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2:夢と幸せの定義

アンコールは止まらない

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 鳴り止まない喝采。多くの人々が「ブラボー!」と狂ったように叫んでいる舞台があった。
 まるで嵐でも来たかのように感動した人々の歓喜が止まらない。
 あまりにも心が振るわされたのか泣いている者までおり、多くの人々は拍手を止めようとしなかった。

 そんな舞台の上、様々な箇所から放たれる光を一身に受ける少女がいる。
 彼女は今まで見たこともない光景に、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべある人物へ振り返っていた。
 その視線の先にいるのは、一人の少年だ。柔らかい笑顔を浮かべ、人々と同じように拍手を送る。圧巻とも言える光景に足が竦んでいる少女の背中を押すと、こう告げた。

「さあ、前を向こう。君の歌声をみんなが待っているよ」

 大きな不安。押しつぶされそうな気持ち。しかし彼女は前を向き、待っている人々を見る。
 いつしか喝采と共に「アンコール!」と何度も何度も人々は歌を求める声が大きくなっていった。

 踏み出していいのかな、と不安になる。
 だが、同時に大きな高揚感が彼女の心に広がっていた。

 求められる歌声を届けるために、止まらない歓声に応えるために、少女は勇ましく夢の第一歩を踏み出す。
 大きく息を吸い、持てる力と技術を使い歌い始める。ずっと待っている人々のために声を放つと、彼らは静まり返った。

 その美しい歌声に酔いしれ、心が惹きつけられ、泣くことすらも忘れて聞き入る。
 彼女はそんな人々の顔を見て、ただ嬉しく笑った。
 もっとこの顔を見たい。もっと歓声を受けたい。もっと歌を聞いて欲しい。

 夢が叶い、少女はその第一歩を踏み出した。
 そしてその第一歩で、新しい夢を見つける。
 少年はそんな彼女を見て、ただ優しく見つめていた。

 遠くへ行ってしまう彼女を、ずっと――

◆◆◆◆◆

 穏やかな風が吹き抜け、花びらが一緒に楽しそうに舞う。優しい光が降り注ぐ平坦な道のりを歩いている少女達は、次なる目的地にはどう進めばいいかと地図を開いて確認していた。

『やっぱりここは右だと思うよ』
「そう? でも地図を見た限りだと左だと思うけど」
『クリス、悪いけど地図が上下逆さまだよ』
「ホントだ」

 少し青みがかった長い銀髪のメガネ少女は持っていた地図を元に戻す。そんな彼女の肩に乗る子ブタ型の赤い貯金箱はちょっと呆れたように息を吐き出していた。
 ひとまず道ばたに置いていたバックパックを背負い直し、確認した目的地へ向けて右へ進み出す。

 まだまだ見えない町はどんなものなのか、と少女達は胸を膨らませていると、けたたましい馬の雄叫びが耳に入ってきた。
 思わず振り返ると一台の馬車がものすごい勢いで走ってくる光景が目に入る。よく見ると後ろにはウルフの集団が追いかけてきており、どうやらそれから逃げている様子だった。

『うわぁー、あれはヤバいね』
「そうだね。こっちに来ているから、もっと危険かも」
『それってヤバくない?』
「うん。巻き込まれるのは確実」

 のほほんとしていた子ブタの顔が一変する。
 青ざめた表情になっている姿を見て、少女はクスクスと笑っていた。

『ど、どうするのっ? アタシ達、モンスターに食べられちゃうよぉー!』
「もう手は打っているよ」
『いくらクリスでもあんな大群を相手になんて――対策したの?』
「うん。アルヴィレに頼んだ。たぶん、ウルフはどこかに行くよ」

 どこかから遠吠えが響く。すると走っていたウルフ達は足を止め、一斉に振り返った。
 もう一度遠吠えが響き渡ると、一体のウルフが雄叫びを上げる。
 次第に違うウルフも叫び始め、それはそれで不気味な光景が広がっていた。
 逃げていた馬車はその異変に気づいたのかスピードを緩めていく。
 ウルフ達はその馬車に目をくれることなく、そのまま遠吠えがする方向へ走っていった。

『はへぇ~、ウルフがみんな行っちゃったよ』
「これで安全」
『そうだね! でも対価が大変じゃない?』
「このくらいなら平気。それより歩くの疲れたよ」
『ここ最近、ずっと歩いてたからね。あ、だから助けたんだ!』
「内緒だよ、リリア」

 いたずらっ子のように微笑んでいるクリスに、リリアはニヤニヤと笑っていた。
 ひとまずこれで移動が楽になる。
 そう思っているとウルフから逃げていた馬車が止まり、扉が開いた。中から出てきたのは、一人の美しい少年だ。
 幻想的な深い緑色の髪に、宝石と思わせるような美しい緑色の瞳。その細い身体を包み込んでいる立派なスーツを見る限り、地位の高さがうかがえる。
 クリスはそんな彼を見つめていると、こう声をかけられた。

「あなたですね、僕達を助けてくれたのは」

 その言葉を聞き、クリスは微笑む。どうやら今回の人助けは大当たりだと感じていた。

「はい。おケガはありませんか?」
「おかげさまで。そうですね、もしよろしければご一緒に次の町まで行きますか?」
「お言葉に甘えさせていただきます」

 少年の申し出を素直に受け入れ、クリスは馬車に乗り込む。
 微笑んでいる少年、そしてその隣には不機嫌そうに外を見つめている亜麻色の髪を持つ少女の姿があった。
 どこかお人形さんのように思える装いに、クリスは目を丸くする。それと同時にどこかで見たことがある気がしていた。

「助けてくださり、ありがとうございます」

 ブスッとしている彼女を見つめていると少年がクリスに声をかけてきた。ひとまず視線を外し、彼に振り向くとこう告げられる。

「僕の名前はヴァン。彼女はジェーンと言います。助けてくださり本当にありがとうございます」
「いえ。私はクリス、あと肩に乗っているこの子は――」
『リリアっていうよ! あ、あの、もしかしてその人って〈奇跡の歌姫〉ジェーンさんですか!?』

 クリスは思いもしないリリアの食いつきに、目を大きくしていた。
 目をキラキラさせている子ブタに、ジェーンは少し驚いた表情を浮かべるがすぐにウンザリとしたため息を吐く。
 そんな彼女を見て、ヴァンは何かを言いかけていたリリアに声をかけた。

「その通りです。しかし、あなたのほうが珍しいですよ。まさか子ブタが喋るなんてね」
『子ブタじゃないです、リリアです! 本物だ、うわぁー本物だぁー!』
「リリア、あんまりはしゃいじゃダメだよ。あと静かにして」

 クリスに叱られ、リリアは口を両手で塞ぐ。それを見ていたヴァンはとても物珍しげにリリアを見つめていた。
 何か考えている様子だが、クリスはひとまず話題を変えることにする。

「乗せてくださりありがとうございます。結構歩いていたので、足が痛くなってましたよ」
「それはそれは。ところであなたは魔術師ですか? ウルフを追い払った手腕に使い魔を見ているとそう感じますが」
「まだタマゴです。今は事情があって旅をしています」
「ほう、事情ですか。それは大変ですね。ならその旅の手伝いができて光栄ですよ」

「ありがとうございます。ところで、どうしてウルフに追いかけられたんですか? 道なりを通れば普通は遭遇しませんが」
「少し急ぎの事情がありましてね。それで少し無理をしまして、結果狙われてしまいましたよ」

 話を聞き、クリスは考える。一体どんな事情があるかわからないが、ウルフの縄張りに入ってしまうほど急いでいたのだろう。
 そう考えていると黙っていたジェーンが口を開いた。

「ヴァン、もう黙って。うるさい」

 それはなかなかに刺々しい言葉だった。
 その言葉を聞いたヴァンは、わざとらしく肩を竦めるとそれ以降口をつぐんだ。
 重苦しい空気の中、馬車は進んでいく。それでもジェーンにキラキラとした羨望の眼差しを向けるリリアを見て、クリスは微笑ましく感じるのだった。
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