、そんな感情はいつか息子と共有したいと思っていたが、今のところは絶望しか感じない。
「――本気でそのつもりなら、それも含めて考えておこう。休職より出向の方が良い気もするが、その辺りは関係者と話し合ってからだな」
エドヴァルドの言う関係者となると、恐らくは司法・公安長官であるロイヴァス・ヘルマンと、高等法院内でユセフの直属上司であるクロヴィス・オノレ子爵あたりだろう。
オノレ子爵家は、領主本人が王都勤めをしており、弟が領地を治めていると聞いている。
王都学園在学中、領主教育の一環として研修派遣された王宮で高等法院職員の不正に気付き、こっそりと理事長に相談した筈が、伯爵家を一つ解体させると言う一大事件にまで発展してしまい、当時の宰相から、子爵への叙爵に、与えられる領地は弟に委ねて、自身は王都に残る事を提案された結果の――今だ。
ちなみにその時解体された伯爵家と言うのは、食品産地偽装の揉み消しを図って、キヴェカス伯爵家と裁判沙汰になっていた、クヴィスト公爵領内旧グゼリ伯爵家だ。
さすがに伯爵領を丸ごとを与えられても、まして伯爵位を与えられるのも身の丈に合わないと、キヴェカス伯爵家と領地を分け合う形で、旧グゼリ伯爵領の一部を受け取っての、オノレ「子爵」としての叙爵だった。
クロヴィス・オノレの不正の気付きが、当時裁判をしていたヤンネ・キヴェカスにとっての有利な証拠の一つになっていたと言う事で、高等法院に来る度、ヤンネがオノレ子爵の所に挨拶に来ていると、以前にユセフからも聞いている。
ユセフ自身も、オノレ子爵には相応の敬意を持って接している筈だ。
(……それだけを聞いていると、キヴェカス卿も義理堅い人格者の様に思うのだが)
ユセフの様に、女性絡みで何度もイヤな思いをしたのかも知れないが、謝罪よりもイデオン公爵領の為に身を粉にして働けと言わんばかりに、レイナ嬢が次から次へと仕事を振っているらしい事を聞くと、どちらが大人の対応をしているのかが分からない。
エリサベトも、ほんの思いつきだったかも知れないが、存外理に適った対処であるのかも知れなかった。
* * *
邸宅で、妻と息子との間でどんな会話が交わされていたのか、私は知らない。
果たして王族教育をまともに受けたのかと言いたくなるようなサレステーデの第一王子や、いっそレイナ嬢とサレステーデの第二王子を心中に見せかけて殺せないかと狙っていたと言う、サレステーデの自称・王弟の存在が浮上してきたりと、まともな時間に帰宅するのもままならない事態が次から次へと勃発したからだ。
さすがのエドヴァルドが、内包する魔力を暴発させて、国宝級のテーブルを氷柱でぶち壊す程の、馬鹿馬鹿しくも深刻な事態だった。
恐らくは疲労困憊な私を見かねて、妻もユセフには自分で指導をしようと考えたんだろうと思う。
「すまない、エリサベト。情けない父親だな……」
今はせめて昼食だけでも妻と過ごしたいと、無理矢理時間を作って邸宅に戻って来たところだ。
息子の方は高等法院から、非機密扱いで持ち帰っても支障のない範囲での書類を送って貰って、部屋に引きこもっている。
出勤しても良いと医者からは言われているが、サレステーデの問題がひと段落するまでは公爵邸にいるべきと、五公爵会議で判断された以上は、私とてそれを覆す事は出来ないのだ。
事態を収める為とは言え、テオドル・アンディション侯爵の大公位復帰の話まで出て、ますます王宮にいる時間の方が長くなってきた私に、最愛の妻はゆるゆると首を横に振った。
「ユセフどころか、レイナ嬢まで襲われかけたのでしょう?それは、貴方も頑張っていい所を見せなくてはいけませんわ。ユセフのキヴェカス卿のお手伝いの件に関しては、もう少し先の話になるかも知れませんわね?」
「いや……その辺りは、エドヴァルドが並行して考えているようだから、近々声がかかる筈だ。どうやらエドヴァルドの為とは言え、レイナ嬢が何か動く都度、新規案件を拾ってくるくらいの勢いらしくて、助手の必要性を痛感しだしているようだ」
「まあ……」
一瞬目を丸くした後すぐ、エリサベトはクスクスと優雅な微笑みを見せた。
「夫となる男性を振り回すくらいの方が、将来の公爵夫人としては文句なしかも知れませんわね。せいぜいユセフの事も、義理の兄として存分に振り回してくれたら理想的ですけど」
…どうやらレイナ嬢は、妻から斜め上のコトを期待されているようだ。
「旦那様」
そこへ我が公爵邸の家令ラリが、イデオン公爵――すなわちエドヴァルドから至急扱いで届いていると、封蝋付の手紙をダイニングに届けに来た。
最近、昼食は公爵邸にとりに戻っているから、直接こちらに送って寄越したんだろう。
「噂をすれば…だな」
「あなた?」
「夕方、ヤンネ・キヴェカス卿と高等法院に行くから、ユセフを連れて来いとある。それまでにヘルマン長官とは話をつけておくそうだから、高等法院でオノレ子爵も交えて話そう――と」
開けた手紙をひらひらと振って見せると、エリサベトは「まあ」と呟いたものの、それ以上は何も言わなかった。
エドヴァルドが、直属部下であるロイヴァス・ヘルマンに話をつけるのはさもありなんだが、私は私で夕方席を外す旨、シクステン軍務・刑務長官に伝えておく必要はあるだろう。
「あなた、お戻りの前にちゃんとユセフに説明して下さいませね?いくら反発されそうだと言っても、大事な話は、あなた自身の口からきちんとなさいませんと。普段であればともかく、今はユセフ一人で行かせる訳にはいきませんのでしょう?」
「………」
妻の言葉は正しすぎて、私は一言も反論する事が出来なかった。
「――ユセフ。邸宅に戻ったら、一度この母と、ゆっくりじっくりお話し合いをしましょうか」
妻・エリサベトは、根本のところでは争いごとを好まない穏やかな気性の持ち主だとは思う。
ただ、それだけでは公爵夫人は務まらないし、普段が穏やかであるが故に、静かな怒りを垣間見せる様は、家族誰一人として逆らう術を持っていなかった。
「私、人として最低限の礼儀作法も弁えないような子に、息子を育てたつもりはなかったのですけれど」
そうだね、エリサベト。君は悪くない。
次期公爵夫人の座を狙う、肉食お花畑在住令嬢たちを上手くあしらう術を、私が息子に覚えさせられなかっただけだ。
一度女性に対する嫌悪感が根付いてしまえば、たとえ実の母親と言えど、矯正させる事は難しかった筈だ。
思春期特有の反発と、軽く考えていた私の方が罪は重いだろう。
「この騒動で、ユセフは今、高等法院勤めを休んでおりますでしょう?その休職を延長して、キヴェカス卿のお手伝いをさせるのはどうかしら?」
そして、どう矯正したものかと悩む私や、もう無理だろうと冷ややかに見ているエドヴァルドを、軽く飛び越える様にエリサベトが剛毅な提案をしてくる。
エドヴァルドの困惑した視線をヒシヒシと感じるが、私がエリサベトに絶対服従なコトは、おまえだってよく分かっているだろうにと思う。
そう思っていたら、エドヴァルドの困惑と不安は、こちらが予想だにしない斜め上のところにあった。
イデオン公爵領法律顧問としてだけではなく、恐らくは国内でもっともアンジェスの法に詳しいだろう、高等法院にいないのが惜しいとまで言われているキヴェカス家の三男は、どうやら私の息子と同種のやらかしを既にしでかしていたらしいのだ。
「…己の偏った思想がどれほど愚かな事だったのか、理解させる意味で案件の全てを抱えさせている。そこに加わるとなると、高等法院以上の激務になるのは間違いないが、それでも良いか?」
レイナ嬢絡みの案件。
この前のイデオン公爵邸での昼食会で出された料理を思い返すだけでも、初見の料理が山のようにあった筈だ。
その上、先んじてオルセン侯爵夫人やユルハ伯爵とも新商品の開発に勤しんでいる。
あの調子だと、私が知らない案件だって、まだあるかも知れない。
「ほう…まあ、それはそれでユセフにも良い薬になりそうな話だとは思うけどね」
何しろレイナ嬢は、ウチの息子に欠片の興味も持っていない。
異国からやって来て、最初に基準となったのがこの国の若き宰相なのだ。
それはもう、誰一人比較にもならないだろう。
過剰なまでに他の横槍を警戒して威嚇するエドヴァルドが、いっそ可笑しいくらいだ。
彼女は彼女なりにエドヴァルドを慕っているとは思うが、それでもエドヴァルドの不安は消えないのだろう。
本気で惚れた男特有の感情なら、私にも覚えはある。
本当なら、そんな感情はいつか息子と共有したいと思っていたが、今のところは絶望しか感じない。
「――本気でそのつもりなら、それも含めて考えておこう。休職より出向の方が良い気もするが、その辺りは関係者と話し合ってからだな」
エドヴァルドの言う関係者となると、恐らくは司法・公安長官であるロイヴァス・ヘルマンと、高等法院内でユセフの直属上司であるクロヴィス・オノレ子爵あたりだろう。
オノレ子爵家は、領主本人が王都勤めをしており、弟が領地を治めていると聞いている。
王都学園在学中、領主教育の一環として研修派遣された王宮で高等法院職員の不正に気付き、こっそりと理事長に相談した筈が、伯爵家を一つ解体させると言う一大事件にまで発展してしまい、当時の宰相から、子爵への叙爵に、与えられる領地は弟に委ねて、自身は王都に残る事を提案された結果の――今だ。
ちなみにその時解体された伯爵家と言うのは、食品産地偽装の揉み消しを図って、キヴェカス伯爵家と裁判沙汰になっていた、クヴィスト公爵領内旧グゼリ伯爵家だ。
さすがに伯爵領を丸ごとを与えられても、まして伯爵位を与えられるのも身の丈に合わないと、キヴェカス伯爵家と領地を分け合う形で、旧グゼリ伯爵領の一部を受け取っての、オノレ「子爵」としての叙爵だった。
クロヴィス・オノレの不正の気付きが、当時裁判をしていたヤンネ・キヴェカスにとっての有利な証拠の一つになっていたと言う事で、高等法院に来る度、ヤンネがオノレ子爵の所に挨拶に来ていると、以前にユセフからも聞いている。
ユセフ自身も、オノレ子爵には相応の敬意を持って接している筈だ。
(……それだけを聞いていると、キヴェカス卿も義理堅い人格者の様に思うのだが)
ユセフの様に、女性絡みで何度もイヤな思いをしたのかも知れないが、謝罪よりもイデオン公爵領の為に身を粉にして働けと言わんばかりに、レイナ嬢が次から次へと仕事を振っているらしい事を聞くと、どちらが大人の対応をしているのかが分からない。
エリサベトも、ほんの思いつきだったかも知れないが、存外理に適った対処であるのかも知れなかった。
* * *
邸宅で、妻と息子との間でどんな会話が交わされていたのか、私は知らない。
果たして王族教育をまともに受けたのかと言いたくなるようなサレステーデの第一王子や、いっそレイナ嬢とサレステーデの第二王子を心中に見せかけて殺せないかと狙っていたと言う、サレステーデの自称・王弟の存在が浮上してきたりと、まともな時間に帰宅するのもままならない事態が次から次へと勃発したからだ。
さすがのエドヴァルドが、内包する魔力を暴発させて、国宝級のテーブルを氷柱でぶち壊す程の、馬鹿馬鹿しくも深刻な事態だった。
恐らくは疲労困憊な私を見かねて、妻もユセフには自分で指導をしようと考えたんだろうと思う。
「すまない、エリサベト。情けない父親だな……」
今はせめて昼食だけでも妻と過ごしたいと、無理矢理時間を作って邸宅に戻って来たところだ。
息子の方は高等法院から、非機密扱いで持ち帰っても支障のない範囲での書類を送って貰って、部屋に引きこもっている。
出勤しても良いと医者からは言われているが、サレステーデの問題がひと段落するまでは公爵邸にいるべきと、五公爵会議で判断された以上は、私とてそれを覆す事は出来ないのだ。
事態を収める為とは言え、テオドル・アンディション侯爵の大公位復帰の話まで出て、ますます王宮にいる時間の方が長くなってきた私に、最愛の妻はゆるゆると首を横に振った。
「ユセフどころか、レイナ嬢まで襲われかけたのでしょう?それは、貴方も頑張っていい所を見せなくてはいけませんわ。ユセフのキヴェカス卿のお手伝いの件に関しては、もう少し先の話になるかも知れませんわね?」
「いや……その辺りは、エドヴァルドが並行して考えているようだから、近々声がかかる筈だ。どうやらエドヴァルドの為とは言え、レイナ嬢が何か動く都度、新規案件を拾ってくるくらいの勢いらしくて、助手の必要性を痛感しだしているようだ」
「まあ……」
一瞬目を丸くした後すぐ、エリサベトはクスクスと優雅な微笑みを見せた。
「夫となる男性を振り回すくらいの方が、将来の公爵夫人としては文句なしかも知れませんわね。せいぜいユセフの事も、義理の兄として存分に振り回してくれたら理想的ですけど」
…どうやらレイナ嬢は、妻から斜め上のコトを期待されているようだ。
「旦那様」
そこへ我が公爵邸の家令ラリが、イデオン公爵――すなわちエドヴァルドから至急扱いで届いていると、封蝋付の手紙をダイニングに届けに来た。
最近、昼食は公爵邸にとりに戻っているから、直接こちらに送って寄越したんだろう。
「噂をすれば…だな」
「あなた?」
「夕方、ヤンネ・キヴェカス卿と高等法院に行くから、ユセフを連れて来いとある。それまでにヘルマン長官とは話をつけておくそうだから、高等法院でオノレ子爵も交えて話そう――と」
開けた手紙をひらひらと振って見せると、エリサベトは「まあ」と呟いたものの、それ以上は何も言わなかった。
エドヴァルドが、直属部下であるロイヴァス・ヘルマンに話をつけるのはさもありなんだが、私は私で夕方席を外す旨、シクステン軍務・刑務長官に伝えておく必要はあるだろう。
「あなた、お戻りの前にちゃんとユセフに説明して下さいませね?いくら反発されそうだと言っても、大事な話は、あなた自身の口からきちんとなさいませんと。普段であればともかく、今はユセフ一人で行かせる訳にはいきませんのでしょう?」
「………」
妻の言葉は正しすぎて、私は一言も反論する事が出来なかった。
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