聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

413 その治癒方法は初耳です

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 ヒリヒリしていた頬に触れられた、ジーノ・フォサーティ宰相令息の水の魔力を纏った手が、思いがけず心地よかった――のはさておき。

 その場にいた誰もが、ジーノ青年の動きが想定外だったとばかりに立ち尽くしていた。

 きゃあ!と頬を染めながら二人で手を取り合っている、ミルテ王女とロサーナ公爵令嬢は、きっと多分周囲と違う事を考えていそうだったけど。

「ジーノ……其方そなた……」

 ようやくテオドル大公が口を開いたところで、皆がハッと我に返っていた。

 そのくらい、アンジェス組には想定外の出来事だったのだ。

「ノヴェッラ伯の治癒石を待つ間の事ですよ、テオドル大公殿下。傷を消す事までは出来ませんが、布地に水を浸すよりも継続して患部を冷やせますから。宰相家の者としての詫びだとでも思って頂ければ」

「いや……むしろ不穏の種をばら撒いとる」

 テオドル大公の言葉に、私から見える範囲でアンジェス組の面々が激しく首を縦に振っている。

「ふっ……まあ、過保護と狭量と牽制とが三重奏になっているのは、彼女を見ていれば分かりますよ。ですが私としても、王都と北部地域との融和の道がようやく、彼女と言う存在をもってひらけようとしているところに、目は瞑れないんですよ。そう、例えば――」

 そこでジーノ青年は、声のトーンを落として、私やテオドル大公の周辺にだけ聞こえる声で囁いた。

「その公爵様に王女殿下をお薦めすれば、彼女はこちらに来てくれるのか――と、うっかり考えてしまったくらいには、私は彼女を評価していますよ?」

「な…」

 テオドル大公がギョッとしたように目を瞠ると、ジーノ青年が私の頬を冷やしていない方の肩を、大きく叩いた。

「ジーノ、悪い事は言わん。それだけはよせ。冗談抜きで王宮と宰相家が丸ごと凍るぞ」

「……凍る」

彼奴あやつ、アンジェス王宮内で氷柱を作り上げて落下させた前科持ちだからな。誇張はしとらんぞ。商会を進出させさえすれば、其方ならば他にいくらでもやりようはあるだろう。それ以上を望むでないわ」

「………なるほど」

 信じたのか大げさと思ったのか、ジーノ青年の目からは何も読み取れなかった。

「随分と束縛されている気もしますが……それで良いんですか?」

「え?」

「いえ。治癒の石も届いたようですし、今は退きますよ。もちろん、商売の件は別にちゃんと、後で話を伺いますので、ご心配なく。ああでも、気が変わった際はいつでも仰って下さい」

 気が変わるって何、と聞き返す間もなく、ジーノ青年は私の頬から手を放して、後方へと一歩下がった。

「……ジーノ、何を話していた?」
義父上ちちうえ、それはぜひ後ほど」

 フォサーティ宰相とジーノ青年との間で交わされた、そんな声が耳に残る。

 ジーノ青年は、養父であるフォサーティ宰相の隣で、同じように片膝をついて国王陛下を見上げた。

「陛下。私も養子とはいえ、フォサーティ宰相家の一員。全て陛下のご判断に従います」

 そうか、とメダルド国王陛下が答えを返すまでには、一瞬以上の間があった。

「ミルテ」
「はっ、はい!」

 父親とは言え、いきなり自分の名を呼ばれたミルテ王女は、予想をしていなかったのか、ビクッと身体を震わせた。

「せっかく、其方の淹れる茶を味わおうと思っておったが、私も王太子も、どうやら戻らねばならぬようだ。また、今日とは別に茶の機会を設けてはくれんかね?テオ殿とユリア殿も、その際には招くが良いぞ」

「はい、はいぜひ!テオお祖父様も構いませんか?」

「うむ。陛下の要望とあらば、叶えぬ訳にもいくまいよ。ユリアにも言うておこう」

 嬉しそうに微笑ったミルテ王女の視線が、じっとこちらにも向いた。

「…えっと、私もですか?」

「ダメでしょうか?わたくし、今日のこの場での毅然とした対応を拝見して、ぜひ見習いたいと思いましたの!もっと親しく――ぜひ、フランカお義姉ねえ様のように『おねえさま』とお呼びしたいですわ!」

「………おねえさま」

「不快でなければ叶えてやってくれんかね。甘いと言われると返す言葉もないが、ミルテの望みとあっては、無下にも出来んのだよ」

 テオドル大公と夫人だけのつもりが、ミルテ王女の思いもよらない発言に、明らかにメダルド国王は面食らっていたけれど、もしかしたら、王女の方から何かを望むと言う事がこれまであまりなかったのかも知れない。

 しかも、ドレスでも宝石でも縁組でもない上に、国内の派閥とは無関係な人間――テオドル大公の関係者を招きたいと言われては、メダルド国王としても却下する要素がなかったんだろう。

「その……私は商会の仕事で国を空けている場合もございますので、招待いただいた際にアンジェス国内におりましたら、と言う事でも宜しいでしょうか?」

 まさか「エドヴァルドが許可したら」なんてことは、この場では言えない。
 せいぜい、それらしい理由を挙げておく事しか、今は出来なかった。

「あ、そうでしたわ……はい、構いません!その時にはぜひ、テオお祖父様とユリアお祖母様といらして下さいませ!あの……それで『おねえさま』とお呼びすることは……」

「――光栄です、王女殿下」

 一応、妹はいたけど姉と認識されていたかどうかさえ怪しい。
 赤の他人、それも一国の王女サマから「姉」と呼ばれる事は、少しくすぐったいけれど。

 私は今度こそ、ミルテ王女に〝カーテシー〟の礼をとった。

「ぜひ、ミルテと呼んで下さいませ、おねえさま!――あ、お茶を替える前に、先にマリーカ様の治癒をお受け下さい!どうぞこちら、マリーカ様の隣に椅子を置きますわ」

 当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟マリーカ・ノヴェッラ女伯爵様の目の前には、既に複数の宝石が置かれていた。

「うむ。これに関しては完全に我が国の手落ち。こちらでは知られた治療法の一つではあるので、そう心配せずに受けられるが良いぞ。――ではノヴェッラ伯、頼んだぞ」

「畏まりました、陛下」

 石の到着を引き際として、メダルド国王やミラン王太子、宰相一家らは慌ただしくこの場を後にして行った。

 側室夫人やその息子グイドは、いったん王宮内の牢に入れられるとの事で、護衛騎士達に文字通り引き摺られていった。

 姿が見えなくなるまで、己の実家の血統の素晴らしさを叫んでいるようだったけど、ここまでやらかしたとあっては、もはや誰もその言葉に耳を傾けていなかった。

「――どうぞ、こちらお座りになって下さいませ?」

 その騒々しさがようやく耳に届かなくなったところで、バリエンダールの当代聖女様が、にこやかに微笑んだ。

「古来より宝石には特殊な力が宿っていると言われておりますの。私は、私の持つ魔力でその力を引き出す事に少し手を貸すだけ。ですから、何も心配頂かなくて大丈夫ですのよ?さすがに、命に関わるような傷となると医師の力を頼る方が良いと思いますけれど、今回の掠り傷であれば、これらの石である程度は傷を塞ぐ事が出来ると思いますわ」

 ――同じ聖女でもえらい違いだなと思ったのは、己の心の内だけの秘密だ。
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