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3章

合宿編4 

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 午前の涼しい段階では汗もあまり掻かないからと言って、タオルや水分補給のドリンクは不必要らしく、太陽たちが最初に取り組んだのは最大の鬼門である料理だった。
 施設内の厨房に集まった4人。
 大量に用意された食材を背に千絵が立ち、その前に光、信也、太陽の順で横並び並んでいた。
 これから調理に取り組むのだが、太陽が質問と挙手する。

「つかよ。本当に俺たちが料理するのか? 確かここって食堂とかあるし、前に来た時は栄養士の人とかいたよな? なんで今日はいないんだ?」

 太陽は広々とした厨房を見渡すが、人口密度が圧倒的に広く、ガランガランと4人以外誰もいなかった。
 その質問に先ほど事情を聴きに行った千絵が答える。

「元々GW期間中はこの施設は閉館する予定だったんだけど、ここの責任者の人と陸上部の先生が知り合いらしくて、GWに使用出来ないかって取り合ったらしいんだ。けど、もうGW期間は閉館するのが決まっていて、従業員の人たちも予定とか入れて手遅れだったらしくてね。なら、自炊や掃除は全部こちらでするからって条件で頼み込んだらしいんだ」

 そこは素直に諦めろよと内心ツッコむ太陽。
 納得はしていないが、事情は分かったので太陽は下がる。
 次に光が挙手する。

「どうしたの光ちゃん?」

「この近くにコンビニ在ったよね? ……インスタントの購入費用ってどれくらい掛かるかな?」

「諦めるの早くない!? まだ始まってもないのに! 頑張ろうよそこは! 一応は食べされる相手はスポーツ選手なんだからジャンクな物を食べさせるわけにはいかないよ!」

「普段ジャンクフードをバリバリ食べてる奴がどの口で言うんだよ……」

 冷や水を浴びせる太陽にぷいと千絵はそっぽ向き。

「私は良いの! スポーツ選手じゃないし、ジャンクフードは夜食とかには最適なの!」

「……夜に物を食べると太りやすいのに……千絵ちゃんの腰って細いよね……羨ましい」

 何やら女性特有の羨望を千絵に向ける光は無視して次は信也が挙手する。

「……今度はなに?」

「いや、ここで無駄話してるよりも、さっさと作業に取り組んだ方がいいんじゃねえかと思ってよ。話は下ごしらえしながらでも出来るし」

「うん。そうだね。ごめん、なんだかツッコみ態勢を取っていた私が恥ずかしいよ。新田君の言う通りだね。皆、グチグチ文句言ってても始まらないし、一度引き受けた事だし乗りかかった船だよ、頑張ろ」

 天真爛漫な笑顔に見えるが何処か空元気にも感じ取れる千絵の表情。
 千絵自身が一番現実逃避をしているのではと思う3人だったが、それを口にせずに飲み込む。

「それじゃあ、まず軽く質問するけど。皆はどれくらいの料理スキルがあるのかな? 順番に聞いて行くよ。まず新田君」

「俺か? 俺は案外出来る方だぞ。両親共働きだし、中学に入った頃からは自炊とかで節約してたし」

「それは心強いよ。太陽君」

「俺は出来るなんて大見得張れる程はねえな。基本的な事ぐらいだ」

「それでも十分。光ちゃん」

「…………殆ど出来ない」

「…………うん、分かった」

 一通り、自己申告で料理スキルを確認し終えて、真打登場とばかりに千絵は自分の胸を叩き。

「私はお母さんの料理の手伝いとかでそこそこ鍛えたから味付けとかには自信があるよ。じゃあ、今のを踏まえて役割分担するね」

 役割を分ける事で作業効率を良くする戦略らしい。
 千絵は全員を一回ずつ見渡すと、うんと頷き。

「最初はある程度の下拵えは皆で。そこからそこそこ進んだ所で、私と新田君が調理を開始。主に焼くなり、煮るなりの味付けを。太陽君と光ちゃんは残りの下拵えを進める。そしてそれを私たちに繋げる。これで行こう」

「うげっ……マジで?」

「なんかな太陽君? 私の作戦に不服でも?」

「いや、なんでもないです……」

 有無を言わせない千絵の気迫に怖気づいて閉口する太陽。
 太陽が苦言を漏らしそうになった原因はペアに対してで、まさかの元カノとのペアだ。
 これは千絵は狙ったのか、それとも仕方なくなのかの真意は聞けずに調理はスタートされ、信也は千絵に作るメニューを尋ねる。

「高見沢。メニューはどうするんだ?」

「うーん……。作る量もあるのに対して、時間もあまり掛けられないから、生姜焼きとかで行こう、ご飯に味噌汁。惣菜にほうれん草のお浸しに、キャベツの千切りにジャガイモとニンジンを蒸かした物を添えよう」

「了解だ。なら俺は白飯の用意をするか」

「お願い。あっ、言っておくけど、厨房ここはあくまで相手さんのご厚意で借りられた場所なんだから、無暗に汚したり、道具を壊したりしないようにね」

 千絵の忠告に各々が頷き、今度こそ調理開始。
 宣告通りに一番食されるであろう白飯の用意する為に準備に取り掛かる信也を除き、千絵は残りの太陽と光に向き直り。

「それじゃあ、私たちはまずメインの生姜焼きを作ろうか。と言っても、手の凝った物は時間がかかるから、シンプルにはするけどね」

 千絵は言いながら使用される生姜を手に取り、包丁で切っていく。
 
「光ちゃんと太陽君は、添え物のジャガイモとニンジンの皮むきをお願い。一応言っておくけど、仲良くね?」

 修羅場突入の予感に釘を刺す千絵。
 これから大忙しになるのだから一時的でも昔の遺恨を掘り起こすなってことだろう。
 善処すると、太陽は手を振って返す。
 が、元々太陽は出来る限りに光と関わるつもりはない。

「まずはニンジンの皮むきをするか」

 千絵の指示通りに作業に取り掛かる太陽はニンジンを片手にピーラーを構えて皮むきを始める。

「なら、私はジャガイモを剥くかな」

 光も続き作業に取り掛かり、ジャガイモを片手に包丁・ ・を構えて皮むきを始めようとする。

「…………は?」

 光が包丁を手にした事に太陽は目を点にする。
 包丁での皮むきは別段難しいって訳ではないが、先ほど光は自分は料理を殆ど出来ないと言っていた。
 出来ない物が皮むき道具のピーラーを使用せずの皮むきは苦難である。

 予想通りに緊張でか、ぷるぷると覚束ない手つきで皮むきを始める光。
 ちょび、ちょび、と少し刃が入ると反って皮を取る。その速さは牛歩の速さと言っても過言ではない。
 確実に効率が悪い。が、遅れて怒られるのは光自身だから、特に言うつもりはないと自分の作業に集中しようとする太陽だが、

「……………………」

 そろーり、そろーりと包丁でジャガイモの皮を剥いていく光。
 太陽は自分の作業に集中しようとするが、横目で光の様子を観察していた。

「…………………………」

 太陽がニンジンを1本剥き終えたが、光はまだ一つ目の半分に達していなかった。
 太陽は次の1本に取り掛かる。

「………………………」

 恐る恐る刃を進める光だったが、ツルっとジャガイモは手の中で滑り、手から離れ自分の額に直撃する。

「痛っ」

 うぅ……と額を押さえながら床に転がる半剥きのジャガイモを拾う。
 その間、その光景を横目で目の当たりにしていた太陽は、手を止めてぷるぷると震えていた。
 これはまるでギャグかの様な一部始終に対してでなく、呆れの感情が大きかった。

「――――――どうしてそうなるんだよ!?」

 そして遂に限界に達して口を開いた。
 光は突然の太陽の大声にビクッと身体を跳ね。

「え……なにが?」

 闊歩しながら近づく太陽に困惑の光。
 そして太陽は光に指摘する。

「なんで包丁で皮剥いてるんだよ! ピーラー仕えよピーラー! 断然こっちの方が楽で効率がいいからよ!」

「え? だって、ジャガイモって包丁で皮を剥くもんじゃないの? だってお母さんはいつもジャガイモを包丁で剥いてたし」

「お前の母さんは主婦で料理が上手だからだよ! 料理をあまりした事がない奴は、先人が発明してくれた物を使えよ!」

 太陽はここであることを思い出して、苦い表情となる。

「……そう言えば、お前って本当に料理下手だよな。昔、俺に弁当を作って来てくれた時のあれ微妙だったし」

 昔の事を思い出した太陽の一言に光はショックを受け。

「え……あの時は美味しいって……?」

「お世辞って言葉知ってるか? あの時はお前を傷つけない為に言ったが、お前とはどうでもいい関係になった今、この際言ってやるよ。お前の料理はハッキリ言って美味しくない!」

 太陽の大砲並の言葉の暴力に光は涙目でプルプルと震え始めた。
 
「(……ヤバッ。流石に言い過ぎたか……)」

 相手が憎むべき元カノとはいえ、流石に言い過ぎたと反省する太陽。
 謝ろうとすべく口を開こうとするが、それよりも光が先に口を開き。

「なにさなにさ! あの時太陽が「彼女の手作り弁当って男のロマンだよな」って言ったから、作った事がないのに頑張って作ったんじゃん! なに? 元カレ元カノになったからって、人の料理下手ってのを掘り起こさなくてもいいじゃん! 太陽だって昔ホットケーキ作ってくれた時に焦げ焦げの炭だった癖に!」

 売り言葉に買い言葉で返され、謝るはずだった感情は引っ込み、カチンと青筋を立て。

「いつの話をしてるんだ、それ小学生の頃だろうが! 少なくとも今は完璧に作れるわ! それに馬鹿にされたくなかったら、せめて皮むきぐらい朝飯前に出来る様になれよ! 好きな人に振り向いてほしいんだったら、料理は必須条件だぞ!」

「うるさいうるさい! 今はそれ関係ないじゃん! それに、今は昼飯前だよ! 朝飯はとっくに過ぎてるよ!」

「そういう朝飯前って意味じゃねえよ馬鹿!」

「太陽の方が馬鹿だよ!」

「お前の方が馬鹿だろ!」

 論点から外れていがみ合う二人。
 二人の作業は完全に止まり、迷惑関係なく大声を上げる太陽と光だが、ドタバタと忙しない足音が近づき。

「喧嘩してる暇があるなら、作業ラインを進めろ!」

 足音の主は千絵。
 千絵の振り上げられた拳は太陽の後頭部にヒットする。

「なんで俺だけ!?」

 理不尽にも自分だけ殴られた事に抗議するが、千絵は聞かず。

「そんなことどうでもいいから! 1分1秒も時間を無駄に出来ないんだから、早く作業に戻る! 光ちゃんも、太陽君の言う通りに扱い慣れてないなら包丁じゃなくてピーラーを使った方がいいよ。指も切る恐れもあるしね」

「うん、分かった。ごめんね、千絵ちゃん」

「……なんだか納得がいかねぇ……」

 不服を漏らすも千絵の睨みに押し黙り、千絵は自分の作業に戻り、太陽と光も再び皮むきを再開する。
 光も包丁は置き、アドバイス通りにピーラーを使い皮を剥き始める。
 確実に効率がアップしたらしく、次々に光はジャガイモの皮を剥き続け、太陽も負けじとニンジンの皮を剥く。

 だが、太陽は手を動かしてはいるが、心は違う事を考えていた。

「(……さっきのあれ……。俺とあいつって、元カレ元カノなんだよな……。なのに、あの言い合い、なんだか昔みたいだ……)」

 今までは一方的の糾弾だったが、先ほどのは確実に口喧嘩だった。
 まだ太陽と光が破局こうなる前までは日常茶飯事だった光景。
 
「(……別に別れたからと言って、その後ずっと仲が悪くなるってセオリーはない。中には別れた後も友達関係を築いていける奴らもいる……。けど、俺たちが別れた原因は、原因として最悪な部類に入るやつだから、俺はこいつの事を嫌悪する)」

『……他に好きな人ができたんだ。私はその人に振り向いてほしい。だから、ごめんだけど、別れて』

 今思い出しても吐き出したそうになる衝動があり、胸を引締められる程のトラウマ。
 あの時の太陽は永遠に続く愛なんて存在しないって思い知らされた。
 
 ……だが、相手にここまでに憎しみを持っているってことは、裏を返せば、まだ光の事が、

「(……俺、まだこいつの事――――――諦めきれてねえのかな……)」

 女々しい自分に嫌気が差しながらも太陽は手を進める。
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