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第29話 失言は人類の起源味
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迷いはないかと問われて「ない」とは言えないが、時間もない。
パンディトンとの関係を持つ事の決め手は最後の最後で言ってくれた言葉だった。
「一緒に海を見に行こう」
誰から聞いたとしても知るはずのないグラシアナの胸の中だけにあった思い。
パンディトンは「鍛錬までの待ち時間に読んでいた本が海の本だったから」と言ったが、鍛錬までの待ち時間に本を読んで時間を潰していたのは数回。
そんな些細な事まで覚えてくれていて心が動かないはずが無かった。
★~★
サロンに戻って来た2人をエリアスは温かく迎えてくれた。
時折グラシアナの方を見てサッと目を逸らすのは「嫌われたかな?」と気にしているのだと老執事がコッソリ教えてくれた。
――変な所が小心者なのね――
メアリーが移動椅子を持って来てくれて、アニーが座面にクッションを置いてくれる。
小脇に幾つものクッションを抱えているのは座り心地の良い物を試そうと言う事だった。
久しぶりに腰を下ろした移動椅子は3つ目のクッションで何とか合格点。
ただ、暫くは移動椅子で動き回る事に慣れなければならない。
小さな事から綻びは大きくなる。歩けるとなれば付け焼刃でも来客の事を記憶させられて夜会などに駆り出される可能性もある。
他国では四肢が欠損していても、病気などで筋力が衰えても社交をする者をじろじろと見たり、こそこそ笑ったりしないが様々な面で後進国のこの国では笑い者になってしまう。
対面こそ全て。見れくれが何よりも優先。そんな考えを持つ高齢の当主が幅を利かせている間は移動椅子でいることで役目も果たせないと勝手に思ってくれる。
車輪の上部に手をかけて前に進もうとするのだが、少しの段差があると乗り越えられず立ち往生。
「手を離せ。押すぞ」
「クマさん・・・ありがとう」
「ベルは何もしなくていい。俺以外には微笑むなよ」
「そんなの無理よ。微笑むような場があればだけど」
「全体を覆うカバーがあればいいのにな」
「前が見えないわ」
「いいんだよ。ベルは俺だけ見てればいいから」
――お兄様の再来だわ――
パンディトンは優しいし甘い。しかしその優しさと甘さと同じくらい嫉妬をする。
本人曰く「ベル限定」と言うが、ベルという呼び名もグラシアナ・アルベルタ・ロペからミドルネームで誰も呼んでいないから。
パンディトンと一緒にいる時にエリアスも在宅だと移動椅子の後ろをどちらが押すのかで火花が散る。
移動椅子に座るとグラシアナには高さが無くなるのでまるで壁にしかならない2人が目の前で「俺が押す!」「いいや私だ」と言い合いを始めるとカバーなど不要。前が全く見えない。
「いい加減にしてください!言い合いをするなら執事さんに頼みますっ」
<< そんなっ! >>
「だったら喧嘩しないでください。全く・・・押すだけですよ?大男が2人でみっともないですわ」
グラシアナが移動椅子から降りるのは湯殿と不浄、そして寝る時だけ。
登城した際に茶の席が用意されている場合も考慮して食事も全て移動椅子で行なう。
そんなグラシアナを見てエリアスがポツリと呟いた。
「完璧を求める姿勢は記憶を失う前と同じだな」
「(ドッキー!!)そ、そうですか?」
不味い。座面が冷や汗でしっとりとしてしまうくらい冷や汗が流れる。
グラシアナもエリアスには打ち明けてもいいんじゃないかとパンディトンには言われたが、敵を騙すにはまず味方から。嘘を知る者の数は少なければ少ないほどいい。
ドキドキしているとパンディトンは助け舟を出してくれる。
「そうしないと、立てる、歩けると判ると面倒だろう。今は万全を期す時だ」
「それもそうだな。立つことも出来ないし記憶もないとなれば…奴らからすれば別人だしな」
エリアスは更に隣国から髪の毛を染める染料も準備をしていた。
城を出た時、グラシアナの髪色はくすんでいた。単純に理由は洗わなかったからなのだが、公爵家での生活で艶と張りのあるサラサラした髪に戻った。
肌も透き通るような透明感がある。肌は化粧品で誤魔化せても髪は誤魔化せない。
アリーが「超絶美人ですからクズ太子が目の色変えちゃいます」と言ったのだ。
使用人も全員が「確かに」と屋敷に来て、まだ薬草湿布をしていた頃のグラシアナも美人の部類だが今は格段に上を行く。
問題もあった。肌も髪もくすんだように見せることは出来る。
そうなると公爵家での生活に問題ありとも見られてしまう可能性も捨てきれない。
「このままでいいわ。城にいた頃よりも歩けないだけで健康だって見せつければいいと思うの。どんな扱いをされていたかも解りやすいでしょう?」
そしてパンディトンはつい余計な一言を発してしまった。
「そうだな。いい感じに太ったし奴ら驚‥‥え?なんで?」
右の頬をエリアスに、左の頬をメアリーが抓っていてグラシアナが頬を膨らませている。エリアスがそっとパンディトンの耳元で囁く。
「女性との付き合いがほぼない事を露呈する発言。私は歓迎するが結婚してたら離縁の危機だぞ」
「ち、違うんだ。ほら、足も太くなっただろ?椅子もキツイと感じるくらいに・・・痛いっ!!痛い!」
「それ以上言ったら、アイスクリームの残りを全部口の中に突っ込みますよ」
アリ―がドスの効いた声で仁王立ちとなりパンディトンに言い放ったのだった。パンディトンの口の中はプラシーボ効果で「人類の起源味」になっていた。
パンディトンとの関係を持つ事の決め手は最後の最後で言ってくれた言葉だった。
「一緒に海を見に行こう」
誰から聞いたとしても知るはずのないグラシアナの胸の中だけにあった思い。
パンディトンは「鍛錬までの待ち時間に読んでいた本が海の本だったから」と言ったが、鍛錬までの待ち時間に本を読んで時間を潰していたのは数回。
そんな些細な事まで覚えてくれていて心が動かないはずが無かった。
★~★
サロンに戻って来た2人をエリアスは温かく迎えてくれた。
時折グラシアナの方を見てサッと目を逸らすのは「嫌われたかな?」と気にしているのだと老執事がコッソリ教えてくれた。
――変な所が小心者なのね――
メアリーが移動椅子を持って来てくれて、アニーが座面にクッションを置いてくれる。
小脇に幾つものクッションを抱えているのは座り心地の良い物を試そうと言う事だった。
久しぶりに腰を下ろした移動椅子は3つ目のクッションで何とか合格点。
ただ、暫くは移動椅子で動き回る事に慣れなければならない。
小さな事から綻びは大きくなる。歩けるとなれば付け焼刃でも来客の事を記憶させられて夜会などに駆り出される可能性もある。
他国では四肢が欠損していても、病気などで筋力が衰えても社交をする者をじろじろと見たり、こそこそ笑ったりしないが様々な面で後進国のこの国では笑い者になってしまう。
対面こそ全て。見れくれが何よりも優先。そんな考えを持つ高齢の当主が幅を利かせている間は移動椅子でいることで役目も果たせないと勝手に思ってくれる。
車輪の上部に手をかけて前に進もうとするのだが、少しの段差があると乗り越えられず立ち往生。
「手を離せ。押すぞ」
「クマさん・・・ありがとう」
「ベルは何もしなくていい。俺以外には微笑むなよ」
「そんなの無理よ。微笑むような場があればだけど」
「全体を覆うカバーがあればいいのにな」
「前が見えないわ」
「いいんだよ。ベルは俺だけ見てればいいから」
――お兄様の再来だわ――
パンディトンは優しいし甘い。しかしその優しさと甘さと同じくらい嫉妬をする。
本人曰く「ベル限定」と言うが、ベルという呼び名もグラシアナ・アルベルタ・ロペからミドルネームで誰も呼んでいないから。
パンディトンと一緒にいる時にエリアスも在宅だと移動椅子の後ろをどちらが押すのかで火花が散る。
移動椅子に座るとグラシアナには高さが無くなるのでまるで壁にしかならない2人が目の前で「俺が押す!」「いいや私だ」と言い合いを始めるとカバーなど不要。前が全く見えない。
「いい加減にしてください!言い合いをするなら執事さんに頼みますっ」
<< そんなっ! >>
「だったら喧嘩しないでください。全く・・・押すだけですよ?大男が2人でみっともないですわ」
グラシアナが移動椅子から降りるのは湯殿と不浄、そして寝る時だけ。
登城した際に茶の席が用意されている場合も考慮して食事も全て移動椅子で行なう。
そんなグラシアナを見てエリアスがポツリと呟いた。
「完璧を求める姿勢は記憶を失う前と同じだな」
「(ドッキー!!)そ、そうですか?」
不味い。座面が冷や汗でしっとりとしてしまうくらい冷や汗が流れる。
グラシアナもエリアスには打ち明けてもいいんじゃないかとパンディトンには言われたが、敵を騙すにはまず味方から。嘘を知る者の数は少なければ少ないほどいい。
ドキドキしているとパンディトンは助け舟を出してくれる。
「そうしないと、立てる、歩けると判ると面倒だろう。今は万全を期す時だ」
「それもそうだな。立つことも出来ないし記憶もないとなれば…奴らからすれば別人だしな」
エリアスは更に隣国から髪の毛を染める染料も準備をしていた。
城を出た時、グラシアナの髪色はくすんでいた。単純に理由は洗わなかったからなのだが、公爵家での生活で艶と張りのあるサラサラした髪に戻った。
肌も透き通るような透明感がある。肌は化粧品で誤魔化せても髪は誤魔化せない。
アリーが「超絶美人ですからクズ太子が目の色変えちゃいます」と言ったのだ。
使用人も全員が「確かに」と屋敷に来て、まだ薬草湿布をしていた頃のグラシアナも美人の部類だが今は格段に上を行く。
問題もあった。肌も髪もくすんだように見せることは出来る。
そうなると公爵家での生活に問題ありとも見られてしまう可能性も捨てきれない。
「このままでいいわ。城にいた頃よりも歩けないだけで健康だって見せつければいいと思うの。どんな扱いをされていたかも解りやすいでしょう?」
そしてパンディトンはつい余計な一言を発してしまった。
「そうだな。いい感じに太ったし奴ら驚‥‥え?なんで?」
右の頬をエリアスに、左の頬をメアリーが抓っていてグラシアナが頬を膨らませている。エリアスがそっとパンディトンの耳元で囁く。
「女性との付き合いがほぼない事を露呈する発言。私は歓迎するが結婚してたら離縁の危機だぞ」
「ち、違うんだ。ほら、足も太くなっただろ?椅子もキツイと感じるくらいに・・・痛いっ!!痛い!」
「それ以上言ったら、アイスクリームの残りを全部口の中に突っ込みますよ」
アリ―がドスの効いた声で仁王立ちとなりパンディトンに言い放ったのだった。パンディトンの口の中はプラシーボ効果で「人類の起源味」になっていた。
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