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第01話 転んだ公爵令嬢
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月明りだけが差し込む静かな部屋でグラシアナは目を覚ました。
虫の声すら聞こえない静寂を破るのは寝台に持たれるように腕を交差させて枕にした侍女ステラの寝息だけ。
――これから、どうしようか――
グラシアナの目に映るのは何の模様もない天井。
――なんだか、馬鹿馬鹿しくなったわね――
体の節々が痛いのは何故なのか鮮明に思い出せる。
オルタ侯爵家の令嬢イメルダに小上がりになったガゼボから突き落とされたのだ。
正確にはイメルダに命じられた付き添いの侍女の手に寄ってだが、そんな事はどうでもいい。結果としてグラシアナは落ちた。
落ちた段数としては階段にすれば5段程度だが侮るなかれ。
貴族令嬢が屋敷から何処かに出掛ける時は夜会ほどでないにしても着飾るのが当たり前。コルセットをギューギューに締めてドレスにはウエストから下に鳥籠のような膨らみを持たせるため、竹や鉄製のワイヤーを使って形成したパニエを装着する。
これが転んだりした時に折れて体に突き刺さるのだ。
打ち所もさることながら刺さる部位が悪ければ今頃神の御許で天使と讃美歌を歌っていただろう。
体が痛いのは主に下半身。
ギチギチに包帯が巻かれていると思われ、貫通したのか肌を抉ったのか。想像するだけで痛さが増すであろう状況だったのは言うまでもない。
手当がすぐになされたのはグラシアナの立場が関係をしている。
筆頭公爵家ロペ公爵家の令嬢であり、王太子クリスティアンの婚約者。それがグラシアナの立場だった。
★~★
「お嬢様?お目覚めに?」
ステラの声が聞こえ、グラシアナは考えることを一旦止めて少しだけ顔を横に動かした。意識があり声に反応をした事でステラは安堵の声をあげた。
「良かった・・・もう4日もお目覚めにならないので…」
目覚めてはいたのだ。
ただ、覚醒するには頭がぼんやりとしてしまって、また眠りに落ちただけ。
口の中に薬草を煎じたザラザラとした感触があるので、痛み止めか何かをゆっくりと口の中に含ませていたせいもあるだろう。眠っている間は痛みを感じても起きているほどではないので4日経ってこの痛みなら初日は悶絶級だった事が伺える。
ステラの声が震えているのも仕方ない。
このステラもオルタ侯爵家の息がかかった侍女。
ロペ公爵家から侍女を、そんな話もあったのだがクリスティアンが「嫁いできても令嬢気分で居られると困る。慣れるために他家の侍女やメイドが必要」とそれらしいことを言い、押し切ったのだ。
――何ともはた迷惑な話ね――
本来なら行く必要もないガゼボに向かう事になったのは、慣れているはずなのに「道を間違った」というこのステラのおかげ。グラシアナの発言一つで己の身がどうなるか左右される。
道を間違っただけで何事も無かったのなら「次から気を付けなさい」で済んだだろうが負傷してしまったのなら話は別。うっかりであれ意図的、若しくは誰かに強要されたとしても厳罰は逃れられない。
ただクビになるだけなら儲けもの。最悪グラシアナを突き飛ばした侍女のように処刑もありうる。
――さて、どうしようか――
グラシアナは「まさか怪我をするとは思わなかった」と泣き出すステラを冷めた目で見た。
――なんて嘘臭い涙なの――
例えその涙が本心からの涙であったとしてなんだと言うのだろう。
突き落とした侍女はおそらく生きてはいないだろうからステラもそうなりたくない懇願だろうとグラシアナは目を逸らした。
もう一度天井を見るも、考えが纏まらないと言うよりも考えたくない。
どうでもいいような煩わしい事に振り回されるのにも疲れてしまった。
ステラの嗚咽が響く部屋。
グラシアナはようやく一声を発した。
「貴女はどなた?それからここは何処かしら?」
ひっくひっくとしゃくりあげるステラの声が引き込む音に代わり、顔色が失われた。グラシアナは「定番中の定番だけど」と思いつつも記憶喪失を装う事を決めたのだった。
「お、お嬢様。私がお判りにならないのですか?」
「何処かでお会いしていましたかしら?ごめんなさい。お名前を教えて頂きたいけれど自己紹介をしようにも自分の名も思い出せないの」
「そ、そんなっ!!」
厳しい妃教育。こんなものが必要なのだろうかと思った事は数えきれないが、誰に対しても表情を変えず初見のように振舞えるのは会得して唯一使える武器では?!
グラシアナは小さく心でガッツポーズを決めた。
虫の声すら聞こえない静寂を破るのは寝台に持たれるように腕を交差させて枕にした侍女ステラの寝息だけ。
――これから、どうしようか――
グラシアナの目に映るのは何の模様もない天井。
――なんだか、馬鹿馬鹿しくなったわね――
体の節々が痛いのは何故なのか鮮明に思い出せる。
オルタ侯爵家の令嬢イメルダに小上がりになったガゼボから突き落とされたのだ。
正確にはイメルダに命じられた付き添いの侍女の手に寄ってだが、そんな事はどうでもいい。結果としてグラシアナは落ちた。
落ちた段数としては階段にすれば5段程度だが侮るなかれ。
貴族令嬢が屋敷から何処かに出掛ける時は夜会ほどでないにしても着飾るのが当たり前。コルセットをギューギューに締めてドレスにはウエストから下に鳥籠のような膨らみを持たせるため、竹や鉄製のワイヤーを使って形成したパニエを装着する。
これが転んだりした時に折れて体に突き刺さるのだ。
打ち所もさることながら刺さる部位が悪ければ今頃神の御許で天使と讃美歌を歌っていただろう。
体が痛いのは主に下半身。
ギチギチに包帯が巻かれていると思われ、貫通したのか肌を抉ったのか。想像するだけで痛さが増すであろう状況だったのは言うまでもない。
手当がすぐになされたのはグラシアナの立場が関係をしている。
筆頭公爵家ロペ公爵家の令嬢であり、王太子クリスティアンの婚約者。それがグラシアナの立場だった。
★~★
「お嬢様?お目覚めに?」
ステラの声が聞こえ、グラシアナは考えることを一旦止めて少しだけ顔を横に動かした。意識があり声に反応をした事でステラは安堵の声をあげた。
「良かった・・・もう4日もお目覚めにならないので…」
目覚めてはいたのだ。
ただ、覚醒するには頭がぼんやりとしてしまって、また眠りに落ちただけ。
口の中に薬草を煎じたザラザラとした感触があるので、痛み止めか何かをゆっくりと口の中に含ませていたせいもあるだろう。眠っている間は痛みを感じても起きているほどではないので4日経ってこの痛みなら初日は悶絶級だった事が伺える。
ステラの声が震えているのも仕方ない。
このステラもオルタ侯爵家の息がかかった侍女。
ロペ公爵家から侍女を、そんな話もあったのだがクリスティアンが「嫁いできても令嬢気分で居られると困る。慣れるために他家の侍女やメイドが必要」とそれらしいことを言い、押し切ったのだ。
――何ともはた迷惑な話ね――
本来なら行く必要もないガゼボに向かう事になったのは、慣れているはずなのに「道を間違った」というこのステラのおかげ。グラシアナの発言一つで己の身がどうなるか左右される。
道を間違っただけで何事も無かったのなら「次から気を付けなさい」で済んだだろうが負傷してしまったのなら話は別。うっかりであれ意図的、若しくは誰かに強要されたとしても厳罰は逃れられない。
ただクビになるだけなら儲けもの。最悪グラシアナを突き飛ばした侍女のように処刑もありうる。
――さて、どうしようか――
グラシアナは「まさか怪我をするとは思わなかった」と泣き出すステラを冷めた目で見た。
――なんて嘘臭い涙なの――
例えその涙が本心からの涙であったとしてなんだと言うのだろう。
突き落とした侍女はおそらく生きてはいないだろうからステラもそうなりたくない懇願だろうとグラシアナは目を逸らした。
もう一度天井を見るも、考えが纏まらないと言うよりも考えたくない。
どうでもいいような煩わしい事に振り回されるのにも疲れてしまった。
ステラの嗚咽が響く部屋。
グラシアナはようやく一声を発した。
「貴女はどなた?それからここは何処かしら?」
ひっくひっくとしゃくりあげるステラの声が引き込む音に代わり、顔色が失われた。グラシアナは「定番中の定番だけど」と思いつつも記憶喪失を装う事を決めたのだった。
「お、お嬢様。私がお判りにならないのですか?」
「何処かでお会いしていましたかしら?ごめんなさい。お名前を教えて頂きたいけれど自己紹介をしようにも自分の名も思い出せないの」
「そ、そんなっ!!」
厳しい妃教育。こんなものが必要なのだろうかと思った事は数えきれないが、誰に対しても表情を変えず初見のように振舞えるのは会得して唯一使える武器では?!
グラシアナは小さく心でガッツポーズを決めた。
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