聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

754 その鳥は二次会に参加する

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「リファちゃん、会いたかったよ!」

 私が頭の上に向けてそう話しかけていると、気付けばシャルリーヌが私の頭上をガン見していた。

「……鳥……もふもふ……」
「そう! 可愛いでしょ⁉ 癒されるでしょ⁉」
「ぴ!」

 これは多分、上でドヤってるなぁ……と思いながらも、可愛いから許す! と、私も内心で激しく頷いていた。

「えーっと……シマエナガ?」

「でしょ⁉ やっぱ、そう見えるよね⁉ や、でもこの国の山岳地帯中心に見かける『ヘリファルテ』っていう種類の鳥らしいんだけどね?」

「ヘリファルテ……ああ、だから……」

「いいじゃん、リファちゃん! 似合うでしょ?」

 こんなところに、ひねりはいらない。
 可愛ければOK!

「か……」
「か?」

 可愛ければOK!と、まさか私が思っていたのが伝染したのかどうか。

 リファちゃんをガン見していたシャルリーヌが「カワイイ――‼」と叫んだのは、それからすぐのことだった。

「え、なに、このコ⁉ 真っ白! もふもふ! カワイイがすぎるわ‼」
「でしょ⁉ 分かってくれる⁉ あ、ほら、リファちゃん、ご挨拶!」

 私はそう言って頭の上に手を伸ばすと、人差し指の上にちょんと乗ったリファちゃんを、そっとテーブルの上に下ろした。

「ヘリファルテ種のリファちゃんです! リファちゃん、こっちは私の友達で、シャルリーヌ……リファちゃんにはシャーリーの方が分かりやすいかな⁉」

「ぴ!」

 ちょっと足を踏ん張って、くいっと顔を上げている様はまさしくドヤ顔。
 何なら「思うぞんぶんでるがよい」くらいの勢いじゃなかろうか。

「やーん、ドヤってる! カワイイ――! 初めまして……えっと、リファちゃん? 私はシャーリー。レイナの友達よ。覚えてね?」

 テーブルに顔を近づけて、リファちゃん目線で笑うシャルリーヌ。
 ぴぴっ! と鳴いてるのは、多分「分かった!」とでも言ってるんだろう。

「えー、このコ、言葉分かるの――?」
「どうだろう? リファちゃんは、結構分かってると思うんだけど」

 何せヘリファルテ種をリファちゃんしか知らないので、比較のしようもない。

「ギーレンでは見かけなかった?」

 シーカサーリ王立植物園でも王都でも見た覚えはなかったけど、私がそれぞれに滞在していたのは、そう長い間のことじゃない。

 十数年ベクレル伯爵邸で生活をしていたシャルリーヌは、また違うかも知れないと思って聞いてみたけれど、彼女は「うーん……?」と、首を傾げていた。

「山や森にいそうってことなら、王立植物園くらいにはいても良さそうだけど……アンジェス固有か、いてもメッツア辺境伯領くらいな可能性はあるかもよ?」

 メッツア辺境伯領は、シャルリーヌの元婚約者パトリックが王位継承権を剥奪されて暮らす地であり、アンジェス国に隣接している地でもある。

 シャルリーヌ自身は見たことがなかったようなので、アンジェスに近い土地ならばと思ったのかも知れない。

「なぁに、今度はこのコのグッズでも作って売り出す気?」
「!」

 カワイイねー、と声をかけながら首を左右に傾けているシャルリーヌは、多分それほど深く考えての発言じゃなかったはずだ。

 だけど私はちょっと虚を突かれて、真面目に考えこんでしまった。

「……グッズかぁ……」

 刺繍?
 ぬいぐるみ?
 アクセサリーとか?

「え、かわいいかも?」
「え、真面目に受け取ってる?」

 シャルリーヌの方が私の呟きにかえって驚いている。

「や、でも、このコのグッズだけだと結構ニッチだと思うわよ、レイナ? 真面目に考えるなら、貴族層が飼っているペットグッズとかから始めて、そこにひっそり混ぜるくらいから始めた方がよくない?」

 イデオン公爵邸にもボードリエ伯爵邸にもいないけれど、犬や猫、ウサギと言った愛玩動物を飼っている家は当然存在している。

 家畜にしたって、ぬいぐるみくらいならあってもいいかも知れない。

 何よりリファちゃんの可愛さを余すことなく伝えたいとは言え、ヘリファルテ種が訓練すれば手紙を運べるとか、余計な話が知られてしまうのはトーカレヴァとしても困るだろう。

 手紙を運んでいる最中に、愛玩動物と見做されて捕まえられてしまうかも知れない。

 ハッと私はリファちゃんの小さな背中を見つめた。

「そうよね! リファちゃんグッズは作ったとしても個人で愛でればいいのよ!」
「…………ぴ?」
「やーん、カワイイ! 首傾げてる――‼」

 どうやらシャルリーヌの淑女の仮面も、リファちゃんの前では何の役にも立っていないらしい。
 気持ちは分かるけど。

 個人で愛でる、と思えばふつふつとアイデアも湧いてくる。

「銀細工でスプーンの先とかに彫って貰う? あ、リリアートのガラスで置物にして貰う? ふくふくだし、出来るかも⁉ バーレントの紙の地模様にイラスト入れて貰うか、綿花でぬいぐるみにするのもアリか……ハルヴァラの白磁の模様だと子供向けすぎるかな⁉」

「レイナ様……」

 肝心の飼い主トーカレヴァはと言えば、話のどのあたりから戻って来ていたのかは分からないものの、かなり困惑したようにこめかみを痙攣ひきつらせていた。

「ちゃんとした生息地域が分かれば、その地域の町興しに仕えるかも……とは思うんだけど、あんまり目立つとレヴも困るでしょう? だからイデオン公爵邸で愛でる分には許して。ね?」

「ね? と、言われましても……つがいを探すだけではダメなんですか?」

「番⁉ リファちゃんに? いるの⁉」

「いや、まだいませんよ! いませんけどね? どうせなら番を探して、その子供たちをレイナ様が飼うのもアリなんじゃないかと、この前キーロが……」

 ごにょごにょと言いづらそうにしているため、本当に全部をキーロが言ったのかどうかは真偽不明なものの、その話自体はとてつもなく魅力的だと私は目を輝かせた。

「キーロもいいこと言うじゃん!」

 キーロって? と聞いてきたシャルリーヌに、王都警備隊所属の、トーカレヴァの友人だととりあえず返しておく。

 ノーイェルや〝アンブローシュ〟の従業員たちもいる以上は、あまり詳しく語れるものでもないだろう。

「あぁ……リファちゃんと、番と雛鳥……並んだら更にかわいいだろうなぁ……」

 まだ見ぬ未来を想像した私の口元が、ついうっかりと緩んでしまう。

「あ、ねぇレイナ! 練り切りは無理だけど、そばがきなら作れたじゃない? 上手くいけばシマエナガっぽい和菓子作れたりしない? それかほら、イチゴをホワイトチョコレートでコーティングして、ダークチョコとかで目でも付ければそれっぽくならない?」

「!」

 どうやらシャルリーヌは、お菓子方面で思わぬ創作の才能があるらしい。

「うん、じゃあ、お泊まり会をまた計画して、創作お菓子にチャレンジしてみよう! そば粉はまだちょっとあるはずだし、ホワイトチョコは……イル義父様に聞いてみるわ!」

「うん、やろうやろう!」

「……もしかして、その時にはまたヘリファルテを呼べと?」

 盛り上がる私とシャルリーヌに、トーカレヴァが静かに聞いてくる。
 あの顔は、もう答えを分かっている顔だ。

「そりゃあ、だって、モデルが必要でしょう⁉」
「…………」

 答えの代わりに、トーカレヴァは大きなため息を吐き出した。
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