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後編

光の王子様。(他)

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 王城の廊下を軽やかに、しかし、重そうな音をたてながら国王――ディートヘルム・エリーアス・キルシュライトは走っていた。やや難しい顔つきで、へと向かう。

「一時間……何かあったとみて間違いはないじゃろ……」

 駆けてはいるが、王城は広い。王族の私的な空間から目的地である公的空間へは、決して近くはない。だから、長くて三十分くらいは掛かると見込んでいた。だが、予想以上に時間は過ぎている。面倒な事になっているかもしれない。

 気が早った国王は、このまま長い廊下を走るよりも、一刻も早く現場に到着したかった。
 そして小さく呟く。

「《光迅速グリマー》」

 国王の姿が、輪郭が、光で覆われる。

 次の瞬間――、

「ぶっふぅ?!」

 廊下の行き止まりに顔面から突っ込んで、数回バウンドしながら床を転げた。

 先程まで国王がいた私的空間の廊下から、随分離れた公的空間まで一気に通り抜けたはいいが。

「……まずい。ワシ、魔法の腕が落ちとるのう……」

 キルシュライト王国で一番の魔法使いは、鼻血を出しながら遠い目になった。



 ーーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー



 ――遡ること、四十分前。
 男とアーベルは、王太子の私室で対峙していた。

「いや~、まあ、まさかねえ?流石に隠し子ってことは…………、赤の他人にしてはローデリヒに似すぎだし、その光属性魔法……どっかでオレたちと血が繋がってそうだなぁ?」

 男の琥珀色の瞳がスっと細められる。
 隠し子どころか直系王族なのだが、アーベルは黙って短剣を構えた。あまり口を動かさずに、小声で魔法を唱える。

「《魔光球ライトボール》」

 アーベルの周りに数多くの光の球体が現れ、一気に男へと打ち出される。男はまた予備動作なく、アーベルと同じ数だけの光の球体を作り出して放つ。二人の中間地点で球体はぶつかり合って、爆発した。完全に男に相殺されている。

 アーベルとて、先程からの流れで、この男がただの優男でない事は既に分かっていた。何より自身の父親を呼び捨てにしたのだ。相当上の方の位にいる人間である。

 そして、キルシュライト王家の光の一族はオレたちとも言ってしまっている。

 だが、この人物の特定が出来ない。

「……貴方のお名前を伺っても?」
「……えっ?え~、あっれ?オレの事知らないの?王城に堂々と侵入しといて?……いや、普通に侵入先に誰がいるとかは把握しとかなきゃっしょ?……はは~ん、さては、オレを油断させる為の罠だな?!そうはいかね~よっ!!」

 アーベルの問いに一瞬、きょとんとした顔をした優男だったが、何故か明後日の方向に解釈した。アーベルはますます困惑する。

 いや、誰なのだこの男は。

 こちらが油断させる為の罠にかかった気分だった。
 その隙に男は《魔光球ライトボール》を打ってくる。慌ててアーベルは叫んだ。

「《魔光球ライトボール》!!」

 ギリギリで相殺。アーベル寄りで魔法が爆発した為、煙をもろに吸い込んでしまう。慌てて腕で口元と鼻を隠し、その場から移動しようとした。

「逃がさね~よっ!!と!!」

 追い打ちをかけるように、針が飛んでくる。感覚で上体を左に逸らすと、今まで身体があった場所を針が通って行った。だが、男が突っ込んできて咄嗟に叫ぶ。

「《光雷撃ライトニング》っ!」

 男とアーベルの間で派手な閃光と共に、先程よりも強い爆発が起きる。鉄板を落としたような酷い音が鳴った。爆風に合わせて距離を取ったアーベルだったが、男はその場に留まったらしい。涼しい顔で立っている。足元の絨毯は焦げ、煙をあげていた。焦げ臭い臭いが広がる。

 身体の力を抜いて立っている男は、目を細めてアーベルを上から下まで眺める。騎士団の隊服ではなく、軍服のアーベルに、まあ、服はどうでもいいかと何やら一人で納得していた。

「……それにしてもお前の光魔法、そんなに強くないなあ。もしかして、あんまり光属性の魔法得意じゃね~の?」

 その通りだった。
 少なくとも目の前の男の方が、アーベルより光属性魔法の扱いは上手かった。

 元々魔法には、発動する為に呪文を唱えてから、魔法名を言うという過程が存在する。
 しかし、そんな悠長な事を戦場でやる訳にはいかない。呪文を唱えている間に殺されてしまう。

 だから、魔法名だけ言う省略化か、一番の理想は何も唱えずに魔法を発動するのが当たり前。

 属性に対する適正があればある程、難しい魔法が使えるようになるし、省略化や魔法名を唱えなくて済む。そして、適正がありすぎる場合、常時魔法が発動している状態になる事がある。アーベルの知る限り、母親アリサの精神属性や隣国の国王ルーカスの身体強化。

 つまり、魔法名を唱えなければならないアーベルよりも、何も唱えずに魔法が発動出来る男の方が、光属性に対する適正が高いのだ。

 もしかしたら、父親ローデリヒ位はあるかもしれない。

「う~ん?ローデリヒにそっくりだから、あんまり本家とは血離れてなさそ~な?いんや、その程度の光属性魔法じゃ……、ん?待てよ?まさか、離婚したゲルストナーのおっさんの……?いや~、流石にそれはね~か」

 首を捻っていた男だったが、アーベルが不意をついて逃げ出そうとすると、「まあいいか」と思考を雑に放り投げる。

「捕まえてから、じっっくりでもいいしぃ?」
「っ?!」

 男は的確に頭を狙ってくる。逃げるのにも一苦労しそうだ。だが、捕まってしまう方が面倒な事になる。
 それに、だ。

 アーベルの《光雷撃ライトニング》という音と光が派手な魔法でも、誰もやってこない。王太子の私室ならば、扉前の近衛騎士を気絶させていても、誰かやってくると思うのだけれど。

 きっと、この男が何かしているのだろう。例えば、誤魔化しているとか。

 あまりこの魔法は使いたくはない。
 本当に嫌だが、仕方がない。
 しかし、さっさとこの部屋から抜け出さなければ。
 アーベルは、利き足のつま先に力を込めて、床を蹴る。
 そして、魔法を発動した。

「ちょっ?!」

 ギョッとした表情で、男が振り向く。秒で男の背後を取ったアーベルは、思いっきり手に持った短剣の柄を振り抜いた。しかし、驚異の反応速度を見せた男は、床を転がってかわす。

「え……?なんだなんだぁ?!今のなんだ?!」

 琥珀色の瞳を見開いて、訳が分からないといった男に時間は与えない。男には、少し離れた場所にいたアーベルがいきなり目の前に現れた、そんな風にしか見えなかったはずだ。

 魔力が一気に吸われたのを感じる。だが、追い掛けてこないように、ここでしっかり男を沈めておきたかった。

 だから、また魔法を発動した。
 男の目の前まで迫り、今度は拳で頬を殴り飛ばす。

「ぐは……っ」

 やっと初めて攻撃が通った。拳の感覚では、かなり重く入ったはずだった。だが、男は頬を抑えて、よろけただけだった。

 まだ、足りない。
 魔法を発動する。

 一気に魔力が抜けて、貧血のような軽いめまいが襲ってくる。それでも、足を踏ん張った。
 頬を抑えた男のガラ空きになった腹部に、拳を叩き込んだ。感触から、深く入ったはずだ。

「っ……」

 かなり戦闘に特化しているのか、苦しそうに呻いただけでアーベルから距離をとる。ダメージはそんなに与えられていないらしい。

 一応王城の人間なのだ。味方だ。だから、向こうが本気で戦いにきても、こちらは手加減をしなければいけない。

 その上、相手は強い。
 やりにくいにもほどがあった。

 魔法を発動する。
 ギシリ、と体が軋む。

 男の後ろを取った。ギシギシと悲鳴を上げだした脚に力を入れる。渾身の回し蹴りを腰に食らわせた。男が吹っ飛ぶ。その隙に窓辺へと向かおうとするが、飛んできた針に足を止めざるを得なかった。立て直すのも、反応速度もはやい。

「な~んか分かんねぇけど、、随分と負荷かかってそうだなぁ?」

 その通りだった。
 時空を行き来出来る能力――、は時空属性の魔法の一つ。今使っている魔法は、時空属性でも自分自身の時間を他よりも少しだけ進めるもの。ほんの僅かな秒にも満たない単位の時間だが、傍から見たら、祖父国王の《光迅速グリマー》や、父親の空間転移の再現のようなものが出来ていた。

 だが、時空属性はコスパが悪い。
 一歩間違えたら歴史を変えかねない能力の代償は大きい。膨大な魔力を使うし――、何よりも自分の身体に負担を掛ける代物。

 気軽に使えるものではなかった。 

 黙り込むアーベル。男は返事がなくてもよかったのか、アーベルが蹴り飛ばした腰をさすりながら立ち上がる。

「ローデリヒの空間転移的な魔法……じゃね~し、なんか初めて見る魔法だなぁ。でも、ま、オレの光属性魔法の方が強いし?」

 そう言うなり、男は手首を無造作に振った。光を纏った無数の針は、的確にアーベルに迫る。

 魔法を発動した。
 身体が重い。自分だけ数秒、時間の速度を早めて背後を取ろうにも、肝心な自分の動きが遅ければ意味が無い。早めにケリはつけたかった。

「《光雷撃ライトニング》」
「っ……?!」

 轟音と共に男に稲妻が直撃する。時空属性の魔法と共に発動したそれを流石に避けきれなかったようで、頑丈であるはずの近衛の隊服が所々破れた。白い肌には血が滲んでいる。

 魔法を発動する。
 扉に近付いたが、即復活した男の蹴りが飛んでくる。アーベルは部屋の奥に戻らざるを得なかった。

 密室という事が災いして、扉を開けるタイミングや窓を開けるタイミングで、時間切れになる。それと同時に、男はアーベルの動きを遮ろうとしてくるので、ほぼノータイムで反撃をしているという事だ。

 流石は近衛騎士、いや、光属性の一族と言うべきか。

「なるほどなるほど……。合わせ技ね……。戦闘向きじゃねぇけど、それなりの魔法使いって感じかぁ。…………光属性魔法といい、その顔といい、これは、ますます野放しには出来ねぇ~なぁ?」

 この男の光属性魔法は強い。あまりキルシュライト王家から離れた血筋ではないだろう。キルシュライト王家の親戚は、ゲルストナー公爵家とヴォイルシュ公爵家のみ。ゲルストナー公爵家に子供がいるとは十五年後も聞かないので、おそらくヴォイルシュ家の人間……のはず。

「今更陛下に隠し子がいましたってなると、すっげえ大事になりそ~。しっかし、ローデリヒよりも光属性魔法得意じゃあなさそうだし、王太子の座は無理そうだよなぁ」

 アーベルは無意識に拳を握り締めた。キルシュライト王家は光の一族。何よりも国民が光を求めている。
 なのに自分は、その力が弱い。

 だが、良いのだ。自分が力を持たなくとも、が光に愛されているから。

 魔法を発動しよう――として、ふと嫌な予感がした。

 アーベルが魔法を躊躇ったと同時に、部屋の扉が盛大に吹っ飛ぶ。

 扉のすぐ側にいた男を思いっきり巻き添えにしていたのを、アーベルは見逃さなかった。辺りに爆発のような轟音が響く。

 アーベルは転がり込んできた好機を逃さず、魔法を発動して部屋の外へと逃げ出す。

 あとに残ったのは――、

「あれ?エーレンフリート、なんでこんな所におるのじゃ?」
「ちょっとどいてください陛下。すげぇ重いオレ窒息死するかも……」

 青紫色の顔をした男と、男に馬乗りになる国王だった。
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