聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

468 湖畔の館と白銀の元公爵(3)

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 フェドート元公爵邸には、イデオン公爵邸に比べるとやや規模が落ちるものの書庫があり、そこに周辺地域の地図が保管されているとの事だった。

 何でも妹姫の自死を受け、無言の抗議とでも言う様に王都での行事のほぼ全てを欠席して、フェドート公爵領内領都シェーヴォラの領主屋敷に引きこもっていた時点で、いつ中央から兵なり暗殺者なりを差し向けられてもおかしくはない状況にあったのだと言う。

 その自衛の為に、長い年月をかけて周辺地域の地図を自作したのだ、と。
 そしてその過程でこの邸宅も建て、息子に家督を譲った後は「公爵家別荘」から「終の棲家」へと最終的には変貌を遂げたらしい。

 フェドート元公爵の奥様は既に亡くなられているそうで、前回テオドル大公がここを訪れたのは、その奥様が亡くなられた後の慰問も兼ねていたんだそうだ。

「まあ実際には、テオドルが長きにわたって、公務の都度奥方と此処を訪ねてくれていたからな。さすがに外交問題には出来ないと、先代陛下もこちらには手を出さずにいたと言う訳だ。この地図を活かす様な機会は、幸か不幸か訪れなかった」

 とは言え念のため、書庫の中でのみ、その地図は見て欲しいとの話になり、マトヴェイ外交部長とベルセリウス将軍以下軍の面々が、そこでしばらくイラクシ族の面々の敗走経路を予想して、ユッカラ村へ戻る道を考えようと言う話になった。

 ……既に敗走前提なのが、何とも言えない。
 まあ、そうだろうなとは思うけど。

「その間は、儂らはこのままでもするとしようか」

 これは、テオドル大公がバリエンダール王宮を出発してから、ここに辿り着くまでの流れを説明しろと言う事だろうな……。

 私は「はは…」と、乾いた笑い声を洩らした。

 そんな私を横目に、案の定テオドル大公は、昨日自分が出発してから後の事を説明して欲しいと口にした。

「何、サタノフがここへ来た時に、少しは聞いたがな。彼奴あやつの視点と其方そなたの視点では、また違った話もあろう。特にロサーナ公爵と令息の件はな」

 うむ、とフェドート元公爵も頷いている。

 彼は彼で、王都へ出るどころかシェーヴォラの息子の所へ行く事もほぼないそうで、置物と思ってくれて良いと、自虐でもなんでもなく口にしていた。

「大公様も公爵閣下も、ロサーナ公爵や息子さんとの面識は元々おありなんですか?」

 私の質問に、二人は一瞬だけ顔を見合わせていた。

「儂は公式行事で挨拶を受ける事はあっても、それ以上の言葉を交わす機会なぞなかったように思うがな。ヴァシリーとて、今のロサーナ公爵が公爵位を継いだ頃となると、もう王都の社交には参加しておらんかったのではないか?」

「言われてみればそうだな……まずもって親しく会話をした記憶がない」

「まあ、息子さんの話だと中庸派と言うか、特定の方と親しい付き合いをされていらっしゃらなかったみたいですね。もしかしたら、末のお嬢様が王女殿下の友人となられた時点で、派閥争いを避けるべくわざとお一人で行動されていたのかも」

 可能性はあるな……と、私を見ながらテオドル大公が口元に手をあてた。

「それでも息子の一人は陥れられた――殿下やフォサーティ宰相が何かを言っても、すぐには信用をせんかも知れんな」

「どうやら息子さんは、王都を出るにあたっての助力は受けたみたいなんですけど、その先どこに向かったかについては、一切知らせていないみたいで」

「まあ、正しい措置ではあるだろうよ。連絡不要、ぐらいの事は事前に言い聞かせておるやも知れん」

「知らせるのであれば、バリエンダールの国境を越えてから――ですかね」

「いや……今のサレステーデの王宮の有様を考えると、迂闊に国外に出して良いのかも迷うところだな。公爵位を持つ王都在住の貴族に関しては、儂の持参した手紙を検討するにあたっての会議の内容を既に知っている筈だ。そこに息子が絡みそうだと知れば、まずもって冷静ではいられまいよ」

「お互い、良い縁談ではある筈なんですけどね……」

 侯爵家とは言え、サレステーデの宰相の娘であるサラさんと、公爵家嫡男ではあるものの、あと二人兄弟がいて、婿養子として入れなくもないラディズ青年。

 そもそも好意があるうえに、政略的な面から言っても、実はケチのつけようがない組み合わせなのだ。

「とりあえず、二人は王太子殿下からの指示が出るまでは、ユレルミ族のカゼッリ族長のところに留まると言う事になりそうですね」

「そうでなくとも、その娘御は体調が悪いのだろう?少なくとも今日明日は動きは取れまいよ」

「そうですね。その間にロサーナ公爵が中庸派をされる事を祈るばかりですね」

「そろそろ、ベッカリーア公爵家も色々と手足を捥がれた頃だ。冷静さを欠いた動きの一つや二つ、出てきている頃合い――まあこれは、希望的観測だな」

「多分、今のイラクシ族の内部抗争を潰せれば、ダメ押しになる気はしているんですよ。さっさとアタマだけ狩って、決着させて欲しいんです」

「まあ、儂らが大手を振って帰る為にも、それは必須だがな」

 珍しく肩をすくめているテオドル大公に、隣でフェドート元公爵は厳しい顔つきを崩さないままだった。

「ベッカリーア公爵家か……」

「フェドート家としては、未だ許しがたい家ではあるだろうな」

 かつて先代陛下側についた家。
 今でも権力の中枢を狙って、しかける事をやめない家。
 少数民族に対する嫌悪を隠そうともしない家。

 改めて聞けば、許す要素も妥協する要素も、一片だって存在していないとしか思えない。

「うむ。以前ならば王宮で、彼奴きゃつの目の前で、この首を掻き切って誇りと抗議を示してくれようと思っておったが、この年齢としになると、それよりももっと酷な破滅のさせ方はないものかと、欲張ってしまうな」

 いえ、それはどっちもどっちです!

 と言っても、妹姫を亡くした時点で、そんな慰めの言葉は空回りでしかない。

 私とテオドル大公は「必要ならばいつでもシェーヴォラの本家から人でも〝影〟でも貸す」と言われた事に頷くしかなかった。

「まあ、書斎で作戦会議をしている彼らの結論が出るまでは、此処でゆっくりしていってくれ。国の使者と言う事もあるから、不安ではあるだろうが、いざとなれば私の肩書でも何でも、怒りの弾除けに使ってくれ」

「ヴァシリー……」

「軽食と飲み物の追加はいるか?此処にこれほどの訪問客が来るのも久しくなかった事だから、使用人たちも喜んでいるようだしな。遠慮なく言ってくれ」

 そう言って、先ほどまでの激情を押さえた、気品のある微笑みを見せたフェドート元公爵に、私はおずおずと片手を上げた。

「……すみません、鳥のエサを少し……」

 深刻さをぶち壊してしまってごめんなさい。
 深刻だからこそ、リファちゃんの「癒し」が必要なんです……。
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