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第一部 宰相家の居候

197 気分は二時間ドラマの女王です⁉

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 リュライネン首席研究員しか使用予定がない筈の、薬草の在庫が合わない――と言うのが、そもそもの発端らしかった。

 当初、その薬草をイザクが申請して、与えられている研究室に持ち出した事を知らなかったリュライネンと、それを教えたサンダールとの間で話は決着しかけたところが、それを足してもなお在庫が合わない事で、話を二人だけの事としておけなくなったと言う事らしい。

「イザクは在庫管理者立ち合いの下、申請した量だけを持ち出しているから、彼自身が疑わしいとは思っていないんだ。ただ、イザクがやろうとしている事が、明らかにロイリー…いや、リュライネンの研究と似通っていると、本人コイツが言っているんだ。だとしたら、どちらかの研究内容をかすめ取ろうとした何者かが、薬草を盗んだ可能性がある。だからこの際、イザクには情報を開示して話を聞いた方が良いんじゃないかと言う話になって」

 サンダールに親指を指差されたリュライネンは、無言で頷いている。

「ただコイツは研究の話以外は口下手も良いところだし、とりあえず室長に話を通した後で、俺からイザクに聞いてみようと思ったんだ。これまでは、何を調合しているのか言わなかった所もあったが、室長の口添えがあれば違うんじゃないかと思ったからな。だが室長は、イザクに聞くのならその前にユングベリ嬢に聞いた方が良いと――そう言ったんだ。イザクはユングベリ嬢の命にない事はしない筈だ、と」

 サンダールの視線を受けたキスト室長も頷いている。

「事実、その通りなのだろう?」

「そうですね。…それが冒頭の『毒を無効化する薬』の話に繋がる訳ですか」

 無言は肯定とでも言う様に、三人ともが口を閉ざす。

 うーん…と、私は天井を仰いだ。

 アンジェス国にはまだ存在せず、ハニトラ対策としてイザクに何とか調合を完全なモノにして貰おうとしていたところが、ギーレン国でも近い研究がされていたと言う話になる。

 ギーレン国の薬草研究のいただきにあるとも言える施設の、それも首席研究員の頭脳を借りられるなら、上手くいけばより洗練された薬が出来るかも知れない。

 ただし、王立植物園で開発されると言う事は、いずれ知識と権利は国――王家に共有されると言う事だ。

 開発の後で、こちら側が違法製造に問われるようでは困るのだ。

「ええと……最終的な製造権を、王家に献上――なんて言う話になると、ちょっと困るんですよね……」

 私がそう呟くと、それぞれの個性に応じた、ちょっと非難じみた視線がこちらに向いた。

 いやいや、そりゃあ、研究一筋の人達は、どこが権利を持とうと…と言うか、王家に献上して何の問題がって話なのかも知れないけど。

「今、現在進行形で、ハニトラ対策が急務なんですよ、ウチの商会……」
「…はにとら対策?」

 あ、しまった。ギーレンだろうとアンジェスだろうと、ハニトラなんて通じる訳がなかった。

「すみません、私の居た領地ので、媚薬睡眠薬その他諸々、一服盛られて既成事実を狙われている人の為の対策――と言う意味です」

 そう言うと、その意味を咀嚼した三人の目が、ゆっくりと見開かれた。

「……ユングベリ嬢?もしかして、わざわざ領地からシーカサーリまで出て来たのは――」

「…例え相手がいたとしても、既成事実さえ作ってしまえば――なんて考えるおバカさんは、どこにでもいるワケなんですよ。で、ココって、国で一番、薬草が手に入る所じゃないですか。イザクに、何とか作れないかなぁって、相談をしたワケなんですよ。上手くいけば、自分たちの身の安全もそうですけど、商会の目玉商品にだってなり得ると思いましたし」

 多分彼らは、のは私だと思っているけど、その程度の誤差は、まぁ許されるだろう。

 信用して貰うのに、手の内をちょっとだけ晒したと…そう見えれば充分だ。

「いや、自分の身の安全と商会の利益を秤にかけるのはやめようか」

 さすがにちょっと、キスト室長の顔が痙攣ひきつっている。

「いやだって、仕掛けた側にやり返せる事って限られてますから、プラスでお金稼ぐくらいでないと、やってられませんって。腹立って」

「―――」

「それに今回だけ追い払って終わりって訳でもないでしょうし。一人二人潰しても、また別のところから湧いてきますよ、こーゆー話は」

「だから製造権までは渡したくない、と?」

「どうしてもと言う話でしたら、同じ効果を見込める、別々の薬草で最終的に報告出来るようにしたいですね。毒薬用とハニトラ対策用とで用途を分けて製作しても良いんですけど、それだとあまり成果を評価されない気がします。万能薬だからこそ狙われるし、話題になると言うか」

 確かに…と呟いたのは、リュライネンだ。

「例えば除草剤ひとつ取っても、原材料の違う商品は幾つも売り出されている。オレとイザクとで別々の薬草を使うか、今回盗まれた薬草とは別の薬草を使った研究を新たにしてみれば良いのか……」

「そもそもイザクが、リュライネンさんと同じ薬草を使っているのかどうかまでは、私は知りませんよ?彼は私が『ハニトラ対策になる薬はないか』と問いかけた事に対して『現存しないなら作れば良い』と研究を進めてくれているに過ぎませんから」

「イヤ……この際だから言うが、オレはあらゆる毒薬に耐性のある薬を研究していた。正直、植物によっては既に毒消しが存在している物もあって、オレはそこを広げているにすぎない。現状解毒薬の存在しない媚薬や睡眠薬に対して、効果を打ち消す薬を生み出そうと言うイザクの方が、余程難しい分野に手を付けていると言って良い」

「え」

 リュライネンの思わぬ発言に、今度は私が目を丸くする。

 ……もしかして、私、結構イザクに無茶ぶりしていたんだろうか。
 何か「今更だ」って鼻で笑われそうな気はするけど。

「あ」

「え?」

「そう言う事なら……ちょっとワナを張ってみましょうか」

 人差し指を口元にあてながら、私は三人に向かって、少し考える仕種を見せた。

「最終的には、イザクとリュライネンさんとで改めて薬の開発に取り組んで貰えたら、確かに精度はグンと上がると思います。ただ今は、リュライネンさん一人の研究だと思われていて、だからそこから薬草が盗まれた。多分盗んだ人間はそこまでの知識を持っていなくて、外部の誰かに情報として売り渡したんだろうと思うんですよ」

「それは……」

 あり得るな、とキスト室長が賛同をする様に頷いた。

「なので一度それとなく、イザクが実は他国からの、身分を隠して来ている留学生で、目的はリュライネンさんとの共同研究だった。ただどうも、イザクの研究の方が進んでいるらしい…って言うニセ情報を流してみて下さい。上手くいけば、犯人がそれとなくイザクに探りを入れてきたり、あわよくばまた保管庫に忍び込むとか、やらかすかも知れませんよ」

「‼」

「えーっと、事実はともかく、イザクの方が進んでいるとか言われたら、リュライネンさんも腹立たしいかも分かりませんけど、ここはちょっとの間だけ堪えて貰えませんか。犯人捕まえるまでってコトで」

 …異論も反論も出ないなら、真犯人探し、勝手に始めちゃいますよ?
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