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第三部 宰相閣下の婚約者
633 絶対零度の晩餐会~団欒の間、再び③~
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「エドヴァルド、そろそろ王宮に――」
「ソゾン」
イル義父様が、タイムリミットだと告げようとした時、エドヴァルドが不意にそれを遮った。
トーカレヴァ・サタノフの元同僚。現在は王都警備隊勤務で、レイフ殿下麾下特殊部隊出身と言うキリーロヴ・ソゾンに関して、エドヴァルドはトーカレヴァ同様に、愛称呼びをするつもりは微塵もないようだった。
本来なら、私にも愛称呼びはさせたくないと、その表情がありありと語っているのだけれど、リファちゃんが絡んだ時点で諦めざるを得なかったようだ。
「以前にサタノフが、バリエンダールで〝痺れ茶〟がアンジェスにも流入したことがあると話をしていた。おまえは、その話を知っているか?」
私が、自警団副団長の登場もあって、まだ聞けていなかったその話を、エドヴァルドがそこで代わって聞いてくれたのだ。
恐らくは、王宮に戻る前にどうしてもそれを聞いておきたかったんだろう。
「……シビレ茶?」
どうやらキーロは、アンジェス語がカタコトとは言っても、聞く方がまだ支障がないのか、エドヴァルドの話自体に疑問を呈することはなかった。
なぜ〝痺れ茶〟の話?と言った表情が浮かんだだけだ。
「シビレ茶、一度、ボードストレーム商会で扱う話、出たコトある。銀を売りたい商会、王都の夜会、茶会にお茶を持ち込みたい、ナルディーニ家、話、したコトある」
「「……ボードストレーム商会⁉」」
キーロは何気なく、問われたことに答えただけだったけど、私とエドヴァルドの声が、それに対し思わぬところでハモってしまっていた。
「エドヴァルド? レイナちゃん?」
「……レイフ殿下が出資をしていた商会だ。アルノシュト伯爵夫人の実家関係者も絡んでいた」
二人の反応を訝しんだイル義父様に、エドヴァルドが静かにそれだけを答えた。
口調が過去形なのは、既にエドヴァルド自身が銀相場に介入して、商会に壊滅的な打撃を与えたからに他ならないのだけれど、まだキーロが何か続けようとしていたのを見て、そこで口を閉ざしたのだ。
「その話、銀、相場揺らいで、中断した。だけど商会、殿下、ナルディーニ家、在庫少しある筈。ギーレン、需要確認する話、あった。ワタシ、メッツア行く筈だった」
エドヴァルドが目を瞠り、私は場所がフォルシアン公爵邸でなければ「マジかぁ」くらいは言ったかも知れなかった。
「クレスセンシア姫の持参金になるかも知れなかったのは、銀だけじゃなかったんですね……」
「……そこは、貴女の知る『物語』にはなかった?」
私も、恐らくシャルリーヌも〝蘇芳戦記〟は全ての国のバージョンをプレイしている。
だけど確実に〝痺れ茶〟なんてアイテムは存在しなかった。
シャルリーヌだってゲーム上の知識としては知らない筈だ。
「……はい」
エドヴァルドの問いかけに、私は首を縦に振ることしか出来なかった。
ただ、私が本来の〝蘇芳戦記〟ルートとして存在していた、エドヴァルドの機密情報漏洩疑惑による追放ルートを潰したことで、付随して起きたことなのかも知れないとは思ったのだ。
追放ルートを潰すために、資金源を断とうと銀相場を揺らがせた。エドヴァルドは私の考えを読んで先んじたに過ぎず、あくまで結果としての実行者だった。
銀相場が揺らいだことで、ボードストレーム商会とレイフ殿下の屋台骨も揺らいだ。
多分、アルノシュト伯爵夫人の実家繋がりで、伯爵領にも何らかの影響は裏で出ている筈だ。
そしてその影響で〝痺れ茶〟をナルディーニ侯爵領から王都、ギーレンのメッツァ辺境伯領に流入させようとした話が頓挫した。
お茶の在庫を抱え、レイフ殿下に献金する筈だった資金のあてを無くしたナルディーニ侯爵家は、海産物取引のあったバリエンダール・ベッカリーア公爵家側からのアドバイスで、ジェイの漁場に絡んだ投資話で、資金を回収するべく動いた。
既にレイフ殿下が失脚状態にあってもその話をゴリ押ししたのは、恐らく侯爵と息子が、コンティオラ公爵母娘を手に入れたいと言う邪な思いを消しきれなかったからではないだろうか。
「その〝痺れ茶〟は、メッツァ辺境伯家にはまだ流れていないのか?」
もし流れていれば、いくらアロルド・オーグレーンの遺した書物が保険として辺境伯家にあろうと、今度こそ元第一王子パトリックは完全に表舞台から消される。
エヴェリーナ妃と言えど、手の打ちようがないのではないだろうか。
思わず固唾を飲んでしまった私を見たから、と言うわけではなく、キーロはエドヴァルドの問いかけに間髪を入れず「ない」と答えていた。
「銀、想定より売るコトできなかった。だから、お茶も見本しかない。姫さま、持って行けなかった」
私だけではなく、エドヴァルドもホッと息を吐き出したのは、多分気のせいではない筈だ。
「今の時点で証拠はないが……アルノシュト伯爵家にもあるかも知れないな……」
ありそうだ。
とても、ありそうだ。
イデオン公爵領にありながら、レイフ殿下の子飼いとしての側面の方が強かったアルノシュト伯爵家だ。
銀の採掘による公害で廃墟となった村で、こっそり在庫を抱えている可能性さえあった。
「いっそ関係者まとめてサレステーデに送ってやれと、陛下に奏上するか……?」
無表情になった宰相閣下の呟きが、冗談に聞こえなかったのは私だけだろうか。
「レイナ」
「はい」
「任せてくれるな?」
「エドヴァルド様……」
少なくとも〝痺れ茶〟に関わる部分については、とエドヴァルドは言った。
「ジェイの漁場に関係した投資詐欺の話については、貴女にお願いするしかない。口惜しいが私の手は今回、そこまでは回らないだろうからだ。貴女の手を必要以上に煩わせることは、私の本意ではないのだが……」
そう言ったエドヴァルドが、私の手をスッと持ち上げる。
「イデオン公爵邸内、資金も人手も、使えるものは全て使っていい。その身に危険が及ばないようにだけ、くれぐれも気を付けて欲しい。もし、危険な目にあったら――」
「あったら?」
「…………」
エドヴァルドは答えなかった。
答えないで、私の手の甲に唇を落として――意味ありげに微笑んだ。
ええっ、ちょっと、怖いんですが――‼
「ソゾン」
イル義父様が、タイムリミットだと告げようとした時、エドヴァルドが不意にそれを遮った。
トーカレヴァ・サタノフの元同僚。現在は王都警備隊勤務で、レイフ殿下麾下特殊部隊出身と言うキリーロヴ・ソゾンに関して、エドヴァルドはトーカレヴァ同様に、愛称呼びをするつもりは微塵もないようだった。
本来なら、私にも愛称呼びはさせたくないと、その表情がありありと語っているのだけれど、リファちゃんが絡んだ時点で諦めざるを得なかったようだ。
「以前にサタノフが、バリエンダールで〝痺れ茶〟がアンジェスにも流入したことがあると話をしていた。おまえは、その話を知っているか?」
私が、自警団副団長の登場もあって、まだ聞けていなかったその話を、エドヴァルドがそこで代わって聞いてくれたのだ。
恐らくは、王宮に戻る前にどうしてもそれを聞いておきたかったんだろう。
「……シビレ茶?」
どうやらキーロは、アンジェス語がカタコトとは言っても、聞く方がまだ支障がないのか、エドヴァルドの話自体に疑問を呈することはなかった。
なぜ〝痺れ茶〟の話?と言った表情が浮かんだだけだ。
「シビレ茶、一度、ボードストレーム商会で扱う話、出たコトある。銀を売りたい商会、王都の夜会、茶会にお茶を持ち込みたい、ナルディーニ家、話、したコトある」
「「……ボードストレーム商会⁉」」
キーロは何気なく、問われたことに答えただけだったけど、私とエドヴァルドの声が、それに対し思わぬところでハモってしまっていた。
「エドヴァルド? レイナちゃん?」
「……レイフ殿下が出資をしていた商会だ。アルノシュト伯爵夫人の実家関係者も絡んでいた」
二人の反応を訝しんだイル義父様に、エドヴァルドが静かにそれだけを答えた。
口調が過去形なのは、既にエドヴァルド自身が銀相場に介入して、商会に壊滅的な打撃を与えたからに他ならないのだけれど、まだキーロが何か続けようとしていたのを見て、そこで口を閉ざしたのだ。
「その話、銀、相場揺らいで、中断した。だけど商会、殿下、ナルディーニ家、在庫少しある筈。ギーレン、需要確認する話、あった。ワタシ、メッツア行く筈だった」
エドヴァルドが目を瞠り、私は場所がフォルシアン公爵邸でなければ「マジかぁ」くらいは言ったかも知れなかった。
「クレスセンシア姫の持参金になるかも知れなかったのは、銀だけじゃなかったんですね……」
「……そこは、貴女の知る『物語』にはなかった?」
私も、恐らくシャルリーヌも〝蘇芳戦記〟は全ての国のバージョンをプレイしている。
だけど確実に〝痺れ茶〟なんてアイテムは存在しなかった。
シャルリーヌだってゲーム上の知識としては知らない筈だ。
「……はい」
エドヴァルドの問いかけに、私は首を縦に振ることしか出来なかった。
ただ、私が本来の〝蘇芳戦記〟ルートとして存在していた、エドヴァルドの機密情報漏洩疑惑による追放ルートを潰したことで、付随して起きたことなのかも知れないとは思ったのだ。
追放ルートを潰すために、資金源を断とうと銀相場を揺らがせた。エドヴァルドは私の考えを読んで先んじたに過ぎず、あくまで結果としての実行者だった。
銀相場が揺らいだことで、ボードストレーム商会とレイフ殿下の屋台骨も揺らいだ。
多分、アルノシュト伯爵夫人の実家繋がりで、伯爵領にも何らかの影響は裏で出ている筈だ。
そしてその影響で〝痺れ茶〟をナルディーニ侯爵領から王都、ギーレンのメッツァ辺境伯領に流入させようとした話が頓挫した。
お茶の在庫を抱え、レイフ殿下に献金する筈だった資金のあてを無くしたナルディーニ侯爵家は、海産物取引のあったバリエンダール・ベッカリーア公爵家側からのアドバイスで、ジェイの漁場に絡んだ投資話で、資金を回収するべく動いた。
既にレイフ殿下が失脚状態にあってもその話をゴリ押ししたのは、恐らく侯爵と息子が、コンティオラ公爵母娘を手に入れたいと言う邪な思いを消しきれなかったからではないだろうか。
「その〝痺れ茶〟は、メッツァ辺境伯家にはまだ流れていないのか?」
もし流れていれば、いくらアロルド・オーグレーンの遺した書物が保険として辺境伯家にあろうと、今度こそ元第一王子パトリックは完全に表舞台から消される。
エヴェリーナ妃と言えど、手の打ちようがないのではないだろうか。
思わず固唾を飲んでしまった私を見たから、と言うわけではなく、キーロはエドヴァルドの問いかけに間髪を入れず「ない」と答えていた。
「銀、想定より売るコトできなかった。だから、お茶も見本しかない。姫さま、持って行けなかった」
私だけではなく、エドヴァルドもホッと息を吐き出したのは、多分気のせいではない筈だ。
「今の時点で証拠はないが……アルノシュト伯爵家にもあるかも知れないな……」
ありそうだ。
とても、ありそうだ。
イデオン公爵領にありながら、レイフ殿下の子飼いとしての側面の方が強かったアルノシュト伯爵家だ。
銀の採掘による公害で廃墟となった村で、こっそり在庫を抱えている可能性さえあった。
「いっそ関係者まとめてサレステーデに送ってやれと、陛下に奏上するか……?」
無表情になった宰相閣下の呟きが、冗談に聞こえなかったのは私だけだろうか。
「レイナ」
「はい」
「任せてくれるな?」
「エドヴァルド様……」
少なくとも〝痺れ茶〟に関わる部分については、とエドヴァルドは言った。
「ジェイの漁場に関係した投資詐欺の話については、貴女にお願いするしかない。口惜しいが私の手は今回、そこまでは回らないだろうからだ。貴女の手を必要以上に煩わせることは、私の本意ではないのだが……」
そう言ったエドヴァルドが、私の手をスッと持ち上げる。
「イデオン公爵邸内、資金も人手も、使えるものは全て使っていい。その身に危険が及ばないようにだけ、くれぐれも気を付けて欲しい。もし、危険な目にあったら――」
「あったら?」
「…………」
エドヴァルドは答えなかった。
答えないで、私の手の甲に唇を落として――意味ありげに微笑んだ。
ええっ、ちょっと、怖いんですが――‼
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