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第24話   庭には不要物

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怒涛の初日を終えて2日目。

興奮冷めやらぬララから「旦那様、行かなくていいんですか?」と言葉をかけられたケルマデックはハッと何かを思い出し、部屋の掛け時計を見ると「不味い!」と叫んで部屋を飛び出ていった。

何か一言、マリアナに声を掛けて行くことができるのは過去に女性とのお付き合いのある男性。ケルマデックはそのまま飛び出して行ってしまった。

ララが走り去るケルマデックに後ろからファイティングポーズをとる。
心の中は「一言かけて行かんかい!」だ。


「あの…トラフ様はどちらに?」
「害獣の駆除です。今日から1週間で大掛かりな罠を仕掛けるんです」
「罠にかかってくれるのですか?」
「1か月かけて獣道と言いますか、見つけたんですよ」
「獣道…そんな精進をされていたなんて」


王都生まれ、王都育ち。●●道というようなものは己を切磋琢磨し見出す己の進むべき道と習ったマリアナ。田舎で言う獣道は単にクマやシカなど動物が餌場とねぐらを行き来する道だが斜め上の理解をしてしまった。

――騎士道ならぬ獣道を会得されたのね。やっぱり凄いわ――


関心するマリアナはララに着替えを手伝って貰って王都の屋敷でも着ていた普段着姿になるとララと共に先ずは屋敷の中を案内という名の探検をする。

「小さいと思っていたけれど、奥に長いのね」
「そうですね…私が生まれる前なので詳しくは存じませんが昔は間口に対しての税率が決まっていたそうで、メインとなる部分を狭くして奥に長い家ばかりだったそうですよ」
「そう言えば王都でも築100年以上の家屋はそんな感じだったかも」
「ここは領主様の屋敷なので間口もそこそこありますけどね」

トラフ領では広い間口の扱いだが、王都からすればやはりこじんまりと見えてしまうのは致し方ない。


一昔前は王都でも表の玄関のある面はメインの通りにあるが、裏口は次の通りに面している家が多かったと父から聞いた事がある。
細長い家ばかりで両隣がある家は引っ越しをして土地を売ろうにも安く買いたたかれた。

何故ならお隣さんとは軒先から1mは離さねばならず、ウナギの寝床のような細長い土地。
土地の間口が10mあっても両端の2mは引かねばならずさらに自分の家の軒先も約1mあるため家屋の間口は6m弱となってしまう。

6mと言えば広く感じるが東洋のタタミで長い方に3枚分。
敷地目一杯に家屋を建てられた時代ならいざ知らず、今の時代に新築しようとすると貴族が住むには狭すぎる。


奥に長い家は部屋数が15。一番広いのは食事室だが昨夜とうって変わって10人が1つのテーブルを使用するらしく、7つのテーブルが置かれていた。

「昨日より食事室が広い気がするんだけど」
「昨夜は旦那様をお嬢様に知ってもらおうと思いまして簡易の壁を引いたんです」
「引く?!壁を引くの?!」
「はい。スライディングウォールと言いまして公民館にあるのは波打った物ですけども、ここは板状になってまして食事室を3つの部屋に分ける事が出来るんです。天井と床にスラットというレールがあるでしょう?折りたたんだ壁はほら‥柱のような感じに見えている部分です」

王都では見たこともなかった折り畳みの壁。マリアナは近づいて触れてみる。

「わぁぁ。凄い」
「ま、人口減少で無駄に広いだけですから。次行きましょう」


家屋の中が終わると次は庭。こちらもララに言わせると「無駄に広い」のだと言う。

その一角で数人の男性が木材で何かを作っているのが見えた。

「あれは何をされていますの?」
「お嬢様に楽しんで頂こうとガゼボを造っているんです」
「ガゼボッ?!要らない!要らない!」

トラフ領では屋外でBBQもだが食事や茶を楽しめる時期は非常に短い。
冬場は雪に閉ざされるし、雪が解け始める頃と、冬が近づいた頃には周囲の山から風が暴風となって吹き下ろす。時に最大瞬間風速40mを超えるので壁のないガゼボなどあっという間に屋根が持って行かれる。

「ですよねー。要らないって言ったんですけども昨夜、旦那様が絶対に必要!って言うものだから」
「お帰りになったら私が言います。だから造るのを中止してください」
「私も言ったんですよ。でもね、他にもあるんです」
「他にもっ?!」


次に案内をされたのは「この先、池」と真新しい立て看板が掛けられているが、裏側で何がかヒラヒラ。紙がめくれあがって看板の裏で揺れていた。
ペロっと捲ると「工事中・立入禁止」と書かれている。


「こちらもお嬢様に楽しんで頂くとかで、池を作っています」
「池ですって?!」
「ハイ。最寄りの湖、チュウリキとハクリキまでは歩いて2時間程かかるのでお嬢様に歩かせるのは忍びないとこちらに。湖から水も引くそうなので3年計画です」
「3年っ?!何をする気なの!ボート遊びでもする気?」
「ご名答です。ただ湖の水を引くので優雅な鯉とかではなく、初夏には藻が池を埋め尽くしカエルの卵がワサワサ。夏には大合唱で寝られなくなると思います」


結婚は絶望的と見られていたケルマデックに奥さんが出来る!と領民も喜んで池の造成を手伝ってくれるそうだが、作業の合間に行うので3年という月日がかかる。

「要らないわ…それでなくても泳げないのにトラフ様に溺れている今!物理で溺れちゃうわ!」
「やっぱり、旦那様の事、一目惚れでしたね」
「ハッ!!どうして判ったの?!」

――判ってないのは旦那様くらいです――


ララは吹き抜けるそよ風に髪をたなびかせ、遠くの山を細い目で見た。
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