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第三部 宰相閣下の婚約者
749 ブラック王宮へようこそ?
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「……後……後でいいのか?……」
裁判が先。
国王陛下にそう言われて頭を下げはしたものの、エドヴァルドが今一つ納得いってない、と言った風にぶつぶつと呟いているのが見えた。
うん。確かに王位継承権問題もなかなかに大事な話ではあるよね。
だけど多種多様な問題が山積みになっていることも、また確かで。
この茶会に呼ばれた面々をこのままになんて、もちろんしておけないわけで。
……大丈夫だろうか。
エドヴァルドが壊れそうだ。
「まあ、ほとんどの人間がまだお茶の影響が抜けていないと思うが」
むしろ陛下の方が「自分が死んだ後のことなんか知らん」とばかりに、目の前の事態を楽しんでいるように見えた。
「欲張り過ぎたのか何なのかは知らんが、未承認の商品の在庫など抱えるから、そうなったんだ。自分たちがやったことの結果が、我が身に返って良かったな。馬鹿でなければ理解も出来ただろう」
いいわけないだろう!
……そんな茶会参加者たちの心の声が洩れ聞こえるような気がした。実際、何名かは顔に出ている。
「そのうえ在庫は持っていずとも、茶葉を実際にどんな時に使用して、結果どうなったのかを実践してくれた家もあったな。今後真似をする家が出てきても面倒だ。せいぜい見せしめとして派手に裁いてやろう。楽しみにしておくといい」
楽しみなわけがない!
該当する家――内心で叫んでいるであろうヒチル伯爵家関係者にとっては、ただ恐怖が増しただけだろうなと思う。
認識阻害の魔道具で出来たニセ壁の向こう側で、一度罠に吹っ飛ばされた男二人が、ガクガクと膝を震わせながらその場に座り込んでいるくらいなのだから。
……まあそれが〝痺れ茶〟のせいなのか、陛下の言葉に慄いたせいなのかは、ちょっと分からないけど。
「まず茶葉に携わった連中は、先代エモニエ侯爵夫人を含めてその処遇をバリエンダール側の司法関係者と話し合うことになるから、その結論が出るまでは全員幽閉だ。もちろん、その間の衣食住の費用については領地から全部出させる。王宮は慈善事業で成り立ってやしないのだからな」
「……っ」
真っ先に文句を言いそうなナルディーニ侯爵父子は、意識を失って床に倒れたままだ。
それでも何人かの貴族が、短く息を呑んでいるのは分かった。
三国会談の話を、この場の子爵男爵レベルにまで公にしていいものなのかどうかが定かじゃないため、司法関係者などと陛下はぼかしているんだろう。
そのうえ、実際にはバリエンダールの国王がアンジェスにやって来る上に、先代エモニエ侯爵夫人に関しては、バリエンダール側のベッカリーア公爵家断罪の手札として、ミラン王太子がどう使うのかがまだハッキリしていない。
場合によっては、先代エモニエ侯爵夫人どころか、関係のあったナルディーニ侯爵をも駒として使いたいという話になるかも知れない。
そう考えると、今すぐ国王陛下の一存でどうこうするわけにもいかないというのが、正確な現在の状況だった。
恐らく陛下は、しばらく牢の住人となる彼らを最大限に活用出来るタイミングを図っているんだろうな……。
「陛下、さすがに貴族牢の数が足りません」
そこまで聞いて、ようやく己を少し取り戻したらしいエドヴァルドが国王陛下に待ったをかけた。
「今でさえ、どこぞの王族はともかく、公爵以下をひとまとめに放り込んでいるくらいです。高等法院の牢を使ったとしても溢れます」
「第一王子と第二王子もまとめて放り込んでおいたらどうだ?」
「それでも一室しかひねり出せないでしょう。某王女を他の女性陣と一緒にしたとしても、二室でしかない。ここに何人、今転がっていると?」
本来であれば、裁判で判決が下るまでは、高位貴族が、それもひとまとめに収監されるなんてことはまずないらしい。
サレステーデの王族が何人もいて、そのうえナルディーニ、ダリアン、エモニエ侯爵家の関係者やヒチル、アルノシュトといった伯爵家の関係者までいるのだ。
「子爵家以下の貴族を高等法院の牢に、たとえば商会関係者を王都警備隊の一時拘束所に仮で放り込んだとしましょう。それで恐らくはギリギリ。このうえ今回の件とは無関係な一般犯罪が起きたとしたら、何の余裕もないということになります」
「ふむ……」
さすがに通常の治安体制にまで影響が出るのは好ましくないとエドヴァルドが言い、国王陛下も口元に手をあてて考える姿勢を見せた。
「ではナルディーニ侯爵は医局で実弟と同じ体験でも味わっておいて貰おうか。別に茶葉の新しい実験でも、それはどちらでも構わんが」
「!」
陛下の言葉に目を輝かせたのは――ガールシン医局長だ。
「アルノシュト伯爵も医局、こちらは息子と同じ部屋でしばらく寝起きをしていればいいだろう。看病の人手くらいにはなるだろうしな」
「それは……ええ、どちらも助かります、陛下。もともと今、医局には病人の身分を考えて護衛騎士が待機をしている状況。逃げようもありませんし」
「だが適宜事情聴取は出来るように加減はしておけ。廃人は困る。――今はな」
今は、の言葉に国王陛下とガールシン医局長以外の面々の顔色が悪い。
もしもフィルバート・アンジェスという当代の国王の本質を見誤っていた、あるいは知らなかった人間がいたとしたら、今日のこの会は認識を根底から覆される会となるに違いなかった。
多分併せて、医局長や管理部長の思考回路が、ほぼほぼ常識の外にあるということも嫌でも理解したはずだ。……私みたいに。
「承知いたしました、陛下」
ガールシン医局長は、恭しく陛下に首を垂れている。
ナルディーニ侯爵で更に実験していい、と事実上言われたも同然な所為か、表情がとても満足気に見える。
「……息子は今と同じ、ヒチル伯爵家の面々と同じ牢ですか?」
エドヴァルドの問いかけにやや間があったのは、もしかしたら陛下と医局長とのやり取りを止めるべきかどうか、一瞬悩んでいたからかも知れない。
話題が侯爵本人から息子の方へと移っていたのは、考えた末にその話を受け入れたからだろうか。
鉄壁無表情の状態なので、私では何も読み取ることが出来ないのだけれど。
「息子からは投資詐欺の話も聞かねばならんからな。うっかり廃人にでもした日には、高等法院や商業ギルドから苦情が来そうだ」
うっかり廃人、って何。
陛下の言葉にこめかみを痙攣らせているエドヴァルドも、きっと同じことを思ったような気がした。
後はそうだな……と呟いている陛下は、確実にエドヴァルドの反応を面白がっていた。だって、声がちょっと笑っている。
放っておけば「宰相は生真面目だな」くらいは言い出しかねない表情すら浮かべていた。
「エモニエ侯爵とダリアン侯爵はまあ、本人がやらかしたと言うよりは、侯爵として下の者を管理監督する責務を疎かにした事が最大の罪だからな。であれば、しばらくは領地に戻らずコンティオラ公爵とフォルシアン公爵の下で無給で働くのが良かろうよ。今、王宮の公務はどれだけ人がいてもいすぎることはない状態だしな」
「「……っ」」
軽く目を瞠っているエモニエ侯爵とダリアン侯爵に「温情だなどと思うなよ?」と、陛下が意味ありげに口の端を歪めた。
「すぐに自分達が見て見ぬフリをしていたことのツケを思い知ることになるだろうよ」
まともな睡眠時間が確保出来るといいな……?
そう言って笑った国王陛下の顔は、お世辞にも両侯爵を気遣っているものではなかった。
裁判が先。
国王陛下にそう言われて頭を下げはしたものの、エドヴァルドが今一つ納得いってない、と言った風にぶつぶつと呟いているのが見えた。
うん。確かに王位継承権問題もなかなかに大事な話ではあるよね。
だけど多種多様な問題が山積みになっていることも、また確かで。
この茶会に呼ばれた面々をこのままになんて、もちろんしておけないわけで。
……大丈夫だろうか。
エドヴァルドが壊れそうだ。
「まあ、ほとんどの人間がまだお茶の影響が抜けていないと思うが」
むしろ陛下の方が「自分が死んだ後のことなんか知らん」とばかりに、目の前の事態を楽しんでいるように見えた。
「欲張り過ぎたのか何なのかは知らんが、未承認の商品の在庫など抱えるから、そうなったんだ。自分たちがやったことの結果が、我が身に返って良かったな。馬鹿でなければ理解も出来ただろう」
いいわけないだろう!
……そんな茶会参加者たちの心の声が洩れ聞こえるような気がした。実際、何名かは顔に出ている。
「そのうえ在庫は持っていずとも、茶葉を実際にどんな時に使用して、結果どうなったのかを実践してくれた家もあったな。今後真似をする家が出てきても面倒だ。せいぜい見せしめとして派手に裁いてやろう。楽しみにしておくといい」
楽しみなわけがない!
該当する家――内心で叫んでいるであろうヒチル伯爵家関係者にとっては、ただ恐怖が増しただけだろうなと思う。
認識阻害の魔道具で出来たニセ壁の向こう側で、一度罠に吹っ飛ばされた男二人が、ガクガクと膝を震わせながらその場に座り込んでいるくらいなのだから。
……まあそれが〝痺れ茶〟のせいなのか、陛下の言葉に慄いたせいなのかは、ちょっと分からないけど。
「まず茶葉に携わった連中は、先代エモニエ侯爵夫人を含めてその処遇をバリエンダール側の司法関係者と話し合うことになるから、その結論が出るまでは全員幽閉だ。もちろん、その間の衣食住の費用については領地から全部出させる。王宮は慈善事業で成り立ってやしないのだからな」
「……っ」
真っ先に文句を言いそうなナルディーニ侯爵父子は、意識を失って床に倒れたままだ。
それでも何人かの貴族が、短く息を呑んでいるのは分かった。
三国会談の話を、この場の子爵男爵レベルにまで公にしていいものなのかどうかが定かじゃないため、司法関係者などと陛下はぼかしているんだろう。
そのうえ、実際にはバリエンダールの国王がアンジェスにやって来る上に、先代エモニエ侯爵夫人に関しては、バリエンダール側のベッカリーア公爵家断罪の手札として、ミラン王太子がどう使うのかがまだハッキリしていない。
場合によっては、先代エモニエ侯爵夫人どころか、関係のあったナルディーニ侯爵をも駒として使いたいという話になるかも知れない。
そう考えると、今すぐ国王陛下の一存でどうこうするわけにもいかないというのが、正確な現在の状況だった。
恐らく陛下は、しばらく牢の住人となる彼らを最大限に活用出来るタイミングを図っているんだろうな……。
「陛下、さすがに貴族牢の数が足りません」
そこまで聞いて、ようやく己を少し取り戻したらしいエドヴァルドが国王陛下に待ったをかけた。
「今でさえ、どこぞの王族はともかく、公爵以下をひとまとめに放り込んでいるくらいです。高等法院の牢を使ったとしても溢れます」
「第一王子と第二王子もまとめて放り込んでおいたらどうだ?」
「それでも一室しかひねり出せないでしょう。某王女を他の女性陣と一緒にしたとしても、二室でしかない。ここに何人、今転がっていると?」
本来であれば、裁判で判決が下るまでは、高位貴族が、それもひとまとめに収監されるなんてことはまずないらしい。
サレステーデの王族が何人もいて、そのうえナルディーニ、ダリアン、エモニエ侯爵家の関係者やヒチル、アルノシュトといった伯爵家の関係者までいるのだ。
「子爵家以下の貴族を高等法院の牢に、たとえば商会関係者を王都警備隊の一時拘束所に仮で放り込んだとしましょう。それで恐らくはギリギリ。このうえ今回の件とは無関係な一般犯罪が起きたとしたら、何の余裕もないということになります」
「ふむ……」
さすがに通常の治安体制にまで影響が出るのは好ましくないとエドヴァルドが言い、国王陛下も口元に手をあてて考える姿勢を見せた。
「ではナルディーニ侯爵は医局で実弟と同じ体験でも味わっておいて貰おうか。別に茶葉の新しい実験でも、それはどちらでも構わんが」
「!」
陛下の言葉に目を輝かせたのは――ガールシン医局長だ。
「アルノシュト伯爵も医局、こちらは息子と同じ部屋でしばらく寝起きをしていればいいだろう。看病の人手くらいにはなるだろうしな」
「それは……ええ、どちらも助かります、陛下。もともと今、医局には病人の身分を考えて護衛騎士が待機をしている状況。逃げようもありませんし」
「だが適宜事情聴取は出来るように加減はしておけ。廃人は困る。――今はな」
今は、の言葉に国王陛下とガールシン医局長以外の面々の顔色が悪い。
もしもフィルバート・アンジェスという当代の国王の本質を見誤っていた、あるいは知らなかった人間がいたとしたら、今日のこの会は認識を根底から覆される会となるに違いなかった。
多分併せて、医局長や管理部長の思考回路が、ほぼほぼ常識の外にあるということも嫌でも理解したはずだ。……私みたいに。
「承知いたしました、陛下」
ガールシン医局長は、恭しく陛下に首を垂れている。
ナルディーニ侯爵で更に実験していい、と事実上言われたも同然な所為か、表情がとても満足気に見える。
「……息子は今と同じ、ヒチル伯爵家の面々と同じ牢ですか?」
エドヴァルドの問いかけにやや間があったのは、もしかしたら陛下と医局長とのやり取りを止めるべきかどうか、一瞬悩んでいたからかも知れない。
話題が侯爵本人から息子の方へと移っていたのは、考えた末にその話を受け入れたからだろうか。
鉄壁無表情の状態なので、私では何も読み取ることが出来ないのだけれど。
「息子からは投資詐欺の話も聞かねばならんからな。うっかり廃人にでもした日には、高等法院や商業ギルドから苦情が来そうだ」
うっかり廃人、って何。
陛下の言葉にこめかみを痙攣らせているエドヴァルドも、きっと同じことを思ったような気がした。
後はそうだな……と呟いている陛下は、確実にエドヴァルドの反応を面白がっていた。だって、声がちょっと笑っている。
放っておけば「宰相は生真面目だな」くらいは言い出しかねない表情すら浮かべていた。
「エモニエ侯爵とダリアン侯爵はまあ、本人がやらかしたと言うよりは、侯爵として下の者を管理監督する責務を疎かにした事が最大の罪だからな。であれば、しばらくは領地に戻らずコンティオラ公爵とフォルシアン公爵の下で無給で働くのが良かろうよ。今、王宮の公務はどれだけ人がいてもいすぎることはない状態だしな」
「「……っ」」
軽く目を瞠っているエモニエ侯爵とダリアン侯爵に「温情だなどと思うなよ?」と、陛下が意味ありげに口の端を歪めた。
「すぐに自分達が見て見ぬフリをしていたことのツケを思い知ることになるだろうよ」
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