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第4章 女装潜入警官、再び

33: ミス・サセジリィ

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 戸橋から連絡を受けた指尻ゑ梨花女史は、その内容に驚きを隠せなかった。
 美馬の内懐に潜入しようとする戸橋が、本戦に臨む前の予選で四苦八苦しており、その予選の相手が門戸照人だったからである。
 そして今度、戸橋と指尻女史は、この門戸照人が考え出したセッティングで見知らぬ者同士として出会うことになるのである。
 奇遇と言えば奇遇だった。
 門戸は指尻ゑ梨花女史の知人だったからである。

 エピキュリアンを自認する指尻ゑ梨花女史には、彼女の遊び場があった。
 その中でも、最も危ない場所に位置するのが、クラブ・ATOMAGEだ。
 クラブ自体の問題と言うより、そこに出入りしている人間達の問題なのだが、その中で最も厄介な人物がドクター門戸こと、門戸照人である。
 東南アジア・シンジケートとも親交のある、麻薬売買の元締めだという噂もある人物だった。
 指尻ゑ梨花女史は、ATOMAGEの開催するイベントやパーティなどを通じて、門戸照人とも面識はあったが、女史の方で意識的に彼との深い交流を伴う接触は避けていたようだ。
 それは賢明な判断と言えた。

 が、その関係が指尻女史が戸橋未知矢に対して行っているフォローの為に、崩れる事になった。
 門戸照人が、最近手に入れた新しい「玩具」を、誰と一緒に楽しもうかと考えた時、自分のテリトリーに存在する手付かずの存在、シーメール指尻ゑ梨花の顔を思い出したからである。
 偶然のように見えるこの結びつきも、シーメールにして精神科医であるという希有な存在である指尻ゑ梨花女史を考えると、それは一種の必然による帰着だったかも知れない。



 クラブ「ATOMAGE」の全体の照明が消えて、舞台にスポットライトが灯った。 
 会場に音量を絞って流されている、妙に官能的なノイズはラッシュド・ベッカーの作品だろう。
 音源としては古いが、門戸は良い選択だと思っていた。
 彼の感覚だと、こういったフェテシュなパホーマンスステージにそぐう音楽は、ラッシュド・ベッカー以外のものでは中々見当たらない。

 舞台には奇妙な台が置かれていた。 
 ちょうど洋式便器の台座のような円形の低い台があって、その両側にスチールパイプの手すりがある。 
 ただし、便座はずっと低い位置にあり、ペニスの形をした張形が一本、天井を向けて固定されている。
 極太の黒いディルドウだ。 
 その男根形状の淫らな棒を目にするだけで、門戸の胸はざわついた。 
 それが淫猥な使われ方をするのは明らかだ……。 
 さらに、両サイドの手すりからは革輪の付いた鎖が垂れている。 

 舞台にオープンフェィスタイプのラバーマスクを付けた女性が現れた。 
 ゴールドのマントで首から下をすっぽりと被っている。
 マントの裾は足首まであり、履いているハイヒールもマントと同じゴールドだ。
 そのゴールドはラメをちりばめてあるので、スポットライトを浴びて燦然と輝いている。
 黒髪は、ラバーマスクの頭頂部にある筒状の穴から外に出し後ろに流してある。
 縦長のハート型にくりぬかれたマスクの開口部から見える顔は、エジプトの壁画に見られるようなきついメイクが施されてあって、素顔がちょっと想像出来ない。 
 土台の目鼻立ちもくっきりとして、どこか挑戦的な顔立ちだ。 
 それに切羽詰まったような面持ちで、淫らめいた気配はほとんど感じられない。
 年の頃は、20代後半から30前後、どうみても女だが……。 
 しかし今日が、トランスセクシュアルの日、というからには……。 
 
 『さて、御来場の皆さま』と、司会者の声がスピーカーから響きわたる。 
 『舞台に登場して下さいましたのは我らがラバーフェテッシュクィーンのミス・サセジリィです。それではミス・サセジリィ、そのマントを脱いで、皆さまに、驚愕の秘密をお見せしてください。』
 よく見ると、彼女は首筋のところで、内側から自らの手でマントを押さえていた。 
 サセジリィ嬢は自信たっぷりの表情を浮かべ、マントの前を、ぱっ、と開き、そして手の指を離すと、ゴールドのマントは、すとんと足元に落ちた。
 ……やっぱり。 
 門戸にすれば、驚くまでもなかった。 
 彼女の透明ラテックスボディスーツの下腹部には、予想に違わず、男根がぶらさがっていた。 

『皆さま、びっくりなさいましたね。こんな理知的で美しい女性にペニスが付いているんです!事実は小説より奇なり、人は見かけによらない!』
 サセジリィか、、、このクラブの会員で女王様扱いされているトランスジェンダーがいるらしいが、その人物の遊び名だろう。
 自分もこのクラブではかなりの顔だと思うが、何故かその人物とは未だに面識がない。
 嘘か本当か、男も女も、彼女の精液を飲むと脳内に快楽物質が発生すると言う。
 その彼女が目の前の人物だとしたら、その内に一度お相手したいものだ、と門戸は思った。 
 彼女は全裸を晒してびくともしない。
 肩のラインは柔弱で、上膊部や腕には男を示す筋肉は微かにしか見えない。
 胸のふくらみもナチュラルだ。
 整形乳房だが、身体とのバランスが非常に良く整っている。
 腰から下にはむちむちと肉が付いて色っぽい。 
 下腹部は無毛で、ペニスがぶら下がっているのが異様だ。 
 だが、サイズ的には立派な代物で、包皮が剥けて黒紫に乾いている。 
『ペニスさえ見せなければ、どこに出しても立派な女性ですよね、ミス・サセジリィて。ね~、皆さん!』 
 彼女はニューハーフと呼ばれるようなタイプではないな、と門戸は感じていた。
 サセジリィ嬢は、ちっとも女を装っていないのだ。 
 
『舞台に上ってラバーヌードになってくれたミス・サセジリィ、これからどんなパフォーマンスを見せてくれるんでしょうか。それでは、ミス・サセジリィ、スタンバイしてください』
 電気的なノイズというよりは、日常に潜む感覚的な雑音、例えば喘息患者の呼吸にも似た排気音を電子的に加工したもの、あるいはゴムとゴムをこすり合わせたような音、気泡が水を押しのけて浮上する音などが官能的にアレンジさえれて連続するラッシュド・ベッカーのボリュームが上げられた。
 脳みその表面を舌で舐められているようで、奇妙に官能的だ。
 サセジリィ嬢は台に載って腰をかがめる。
 ステージに男がふたり現れて、彼女の両手首を革輪に留めてゆく。 

『ここから先は、私ごときの声はお邪魔以外のなにものでもありません。私はしばらくの間、沈黙させていただきます。』 
 マイクの声が消えて静寂が訪れた。 
 門戸には、何が始まるのか、もうわかっている。 
 サセジリィ嬢は客席と目を合わさない。
 伏し目がちにゆっくりと腰を下ろしてゆく。
 彼女のむっちりとしたお尻は、台座に据え付けられた張形をめざしている。
 その張形はローションを塗られているのか、ヌラヌラと光っている。
 白い尻丘の狭間に黒い亀頭の先端が隠れてしまうあたりは、門戸の座っている正面の位置からだと、彼女の垂れたペニスの陰になってよく見えない。
 サセジリィ嬢は、いちど腰を沈めようとして中断し、少し腰を浮かせる。
 そして、両手で手すりをつかんで、角度を調整するように腰を蠢かせ、意を決したようにゆっくりとしゃがみこみ、眉根を寄せて、「んああ……」と喘いだ。
 あ、入っちゃってるぜ……素人のくせにいい度胸だ、と門戸は思った。 
 サセジリィ嬢の肛門孔が太い張形で貫き通されたのは、誰の目にも一目瞭然だ。 
 ほとんど、和式の便器にしゃがみこむような格好だ。 
 爪先でバランスをとらなければならない。
 といってもピンヒールなので、思うように支えられない。
 だから、彼女はパイプの手すりをしっかりと握っている。
 革輪の手枷から短い鎖が伸びてパイプに固定されているが、その鎖の長さだけの自由は利くのだ。
 皓い歯を見せて、「あ、ああ……」と喘ぐ。
 その声には、男の低い音質は含まれていない。 
 彼女のやっていることは、ひとことで言うならアナルオナニーだ。 
 両手を、手すりのあの位置で拘束されているのはどういう意図なのだろう。 
 このあと、抵抗できない状態でレイプみたいにアナルセックスを強いられるのだろうか……。 
 門戸の妄想は勝手にひろがってしまう。

 だがクラブ「ATOMAGE」は、基本は会員による合資制による会員クラブで、風俗営業のような、与えて幾ら、与えられて幾らといった世界ではない。
 このステージさえ、会員との合意によって行われるイベントなのだ。
 中には自分自身が自らステージ上がり、そのステージをプロデュースする会員さえいる。
 だから必ずしも、この先の展開が門戸が思っているようになるとは限らないのだ。

 彼女は爪先と膝を使ってゆっくりと腰を上下させている。 
 膝は左右に大きく開かれ、彼女の下腹部が客席から丸見えになっている。 
 そうするほうが自慰しやすい体勢なのか、それとも、客たちを挑発する為に、自分の恥部がよく見えるように開脚しているのか、門戸には判断がつきかねた。 
 クラブへの最大出資者に与えられる最前列の特等席から眺めていると、彼女の陽根が充血しはじめて、鎌首をもたげるようにして勃起して来るのがよく見えた。 

 それは、門戸には、ドキドキする光景だった。 
 自分自身に、ペニスの海綿組織に血が集まってむくむくと膨脹するときの快感が伝わってくるようだ。
 やがてサセジリィ嬢の男根はそそり立った。 
 そこだけ見れば、性欲を持て余しているオスだ。
 雁首が逞しくて黒光る亀頭、太い胴幹には青い血管が浮き上がっている。
 そして彼女の陰嚢はべろんと垂れているのではなかった。
 ちりめん皺の皮袋いっぱいに睾丸が包まれている感じでほとんどたるみがない。
 だが、顔や胸元や脚を眺めると、男を匂わせるものがない。
 ラテックスにピッチリと覆われた肌の色は生白い白さではなくて、まろやかなすべすべ肌の白だ。

 あり得ないものを見ている……、と門戸は感じていた。
 ナチュラルな女体に猛立ペニス……醜悪なフリークスではけしてない。
 門戸は、羨望の眼差しで彼女の肢体を見つめていた。
 こいつが欲しい。これがクラブ「ATOMAGE」でなければ、今すぐに、こいつを買い取るのだが。 

 サセジリィ嬢のゆっくりとした腰の上下は続いている。
 硬質ゴムの男根が彼女の肛門性器内でピストン往復する。
 ……いや、ディルドウは固定されているので、彼女自らが肛内壁粘膜を擦り上げていることになる。
 サセジリィ嬢は眉をしかめて美貌を切なげに歪める。
 よく見ると、塗り込まれた眉の下にあるのは、きれいに整えられた自然な眉だ。
 顔はもちろんメイクしてあるのだが、その唇だけは、後々の展開の為なのだろうが、メイクの濃さを抑えてあり、淡いピンクに塗った口唇がグロスで光り、かえってひどく扇情的に見えた。 

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