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第三部 宰相閣下の婚約者
785 現実とシナリオの狭間で
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乙女ゲームであり、戦略シミュレーションゲームでもあった〝蘇芳戦記〟には五つの国が登場していて、プレイヤーはまず最初に自分がプレイする国を選んでゲームを開始する仕様になっていた。
アンジェスは〝扉の守護者〟が、ギーレンは第一王子の婚約者である伯爵令嬢がプレイヤーとしてゲームをスタートさせるのとは異なり、バリエンダールは第一王女がそのプレイヤーとなる。
バリエンダールにおける舞台の中心は、王宮。
ハッピーエンドが護衛騎士と結ばれて侯爵家に降嫁することであり、バッドエンドは王女に兄妹以上の感情を抱いている王太子に死ぬまで監禁されること。
アンジェスもそうだけど、バッドエンドに監禁エンドが複数国設定されている時点で、R18要素が隠れていたことに気が付くべきだった。……とっっっても、今更だけど。
ゴホン。それはさておき。
そもそも元のシナリオ自体、舞菜ではなく私がアンジェスに残り、ギーレンサイドで本来主役となるはずのシャルリーヌが亡命後の帰国を拒否している時点で、ゲーム世界としての設定からは既に根底から覆りつつあると言ってもよかった。
バリエンダールにしたところで、王太子が侯爵令嬢と婚約した時点で、王女がその侯爵家の嫡男たる騎士と婚約する道も、監禁される道も閉ざされている。
王女が降嫁する筈だった侯爵家こそがプレイの要になるはずが、宰相の側室夫人の実家である公爵家の存在がむしろ浮き彫りになってきているのだ。
ノーマルエンドである、隣国サレステーデの第二王子との政略結婚にしても、その王子が王女と共にアンジェスに押しかけて来ている時点で、こちらのシナリオも既に破綻している状態だし、サレステーデ自体が、国としての形態すら失おうとしていた。
思い返せばサレステーデサイドのプレイヤーは〝扉の守護者〟の「後継者」だったはずだ。
けれど、今現在、その名前すら表に出てきていない。
三国会談でサレステーデの宰相が来るまでには、再度〝蘇芳戦記〟の他国のルートをじっくり思い返した方がいい……とは思ったものの、サレステーデのルートはゲーム自体が好評であれば後日開放されるルートだとして、設定資料集に多少の記載があった程度。
宰相の娘やその恋人の話はもちろんなかった。
今頃向こうの世界で実装されているんだろうかと、気にはなれど今はそれどころじゃないのもまた確かなワケで。
少なくともここは既に「ゲームの世界」ではなくゲームに「よく似た世界」なのだと、認識を改めなくてはならない段階にきていることだけは、自分に言い聞かせておく必要があった。
(ゲーム内、バリエンダールサイドでベッカリーア公爵家の名前なんて微塵も出てこなかったわけだしね……)
今の自分が存在しているこの世界では、バリエンダールサイドにおける諸悪の根源はベッカリーア公爵家だ。
ゲームの知識に振り回されることなく、置かれている状況にちゃんと向き合わなければ、足を掬われてしまうかも知れない。
私は改めて、会話の中心となっているテオドル大公とアレンカ・エモニエ先代侯爵夫人に意識を向けたのだった。
「儂は慈善事業家ではない。其方が咎人であろうとなかろうと、他国の公爵家に故なく手を出す理由がない――とは思わぬのか?」
テオドル大公が言っていることは正論だし、何より王族としての圧が桁外れに強い。
国王陛下のサイコパス色漂う圧とはまた違う、年齢と責務を背負う者が出せるものだ。
普通なら、その威圧に引いていてもおかしくはないし、恐らくテオドル大公は、そう思わせることも含めて、わざと厳しい声を発していたはずだけれど、エモニエ先代侯爵夫人の表情からは、少なくとも表向き、怯えは見受けられなかった。
「もちろん、直接的な理由があるとは私も思ってはおりません」
顔を上げて、真っすぐに、テオドル大公を見返していた。
「ですが私の手元には、つい最近になって、実家から届いた手紙がございます」
「実家……フレイア伯爵家と申しておったな。バリエンダールの一伯爵家が、未亡人となった嫁ぎ先の娘に送った手紙に、価値があると申すか?」
「大公殿下にとってどのような価値があるのかと問われれば、すぐにはお答え致しかねます。ですが少なくとも、その手紙に価値を見出すであろう御方にお渡し頂けるのではと、そう思ったが故の此度の要望にございます」
エモニエ先代侯爵夫人の声に、揺らぎはない。
内容が分からないまでも、彼女自身はその手紙に何らかの価値を置いているのだと窺わせる態度だった。
ふむ、とテオドル大公が口元に手をあてて考える仕種を見せている。
「その手紙は最近のものだと申したな。なぜ、その手紙に価値があると判断したのだ? そなたがこの国に嫁してから、決して短くはない月日が経っておろう。輿入れの経緯を考えれば、どの面下げてと思うのが普通ではないか。保身を願おうとでも思うたか?」
多分テオドル大公は、エモニエ先代侯爵夫人の真意を引き出そうとして、敢えてキツイ言い方をして煽っているんだろう。
エモニエ先代侯爵夫人が最初から保身など目論んでいないことは、ここに来る以前の調査の段階で既にそう判断を下されている。
だからテオドル大公は、彼女が一番反発をしそうな言い方をわざと選んだ。
「…………保身など」
その結果――得られた反応は、吐き捨てんばかりの口調でそれを忌避するものだった。
「この国に嫁ぐことになった時点で、保身などという言葉は海の藻屑と消えてございます。私は、手紙がもっとも効果的に活かされるであろう機会を待ち望んでおりました。想定外だったのは、私自身が捕らえられてしまった時期のみ。私の予想では、もう少し後の話と思っておりましたから」
アンジェス国では未承認の〝痺れ茶〟を黙認、誘導していた時点で、罪に問われることは分かっていた。
ただその時期だけが、想定外だった。
いっそ見事なまでに、エモニエ先代侯爵夫人は、関与を認めていた。
「……それで、その手紙とやらは今は手元に?」
テオドル大公でなくとも、夫人に聞けることはそれしかなかっただろう。
そして夫人は、会話をそこまで持っていけたことに満足していると言わんばかりに、口角を上げた。
「まさか持ち歩いたり、邸宅で家令に保管させるような迂闊なことは致しません。然るべきところに預けてございます」
「エモニエ侯爵邸では信が置けなかったと申すか」
「亡くなった夫は、確かに死ぬまで私のことを気遣って下さいました。ですがそれがそのまま、侯爵家全体への信頼に繋がるとは思えませんでしたの」
確かに、十人いれば十通りの考え方があるだろうし、後妻となってバリエンダールからやって来たこの夫人を認めない人々は一定数いたんだろう。
どちらが望んだ縁組でもなかっただろうから、尚更に。
この場の誰も「エモニエ侯爵家全体を信用は出来ない」と告げた夫人を責めなかったことからも、その発言は妥当だと受け取られたようだった。
「まさか其方が死んでから届くとか、この国にはないとか申すまいな?」
「さすがにそこまでのことは申しませんわ」
厳しい表情を崩さないテオドル大公とは対照的に、エモニエ先代侯爵夫人は微かに口元を綻ばせていた。
そのやり取りには、国王陛下さえも興味深げに見守っていたほどである。
誰もが、夫人の次の言葉を無言で待っている状況だった。
「――ブラーガ領都商業ギルド」
「!?」
そうしてその言葉に、幾人もの人間が息を呑む。
「ブロッカ商会宛、近々関係者が直接取りに来ると言付けて、ギルド内の手紙転送用の引き出しに留め置いて貰っておりますの。誰かがブロッカ商会長の委任状を持ってギルドに行けば、すぐに手に入れられるようになっておりますわ」
まだ直接関わっていないテオドル大公や、クヴィスト公爵代理あたりは、すぐにピンとこなかったようだったけれど、エドヴァルド、イル義父様、コンティオラ公爵はそうじゃなかった。
もちろん、私も。
「……ふむ」
チラリと部屋の中を一瞥したテオドル大公は、どうやらその商会がただの商会ではないことは、すぐに察したらしかった。
「その商会は共犯ということで良いのか?」
詳細を聞く前に、要点をまず確認しておこうとしたのかも知れない。
エモニエ先代侯爵夫人も、そこは答えたところで大勢に影響ないと判断したのか「そうですわね……」と、言葉を選ぶかの様に天井を見上げた。
「商会長夫人であるクラーラ様は、元はエモニエ侯爵家の血を引く方ですから、私がギルドで商会の名前を出しても怪しまれないと思ったことは確かですわ。商会としての登録が失われない限りは、何年経過しようと書類が勝手に処分されることもないと聞きましたし」
手紙を預けることに関しては、年中無休いつでもどうぞというスタンスだけれど、小型の〝転移扉〟を使って近くのギルドまで転送することに関しては、一日の中の決められた時間にのみ行われている。
ギルドカード保持者は、その手紙を送るタイミングを指定することも可能なのだ。
極端な話、翌日どころか一年後二年後の配達を依頼しても、原則ギルド側は拒否をしない。その間はギルド内に保管されることになり、所謂「貸金庫」のような役割を果たすことになる。
誕生日だったり、何年目かの記念日だったりと、タイミングを先延ばしにしたいケースは実際に存在しているし、途中で引き下げたくなるケースも同様に存在している。
つまりエモニエ先代侯爵夫人は、ダミーの日時を指定して、その手紙をギルドに預けておくべく、ブロッカ商会とブラーガ領都商業ギルドを利用したのだ。
同じエモニエ侯爵家関係者の依頼となれば、よほどのことがない限りは疑われないだろうことを逆手に取った。
「共犯とは言わぬまでも、巻き込んだところで痛くもかゆくもないと思ったワケか……」
苦々しく呟いたテオドル大公に、エモニエ先代侯爵夫人は「ふふ……」とそれを笑って肯定した。
どのみち色々とやらかしていて真っ黒な状態だと分かっていて、その名前を利用したと言うことなんだろう。
「その様子だと、手紙を取りに行かせることは容易そうではあるが……そもそも、手紙の中身は何なのだ?」
「失礼致しました。肝心な内容を申し上げておりませんでした」
そう言って、夫人が優雅なカーテシーを居並ぶ面々に披露する。
「フレイア伯爵家が所有するパオリーノ島に出入りしていた、マルハレータ伯爵家とリーサンネ商会が王家から抑えられてしまい、孤立しそうだと。エモニエ侯爵家の伝手で、船と人を回せ――と、そんな内容の手紙でございましたわ」
「……っ!」
パオリーノ島。
マルハレータ伯爵家。
リーサンネ商会。
それらは全て「ユングベリ商会」としては、見過ごせない名だ。
あちゃ、と声には出さないまでも、何かしらは伝播したのだろう。
冷ややかな氷の魔王の視線と、明らかにこの場を楽しんでいる国王陛下の視線、それぞれがこちらに向く羽目になった。
アンジェスは〝扉の守護者〟が、ギーレンは第一王子の婚約者である伯爵令嬢がプレイヤーとしてゲームをスタートさせるのとは異なり、バリエンダールは第一王女がそのプレイヤーとなる。
バリエンダールにおける舞台の中心は、王宮。
ハッピーエンドが護衛騎士と結ばれて侯爵家に降嫁することであり、バッドエンドは王女に兄妹以上の感情を抱いている王太子に死ぬまで監禁されること。
アンジェスもそうだけど、バッドエンドに監禁エンドが複数国設定されている時点で、R18要素が隠れていたことに気が付くべきだった。……とっっっても、今更だけど。
ゴホン。それはさておき。
そもそも元のシナリオ自体、舞菜ではなく私がアンジェスに残り、ギーレンサイドで本来主役となるはずのシャルリーヌが亡命後の帰国を拒否している時点で、ゲーム世界としての設定からは既に根底から覆りつつあると言ってもよかった。
バリエンダールにしたところで、王太子が侯爵令嬢と婚約した時点で、王女がその侯爵家の嫡男たる騎士と婚約する道も、監禁される道も閉ざされている。
王女が降嫁する筈だった侯爵家こそがプレイの要になるはずが、宰相の側室夫人の実家である公爵家の存在がむしろ浮き彫りになってきているのだ。
ノーマルエンドである、隣国サレステーデの第二王子との政略結婚にしても、その王子が王女と共にアンジェスに押しかけて来ている時点で、こちらのシナリオも既に破綻している状態だし、サレステーデ自体が、国としての形態すら失おうとしていた。
思い返せばサレステーデサイドのプレイヤーは〝扉の守護者〟の「後継者」だったはずだ。
けれど、今現在、その名前すら表に出てきていない。
三国会談でサレステーデの宰相が来るまでには、再度〝蘇芳戦記〟の他国のルートをじっくり思い返した方がいい……とは思ったものの、サレステーデのルートはゲーム自体が好評であれば後日開放されるルートだとして、設定資料集に多少の記載があった程度。
宰相の娘やその恋人の話はもちろんなかった。
今頃向こうの世界で実装されているんだろうかと、気にはなれど今はそれどころじゃないのもまた確かなワケで。
少なくともここは既に「ゲームの世界」ではなくゲームに「よく似た世界」なのだと、認識を改めなくてはならない段階にきていることだけは、自分に言い聞かせておく必要があった。
(ゲーム内、バリエンダールサイドでベッカリーア公爵家の名前なんて微塵も出てこなかったわけだしね……)
今の自分が存在しているこの世界では、バリエンダールサイドにおける諸悪の根源はベッカリーア公爵家だ。
ゲームの知識に振り回されることなく、置かれている状況にちゃんと向き合わなければ、足を掬われてしまうかも知れない。
私は改めて、会話の中心となっているテオドル大公とアレンカ・エモニエ先代侯爵夫人に意識を向けたのだった。
「儂は慈善事業家ではない。其方が咎人であろうとなかろうと、他国の公爵家に故なく手を出す理由がない――とは思わぬのか?」
テオドル大公が言っていることは正論だし、何より王族としての圧が桁外れに強い。
国王陛下のサイコパス色漂う圧とはまた違う、年齢と責務を背負う者が出せるものだ。
普通なら、その威圧に引いていてもおかしくはないし、恐らくテオドル大公は、そう思わせることも含めて、わざと厳しい声を発していたはずだけれど、エモニエ先代侯爵夫人の表情からは、少なくとも表向き、怯えは見受けられなかった。
「もちろん、直接的な理由があるとは私も思ってはおりません」
顔を上げて、真っすぐに、テオドル大公を見返していた。
「ですが私の手元には、つい最近になって、実家から届いた手紙がございます」
「実家……フレイア伯爵家と申しておったな。バリエンダールの一伯爵家が、未亡人となった嫁ぎ先の娘に送った手紙に、価値があると申すか?」
「大公殿下にとってどのような価値があるのかと問われれば、すぐにはお答え致しかねます。ですが少なくとも、その手紙に価値を見出すであろう御方にお渡し頂けるのではと、そう思ったが故の此度の要望にございます」
エモニエ先代侯爵夫人の声に、揺らぎはない。
内容が分からないまでも、彼女自身はその手紙に何らかの価値を置いているのだと窺わせる態度だった。
ふむ、とテオドル大公が口元に手をあてて考える仕種を見せている。
「その手紙は最近のものだと申したな。なぜ、その手紙に価値があると判断したのだ? そなたがこの国に嫁してから、決して短くはない月日が経っておろう。輿入れの経緯を考えれば、どの面下げてと思うのが普通ではないか。保身を願おうとでも思うたか?」
多分テオドル大公は、エモニエ先代侯爵夫人の真意を引き出そうとして、敢えてキツイ言い方をして煽っているんだろう。
エモニエ先代侯爵夫人が最初から保身など目論んでいないことは、ここに来る以前の調査の段階で既にそう判断を下されている。
だからテオドル大公は、彼女が一番反発をしそうな言い方をわざと選んだ。
「…………保身など」
その結果――得られた反応は、吐き捨てんばかりの口調でそれを忌避するものだった。
「この国に嫁ぐことになった時点で、保身などという言葉は海の藻屑と消えてございます。私は、手紙がもっとも効果的に活かされるであろう機会を待ち望んでおりました。想定外だったのは、私自身が捕らえられてしまった時期のみ。私の予想では、もう少し後の話と思っておりましたから」
アンジェス国では未承認の〝痺れ茶〟を黙認、誘導していた時点で、罪に問われることは分かっていた。
ただその時期だけが、想定外だった。
いっそ見事なまでに、エモニエ先代侯爵夫人は、関与を認めていた。
「……それで、その手紙とやらは今は手元に?」
テオドル大公でなくとも、夫人に聞けることはそれしかなかっただろう。
そして夫人は、会話をそこまで持っていけたことに満足していると言わんばかりに、口角を上げた。
「まさか持ち歩いたり、邸宅で家令に保管させるような迂闊なことは致しません。然るべきところに預けてございます」
「エモニエ侯爵邸では信が置けなかったと申すか」
「亡くなった夫は、確かに死ぬまで私のことを気遣って下さいました。ですがそれがそのまま、侯爵家全体への信頼に繋がるとは思えませんでしたの」
確かに、十人いれば十通りの考え方があるだろうし、後妻となってバリエンダールからやって来たこの夫人を認めない人々は一定数いたんだろう。
どちらが望んだ縁組でもなかっただろうから、尚更に。
この場の誰も「エモニエ侯爵家全体を信用は出来ない」と告げた夫人を責めなかったことからも、その発言は妥当だと受け取られたようだった。
「まさか其方が死んでから届くとか、この国にはないとか申すまいな?」
「さすがにそこまでのことは申しませんわ」
厳しい表情を崩さないテオドル大公とは対照的に、エモニエ先代侯爵夫人は微かに口元を綻ばせていた。
そのやり取りには、国王陛下さえも興味深げに見守っていたほどである。
誰もが、夫人の次の言葉を無言で待っている状況だった。
「――ブラーガ領都商業ギルド」
「!?」
そうしてその言葉に、幾人もの人間が息を呑む。
「ブロッカ商会宛、近々関係者が直接取りに来ると言付けて、ギルド内の手紙転送用の引き出しに留め置いて貰っておりますの。誰かがブロッカ商会長の委任状を持ってギルドに行けば、すぐに手に入れられるようになっておりますわ」
まだ直接関わっていないテオドル大公や、クヴィスト公爵代理あたりは、すぐにピンとこなかったようだったけれど、エドヴァルド、イル義父様、コンティオラ公爵はそうじゃなかった。
もちろん、私も。
「……ふむ」
チラリと部屋の中を一瞥したテオドル大公は、どうやらその商会がただの商会ではないことは、すぐに察したらしかった。
「その商会は共犯ということで良いのか?」
詳細を聞く前に、要点をまず確認しておこうとしたのかも知れない。
エモニエ先代侯爵夫人も、そこは答えたところで大勢に影響ないと判断したのか「そうですわね……」と、言葉を選ぶかの様に天井を見上げた。
「商会長夫人であるクラーラ様は、元はエモニエ侯爵家の血を引く方ですから、私がギルドで商会の名前を出しても怪しまれないと思ったことは確かですわ。商会としての登録が失われない限りは、何年経過しようと書類が勝手に処分されることもないと聞きましたし」
手紙を預けることに関しては、年中無休いつでもどうぞというスタンスだけれど、小型の〝転移扉〟を使って近くのギルドまで転送することに関しては、一日の中の決められた時間にのみ行われている。
ギルドカード保持者は、その手紙を送るタイミングを指定することも可能なのだ。
極端な話、翌日どころか一年後二年後の配達を依頼しても、原則ギルド側は拒否をしない。その間はギルド内に保管されることになり、所謂「貸金庫」のような役割を果たすことになる。
誕生日だったり、何年目かの記念日だったりと、タイミングを先延ばしにしたいケースは実際に存在しているし、途中で引き下げたくなるケースも同様に存在している。
つまりエモニエ先代侯爵夫人は、ダミーの日時を指定して、その手紙をギルドに預けておくべく、ブロッカ商会とブラーガ領都商業ギルドを利用したのだ。
同じエモニエ侯爵家関係者の依頼となれば、よほどのことがない限りは疑われないだろうことを逆手に取った。
「共犯とは言わぬまでも、巻き込んだところで痛くもかゆくもないと思ったワケか……」
苦々しく呟いたテオドル大公に、エモニエ先代侯爵夫人は「ふふ……」とそれを笑って肯定した。
どのみち色々とやらかしていて真っ黒な状態だと分かっていて、その名前を利用したと言うことなんだろう。
「その様子だと、手紙を取りに行かせることは容易そうではあるが……そもそも、手紙の中身は何なのだ?」
「失礼致しました。肝心な内容を申し上げておりませんでした」
そう言って、夫人が優雅なカーテシーを居並ぶ面々に披露する。
「フレイア伯爵家が所有するパオリーノ島に出入りしていた、マルハレータ伯爵家とリーサンネ商会が王家から抑えられてしまい、孤立しそうだと。エモニエ侯爵家の伝手で、船と人を回せ――と、そんな内容の手紙でございましたわ」
「……っ!」
パオリーノ島。
マルハレータ伯爵家。
リーサンネ商会。
それらは全て「ユングベリ商会」としては、見過ごせない名だ。
あちゃ、と声には出さないまでも、何かしらは伝播したのだろう。
冷ややかな氷の魔王の視線と、明らかにこの場を楽しんでいる国王陛下の視線、それぞれがこちらに向く羽目になった。
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