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第三部 宰相閣下の婚約者
786 孤軍奮闘の終焉
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「どうやら、ここで満を持しての姉君の出番らしい」
「……っ」
陛下……別に満を持してないし、何なら出番自体謹んでお断り申し上げたいのですが!
何も喋らせたくない、と言った雰囲気をありありと見せているエドヴァルドとは対照的に、国王陛下の目はむしろ「さあ吐け」と雄弁に語っていた。
「姉君……?」
傍観者、空気に徹しようと思っていたのも空しく、エモニエ先代侯爵夫人がフィルバートの「姉君」呼びをしっかりと耳にして、聞き咎めていた。
それは、まあ、当代国王には血のつながりがあろうとなかろうと、姉にあたる関係者はいないはずなのだから、不審にも思うだろう。
夫人が反応した時点で、既にすっとぼけられる段階は過ぎていた。私は諦めのため息をひとつだけ溢すと、エモニエ先代侯爵夫人に向かって略式のカーテシーを見せた。
彼女がそのままの身分であれば、もっと頭を下げるべきところ、今は捕らえられて尋問をされている身。
有罪判決が下りていないだけのすれすれの立ち位置ということで、私も略式礼にとどめたのだ。
誰も無礼とは言わなかったのだから、私の対応は間違ってないと言えた。
「ギーレンに留学中の当代聖女、マナ・ソガワの姉――故に陛下は『姉君』と。名はレイナと申します」
「当代聖女の姉君……」
ユングベリ商会だの、フォルシアン公爵家だの、屋号や家名を今ここで夫人に名乗る必要もないだろうと、敢えて家名を強調せず、夫人が「ソガワ」だと思うのに任せておこうとしたところが、そこで笑い声をあげた陛下が、それを許さなかった。
「なるほど。敢えて商会の名も現在の家名も名乗らず、まさか挨拶のみで済まそうとするとはな」
「…………陛下、私は『姉君』の呼び名を聞き咎められたことに対して、お答えしたまでのことにございます」
「そうか。私の聞き方が悪かった――と。いやはや、それはすまなかった。確かに私の聞き方では、ユングベリ商会長を名乗るべきか、フォルシアン公爵令嬢を名乗るべきか、答えに惑うやも知れん」
「……っ」
「あるいは姉君ではなく、イデオン宰相の婚約者だと紹介すべきだったか?」
大仰に肩を竦めながらも、フィルバートは結局全部の情報をこの場で明かしてしまっている。
イル義父様は片手で額を覆っているし、エドヴァルド……は気のせいじゃなければ、舌打ちをしたような……
どうやら誰も、満面の笑みで突っ走る自国の王を止められないらしい。
「……敢えて申し上げるのでしたら」
こめかみが痙攣るのを押さえられずにいたけど、私は諦めて口を開くしかなかった。
「ユングベリ商会の商会長であること。この場で私が必要とされることがあるとすれば、この肩書きのみではないかと」
「ほう」
どう考えても、他の肩書で口を出すのは越権行為以外のナニモノでもない。イル義父様やエドヴァルドの威を借りて物事をゴリ押しする、ワガママ令嬢と顰蹙を買いかねない。
バリエンダールから不法に仕入れられた、未承認の〝痺れ茶〟の流れを全て暴こうというのであれば、商会長としての立場でこの場に残されているのだとしか思えなかった。
「フォルシアン公爵家のご令嬢は確かお一人と……では、婚姻のため公爵家の籍に……」
エモニエ先代侯爵の死と共に社交界から遠ざかっていたとは言え、夫人は高位貴族の家族構成に関して、キチンとアンテナを立てていたらしい。
夫人の呟きは、そのことを如実に表していた。
まだ先代侯爵が現役、あるいは家督を譲った後存命だった間なら、フォルシアン公爵家のユセフ、ユティラ兄妹の名前と年齢程度は把握出来たはずだからだ。
その気になれば知らないままでいることも出来ただろうから、それだけ彼女が有能だったということなんだろう。
私はそこには答えず、ただ笑顔でその話を止めた。相槌を打ったところで、建設的になる話でもない。
多分陛下の揶揄いのタネが増えるだけだ。
「夫人。私がこの場に同席を認められた理由は、そこにはありません。それだと、義理の父も、こ、婚約者も、公私の別もつけられぬ愚か者という話になりますから」
婚約者、と言いかけてうっかり噛んでしまった所為で、今度はエドヴァルドのこめかみが痙攣っている。
恥ずかしいんだから、しょうがないと思うの! しかもこんな王族やら高位貴族がほとんどの衆人環視!
「……商会を一つ、お持ちと仰ったかしら。私はその名前を耳にしたことはないのだけれど」
小娘は引っこんでいろ、などと誰も言わずに今、私とエモニエ先代侯爵夫人との会話が成立しているのは、偏に陛下が私を会話の中心に放りこんだから。
宰相もそれを止めようとしてこない時点で、内心がどうであれ、ここは必要な会話なのだと見做しているのは疑いなかった。
「はい」
私も、何度も「ユングベリ商会」の名前を連呼するようなことはしない。
エモニエ先代侯爵夫人は、その手のムダを嫌悪しているように見えるし、今、必要な話はそこでもない。
「新興商会なので、知っていると言われる方が驚いてしまいます。ただそれでも……夫人が手紙をお受け取りになった、その原因に関しては、当商会も無関係とは言えない気がしたのです」
「――――」
恐らくその言葉は、エモニエ先代侯爵夫人以外の出席者にとっても、想像の外にあったのかも知れない。
それぞれが個性に応じた驚きの表情を顔に貼り付けていた。
「……私のような咎人にも聞かせていただけるようなお話なのかしら」
そこに扇があれば、さぞや似合ったであろう、翳りのある淑女の微笑み。
望まぬ縁組で隣国よりやって来てから、恐らくは孤軍奮闘してきたのだろう。落ち着いていて、決して自棄になっているとは思わせない声色だった。
「ええ、まあ……何しろフレイア伯爵家が困窮を訴える手紙を書かざるを得なくなった原因――パオリーノ島産の〝痺れ茶〟を輸出していたリーサンネ商会の港の拠点をマルハレータ伯爵家ごと炙り出したのは、我がユングベリ商会なものですから……」
「……え?」
「付け加えれば、ミルテ王女主催の王宮の茶会で使われそうになっていた茶葉を指摘して検挙させたのも――でしょうか。恐らく本国では今頃、ベッカリーア公爵家の喉元に剣の切先が突き付けられている状態ではないか、と」
王女の茶会であれほどの騒ぎになれば、フォサーティ宰相あるいはミラン王太子が黙ってはいまい。
特にゲーム〝蘇芳戦記〟のシナリオの影響が少しでもあるのならば、王女が傷つくかも知れなかったその状況に、監禁エンドのシナリオを持つミラン王太子が動かないはずがない。
エモニエ先代侯爵夫人の口元がひくついているのも、きっとミラン王太子の負の部分を、多少なりと察しているからだろう。
「受け取られた手紙は、放置されるか逆手にとって伯爵家の破滅への招待状とされるか……いずれにせよ、もう、夫人がお一人で孤軍奮闘なさる段階は過ぎたのではないかと愚考致しますわ」
そう。
リーサンネ商会や寄り親であるマルハレータ伯爵家が、自分達を追い込んだ原因として思い浮かべるのに、エモニエ先代侯爵夫人の名が上がる段階は、とうに過ぎた。
「一人の段階は過ぎた……」
私の言葉に、エモニエ先代侯爵夫人は茫然と、こちらを凝視していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【告知です】
いつも読んでい頂いて、また、応援やエールなど有難うございます!m(_ _)m
聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?
皆さまのおかげをもちまして、何と三巻の刊行が決定致しました……!!
出荷予定日やISBNコードなどは、情報が入り次第また情報をupさせて頂きます٩( 'ω' )و
今回は話の順番が入れ替わったり、三巻への掲載からは外れたりと、色々と手が加わっています。
そして何より、たくさんの方が三巻を買って下さり、四巻に繋がれば、いよいよ四巻でリファちゃんが登場することが出来ます……!
ぜひぜひ、応援購入宜しくお願い致します――!!m(_ _)m
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