あなたに本当の事が言えなくて

cyaru

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VOL:17  エトナ男爵家の来客

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家に戻ったかと思ったが、サーシャの足とラウロの足では速さが違う。
直ぐに追いついたラウロはプンプンと怒り大きな歩幅で歩くサーシャの前に出て手を広げた。

「ごめん!別れたとは知らなかったんだ」
「別れる以前に付き合ってません!」
「え?そうなのか?俺はてっきり――っておいおい。待ってくれって」

ラウロを避けるようにしてズンズン歩いていくサーシャ。ラウロはその隣を歩幅を合わせて「ごめん」と機嫌を取るように何度も言葉をかけながら歩く。

ピタッとサーシャの足が止まるが大男は簡単には止まれない。
ラウロはつんのめった。

「なんでラウロさんが謝るの。もうほんとに・・・男の人って訳わからない!賭けだとか子供だとか!大っ嫌い!」

力いっぱい手を握り、声を絞り出すようなサーシャの叫びがラウロの耳を突き抜けた。

「賭け?子供?何かされたのか?」
「私‥‥私‥‥賭けの対象だったの。もう信じられない・・・何もかも信じられない!」
「なんだと?!あの男がサーシャを賭けの対象にしてたのかっ!」
「ぐすっ・・・そうよ・・・だからもう放っておいて!」

泣き出してしまったサーシャをラウロは思わず抱きしめてしまった。

「サーシャ。俺は今、無性に腹が立って仕方がない。どうしてサーシャが泣かなきゃいけないんだ。俺で良ければそいつをボコボコにしてくるぞ」

「そんな事、しなくていい・・・遊ばれた私がバカだったの。見た目に惑わされて・・・恥ずかしい・・・」

「そうか。でもな?サーシャは馬鹿じゃない。恥ずかしい事なんて何もない。恥ずかしいのは人の心を弄んだクズどもだ。サーシャは何にも悪くない。だからもう泣くな。サーシャは昔から泣き虫だけど俺は泣き止ませる方法を知らないんだ。ごめんな。何も知らなくて俺は・・・無神経だった・・・で?子供が出来たのか?」


一拍の間が空き、ラウロに抱きしめられたサーシャはラウロをゆっくりと見上げると思いっきり踵をラウロのつま先に落とした。

「ンギャァウ!」
「失礼ね!私はまだっ―――」
「まだ?」
「も、もぅ!!知らない!!」

――あれ?でも子供って…まだ??どうなってんだ?――

ラウロも男女の産み分け方は知らなくても子供の作り方くらいは知っている。てっきりサーシャに子供が出来て捨てられたのだと思ってしまったのだが、どうやら違うと気が付いた。

が、サーシャに「処女?」と聞いて確かめる事は出来ない。


「えぇっと…俺は色々と勘違いをしているかも知れないんだが、子供は出来てないんだな?」
「出来るわけないでしょう!」
「なるほど。賭けとは?サーシャが対象だったのか?」
「そう・・・多分だけど・・・私が有頂天になるのを見て楽しんでたんだわ。時間が合えば迎えに来たり昼食を一緒にしたり・・・ホントバカみたい。恋人がいたの・・・その人と・・・関係も持ってたの」
「そうか…だから副王都行きを了承したって事か」
「違うわ」
「え?」

――おやぁ?俺、また何処かで間違えた?――

腕の力が少し弛んだラウロから少しだけ体を離したサーシャは「順番が違う」と言った。


「副王都行きを言われたのが先。ううん違うわね。賭けの対象にされてたのが先だわ。で、副王都行きの話を市場長からされて・・・私・・・彼の事を信じてたっていうか…優しくされて舞い上がってて。彼の事があったから副王都行きを迷ってしまった。どうしようかメアリに相談しようとして・・・今日、カフェで恋人がいた事を知ったの。私が賭けの対象にされていた事も・・・知ったの」

「そうか…辛かったな」

ラウロは抱きしめたままサーシャの頭を優しく撫でた。
サーシャは同情をされているようでラウロの腕の中で藻掻いてしまった。


「こんなに骨と皮なのによく頑張った。うん。頑張った」
「だから!余分なお肉があるって言ったでしょ!」
「アハハ。いつものサーシャだ。いいぞ。今から肉、食いに行くか!」
「行かない!」
「そう言うなよ~。さっきの店にも品物を取りに行かないといけないしさ」
「買ったの?」
「買った」
「えぇーラウロさん。趣味悪いのにぃぃ。いらな~い」
「そう言うなって。結構似合ってたぞ?」


いつもの調子に戻ったサーシャにラウロは安堵した。

平民街に戻った2人は雑貨店に預けた品だけを受け取りエトナ男爵家に戻ってきたのだが、馬車の巾より小さな門は通る事が出来なかったのだろう。

大きくて立派な馬車が門のすぐ近くに横づけされていた。


「客みたいだな。親父さんから聞いてるのか?」
「いいえ?出掛ける前には何も言ってなかったけれど…」

遠目では見えなかったが近くまで来て、馬車についた家紋が見えた。

「ハゼーク侯爵家の家紋だわ・・・取引していたかしら」

残念な事に、サーシャは家紋はどこの家なのか見ればおおよそ判るのだが、父や兄が行っている経営でタッチしているのは市場関係のみ。何か事業をしたとしてもいずれ家を出るサーシャの負担になるからとサーシャはノータッチだった。


高位貴族なら家名、家紋、そして顔と名前を覚えておくことは必須でも低位貴族となれば要求されるのは当主夫妻と後継でそれ以外は知らなくても身分の高い者が先ず声掛けをするので問題ない。

家紋と家名を紐づける程度の事は出来ても、サーシャはハゼーク侯爵家にアベル、エルサという名の子女がいる事までは知らなかった。アベルもエルサも正妻の侯爵夫人の子ではない上に、男爵家と侯爵家は爵位にも差があって夜会で見かけてもサーシャのように滅多に参加をしない者に顔も判るはずがない。

もし細かな繋がりを知っていれば、カフェでサーシャはビアンカもエルサを見れば別の席を頼んだはず。
リヒトからもエルサとビアンカの名は聞いた事もなかった。

そしてアベルの事も知っていれば関連付けて考えただろうから、「父の客だろう」とラウロの家で時間でも潰し、そのまま帰宅する事もなかった。


小さなエトナ男爵家。
玄関を開ければ客を迎える応接室を兼用したリビングがすぐそこにある。

誰かが帰宅した事もすぐに来客は気が付いてしまう。
開かれたままの扉の前を素通りする事は出来ず、サーシャは挨拶だけと顔を出した。

そこで驚く申し出があった事を知らされたのだった。


「サーシャ。こちらはハゼーク侯爵家のご当主とご子息だ。婚約をと来られているのだが…」

エトナ男爵の声に玄関まで送って帰ろうとしいていたラウロが足を止めた。
振り返ればサーシャが完全にリビングに体を入れておらず、後ろずさっている様にも見えてラウロは屋敷の中に歩みを進めた。


――どうして?この人は・・・だって…――

サーシャもアベルの顔は見覚えがある。
劇場でリヒトを「招集だ」と呼びに来た男性。見間違うはずがない。

なのにどうして「婚約」だとやって来たのか。
にこやかに1歩、また1歩とサーシャに笑みを向けて近寄って来るアベルに恐怖しか感じないのだが、足が竦んで動かず、サーシャは後ろに倒れそうになった。

「危ないっ!」

声を出し、サーシャを支えたのはラウロの大きな手だった。
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