ブバルディアのために

橘五月

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狩人はイケメン

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「あー、今日も頑張ったー!早く家に帰ろっと」

 石材ショップから出て、家路につく。

 母さんが死んでから2年が経ち、13歳になった。僕はここキュレネという小さな国に住んでいる。
 キュレネは一年を通して温暖な気候で、かつ物価も安いため最高に暮らしやすい。

 街は大きく3つ、東から順に1番街、2番街、3番街に分けられる。
 中心地にあたる2番街は華やかに発展しているが、1、3番街は寂れており、シャッター商店街のような趣がある。僕の家はその趣ある3番街にある。

 僕は2番街の店のコンサル的なことを仕事にしている。本などから学んだことを元にアドバイスをし、現場で知ったことからさらに学びを深め。新しい知見を得られるこの仕事は天職だった。もっとも初めの頃は滅茶苦茶苦労したのだが……

 住んでから知ったのだがこの国、結構治安が悪い。この2年間、色々と危ない目にも遭ってきた。物盗りに出くわしたり、乞食や変なおじさんに付き纏われたり。その度、魔法を駆使して逃げ回った。そして今日も……

 石材ショップでコンサル料を頂き、3番街に入る手前でそれは起きた。

「お嬢さん、ちょっと待って」

 振り返ると、そこにはやや小柄な男が立っていた。結構高そうな、赤と黒の街灯を羽織っている。口許は襟で隠れているが、すごーくイケメンだった。

「何か御用ですか?イケメンさん」

「イケメンだなんて、ありがとう。それで、僕に渡すものあるよね?大人しくしててくれるかな、すぐだから」

 なんだ、こんな恰好してこいつも物盗りか。全力で逃げても良かったが、久々にこんなイケメンを見た。目の保養代として今日の報酬全部、金貨2枚を手早く渡した。あまり関わりたくないし、とっとと帰ろう。そう踵を返し歩き出そうとした時、イケメンに腕を掴まれた。

「違うよ、こんなのいらないんだけど」

「ええ……あぁ。……?」

 物盗りから返金をくらい、困惑した。
 お金がいらないなら何?13歳の女の子に涎を垂らすような性癖があるのかな?こいつは一体……

 ううんと考えていると、イケメンは隠していた口許を露にし、笑顔を作って見せた。

「僕が欲しいのはさ、君だよ」

 背筋が凍る思いだった。いや、本当に凍ったのだ。氷が僕の足元から背中を這い、動きを鈍らせる。笑ったイケメンの口からは、2本の鋭い牙が妖しく伸びていた。

「ま、魔女狩り……!」

「僕はエミール。その呼び方はやめてほしいんだけど」

 逃げなきゃ。
 僕は即座に杖を取り出し、水魔法で辺りを水浸しにする。そして風魔法でそれを引っ掻き回し、即席の大嵐を作った。

「ぅおい、なんだよこれ……!」

 逃げなきゃ。
 イケメンが怯んでいる隙に、警備隊のところへ!

「とにかく、逃げなきゃ!」

 僕は全速力で走り出した。


 ○


 警備隊のいる駐屯所まであとどのくらいだろうか。逃げるのに必死で、もうどれだけ走ったか分からない。
 途中で声をあげる障害物に沢山ぶつかったが、そんなの気にしてられなかった。だって、

「追いつかれる……!」

 いくら走っても駐屯所は見えないのに、イケメンの姿はどんどん大きくなる。

「来ないで!ーー助けて!!!」

 その叫びが届いたのか、奴との距離はかなり離れていた。今のうちに早く駐屯所へ!

「ーーーーっ!」

 再び走り出そうとした時、誰かの悲鳴が聞こえた。

「今は止まっちゃだめだ。行かなきゃ」

 先の悲鳴に後ろ髪を引かれつつも、速度を上げて進む。
 裏路地に入り、ようやく駐屯所が見えてきた頃、足がもつれ、ざざざっと体が地面に擦られた。

「ぐぁぁっ!」

 もつれた足を見やると、右足から太い氷が生えていた。じくじくと血が滲み出る。そして遅れて激痛がやってくる。

「うああぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 不恰好にバタバタとのたうち回っていると、やがてイケメンが現れた。さっきと変わらぬ笑顔で。

「大人しくしてないから。……うわぁ、痛そう、その足」

 すごく痛い。すごく怖い。痛みと恐怖で全く動けなくなった。あの時と同じように。

「なんでこんなことするのさ。僕はただ平和に生きてたいだけなんだ。魔女も魔女狩りも、みんな仲良くしたいだけなのに……!」

「なんでって言われても、仕方ないじゃん。だって君たちは僕らのご飯だし。君らが肉とか野菜食べるのと一緒」

「僕は人間だ!一緒じゃない!あんたと同じ人間なんだから、きっと仲良く……」

「はーあ。そんな甘いこと言ってちゃだめだよ。恨むなら自分の血を恨みな、魔女様」

 イケメンの放つ冷気が空気を凍えさせ、肌を刺すような冷風が吹き込む。
 辺りの温度が下がり、流した涙すらも凍ってしまいそうな寒さだった。
 イケメンは氷の槍を作り出し、振りかぶる。氷槍がこちらへ向けて突進してくる。

 あぁ。僕はもう死ぬんだ。姉さんは元気にしているだろうか。死ぬ前に少しでいいから姉さんに会いたかったなあ。

 僕は目を閉じた。全てを諦め、死を受け入れるために。もうすぐ死ぬんだ、もうすぐ…………

 ……来ない?待っても死は訪れなかった。代わりにバキンッという氷が砕ける音と、女の人の怒った声が聞こえた。

「あんた、何やってんのよ」

 母さんを彷彿とさせる白い髪を背中まで伸ばしている。僕より背が高く、華奢な女性。

「ねえ……さん……?」

「何、やってんのよ!」

 激情を目に宿した姉さんが、そこにいた。
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