聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
752 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

786 孤軍奮闘の終焉

しおりを挟む
「どうやら、ここで満を持しての姉君の出番らしい」
「……っ」

 陛下……別に満を持してないし、何なら出番自体謹んでお断り申し上げたいのですが!

 何も喋らせたくない、と言った雰囲気をありありと見せているエドヴァルドとは対照的に、国王陛下フィルバートの目はむしろ「さあ吐け」と雄弁に語っていた。

「姉君……?」

 傍観者、空気に徹しようと思っていたのも空しく、エモニエ先代侯爵夫人がフィルバートの「姉君」呼びをしっかりと耳にして、聞き咎めていた。

 それは、まあ、当代国王には血のつながりがあろうとなかろうと、姉にあたる関係者はいないはずなのだから、不審にも思うだろう。

 夫人が反応した時点で、既にすっとぼけられる段階は過ぎていた。私は諦めのため息をひとつだけ溢すと、エモニエ先代侯爵夫人に向かって略式のカーテシーを見せた。

 彼女がそのままの身分であれば、もっと頭を下げるべきところ、今は捕らえられて尋問をされている身。
 有罪判決が下りていないだけのすれすれの立ち位置ということで、私も略式礼にとどめたのだ。

 誰も無礼とは言わなかったのだから、私の対応は間違ってないと言えた。

「ギーレンにの当代聖女、マナ・ソガワの姉――故に陛下は『姉君』と。名はレイナと申します」

「当代聖女の姉君……」

 ユングベリ商会だの、フォルシアン公爵家だの、屋号や家名を今ここで夫人に名乗る必要もないだろうと、敢えて家名を強調せず、夫人が「ソガワ」だと思うのに任せておこうとしたところが、そこで笑い声をあげた陛下フィルバートが、それを許さなかった。

「なるほど。敢えて商会の名も現在の家名も名乗らず、まさか挨拶のみで済まそうとするとはな」

「…………陛下、わたくしは『姉君』の呼び名を聞き咎められたことに対して、お答えしたまでのことにございます」

「そうか。私の聞き方が悪かった――と。いやはや、それはすまなかった。確かに私の聞き方では、ユングベリ商会長を名乗るべきか、フォルシアン公爵令嬢を名乗るべきか、答えに惑うやも知れん」

「……っ」

「あるいは姉君ではなく、イデオン宰相の婚約者だと紹介すべきだったか?」

 大仰に肩を竦めながらも、フィルバートは結局全部の情報をこの場で明かしてしまっている。
 イル義父様は片手で額を覆っているし、エドヴァルド……は気のせいじゃなければ、舌打ちをしたような……

 どうやら誰も、満面の笑みで突っ走る自国の王を止められないらしい。

「……敢えて申し上げるのでしたら」

 こめかみが痙攣ひきつるのを押さえられずにいたけど、私は諦めて口を開くしかなかった。

「ユングベリ商会の商会長であること。この場で私が必要とされることがあるとすれば、この肩書きのみではないかと」

「ほう」

 どう考えても、他の肩書で口を出すのは越権行為以外のナニモノでもない。イル義父様やエドヴァルドの威を借りて物事をゴリ押しする、ワガママ令嬢と顰蹙を買いかねない。

 バリエンダールから不法に仕入れられた、未承認の〝痺れ茶〟の流れを全て暴こうというのであれば、商会長としての立場でこの場に残されているのだとしか思えなかった。

「フォルシアン公爵家のご令嬢は確かお一人と……では、婚姻のため公爵家の籍に……」

 エモニエ先代侯爵の死と共に社交界から遠ざかっていたとは言え、夫人は高位貴族の家族構成に関して、キチンとアンテナを立てていたらしい。

 夫人の呟きは、そのことを如実に表していた。
 まだ先代侯爵が現役、あるいは家督を譲った後存命だった間なら、フォルシアン公爵家のユセフ、ユティラ兄妹の名前と年齢程度は把握出来たはずだからだ。

 その気になれば知らないままでいることも出来ただろうから、それだけ彼女が有能だったということなんだろう。

 私はそこには答えず、ただ笑顔でその話を止めた。相槌を打ったところで、建設的になる話でもない。
 多分陛下の揶揄いのタネが増えるだけだ。

「夫人。私がこの場に同席を認められた理由は、そこにはありません。それだと、義理の父も、こ、婚約者も、公私の別もつけられぬ愚か者という話になりますから」

 婚約者、と言いかけてうっかり噛んでしまった所為せいで、今度はエドヴァルドのこめかみが痙攣ひきつっている。
 恥ずかしいんだから、しょうがないと思うの! しかもこんな王族やら高位貴族がほとんどの衆人環視!

「……商会を一つ、お持ちと仰ったかしら。わたくしはその名前を耳にしたことはないのだけれど」

 小娘は引っこんでいろ、などと誰も言わずに今、私とエモニエ先代侯爵夫人との会話が成立しているのは、ひとえ陛下フィルバートが私を会話の中心に放りこんだから。
 宰相エドヴァルドもそれを止めようとしてこない時点で、内心がどうであれ、ここは必要な会話なのだと見做しているのは疑いなかった。

「はい」

 私も、何度も「ユングベリ商会」の名前を連呼するようなことはしない。
 エモニエ先代侯爵夫人は、その手のムダを嫌悪しているように見えるし、今、必要な話はそこでもない。

「新興商会なので、知っていると言われる方が驚いてしまいます。ただそれでも……夫人が手紙をお受け取りになった、その原因に関しては、当商会も無関係とは言えない気がしたのです」

「――――」

 恐らくその言葉は、エモニエ先代侯爵夫人以外の出席者にとっても、想像の外にあったのかも知れない。
 それぞれが個性に応じた驚きの表情を顔に貼り付けていた。

「……わたくしのような咎人とがびとにも聞かせていただけるようなお話なのかしら」

 そこに扇があれば、さぞや似合ったであろう、翳りのある淑女の微笑み。
 望まぬ縁組で隣国よりやって来てから、恐らくは孤軍奮闘してきたのだろう。落ち着いていて、決して自棄になっているとは思わせない声色だった。

「ええ、まあ……何しろフレイア伯爵家が困窮を訴える手紙を書かざるを得なくなった原因――パオリーノ島産の〝痺れ茶〟を輸出していたリーサンネ商会の港の拠点をマルハレータ伯爵家ごと炙り出したのは、我がユングベリ商会なものですから……」

「……え?」

「付け加えれば、ミルテ王女主催の王宮の茶会で使われそうになっていた茶葉を指摘して検挙させたのも――でしょうか。恐らく本国バリエンダールでは今頃、ベッカリーア公爵家の喉元に剣の切先が突き付けられている状態ではないか、と」

 王女の茶会であれほどの騒ぎになれば、フォサーティ宰相あるいはミラン王太子が黙ってはいまい。
 特にゲーム〝蘇芳戦記〟のシナリオの影響が少しでもあるのならば、王女が傷つくかも知れなかったその状況に、監禁エンドのシナリオを持つミラン王太子が動かないはずがない。

 エモニエ先代侯爵夫人の口元がひくついているのも、きっとミラン王太子の負の部分を、多少なりと察しているからだろう。

「受け取られた手紙は、放置されるか逆手にとって伯爵家の破滅への招待状とされるか……いずれにせよ、もう、夫人がお一人で孤軍奮闘なさる段階は過ぎたのではないかと愚考致しますわ」

 そう。
 リーサンネ商会や寄り親であるマルハレータ伯爵家が、自分達を追い込んだ原因として思い浮かべるのに、エモニエ先代侯爵夫人の名が上がる段階は、とうに過ぎた。

「一人の段階は過ぎた……」

 私の言葉に、エモニエ先代侯爵夫人は茫然と、こちらを凝視していた。


















◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

【告知です】

いつも読んでい頂いて、また、応援やエールなど有難うございます!m(_ _)m

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

皆さまのおかげをもちまして、何と三巻の刊行が決定致しました……!!
出荷予定日やISBNコードなどは、情報が入り次第また情報をupさせて頂きます٩( 'ω' )و

今回は話の順番が入れ替わったり、三巻への掲載からは外れたりと、色々と手が加わっています。
そして何より、たくさんの方が三巻を買って下さり、四巻に繋がれば、いよいよ四巻でリファちゃんが登場することが出来ます……!

ぜひぜひ、応援購入宜しくお願い致します――!!m(_ _)m
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。