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第二部 宰相閣下の謹慎事情
399 北方流のコーヒーブレイク
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
朝の朝食時間帯からお店で暴れようとしていた〝ソラータ〟のゴロツキ達は、ジーノ青年が連れて来ていた〝ダーチャ〟――街の自警団に相当する連中が、王都商業ギルドへと引きずっていったとの事だった。
『あ…あの、ジーノが多めにお金を置いて行ってくれたので…コレも良かったら……』
そう言ってチェーリアさんが、皆にコーヒーを振る舞ってくれた。
何でもバリエンダール自体がなかなかのコーヒー文化らしく、働き手の身体が冷え切らないようにと、4時間以上の労働に対しては最低1回15分のコーヒー休憩が、何と労働条件として組み込まれているらしい。
なので売り物であれ裏方用であれ、商売をしている店ではどこでもコーヒーが置かれているらしい。
昨日王宮で出されたコーヒーは、バリエンダールでは主流だと言う、随分と酸味の強いクセのあるコーヒーで、ちょっと戸惑ってしまったのは確かだった。
だけどバリエンダールの習慣として、1日に何度もコーヒーを飲むと言うのであれば、ここは有難く頂いておいた方が良いだろうと、深く考えずに「有難うございます」と答えたものの――出されたコーヒーは、まさかここでも他とはひと味違う類のモノだった。
『チェーリアさん…コレ……チーズ?』
うん、ちょっとしたカルチャーショックだったかも知れない。
一口サイズにカットされたチーズの上に、何かのジャムがかけられているのは、おつまみとしてまだ分からなくもなかった。
だけどコーヒーのソーサーに添えられたスプーンの上に乗せられていたのは、明らかに角砂糖ではなく――チーズだった。
こちらの戸惑いに気が付かないようで…「ええ」と、チェーリアさんが微笑った。
『ハタラ族もなんですけど、ユレルミ族なんかも、こうやってカラハティのミルクで出来たチーズを、もっとたっぷりコーヒーに混ぜて飲みます。王都ではこうやって、ジャムをかけてチーズだけを食べるのが一般的みたいなんですけどね?あ、そう言えばバートリのネーミ族とかは、カラハティの燻製肉とかも一緒に浸すんじゃなかった?』
『確かに聞いた事はありますが、俺は割と早いうちにアンジェスに出てしまった人間なので、どっちもコーヒーの供としては馴染みは薄いですよ』
『そうなの?まあでも、このお店に関しては、王都に流通しているものよりは少し煎りの深めな品物をメルクリオさんが紹介してくれているの。どうも、元はジーノの我儘から始まっているみたいなんだけど』
クスクスと笑うチェーリアさんは、大層可愛らしい。
タダの幼馴染なの?と思わなくもないけど、その辺りの考察は、したところで大外しをしそうな自分がいる。
敢えて触れないのが一番かも知れない。少なくとも、今は。
それより何より、皆が飲み方に困惑を覚えている状況なで、とりあえずは現実的な方向を向いて、飲み方を聞く事にした。
『チェーリアさん、コレ、コーヒーに全部混ぜて溶かして飲む…とかですか?』
『いえいえ。食感を楽しむところまでが含まれていますから、熱いコーヒーをかけても溶けにくくはなっていますよ?』
元々の淹れ方としては、北部地域らしく水の代わりに雪を器に入れて、鍋で炒った豆をその器の中に入れて、焚き火にかけて煮出しをするらしいけど、さすがに王都で焚き火は…雪は…と言う事で、あくまでベース部分で昔ながらの淹れ方を踏襲している、と言う事らしい。
雪の代用で、暗所で少し温度を低くした水を使っているんだとか。
「コレは…あれか、冬の雪山で手っ取り早く身体を温めて小腹を満たしておくのに手間を減らす感じか…」
「そうですね。確かにコーヒーの味は少し濃くなりましたし、山間での食事としては合理的なのかも知れませんね。個人的嗜好としては、別々に食べたいところですけど」
「確かに。山や戦場で贅沢を言うな!とでも言われれば、納得して口にするくらいの味ではあるな」
――以上、ベルセリウス将軍、ウルリック副長、マトヴェイ外交部長、軍を知る三名の感想です。
バルトリの通訳、止めたままで良いよね?
「あ、そうだイオタ」
ふと思い立った私は、とりあえずは「ユングベリ商会従業員」としてのイオタ――シーグに話しかけた。
さっきの三人の会話の流れからいって、アンジェス語になっている筈だった。
「ここに来る前に言ってた『商会長と会っても良いって言う商人なり生産者なりがいたら、話し合いの場を』…って言う話は、いったん棚上げするね」
「え?」
何でまた、と言った表情のシーグに、私はジーノ青年から預かった紙片をヒラヒラと見せた。
「さっきの宰相令息サマが、ギルド職員への紹介状を書いてくれたから。あとそれと、こっちでラヴォリ商会の商会長と会ったら、日程的にはもうそれでいっぱいいっぱいになると思うのよね。だからこの後は、本業絡みの方でお願いした事確認してくれるかな?」
キアラ・フォサーティと言う名の女性が現在どうしているかと言う事と、宰相家を含めた、高位貴族の適齢期の令嬢の情報の更なる詳細。
居並ぶ面子を考えて、敢えて口にしなかったところも、シーグはちゃんと察してくれた。
分かっ…りました、と言いにくそうに呟きつつも、頷いていた。
「バルトリは、一応商会の従業員として商業ギルドには顔出しで付いて来て欲しいんだけど……どうなんだろう、もうしばらく〝ソラータ〟の別動隊が来たりしないか、残ってて貰った方が良いのかな?って言うか、そもそも何でこのお店狙われてるのか、バルトリは聞いてる?」
バルトリ自身が着用している衣装のせいもあるだろうけど、彼はかなりジーノ青年やチェーリアさんとの距離が縮まっている。
少数民族の問題にここまで立ち入ってしまったのは、間違いなくバルトリの存在にもその要因はある筈だった。
そんな私の視線を受けたバルトリは、答える前に一度だけ辺りをざっと見まわした。
「いや……何人か〝ダーチャ〟の人間が店の周辺に残ってますね。恐らくは同じ危惧を持って、指示を出してから王宮に戻ったのではないかと」
「そっか。じゃあ、まあそこは任せておけば良いか」
「そう思います。それで何故、ここで頻繁に揉め事が起きるのかと言う話ですが」
「あ、やっぱ原因あるんだ」
「いえ。俺がバリエンダールに入ってから、一連の流れを見て想像しているだけの事なので、それで良ければ…との話になりますが」
「うん、言ってみて?少なくとも私よりは事前情報を持ってる訳だし」
ずいっと私がバルトリに詰め寄ると、一瞬ちょっと気圧されている風だったけど、やがて黙っていても埒が明かないと察してくれたようで、ひとつ息をついて己の考えを口に出した。
「一つには、周囲が思っている以上に宰相令息同士の争いが水面下で激化していると言う事ですね。と言っても今のところ、グイドの方が表立って突っかかっていて、ジーノは裏から一本ずつ手足を捥いでいる…と言った感じには見えますけどね」
このお店と言うか、チェーリアさんの存在が、ジーノ青年の弱点と思われているようだと、バルトリは言った。
「あー…チェーリアさんを楯に言う事を聞かせよう、後継者争いから退かせよう、みたいな?」
恋人だろうと、ただの幼馴染だろうと、民族問題をライフワークにしている事を窺わせるジーノ青年にとっては、確かにこのお店は弱点には違いないだろうなと、私もそこはバルトリの考えが正しいように思えた。
「ええ。ただジーノは、グイドがそうやって大っぴらに脅迫しようとしてきている事を逆手にとって、周囲にいかにグイドが後継として相応しくないかを、墓穴を掘らせる形で知らしめていっているんです。多分今日のこの〝ソラータ〟の襲撃に関しても、どこからともなく密かに話が広がる筈ですよ。チェーリアにはあくまで同情が集まる様な形で」
「……うわぁ、やりそう」
一本ずつ手足を捥ぐと言うより、真綿で首を締めていっていると言った方がより正確な気もする程だ。
「フォサーティ宰相のやり方では、どこまでいっても側室も本人も納得しないと、ジーノは誰もが理解する形での、グイドの失策を狙っているように思いますね」
「フォサーティ宰相のやり方…って、養子をとったこと?」
その話は聞いたとばかりに小首を傾げれば「いえ」と、バルトリは首を横に振った。
「もう一つ――意向を一度問われただけの様だったんですが、ミルテ王女を社交界デビューの後、宰相家に降嫁させる事についてどう思うか、との話があったみたいです」
「……っ‼」
大きく目を瞠った私に、バルトリは「あくまで意向を問うただけのようですよ」と、バルトリは片手を振った。
「それにどっちの息子と聞くまでもなく、宰相自身、秒で断ったようで」
「え、そうなの⁉」
これには、意外なことを聞いたとばかりに周囲の皆も目を丸くしていた。
朝の朝食時間帯からお店で暴れようとしていた〝ソラータ〟のゴロツキ達は、ジーノ青年が連れて来ていた〝ダーチャ〟――街の自警団に相当する連中が、王都商業ギルドへと引きずっていったとの事だった。
『あ…あの、ジーノが多めにお金を置いて行ってくれたので…コレも良かったら……』
そう言ってチェーリアさんが、皆にコーヒーを振る舞ってくれた。
何でもバリエンダール自体がなかなかのコーヒー文化らしく、働き手の身体が冷え切らないようにと、4時間以上の労働に対しては最低1回15分のコーヒー休憩が、何と労働条件として組み込まれているらしい。
なので売り物であれ裏方用であれ、商売をしている店ではどこでもコーヒーが置かれているらしい。
昨日王宮で出されたコーヒーは、バリエンダールでは主流だと言う、随分と酸味の強いクセのあるコーヒーで、ちょっと戸惑ってしまったのは確かだった。
だけどバリエンダールの習慣として、1日に何度もコーヒーを飲むと言うのであれば、ここは有難く頂いておいた方が良いだろうと、深く考えずに「有難うございます」と答えたものの――出されたコーヒーは、まさかここでも他とはひと味違う類のモノだった。
『チェーリアさん…コレ……チーズ?』
うん、ちょっとしたカルチャーショックだったかも知れない。
一口サイズにカットされたチーズの上に、何かのジャムがかけられているのは、おつまみとしてまだ分からなくもなかった。
だけどコーヒーのソーサーに添えられたスプーンの上に乗せられていたのは、明らかに角砂糖ではなく――チーズだった。
こちらの戸惑いに気が付かないようで…「ええ」と、チェーリアさんが微笑った。
『ハタラ族もなんですけど、ユレルミ族なんかも、こうやってカラハティのミルクで出来たチーズを、もっとたっぷりコーヒーに混ぜて飲みます。王都ではこうやって、ジャムをかけてチーズだけを食べるのが一般的みたいなんですけどね?あ、そう言えばバートリのネーミ族とかは、カラハティの燻製肉とかも一緒に浸すんじゃなかった?』
『確かに聞いた事はありますが、俺は割と早いうちにアンジェスに出てしまった人間なので、どっちもコーヒーの供としては馴染みは薄いですよ』
『そうなの?まあでも、このお店に関しては、王都に流通しているものよりは少し煎りの深めな品物をメルクリオさんが紹介してくれているの。どうも、元はジーノの我儘から始まっているみたいなんだけど』
クスクスと笑うチェーリアさんは、大層可愛らしい。
タダの幼馴染なの?と思わなくもないけど、その辺りの考察は、したところで大外しをしそうな自分がいる。
敢えて触れないのが一番かも知れない。少なくとも、今は。
それより何より、皆が飲み方に困惑を覚えている状況なで、とりあえずは現実的な方向を向いて、飲み方を聞く事にした。
『チェーリアさん、コレ、コーヒーに全部混ぜて溶かして飲む…とかですか?』
『いえいえ。食感を楽しむところまでが含まれていますから、熱いコーヒーをかけても溶けにくくはなっていますよ?』
元々の淹れ方としては、北部地域らしく水の代わりに雪を器に入れて、鍋で炒った豆をその器の中に入れて、焚き火にかけて煮出しをするらしいけど、さすがに王都で焚き火は…雪は…と言う事で、あくまでベース部分で昔ながらの淹れ方を踏襲している、と言う事らしい。
雪の代用で、暗所で少し温度を低くした水を使っているんだとか。
「コレは…あれか、冬の雪山で手っ取り早く身体を温めて小腹を満たしておくのに手間を減らす感じか…」
「そうですね。確かにコーヒーの味は少し濃くなりましたし、山間での食事としては合理的なのかも知れませんね。個人的嗜好としては、別々に食べたいところですけど」
「確かに。山や戦場で贅沢を言うな!とでも言われれば、納得して口にするくらいの味ではあるな」
――以上、ベルセリウス将軍、ウルリック副長、マトヴェイ外交部長、軍を知る三名の感想です。
バルトリの通訳、止めたままで良いよね?
「あ、そうだイオタ」
ふと思い立った私は、とりあえずは「ユングベリ商会従業員」としてのイオタ――シーグに話しかけた。
さっきの三人の会話の流れからいって、アンジェス語になっている筈だった。
「ここに来る前に言ってた『商会長と会っても良いって言う商人なり生産者なりがいたら、話し合いの場を』…って言う話は、いったん棚上げするね」
「え?」
何でまた、と言った表情のシーグに、私はジーノ青年から預かった紙片をヒラヒラと見せた。
「さっきの宰相令息サマが、ギルド職員への紹介状を書いてくれたから。あとそれと、こっちでラヴォリ商会の商会長と会ったら、日程的にはもうそれでいっぱいいっぱいになると思うのよね。だからこの後は、本業絡みの方でお願いした事確認してくれるかな?」
キアラ・フォサーティと言う名の女性が現在どうしているかと言う事と、宰相家を含めた、高位貴族の適齢期の令嬢の情報の更なる詳細。
居並ぶ面子を考えて、敢えて口にしなかったところも、シーグはちゃんと察してくれた。
分かっ…りました、と言いにくそうに呟きつつも、頷いていた。
「バルトリは、一応商会の従業員として商業ギルドには顔出しで付いて来て欲しいんだけど……どうなんだろう、もうしばらく〝ソラータ〟の別動隊が来たりしないか、残ってて貰った方が良いのかな?って言うか、そもそも何でこのお店狙われてるのか、バルトリは聞いてる?」
バルトリ自身が着用している衣装のせいもあるだろうけど、彼はかなりジーノ青年やチェーリアさんとの距離が縮まっている。
少数民族の問題にここまで立ち入ってしまったのは、間違いなくバルトリの存在にもその要因はある筈だった。
そんな私の視線を受けたバルトリは、答える前に一度だけ辺りをざっと見まわした。
「いや……何人か〝ダーチャ〟の人間が店の周辺に残ってますね。恐らくは同じ危惧を持って、指示を出してから王宮に戻ったのではないかと」
「そっか。じゃあ、まあそこは任せておけば良いか」
「そう思います。それで何故、ここで頻繁に揉め事が起きるのかと言う話ですが」
「あ、やっぱ原因あるんだ」
「いえ。俺がバリエンダールに入ってから、一連の流れを見て想像しているだけの事なので、それで良ければ…との話になりますが」
「うん、言ってみて?少なくとも私よりは事前情報を持ってる訳だし」
ずいっと私がバルトリに詰め寄ると、一瞬ちょっと気圧されている風だったけど、やがて黙っていても埒が明かないと察してくれたようで、ひとつ息をついて己の考えを口に出した。
「一つには、周囲が思っている以上に宰相令息同士の争いが水面下で激化していると言う事ですね。と言っても今のところ、グイドの方が表立って突っかかっていて、ジーノは裏から一本ずつ手足を捥いでいる…と言った感じには見えますけどね」
このお店と言うか、チェーリアさんの存在が、ジーノ青年の弱点と思われているようだと、バルトリは言った。
「あー…チェーリアさんを楯に言う事を聞かせよう、後継者争いから退かせよう、みたいな?」
恋人だろうと、ただの幼馴染だろうと、民族問題をライフワークにしている事を窺わせるジーノ青年にとっては、確かにこのお店は弱点には違いないだろうなと、私もそこはバルトリの考えが正しいように思えた。
「ええ。ただジーノは、グイドがそうやって大っぴらに脅迫しようとしてきている事を逆手にとって、周囲にいかにグイドが後継として相応しくないかを、墓穴を掘らせる形で知らしめていっているんです。多分今日のこの〝ソラータ〟の襲撃に関しても、どこからともなく密かに話が広がる筈ですよ。チェーリアにはあくまで同情が集まる様な形で」
「……うわぁ、やりそう」
一本ずつ手足を捥ぐと言うより、真綿で首を締めていっていると言った方がより正確な気もする程だ。
「フォサーティ宰相のやり方では、どこまでいっても側室も本人も納得しないと、ジーノは誰もが理解する形での、グイドの失策を狙っているように思いますね」
「フォサーティ宰相のやり方…って、養子をとったこと?」
その話は聞いたとばかりに小首を傾げれば「いえ」と、バルトリは首を横に振った。
「もう一つ――意向を一度問われただけの様だったんですが、ミルテ王女を社交界デビューの後、宰相家に降嫁させる事についてどう思うか、との話があったみたいです」
「……っ‼」
大きく目を瞠った私に、バルトリは「あくまで意向を問うただけのようですよ」と、バルトリは片手を振った。
「それにどっちの息子と聞くまでもなく、宰相自身、秒で断ったようで」
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