王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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夫は何処ですか?壁に張り付いてます

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長い長い隊列の先頭が王宮に到着したのは、もう夕暮れの時間だった。

にこやかに迎える男性が3人。国王と第一王子、第二王子である。その少し後ろに意味ありげな微笑を向ける女性が2人。王妃とチェザーレの母である側妃。

少し離れた場所に多くの従者を従えている女性が2人の王子妃。こちらは射るような視線を向けていた。

歓迎の宴だと着替えもそこそこに案内をされたがどうやらあまり歓迎はされていないようだ。確かに歓迎を全身で表している貴族もいるが、肝心の夫である第三王子チェザーレはこの場にはいない。それが全てを物語っているように感じても何ら不思議はない。

王都に入って4日目の到着である。隊列が何時到着するのは判っているはずなのに夫となるチェザーレは早朝から「遠出するが直ぐに帰る」と言い残し未だに帰ってこないのだと国王夫妻は汗を拭きながら説明をした。



王子妃は別として、王家の面々はシャルノーの価値を理解している。
鉱石の輸入については大幅に見直してイーストノア王国にその拡大を図った。
繋ぎとめるものが何もなかったからである。

ノア大陸で鉱石が唯一出ると言っても過言ではないサウスノア王国だが、既にウエストノア王国は海の向こう、トテポロ帝国との交易を開始している。イーストノア王国、ノースノア帝国も港湾整備をして大型船が入港できるようにし、街道を整備すればそちらから鉱石を買うという選択肢もあるのだ。

だがサウスノア王国の抱える「水問題」はそうはいかない。
まだまだ十分すぎる埋蔵量はあるとはいえ、鉱石が枯渇したらサウスノア王国には道がなくなる。イーストノア王国から水を引き、農業改革をせねばならないし、港湾も整備してウエストノア王国に次いでトテポロ帝国との交易を行ない、製造業など活路を見出さねばならないのだ。

今はそれをする金が全て水を買うために使われている。
イーストノア王国のリンドベルト第二王子の研究費用の捻出は確かに苦しいが未来を考えれば必要な投資。100年先、200年先を見越して王家は動かねばならなかった。



「僕たちの妃を紹介しよう。彼女たちは隣国からくる君の為に宮については全てを引き受けてくれたんだ。きっと気に入ると思うよ」

2人の王子妃の射るような視線は変わらない。
だが、シャルノーはにっこりと微笑み、2人に挨拶をした。勿論目は笑っていない。

「第一王子妃のアダルシアだ。こちらが第二王子妃のメタノベリー。2人が嫁いでくれたおかげで今のところ王都にも深刻な水問題は起きてはいないんだ」

国王に紹介をされた2人の王子妃は無言でカーテシーを取った。

「素敵な離宮にするのだと言って我々にもタッチさせてくれなかったんだが、改修の工事も終わったと聞いている。後日、茶にでも伺わせて頂くよ」

「あら?それは違いますわ。不慣れな第三王子妃は早く王宮に慣れてもらわねばなりませんもの。足蹴くこちらに通って頂くのが彼女の為でもありますのよ?」

「そうかな?そう言えばそうかも知れないな」

シャルノーは己に負けず劣らずの大きな胸を第一王子の腕に押し付けて甘えた声を出す第一王子妃アダルシアを冷めた目で見た。ただ、こんな下品な真似は逆立ちをしても出来ない。シャルノーの視線は冷たくアダルシアを見つめた。


「そうですわね。王都に外輪に入って早々侍女まで迎えに寄越してくださったおかげで王宮までの4日間は時間が経つのも、馬車の揺れも楽しんで過ごせましたわ。離宮に慣れましたらこちらにも伺わせて頂きますが、離宮までの小道は王宮内の庭園でもあると聞きます。散策がてらにでもお立ち寄り頂けましたら嬉しいですわ」

ひくりと王妃の頬が動く。王都と言う区域に入っても路上が整備をされておらず、馬車の中で話をするなど到底無理な話だ。口が血塗れになってしまう。遠回しに「整備されていない道」を指摘されたのだ。

そして2人の王子妃は小さく唇を噛んだ。
「離宮に慣れるまではこちらには来ない、来たければくればいい。泥だらけになりながら」とこれもまた遠回しに言われたのだ。改装するのに手を抜いた事も追いやった侍女たちから聞いたのかも知れない。
どこまで聞いたのかも問いただしたいが、国王夫妻や側妃、夫の王子の前ではそれも出来ない。

王妃も側妃もその言葉で王子妃が何をしたのかを悟ったが、ここでは言えない。

シャルノーに臍を曲げられて、このままとんぼ返りに帰られても困るが、ここで王子妃を咎めて実家に帰られても困る。シャルノーを怒らせれば「未来」に問題が生じるが、王子妃を怒らせれば問題が生じるのは「今」なのだ。

その上、国王夫妻と側妃、2人の王子は口にして欲しくない言葉がある。
そろそろ終わりに近づいた歓迎の宴だが、チェザーレがまだ帰っていないのだ。従者も服を着替えさせるよう待機はしているが、乗っていった馬とチェザーレが城の門をくぐったという知らせすらまだない。

【チェザーレは何処か】シャルノーが口に出す前に話題を変えねばならない。

冷や汗が背中をぐっしょりと濡らす中、シャルノーは言った。

「到着したばかりのわたくしを歓迎してくださるお気持ちはこの身に十分感じました。多くの期待に応えねばと改めて身も引き締まる思いですわ。ですが、離宮は少し離れていると聞き及んでおりますので、失礼でなければここで。よろしいかしら?」


引き留める者は誰もいない。
妖艶な微笑を残してシャルノーは踵を返すと王家の面々の元から立ち去った。

中央にある王宮から離宮までの小道は、名前が小道だと思うしかない。
「小道」にはいって暫くは両脇の緑の間に石灯篭も置かれて火が入っていた。
しかし石灯篭の間隔が広くなり、次の石灯篭がぼぅっと見える位置まで来ると足が取られる。火山灰は平らな石のような塊になりヒールの踵が何度も食い込むのだ。

「酷い物ね。これじゃ獣小道と言ってくれた方がまだ心構えが出来るわ」

途中までランプをもって迎えに来てくれていたキャシーとホルストがいなければ灰だらけの枯れた庭園で遭難するところだったかも知れない。

「妃殿下、本当に申し訳ございません」

小道を抜けて屋敷の灯りが見えたと安堵したも束の間。
深々と頭を下げるキャシーとホルストの声に全体が見えた屋敷を見てシャルノーは絶句した。

「えぇっと…改修は言葉半分には聞いていたから覚悟はしたけど、想像の斜め上だわね」

明かりが点いた窓からあるから解るが、真っ暗な屋根は何も見えない。
それでも、状況が酷い事はよく判る。
明かりが点いている部屋は全部で7つ。だがその明かりが照らしている他の部屋は明かりがない。それは窓ガラスも割れてしまっているから明かりを入れていないのである。

「廃屋以上のものがこの世にあったなんて」

夜が明ければもっとすごい状態を目の当たりにするのだろうと思いつつも、申し訳なさで震え涙ぐむキャシーの背にシャルノーは手を回した。

「さ、明日から大変よ。今夜は一緒に寝る?」
「と、とんでもないっ!」

中に入れば、明かりの点いた部屋は応急でもなんとか皆が頑張ってくれたのだろう。すっかり片付いていた。今夜はシャルノー以外は1部屋を複数で使ってもらう事になりシャルノーが申し訳ないと感じたくらいだった。


しかし夜半。
キャシーが断ってくれて良かったとシャルノーは思った。

「やぁ、君が私の妻になる、いや、なったシャルノー嬢だね」

窓から入って来たのはチェザーレだった。

賊かと思ったシャルノーの投げたナイフ15本によって壁に貼りつけられたチェザーレは、シャルノーに頬を引き攣らせながらも声を掛ける事だけは忘れなかった。
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