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第三部 宰相閣下の婚約者
613 仄めかしは貴族の嗜み
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「ユセフ。今日の夕食は戻りなさい。この件で色々と話し合う必要がありますから」
エリィ義母様が、真面目な声でわざわざ念押しすると言うことは、日頃は言わないとフォルシアン公爵邸で食事を取らないと言うことなんだろうか。
「お義母様……良いんですか?」
ただ、家に帰らせると言うことは、この件にユセフもガッツリ巻き込むと言う事だ。今以上に。
念の為聞いてみたところ、エリィ義母様は「あら」と口元を綻ばせた。
「いい子ねぇ……愚息と我が家を気遣ってくれて。いいのよ。事の次第を高等法院に伝える人間が必要なんでしょう?そもそも公的証言者としては難しいけれど、法院側の担当者が信用をするのには、うってつけだと考えていたのではなくて?」
「それは……そうなんですけど」
「ふふ。それくらいはさせないと、レイナちゃんばかり働かせすぎだって、夫どころかイデオン公までが怒りだしてしまうわ」
そう言って優雅に微笑むエリィ義母様に、背後のファルコとルヴェックが「あり得る」とでも言いたげなため息を零していた。
ファルコ、怒るだけで済めばいいけどな、なんて大きな独り言は要らないってば!
「……それで、詐欺事件がいずれ高等法院案件になるのは理解したが、こちらはだた、高等法院に案件として上がってくるまで待っていれば良いと?」
そんな筈はないだろう、と言うヤンネのジト目がこちらを射抜く。
どうやらあれこれ積み重なった末、色々と学習しているようだ。
さしずめゲームでもしていれば「ヤンネは学習した!」と画面下にでも出るような感じかも知れない。
私は「こほん」と、咳を挟みながら、頭の中の妄想を振り払った。
「正確には、コデルリーエ男爵家あるいは領都商業ギルドから正式な依頼が入るまで……ですね。その時点で、鉱山を管轄するダリアン侯爵家にそれとなく高等法院での裁判と『当座の現金を必要として、男爵家が名義貸しをするほど鉱脈に問題があるのかと、フォルシアン公爵夫人が気にしている』との話を仄めかせて下さい」
「「「!!」」」
これには、ヤンネだけではなく、ユセフやエリィ義母様までが目を見開いた。
「多分ですけど、その依頼は各ギルドが持つ手紙専用の転移装置を使って送られてくる筈です。最短、即日で届く仕組みなんですよ。商業登録がなくとも、送られた側は一度だけ返信にそれを使えるそうですから、男爵家なりギルドなり、依頼人経由で返信を送れば、仄めかしには充分ですよ」
高位貴族、ましてエリィ義母様の兄となれば、十中八九「気にしている」イコール「お怒りです」に頭の中で自動変換される筈だ。仮に兄の察しが悪かったとしても、弟がいるらしいから、伝わらないと言うことはないだろう。
「レイナちゃん……」
「すみません、ちょっと思い直しました。仮にエリィ義母様が手紙を書いたとして、兄妹間の話となれば『おまえには関係ない』とか『おまえに侯爵家の領政が分かるか』とか、無駄に反発されるかも知れない可能性を考えまして」
エリィ義母様の兄、当代ダリアン侯爵の為人を私は知らない。
妹はそうと思っていなくとも、兄の方が公爵夫人である妹に対抗心や反発心を抱いている可能性もある。
世の中、兄弟姉妹は仲が良いものだ――なんて、そんなのは幻想なのだから。
「高等法院案件として担当をすることになったと、キヴェカス法律事務所と言う第三者からの問い合わせが行けば、ダリアン侯爵家としても何らかの対応をせざるを得ない。とりあえずお義母様も、ダリアン侯爵領に乗り込むと言うお考えは一度横に置いていただいて、キヴェカス卿経由でよりお怒り具合を伝えていただくことにしましょう」
そうすれば少なくとも、こちらからの連絡を握りつぶされることはない。
「……ウチの娘が素晴らしすぎるわ……」
「⁉」
母上、乗り込むとはさすがに――と言いかけたユセフを遮るようにして、エリィ義母様がいきなり私をギュッと抱きしめた。
エリィ義母様、苦しいです!
「なるほど、ダリアン侯爵家にも何かしらのお灸を据えたいワケか……」
口元に手をあてて唸るヤンネに、私は何とかエリィ義母様から離れつつ、頷いた。
「商業登録の保証人としての名義貸しは、地方では違法じゃないと聞いていますけど、当座の現金に縋るあまり架空の登録をさせてしまうのは、さすがに問題ですしね。あと、もしも裁判がこじれたらナルディーニ侯爵家あるいはエモニエ侯爵家を相手に立ちまわって貰うかも知れませんし、その意味でも引っ張りこんでおかないと」
「!」
コデルリーエ家は何と言っても男爵家。
貴族社会では最も下位の立場に回るうえ、問題を起こした侍女まで引き受けているとなれば、いざと言う時にコンティオラ公爵領側の二侯爵家から、全て押し付けられて切られる可能性があるのだ。
そうなってしまえば、恐らくフォルシアン公爵とコンティオラ公爵との間にも、少なからずの禍根が残るかも知れない。
表向き、そんな素振りは見せないだろうけど、いざと言う時に手を取りあわない可能性がある。
三国会談の有無に関わらず、そんな不和の種は残すべきではない。
「素晴らしいわ、レイナちゃん。裁判で揉めた場合には、兄にも存分に働いて貰いましょう」
うふふ……と、素晴らしき淑女の笑みが花開いて、目の前の息子が顔を痙攣らせていた。
「……そ、そんなワケなのでキヴェカス卿、依頼が届いて高等法院案件として正式に立ち上がったあたりからのお仕事になると思うので宜しくお願いします。あ、あくまでもこの件の依頼人はラヴォリ商会長代理、私はここを紹介した善意の第三者ですので、宜しくお願いしますね」
「――――」
うふふ……って、私がエリィ義母様みたく微笑うのには、まだまだ修行が足りないな……。
エリィ義母様が、真面目な声でわざわざ念押しすると言うことは、日頃は言わないとフォルシアン公爵邸で食事を取らないと言うことなんだろうか。
「お義母様……良いんですか?」
ただ、家に帰らせると言うことは、この件にユセフもガッツリ巻き込むと言う事だ。今以上に。
念の為聞いてみたところ、エリィ義母様は「あら」と口元を綻ばせた。
「いい子ねぇ……愚息と我が家を気遣ってくれて。いいのよ。事の次第を高等法院に伝える人間が必要なんでしょう?そもそも公的証言者としては難しいけれど、法院側の担当者が信用をするのには、うってつけだと考えていたのではなくて?」
「それは……そうなんですけど」
「ふふ。それくらいはさせないと、レイナちゃんばかり働かせすぎだって、夫どころかイデオン公までが怒りだしてしまうわ」
そう言って優雅に微笑むエリィ義母様に、背後のファルコとルヴェックが「あり得る」とでも言いたげなため息を零していた。
ファルコ、怒るだけで済めばいいけどな、なんて大きな独り言は要らないってば!
「……それで、詐欺事件がいずれ高等法院案件になるのは理解したが、こちらはだた、高等法院に案件として上がってくるまで待っていれば良いと?」
そんな筈はないだろう、と言うヤンネのジト目がこちらを射抜く。
どうやらあれこれ積み重なった末、色々と学習しているようだ。
さしずめゲームでもしていれば「ヤンネは学習した!」と画面下にでも出るような感じかも知れない。
私は「こほん」と、咳を挟みながら、頭の中の妄想を振り払った。
「正確には、コデルリーエ男爵家あるいは領都商業ギルドから正式な依頼が入るまで……ですね。その時点で、鉱山を管轄するダリアン侯爵家にそれとなく高等法院での裁判と『当座の現金を必要として、男爵家が名義貸しをするほど鉱脈に問題があるのかと、フォルシアン公爵夫人が気にしている』との話を仄めかせて下さい」
「「「!!」」」
これには、ヤンネだけではなく、ユセフやエリィ義母様までが目を見開いた。
「多分ですけど、その依頼は各ギルドが持つ手紙専用の転移装置を使って送られてくる筈です。最短、即日で届く仕組みなんですよ。商業登録がなくとも、送られた側は一度だけ返信にそれを使えるそうですから、男爵家なりギルドなり、依頼人経由で返信を送れば、仄めかしには充分ですよ」
高位貴族、ましてエリィ義母様の兄となれば、十中八九「気にしている」イコール「お怒りです」に頭の中で自動変換される筈だ。仮に兄の察しが悪かったとしても、弟がいるらしいから、伝わらないと言うことはないだろう。
「レイナちゃん……」
「すみません、ちょっと思い直しました。仮にエリィ義母様が手紙を書いたとして、兄妹間の話となれば『おまえには関係ない』とか『おまえに侯爵家の領政が分かるか』とか、無駄に反発されるかも知れない可能性を考えまして」
エリィ義母様の兄、当代ダリアン侯爵の為人を私は知らない。
妹はそうと思っていなくとも、兄の方が公爵夫人である妹に対抗心や反発心を抱いている可能性もある。
世の中、兄弟姉妹は仲が良いものだ――なんて、そんなのは幻想なのだから。
「高等法院案件として担当をすることになったと、キヴェカス法律事務所と言う第三者からの問い合わせが行けば、ダリアン侯爵家としても何らかの対応をせざるを得ない。とりあえずお義母様も、ダリアン侯爵領に乗り込むと言うお考えは一度横に置いていただいて、キヴェカス卿経由でよりお怒り具合を伝えていただくことにしましょう」
そうすれば少なくとも、こちらからの連絡を握りつぶされることはない。
「……ウチの娘が素晴らしすぎるわ……」
「⁉」
母上、乗り込むとはさすがに――と言いかけたユセフを遮るようにして、エリィ義母様がいきなり私をギュッと抱きしめた。
エリィ義母様、苦しいです!
「なるほど、ダリアン侯爵家にも何かしらのお灸を据えたいワケか……」
口元に手をあてて唸るヤンネに、私は何とかエリィ義母様から離れつつ、頷いた。
「商業登録の保証人としての名義貸しは、地方では違法じゃないと聞いていますけど、当座の現金に縋るあまり架空の登録をさせてしまうのは、さすがに問題ですしね。あと、もしも裁判がこじれたらナルディーニ侯爵家あるいはエモニエ侯爵家を相手に立ちまわって貰うかも知れませんし、その意味でも引っ張りこんでおかないと」
「!」
コデルリーエ家は何と言っても男爵家。
貴族社会では最も下位の立場に回るうえ、問題を起こした侍女まで引き受けているとなれば、いざと言う時にコンティオラ公爵領側の二侯爵家から、全て押し付けられて切られる可能性があるのだ。
そうなってしまえば、恐らくフォルシアン公爵とコンティオラ公爵との間にも、少なからずの禍根が残るかも知れない。
表向き、そんな素振りは見せないだろうけど、いざと言う時に手を取りあわない可能性がある。
三国会談の有無に関わらず、そんな不和の種は残すべきではない。
「素晴らしいわ、レイナちゃん。裁判で揉めた場合には、兄にも存分に働いて貰いましょう」
うふふ……と、素晴らしき淑女の笑みが花開いて、目の前の息子が顔を痙攣らせていた。
「……そ、そんなワケなのでキヴェカス卿、依頼が届いて高等法院案件として正式に立ち上がったあたりからのお仕事になると思うので宜しくお願いします。あ、あくまでもこの件の依頼人はラヴォリ商会長代理、私はここを紹介した善意の第三者ですので、宜しくお願いしますね」
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