あなたに本当の事が言えなくて

cyaru

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VOL:26の1  本当の事が言えない

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馬を盗んだアベルは昼の間は洞窟や人があきらかに入ってこないだろうと思われる茂みに身を隠しつつ、夜の闇を利用して少しづつ進み、副王都に向かった。

昼間に動くとどうしても単騎は目立ちやすい。何より着ているのは粗末な囚人服なので脱走してきたとすぐに判ってしまう。通報をされて山狩りをされれば地理に明るくないアベルは逃げきれない。

暫くそうやって進んでいると小さな集落に行きつき、家の周りに無造作に置かれた道具から成人の男性がいる家に目星をつけて、昼間にコッソリ干してあった洗濯物を拝借し、囚人服を捨てた。

農夫の服は騎乗してしまうと目立ってしまうが、この数日で無精ひげも備えたアベルが馬を引いて歩くのは然程に目立たなくなり、アベルは昼は歩いて、夕方休憩をすると月の灯りを頼りに騎乗し副王都を目指した。

しかし、副王都が近くなると農夫が馬を引いて歩く事の方が目立つようになり、アベルは農作業の道具が洗って干してある家に行き、馬を数日分の食料と交換すると歩いて残りの道のりを進んだ。



★~★

「冷たっ!!こんな寒いなんて聞いてないッ!死んでしまう冷たさじゃないか!」

湖に飛び込んだリヒトは水中で湖水が考えていた以上に冷たい事に手足すら動かす事が出来なかった。全身が針で指されるように痛くて、まるで真冬の当直に井戸から早朝汲み上げた水で顔を洗わねばならない時の冷たさ以上。

桶に汲んだ水でさえ指先が冷たいを感じず痛いと感じるのにぞれが全身。
暗闇だった事が幸いし、湖面に浮いても御者が松明を翳したところで見えるはずもない。
リヒトの方からは3つの灯りが消えていくのが見えた。

這う這うの体で何とか湖岸に上がったは良いものの、今度は吹いてくる風に氷像になりそうな気分。自然と顎もガクガクと震えだし、自分の体温が全く感じられない。

4人には悪い事をしたが、アベルがいなかった時も4人で何とか楽しんだのだ。今度はリヒトがいないだけだし上手くやるだろうと凍えながらほくそ笑んだ。

「火を起こそうにも‥‥何も見えないな」


月がない夜だったのはリヒトにとって幸運だったのか不運だったのか。暗闇の中ウロウロとしたリヒトは草を踏む感触だけを頼りに歩き回り、薄っすらと空が白み始めた時には湖で漁をする漁師が漁具などを保管する小屋に辿り着いていた。

「助かった‥‥」

中に人がいない事を壁にしている木の板が虫に食われて朽ちた部分から確かめ中に入った。漁師もここで暖を取っているのか囲炉裏があり、火打石も火種を落とす乾いた藁もあったし、着替えたままおいていったのか、土の土間に張り付いたままの衣類もあった。

野営の経験もあるリヒトは火を起こし、漁師が保存食とするため作ったのか。干してあった干物を漁具を燃やして焼いて食べた。小屋の中には漁具を修理する道具もあって、ナイフ代わりになる刃物も幾つか転がっていた。
その日は囲炉裏の火で体を温め、リヒトは自由になったのに丸まって眠った。


「贅沢は言えないよな。こんな囚人服より100倍マシだ」

麻で作った布を簡単に縫い付けただけの服というより布切れを脱ぎさると周囲に注意しながら日のあるうちに湖にいき、張り付いていた衣類を水に浸して軽く洗ってリヒト自身も体を洗い、拾った切れ味最悪なナイフで髪を削ぐように切った。

リヒトはそこで1週間過ごしながら草陰に隠れて湖岸を行き交う商人の隊列から副王都の方向を確かめると、馬に水を飲ませるために休憩した商人が用を足しにその場を離れたすきに馬を盗み、副王都を目指して馬を走らせた。




★~★

アベルとリヒトの脱走した日。奇しくもその日はサーシャとラウロが副王都に向かって出発した日だった。
大きな荷物をラウロが背負って歩く。少しは背負うからと言ってもラウロが譲らずサーシャは気が引けてならなかった。

王都を出るには馬車に乗った方が面倒がない。徒歩で検疫所を抜けようとすると数日足止めされてしまう事がある。人や荷を運ぶ馬車だとそれが商売でもあるので、止められても半日で済むからである。

王都を出て2つ目の峠を越えるまでは馬車を使ったが、そこからは歩き。
しかし、歩きで大男と小柄な女性の組み合わせは目を引くようで、付近に住んでいる住民が街まで行くからと2人を乗せてくれた。

おかげで予定よりも早く副王都の到着となり、明日は王都を出る時と同じで副王都に入るためだけに馬車に乗る。

ぱちぱちと焚火は炎を上げて、時に枝を放り込むとパンと弾ける音がする。
野宿ももう何日目かになると慣れたもので、固いパンを拾った枝に刺してサーシャはクルクルと回しながら火で炙った。その隣でラウロは水を汲みに降りた川で大きな手のひらに幾つもの小石を握り、散弾法で魚を仕留めて来た。

「ラウロさん、美味しっ(はふはふ)」
「そうか?(ごりごり)塩でもあれば(ゴリゴリ)良かったな」

3匹取れた魚を火で焼き、サーシャが先に焼けた小さなサイズの魚をパンと交互に頬張る隣でラウロはコーヒーミルで食後の珈琲の為に豆を挽く。
魚を焼いている横に持ち物の中から鍋を取り出し湯を沸かす。

「お前・・・ちゃんと食わないと!頭と骨が残ってるだろ?」
「無理・・・頭と骨は無理なの」
「仕方ないなぁ。いいか?命を頂くんだから残したらダメだろ?俺のを半身やるから!ほら、寄越せ」
「寄越せって?だから頭と骨なんだってば!」
「食えねぇんだろ?そこは俺が食うから。ほらこっちの大きいの焼けたから半身と交換だ」
「そうじゃなくて!私が直接齧ってるからダメだってば!」
「良いんだよ。サーシャ限定だ。好きな女の食ったもんだろ?気にするやつなんかいねぇよ」
「え…好きって…」


ハッとしたラウロはサーシャの手から頭と骨だけになった魚の串を取るとパクリと頭を一口。そして骨は石の上に置いて、その石を火の近くに寄せて炙ってぼりぼりと食べてしまった。

「ラウロさん・・・私・・・」
「なんだ?もう腹いっぱいか?じゃ、珈琲入れるから・・・濾すものあるかな」
「そうじゃなくって…さっき・・・ラウロさん・・・」
「あ?あぁ…まぁ…そういう事だ。でも気にするな。何にもしないから」
「でも…」
「でもとかいいから!コーヒー淹れるぞ?」


その時だった。すっかり日も落ちて焚火の灯りで魚を食べていた2人。
ガサッと音がした方を見ると、人間か1人近づいてくるのが見えた。
旅は道連れ世は情け。確かに野宿をする者同士が焚火の火を分け合ったりする事もある。しかし近寄って来る影は雰囲気が全く違った。

ラウロがサーシャを背にするのと、太い木の枝に釘を何本も中途半端に打ち付けた武器を振りかざして男が襲ってくるのは同時だった。

「うぐっ!!」

ラウロは身をかわし、焚火から1本枝を抜くと男の腹に叩きこんだ。男の持っていた棒は茂みに飛んで行った。くぐもったうめき声だけを残してその場に泡を吹いて倒れた男を見てサーシャは「ハゼーク侯爵子息・・・」小さく声が漏れた。

おそらくはこうやって旅人を襲って食事や品を盗んでいたのだろう。ラウロは気絶したままのアベルを縛り上げて少し離れた所に転がした。

運命とはかくなるもの。その様子を茂みで見ていたのはリヒトだった。
ずっと聞きたかった声が聞こえた気がして、そっと近寄ってみれば紛れもなくサーシャ。
この道は副王都からの1本道。

――どうして僕が副王都に行こうとしてるのを知ってるんだ?――
――そうか!僕たちは以心伝心なんだ。でもどうしてその男まで――

激しい嫉妬に駆られたリヒトは茂みに飛んで来たアベルの手にしていた棒を握り、コーヒーを飲み始めた2人との距離を縮めていった。


「熱くないか?」
「ううん。丁度。濃さもこれくらいが美味しいかも」

にこりと笑うサーシャの横顔にリヒトは身震いするほど喜びが込み上げてきた。

「でね、さっきの話なんだけど…」
「だから、あれは気にするなって」
「そうじゃなくて。ラウロさんは私の事…好きなの?」

――なんだって?!――


リヒトは聞こえてくるサーシャの声にまさかと疑った。

――サーシャが浮気をするはずがない。でも…寂しかったのか?――

寂しさから浮気をする者がいないわけでは無い。
リヒトは許せない気持ちもあるが、寂しさからなら許そう。そんな気持ちもあった。
だが、男の手がサーシャに伸びるのだけは我慢ならなかった。


「うわぁぁぁ!!離れろ!!」

息を潜めたリヒトにラウロは気が付かなかった。
先ほどの襲撃の後だっただけに、気を抜いていた。

背後を取られたラウロはサーシャを先ず庇わねばとリヒトが振りかざした棒を体で受け止めた。
音にならない音がして、サーシャの金切り声が闇を裂いた。

「サーシャは俺のものだ!この間男!」
「うぉりゃぁ!!」

もう一度振り被ったリヒトを今度はラウロが腰から持ち上げて、ブリッジをするように転がした。

「ウギャァァーッ!!熱い!熱い!!」

リヒトの頭が落ちた先は焚火のど真ん中。珈琲用に沸かした沸騰した湯も浴びて飛び上がったリヒトはそのまま一目散に川に飛び込んだが、くるぶしまでの浅瀬で今度は顔に岩が直撃。

後頭部の髪を燃やす火が消えるとザバリとラウロがリヒトを引き上げてきた。
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