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 04: レースクィーンになったフェムボーイ

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 銀河高速夜行バスに乗り遅れてしまった高速パーキングエリアから、ヒッチハイクで「この世界」へ移動してから、暫くは、めまぐるしい生活が続いた。
 現在の生活も一般の人々から見れば結構派手だろうが、遭難当時はこれといった定職も持たずに只、自分の容姿と性癖だけで食いつなぎ、時には荒れた遊びもしていたのだから相当なものだったと思う。
 見知らぬ世界に漂流してしまった事は、鯉太郎に多大な不安を与えたが、そこには同時に野放図な開放感があったのも確かだった。
 ここでは生活がそれなりに落ち着いてきて、当時の事を笑い飛ばせるようになったから話せるという、誰にとっても一つや二つはある筈の余りにも馬鹿げた「やらかし」の話をしておこうと思う。
 もちろん、男がレースクィーンになろうとするなんて、普通は「やらかし」にもならない話だろうが。

 レースクィーンといっても実際は、今の仕事のようにスポットの当たるステージでボンデージを着るワケでもなく、モーターショーのイベントコンパニオン・その他大勢であって、グラビア雑誌に転用されるようなスタイルをしてたわけでもない。
 パンフ配布なんかの雑用兼任だから、ハイレグなんて身につけてもいない。
 でも、パンツスタイルがようよう採用されるようになった頃のことで、時期的にはレースクイーン出身タレントがマスコミなどで持てはやされ出した頃の話である。

 当時、自分の美貌に凄く自信があった鯉太郎は「もしかしたら鯉太郎ってイベントコンパニオンやれる?レースクィーンとか!」と妙な野望を抱き始めていた。
 しかも、男であるという正体がバレたらバレたで、それをネタにメディアに大ブレイク出来るんじゃないかとかさえ考えていた。
 同時に、完全に脱がない限り、自分が男であるとは絶対バレないという自信もあった。
 しかし、誰が見てるか判らない地元大阪でのイベコンデビューはさすがにムリだろうし、第一、正式に事務所に登録するのが難しそうだった。

 願望は口にしてみるモノだ・・・レースクィーンになりたい、みたいな話を鯉太郎が常々していたものだから、「話を付けてやるから、お江戸でやってみないか。こっちもお前みたいなのが、どれだけ通用するか見てみたいし」的な反応が、悪い大人達の「友達の友達経由」から沸いて出て来た。
 正直言って当時、鯉太郎の周りに居た大人達はロクでもない人間が多かった。
 ヤクザとは言わないが、お金を非合法すれすれの手段で荒稼ぎしたり、、まあその手の人達だ。
 逆に言えば、そういう大人達に囲まれてチヤホヤされていた鯉太郎もかなりクズな少年だったとも言える。

 そして若さというのは、何の根拠もない自信に溢れていたり、逆に過剰なまでの劣等感に苛まれたり、と厄介なものだ。
 凹んでいる時は、それ程周囲に迷惑をかけるワケではないから問題ないが、弾け出すと問題を引き起こす。
 周囲がまともな大人なら、そんな若造を見たら諫めてやったり、忠告をしたりするのだろうが、鯉太郎の場合は逆だった。
 鯉太郎の暴発ぶりを見て楽しもうとか、あわよくば金にしてやれとか、自然にそう思い、そう行動する人間が多かった。

「でもあれだ。こっちも頭下げて無理筋でコネを辿って頼み込むんだから、交通費とか宿泊費とかはお前持ちね。」
 この話を聞いた時は・・・セコいって思った。
 だって当時は、遊ぶのに自分のお金なんか使った事がなかったから。
 でも逆に、それが説得力あったし、知り合いの知り合いから舞い込んでくる「甘い話」なんてこんなモンだろ、って思っていたりもした。

 ・・・・で結局、東京に行って、教えられた電話番号を頼りに、ある中年男性と会った。
 洒落た身なりで、さすが東京の男は垢抜けてるなという印象だった。
 これが喫茶店かなにかで打ち合わせするだけなら、いくら馬鹿な鯉太郎でも、怪しいと気づくのだけれど、簡単な挨拶とレクチャーがあった後で事務所に連れて行かれて、何人かと引き合わされた時点で、完全にこの男を信じ込み、ノックアウト状態になった。

 おまけに、その場のアチコチで飛び交ってるセンザイ(宣伝材料の略)とか、ゼンカク(前日確認の略)とかの業界専門用語を聞いて舞い上がり、精神が正に糸の切れたタコ状態になってしまった。
 更に、仕事の内容を聞いて目が眩んだ。
 湾岸でのモーターショー!
(今、もしそんな話があったら、速攻っで断る。太陽の光を浴びたドラキュラ状態になってしまうからだ。でも当時は違っていた。年齢がもたらす奇跡の性ホルモンバランスが鯉太郎の身体に不思議な最強バリヤーを与えていたから。)
 なんだか訳の分からないウチに段取りが進んで行き、『ところで、今夜泊まるところ決まってるの?』と、中年男性にはその日の夜の宿泊場所まで手配して貰って、第一ラウンドが終了した。

 紹介して貰ったホテルのロビーで、中年男性がおもむろに、「今回は特殊なケースで突っ込んでるんだけど、一応、向こうさんのオーディションみたいなのはあるわけ。自分らは手配してるだけだからね。」と言い出し始めた。
 えーっ聞いてないよぉ、それでダメだったらココまで来て大阪に帰っちゃうわけ?と動揺した。

「・・いや、形式だよ。でも先方の機嫌を損ねるとさ。あるものでも、無くなっちゃうのよね。」
 うわぁー、これが噂に聞く枕営業?
 今がそれの第一弾?
「しかしあいつの頼みで、無理を承知でここまでやったんだ。自分、最後まで頑張りたいんだけどね。判るよね。ダメかな?」とホテルのロビーで手を握って来る中年男性。
 つまり、一を聞いて十を知れってことだった。

 ・・・ その夜、男に男を喰われた。 暗転 ・・・


 夏の湾岸で開催されるモーターショーは独特の華やかさがある。
 カスタムカーやら高級スポーツカーやら、そして華やかな衣装に身を包んだ美人コンパニオンが輝く太陽の光の下でブースにずらり。
 そしてほのかな潮の香り。

 でも内側から見ると、てんやわんやだ。
 まして指示される通りに右往左往してるだけの鯉太郎が、そんな雰囲気を楽しむなんて論外だった。
 周囲のイベコンさん達からみれば、「何この子?邪魔なんだけど」って事だったのだろうが、どうせ1回の継続性のない仕事で、何より見た目以上に忙しくてハードなお勤めなのだ。
 他人の事なんてとやかく言っている暇もなさそうで、彼女たちからの干渉はなかった。
 当の本人も、只々まごついているだけで白昼夢のように1日が終了した。
 後で調べると、そんなに大規模なイベントではなかったが、当時の鯉太郎には、何もかもが目新しく刺激的でずっと頭の中が沸騰状態だった。

 そんなイベント1日目が終わったあと、所持金が少なくなっているのに気が付いた。
 当時、遊ぶお金には不自由はしなかったが、それは鯉太郎に確実な定期収入があるという意味ではなく、勿論、蓄えなんかを持っている筈もなかった。
 「今回は特殊なケースだから、時間差なしの形で報酬を建て替えて支払う」と中年男性に言われていたのが、手違いで少し伸びると間際に聞かされたので、少しでも節約しないとヤバイ事になると思い、会場近辺というのか一応イベント敷地内になる防風林の中で野宿する事にした。
 この辺の判断は、我ながらさすが「男の子」だ。

 海風を避ける為なのか幅5メートル×長さ数百メートルで木々が植えられている場所、そこが野営地だった。
 普段でも、夏場の「遠出」で常備してる大きなバスタオルとか虫除けスプレーが役に立った。
 何故、普段そんな物を用意していたのか?
 それはご想像にお任せする。

 無事に朝を迎えた。
 若い身体にとって、夏の野宿なんて雨さえ降らなければ楽勝だった。
 本格的な身繕いは、割り当てられた会場の控室とかで済ませられそうなので、取り敢えず、敷地内の水場で顔でも洗ってと寝起きの顔で移動した。
 口の中に歯ブラシを入れた時点で、気持ちが女の子モードに切り替わり、やっぱり化粧水とクリームくらいは塗って置こうと、側の茂みを掻き分け、来た道をショートカットして荷物の置いてある場所まで戻ることにした。

 そしたらこんな早朝、誰もいない筈の小道で、一人の男性とバッタリ鉢合わせをした。
 ヤバイ。もしかしてこの人、会場の関係者?野宿バレたら怒られる。しかもあたし一応イベコンだよ、、。
 今、Tシャツにホットパンツだし、、、。
 鯉太郎は歯ブラシを咥えたまま大きく目を見開き、その場で固まってしまった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・えっと・・・・何?え?なんで?」と口走る男性。
「すいません!ほんま、すいません!」と歯磨きまみれで、地金の大阪弁でモゴモゴと謝る鯉太郎。

 なんでここに女の人がいる?
 え?なんで茂みから出てきた?
 こんな朝の洗面所みたいな格好で?
 つか、コイツ寝起きだろこれ?
 ん?なんで謝る?そもそも誰だコイツ?
 って男の人の顔に書いてあった。

 「君はなんでこんなところで寝てたんだ?」と実にまっとうな質問をされたので、鯉太郎は間髪いれずに「すいません!説明します!ほんま説明しますから!許してください!」と平謝りした。
 じゃあ事情を説明してもらおうと、近くのベンチに座らされて根掘り葉掘り聞かれた。
 それで最後に「この辺りは夜になると人通りが途絶えて治安が悪るくなるし夏場はさらに危険だ」とか、「それにあなたがもし夜中に襲われて事件にでもなればイベントそのもののイメージダウンになり、あなたを採用した企業は管理責任をとわれるんだよ。」とか説教された。
 やはり男は、このイベントの関係者だったようだ。

 今夜はちゃんとした場所で泊まりますと言ったら、それ以上の追求はなく、その場はそれで収まった。
 今から思えば、この思い出の中に登場する人間達の中で、一番まともな大人はこの人だったように思う。
 その夜の宿泊代?
 大阪の知人に頼み込んで、銀行口座にお金を送金してもらって、ちゃんとしたホテルに泊まった。
 でもその知人というのが、今度の話を引っ張り込んできた張本人なのだが。

 後日、癪に障りつつこの話を知人にすると、「良かったじゃん。ギャラはちゃんと振り込まれてたんだろ?」と薄ら笑いされた。
「正規のお金かどうか判らないよ。ピンハネされてるかも知れないし」
「でも鯉太郎は契約書もまともに見てないし、書面も貰ってない。だろ?まあ例え、そういう物があったとしても、それだってどれだけ正式な物なのか怪しい所だろうけどね」
「なんだよ、、その言い方、まるで他人事じゃない」
「鯉太郎が色々言ってたから、話を聞かせてやっただけだよ。あいつは友達の知り合いの知り合い、、飲み屋で一回あって喋っただけだ、東京から流れて来たらしいけど何者なんだかも知らない、今更、グチャグチャ言われてもなぁ。」

 本当の裏の事情が、どうだったのか未だに判らない。
 もしかしたら鯉太郎は、大人同士の戯れ言遊びに巻き込まれた「瓢箪から駒」の単なる毛色の変わった「駒」だったのかも知れない。
 ただイベコンとしてイベントに潜り込めたのは確かなのだから、あの東京の事務所の男らしき中年男性は本物か、あるいはそれなりの権限や業界への関わりを持っていたのだと思える。
 要するに、あの中年男性にして見たら、元手を掛けずに珍しい食べ物をつまみ食いしたいなぁと常々思っていた所に、美味しい話が偶然転がり込んで来たという所なのだろうか。

 ギャラとしてそれなりのお金が振り込まれたのは、立場のある人間として後々のトラブルを回避したかったからだろう。
 でも当然、この人物の懐は痛んでいない筈だ。
 こちらも詐欺的に何かを盗み取られたワケではない。
 ただ気分が悪い、「騙され利用されたという事」自体が、心にダメージを与えてくるのだ。
 そして何より騙されるバカな自分がいた、、、。
 汚れすぎた今では、そんな過去の自分でさえ、愛おしく思えるのだが。
 でももし、あの時に史上初の「男の子ハイレグ・レースクィーン」になっていれば、鯉太郎の多世界人生もかなり違ったものになっていただろう。





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