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ジークハルトの気になる木
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ペタペタと音がするのは、コレットのサンダルである。
正確にはジークハルトのサンダルなのだが、コレットは靴を履いておらず素足のままだったので直ぐに履ける物となればサンダルしかなかった。
「靴…買うか」
「いいですよ。さっきも沢山お金使いましたし」
「いや、買う。今日は靴も服も買うぞ。あとコレット用の食器に…洗面道具も必要だな」
「ダメです。お金が沢山必要になります」
「気にすんな。それなりに稼ぎはあるから。じゃ、そこの靴屋に行ってみるか」
扉を開けるとカランコロンと音がする。
コレットはどこから聞こえてくるのだろう?と店の中を見渡した。
キョロキョロとするコレットにジークハルトがどうしたのかと聞くとさっきの音が気になったと言う。
「あれだよ」
ジークハルトが扉の上を指差すと、コレットは扉に近寄り下から3つばかりついた鐘のようなドアチャイムを見上げた。
「そんなに珍しいか?」
「だって、扉を開けたら音がしたんですよ」
「まぁ、そんなものだからな」
「それにこの扉‥‥錠前がないんですね。夜はどうするんでしょう」
「鍵ならあるじゃないか。下を見てみろ」
扉の下を見るとフランス落としの鍵があった。
コレットは物珍しさからしゃがみ込んでその鍵に触れてみる。
「お嬢さん、そんなにその鍵が珍しいのかい?」
店主がコレットに声をかけた。年老いた店主はニコニコしながらコレットを見ている。
ジークハルトは「すみません」と頭を下げた。
「お部屋の鍵もですが、ここの鍵も凄いですね。初めて見ました」
「初めて?あの鍵が?もう100年くらい前の曾祖父の時からあの鍵なんだが」
「まぁ!そんなに長い間頑張っている鍵なんですね」
「頑張りついでに、お嬢さん。足を見せてごらん」
店主は背もたれのない椅子に腰かけたコレットの足を手に取った。
独特のメジャーを当ててコレットの足を大まかに計測するが、両足を並べて足裏を見た時に感嘆の声をあげた。
「ほぅ!これは珍しい。こんなに綺麗なアーチを見たのは何時ぶりだろう」
「アチ??」
上手く聞き取れなかったコレットはジークハルトを見る。
ジークハルトは店主の隣にしゃがみ込み、コレットの足の裏、土踏まずを指で押して「アーチな?」と笑った。
「あぁ、これはすまんすまん。長い事この商売をしているが、ご令嬢の足は可哀想なくらい偏平足の上変形をしていてね。親指が足の甲のほうから曲がったりしているのさ。でもこの娘さんの足は見事だねぇ。毎日歩いて歩いて、兎に角足を使ってくれてる足だよ」
店主は高いヒールの並んでいるケースをやり過ごし、奥からローヒールと革製の靴を持ってきた。
「女性はハイヒールをよく買っていくが、この娘さんの足にはこっちのほうが良いと思うよ。どれ、履いてごらん」
店主はコレットに踵の低いローヒールを履かせるとコレットを立たせた。
「わぁ…足が痛くない。つま先を丸めなくていいなんて!」
「はて?」
今度は店主がコレットの言葉を聞き取れなかった。ジークハルトも首を傾げた。
コレットは嬉しさの余りベラン語を口にしたのだ。
「お嬢さんは変わった言葉を話すね…どっかで聞いたような…」
「すみません。多分ベラン語だと思います。最近習ってるんで」
ジークハルトは苦しい言い訳をした。習っているレベルではない。
むしろ片言のベルトニール語の方が習っていると言った方がまだ通じる。
しかし、店主は「懐かしいねぇ」と目を細めた。
「私の曽祖父さんが時々話していたよ。いや話すと言うより歌だな。ほとんどはハミングしていたが子供の頃、何の歌だと聞いたらベラン王国の国歌だと言っていた」
「コレット、ベラン王国の国歌って解るか?」
「解りますよ‥‥夜空のシリウスよ~りも~燦然と輝ぁきたる城はぁぁ~♪」
「おぉ!その調べだよ。そうそう、そんな歌詞だったのか…」
すっかり気をよくした店主はコレットに履いていたサンダルを削って足のサイズに合わせてくれただけでなく、革靴の手入れ用のオイルまでサービスをしてくれたのだ。
「またおいで。歌を聴かせてくれたらサービスするよ」
と、コレットに微笑んだ。
だが、ジークハルトは胸に何かつっかえたように悶々とした。
「どうしたんですか?」
眉間に皺を寄せるジークハルトにコレットが問い掛けると、ジークハルトは顔を真っ赤にして背けた。
言えるはずがなかったのだ。
店主に足を触られていた事に、イライラしてしまったとはとても言えない。
「何でもない。で?靴の履き心地はどうだ?」
「軽いです。それにね、つま先が痛くないんです」
「つま先?そんなにきつい靴を履いていたのか」
「いいえ?靴がブカブカだったので余計につま先が痛かったんです」
「余裕のあるサイズなのに?」
「えぇ。木の靴でつま先はもう開いてしまっていたので歩くのにコツも必要で」
「チョーっと待て。さっきなんて言った??」
「つま先が痛くないと…」
「もうちょっと先、何か開いてたって?」
「木の靴です。歩くと指先が見えちゃうんです」
「木ぃぃぃぃ??」
奇妙な奇声をあげたジークハルトにコレットは声を出して笑ってしまった。
「ウフフ…ふふっ…フフフ…ウサギのような声っ…ふふふっ」
口元に手を当てて、クスクスと笑うコレットにジークハルトの胸がキュンキュンと締め付けられる。
――おかしいぞ…健康診断で心臓には異常がなかったのに――
「いや、それよりも木の靴?そんなものいったいどこで」
「森です」
「あーっと違う。森で靴を拾った訳じゃないだろう?」
「落ちてる靴は拾いませんよ。水虫の人の靴だったら困るじゃないですか」
「そこ?気にする所、そこっ?」
「他に何を気にするんですが。でも木の靴は自分で――」
「皆まで言うな。何となくわかったぞ。自分でくりぬいて作るんだろう?」
「まさかぁ。足は踵からグイっと曲がってるんですよ?自分で作れるわけないじゃないですか。自分で手頃なサイズの太い幹を探して、彫ってくれる人に頼むんですよ」
ジークハルトは楽しそうに話をするコレットに「木の靴なんてあり得ない」とは言えなかった。
それよりも気になったのは、他人の靴は水虫が気になって履けないと言う言葉だ。
キュンキュンとした胸の痛みが消えると、自分のサンダルをコレットがすんなり使ってくれた事が誇らしく思えてきた。
そう、騎士団の隊員は約9割が水虫に悩まされていたからだ。
――俺は水虫じゃない――
お墨付きをもらった気がして誇らしかったのだった。
「俺のサンダル、どうだった?」
「便利でしたよ。足の指をクゥゥっと上げて出来るだけ足裏は付かないように歩きましたけど」
「で、ですよねー。‥‥はぁぁ…(がくっ)」
やはり現実は甘くなかったようだ。
正確にはジークハルトのサンダルなのだが、コレットは靴を履いておらず素足のままだったので直ぐに履ける物となればサンダルしかなかった。
「靴…買うか」
「いいですよ。さっきも沢山お金使いましたし」
「いや、買う。今日は靴も服も買うぞ。あとコレット用の食器に…洗面道具も必要だな」
「ダメです。お金が沢山必要になります」
「気にすんな。それなりに稼ぎはあるから。じゃ、そこの靴屋に行ってみるか」
扉を開けるとカランコロンと音がする。
コレットはどこから聞こえてくるのだろう?と店の中を見渡した。
キョロキョロとするコレットにジークハルトがどうしたのかと聞くとさっきの音が気になったと言う。
「あれだよ」
ジークハルトが扉の上を指差すと、コレットは扉に近寄り下から3つばかりついた鐘のようなドアチャイムを見上げた。
「そんなに珍しいか?」
「だって、扉を開けたら音がしたんですよ」
「まぁ、そんなものだからな」
「それにこの扉‥‥錠前がないんですね。夜はどうするんでしょう」
「鍵ならあるじゃないか。下を見てみろ」
扉の下を見るとフランス落としの鍵があった。
コレットは物珍しさからしゃがみ込んでその鍵に触れてみる。
「お嬢さん、そんなにその鍵が珍しいのかい?」
店主がコレットに声をかけた。年老いた店主はニコニコしながらコレットを見ている。
ジークハルトは「すみません」と頭を下げた。
「お部屋の鍵もですが、ここの鍵も凄いですね。初めて見ました」
「初めて?あの鍵が?もう100年くらい前の曾祖父の時からあの鍵なんだが」
「まぁ!そんなに長い間頑張っている鍵なんですね」
「頑張りついでに、お嬢さん。足を見せてごらん」
店主は背もたれのない椅子に腰かけたコレットの足を手に取った。
独特のメジャーを当ててコレットの足を大まかに計測するが、両足を並べて足裏を見た時に感嘆の声をあげた。
「ほぅ!これは珍しい。こんなに綺麗なアーチを見たのは何時ぶりだろう」
「アチ??」
上手く聞き取れなかったコレットはジークハルトを見る。
ジークハルトは店主の隣にしゃがみ込み、コレットの足の裏、土踏まずを指で押して「アーチな?」と笑った。
「あぁ、これはすまんすまん。長い事この商売をしているが、ご令嬢の足は可哀想なくらい偏平足の上変形をしていてね。親指が足の甲のほうから曲がったりしているのさ。でもこの娘さんの足は見事だねぇ。毎日歩いて歩いて、兎に角足を使ってくれてる足だよ」
店主は高いヒールの並んでいるケースをやり過ごし、奥からローヒールと革製の靴を持ってきた。
「女性はハイヒールをよく買っていくが、この娘さんの足にはこっちのほうが良いと思うよ。どれ、履いてごらん」
店主はコレットに踵の低いローヒールを履かせるとコレットを立たせた。
「わぁ…足が痛くない。つま先を丸めなくていいなんて!」
「はて?」
今度は店主がコレットの言葉を聞き取れなかった。ジークハルトも首を傾げた。
コレットは嬉しさの余りベラン語を口にしたのだ。
「お嬢さんは変わった言葉を話すね…どっかで聞いたような…」
「すみません。多分ベラン語だと思います。最近習ってるんで」
ジークハルトは苦しい言い訳をした。習っているレベルではない。
むしろ片言のベルトニール語の方が習っていると言った方がまだ通じる。
しかし、店主は「懐かしいねぇ」と目を細めた。
「私の曽祖父さんが時々話していたよ。いや話すと言うより歌だな。ほとんどはハミングしていたが子供の頃、何の歌だと聞いたらベラン王国の国歌だと言っていた」
「コレット、ベラン王国の国歌って解るか?」
「解りますよ‥‥夜空のシリウスよ~りも~燦然と輝ぁきたる城はぁぁ~♪」
「おぉ!その調べだよ。そうそう、そんな歌詞だったのか…」
すっかり気をよくした店主はコレットに履いていたサンダルを削って足のサイズに合わせてくれただけでなく、革靴の手入れ用のオイルまでサービスをしてくれたのだ。
「またおいで。歌を聴かせてくれたらサービスするよ」
と、コレットに微笑んだ。
だが、ジークハルトは胸に何かつっかえたように悶々とした。
「どうしたんですか?」
眉間に皺を寄せるジークハルトにコレットが問い掛けると、ジークハルトは顔を真っ赤にして背けた。
言えるはずがなかったのだ。
店主に足を触られていた事に、イライラしてしまったとはとても言えない。
「何でもない。で?靴の履き心地はどうだ?」
「軽いです。それにね、つま先が痛くないんです」
「つま先?そんなにきつい靴を履いていたのか」
「いいえ?靴がブカブカだったので余計につま先が痛かったんです」
「余裕のあるサイズなのに?」
「えぇ。木の靴でつま先はもう開いてしまっていたので歩くのにコツも必要で」
「チョーっと待て。さっきなんて言った??」
「つま先が痛くないと…」
「もうちょっと先、何か開いてたって?」
「木の靴です。歩くと指先が見えちゃうんです」
「木ぃぃぃぃ??」
奇妙な奇声をあげたジークハルトにコレットは声を出して笑ってしまった。
「ウフフ…ふふっ…フフフ…ウサギのような声っ…ふふふっ」
口元に手を当てて、クスクスと笑うコレットにジークハルトの胸がキュンキュンと締め付けられる。
――おかしいぞ…健康診断で心臓には異常がなかったのに――
「いや、それよりも木の靴?そんなものいったいどこで」
「森です」
「あーっと違う。森で靴を拾った訳じゃないだろう?」
「落ちてる靴は拾いませんよ。水虫の人の靴だったら困るじゃないですか」
「そこ?気にする所、そこっ?」
「他に何を気にするんですが。でも木の靴は自分で――」
「皆まで言うな。何となくわかったぞ。自分でくりぬいて作るんだろう?」
「まさかぁ。足は踵からグイっと曲がってるんですよ?自分で作れるわけないじゃないですか。自分で手頃なサイズの太い幹を探して、彫ってくれる人に頼むんですよ」
ジークハルトは楽しそうに話をするコレットに「木の靴なんてあり得ない」とは言えなかった。
それよりも気になったのは、他人の靴は水虫が気になって履けないと言う言葉だ。
キュンキュンとした胸の痛みが消えると、自分のサンダルをコレットがすんなり使ってくれた事が誇らしく思えてきた。
そう、騎士団の隊員は約9割が水虫に悩まされていたからだ。
――俺は水虫じゃない――
お墨付きをもらった気がして誇らしかったのだった。
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