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譲れない我儘(最終話)

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ミカエルが会議で不在を狙ってやってきたのは第2王子サージェス。

その様子から人払いをするエリザベート。
香りのよい紅茶を双方に出すとデイジーはそっと下がって退室をしていく。

「人払いを致しましたわ。お望みだったでしょう?」
「何もかもお見通しですか。やはり貴女には敵わない」
「前置きは結構。ミカエル様の不在を狙ったのでしょう?本日のご用件は?」

サージェスの表情からは笑顔が消える。そっと茶器を持つエリザベート。

「先日、カ―セル殿下、元護衛騎士アイザック。第3王子妃サリア。そして第4王子レオナルドと妻のミリアーナを処分致しました」

唇までカップがあと少し。茶の温度だけを感じる距離で手が止まる。
口にしないままで茶器を下ろす。そして沈黙をする。
サージェスは両膝に軽く拳を握り、置いたまま顔だけは窓の外を眺める。

「そうですか。何故わたくしに?」
「カ―セル殿下、騎士アイザックについては他の3人と違い過去がありますから」
「過去ねぇ…結局見事な三角関係はそのまま向こうの世界で続くのかしらね」
「三角関係?なんのことです」
「色々とあったのよ。三角形は一番シンプルで強い形だけれど脆い物もあるのだと知ったわ」

サージェスはまだ茶器には手を伸ばさない。
クスリと笑ってエリザベートは菓子の入った籠をサージェスに寄せる。

「私は、父の後を継いで国王になります」
「もう決められたのですね」
「はい。ですが‥‥お願いが御座います」
「それは、わたくしが叶えられる事でしょうか」
「えぇ。貴女でなければ意味がない」

籠から一つ菓子を取り、包み紙を丁寧に開けると中のキャンディを指で摘まむ。
弄ぶように指で菓子をクルクルと回すサージェス。
想いが決まったのだろう。顔をあげる。

「私は、貴女を慕っています。娶るのは貴女が良い。王妃としても妻としても」

エリザベートは籠から菓子を1つ取る。そしてテーブルに置く。

「どうぞ」

静かに告げると、少し首を傾げてサージェスが手を伸ばし菓子を取る瞬間サッとエリザベートがその菓子を取る。呆気に取られてしまうサージェス。

「貴方はわたくしとの婚姻の申し込みがあった時、色々と理由はあったと存じますが選ばなかった。その折、我が夫ミカエル様は御不在だった」

「くっ…その通りです」
「手放した物は追ってはいけません。選択を悔んではいけない。それが覇者です」
「だけど…私は…諦めきれない。兄上を亡き者としても貴女を」
「それでわたくしが手に入ると思っているのなら甘く見られたものです」

茶器を手に取り、一口紅茶を飲む。少し苦みのあるセージティである。
まだエリザベートには早いがほてりなどを押える作用があると言われている。
デイジーの気遣いに感謝し、「フッ」と笑う。

「ミカエル様が若くして儚くなれてもわたくしは寡婦を貫くのみ」
「兄上を愛しておられるのか」
「さぁ?ただミカエル様はわたくしと同じなのです」
「兄上が?あなたと同じ?それはいったい…」
「我儘で信念を曲げない。例えそれで兄弟姉妹に迷惑が掛かろうとも」

サージェスは額に手を当て、俯いてクックっと笑う。俯いているのは泣いているからでもある。
何も言わずにエリザベートはそれを静かに見守る。

「判りました。ですが私は生涯を独身で貫きます」
「まぁ?それではお世継ぎはどうなさるの?」
「貴女と兄上の子を継がせたいと思います」
「まぁ…それは困ったわね‥‥」
「困ってください。可愛い義弟の我儘です。折れてください」
「では義姉の我儘も。生涯王子妃でいさせてくださいませ。譲れない我儘ですわ」

サージェスは立ち上がる。そして手を出し握手を求めてきた。
エリザベートもそれに応える。

「頼みました」
「善処しますわ」

微笑みあったところに、バタバタと走ってくる音が聞こえる。
「殿下!」っと使用人が窘める声も聞こえてくる。
バタンと扉が開くと、顔をくしゃくしゃにしたミカエルがエリザベートに飛びつく。
残念ながら、ミカエルにサージェスは見えていないようだ。

「リザぁ…もう議会行きたくない」
「何を仰っているのですか。出席は王子の務めで御座いましょう」
「ねぇ慰めて。俺、すごく頑張ってるからさぁ」
「エル様、頑張ったかどうかを決めるのは自分では御座いません。自分で頑張ったといううちは何もしていないと言う事で御座いますよ」

シュンとなるミカエルだが、サージェスはエリザベートの表情を見て悟った。
自分との会話の折は見せないような柔らかさを感じたのである。
それはまるで幼子をあやす母のような何もかもを包み込むような柔らかさ。

――やっぱり、兄上には勝てないな――

サージェスはそっと礼をすると静かに部屋を出て行く。
そして、父、国王のいる宮に向かった。



過日、第4王子レオナルドの王子宮は火災で全焼をしてしまった。
焼け跡から2人の遺体が見つかった。本人かどうかの判別は付かない程に焼けていたが火が出たのは夜間であり、その日に限って王子夫妻が使用人に夜間の立ち入りを禁止した事もあって、遺体は王子夫婦とされた。

第4王子の葬儀も終わり、王子妃だったミリアーナの遺体は実家の伯爵家も代替わりをしており良い顔をしなかった。家を継いだ兄からすれば庶子だった義妹である。
仕方なくミリアーナの亡骸は第4王子の隣に埋葬をされた。

だが、第4王子の墓には誰も訪れる者はいない。側妃だった母も体調を崩し1週間もしないうちに儚くなったと続けざまに葬儀となったのである。


同じ頃、市井では第4王子の護衛騎士のアパートメントの引き払いを文官が立ち会っていた。
何もないガランとした部屋だが、荷を運び出す前には寝台の足に鎖が付けられており何か事件があったのではないかと思われたが、同じアパートメントに住む住人たちは騎士以外の者が出入りしているのは見た事がないと口を揃えた。

「うーん…同居人?いなかったんじゃない?時々娼婦は呼んでたんじゃないかな。そういう声が聞こえる事はよくあったしね。ま、騎士なら精力旺盛?ってやつでしょ」

第4王子の資産から任命責任があるとして家賃などが支払われ、次の入居者がもう荷を運び入れるのを待っている。誰もその部屋に誰がいたのかなど気にも留めない。
こうやって、忘れられていくのだろう。


第3王子妃のサリアについては捜索は行われているが、近いうちに廃妃とする事が議会で決定している。理由は誰の仕業なのかサージェスは判らないが宝飾品がほとんど持ち去られていた。
サリア妃が小遣い欲しさに売ったのかも知れないし、誰かが盗んだのかも知れない。
アルバートはその事を知って、これ幸いと公金で購入した宝飾品を持って逃げたとして廃妃の申し出をしたのだ。アルバートにとっても青天の霹靂だったが、渡りに船でもある。
廃妃となっても次の結婚までは5年はあけねばならないがアルバートはもう結婚はしないと言う。
本当に愛していた前妃を偲んで過ごしたいと申し出たのである。



2年後、第2王子サージェスが即位する事が議会の満場一致で可決される。
相変わらず妃を持とうとしないサージェスに臣下が問うた。

「何故、お妃様を召し上げられないのですか」
「逃した獲物が大きすぎて、生涯をかけて反省をしたいだけだ」

サージェスの本心が語られることはなかったが、暇を見つけては兄のミカエルと共に馬で海の見える丘まで遠出する姿がよく見られた。


所で‥‥第1王子ミカエルの王子宮は相変わらずである。

「エル様、どうなさいましたの?」
「議会に行きたくない~。ここはどうなってるんだって皆が突っ込むんだ」
「あらあら。でも議会への出席は王子の務めですわ」
「でも行きたくない…」

「では、わたくしが代りに行きましょう。そうね…ドレスはセクスィなのがいいかしら」
「ダメっ!そんなのダメだ。許可できない」
「なら、頑張ってくださいませね」
「はぁい‥‥ご褒美欲しい…」
「困ったエル様ですね。はいはい(ちゅっ♡)」
「あはっ♪頑張ってくる!」

元気に議会場まで出かけるミカエルを見送って侍女2人とお茶タイム。
今日のおやつはクイニーアマン。

「なんだか‥‥食べてると殿下を思いだしちゃうわ」
「あ、それ私も思った。なんでだろ?」
「パン生地のまま放置してても、工夫をすれば立派にお菓子になるからよ」

今日もしっかり手綱は握っているエリザベート。

「だって、放っておくと拾い食いで王位でも食べたら大変ですもの。オホホ」

おーい!世継ぎは?サージェスの叫びが聞こえそうである。

Fin
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