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♡交換した皮の靴
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一般牢でも食事は支給されました。
ただ今まで食べた事もないほど薄い味で具のないスープに、とても手では千切れないくらい固いのにパサパサとした砂が混じったようなパンで御座いました。
当然顔を洗うために必要な侍女も、髪をすいてくれるメイドも、着替えをしてくれる侍女たちもここにはいません。
お茶会でしたからコルセットで締めていなかった事が救いですが、今まで脱着を1人でした事もありませんし、ドレスを脱いだところで着替えは御座いません。脱がせてくれる侍女もここにはいないのです。
一晩明かした事で、セットしていた髪は崩れておりますし、外出用のドレスで横になった事などないものだからドレスも皺だらけになってしまいました。
ヒールは脱いだのですが、牢の床は石であり素足で石の上など歩いた事も御座いません。ヒヤリとした冷たさに足の指が丸まってしまいます。かといってヒールを履けば踵のピンヒールが石と石の間に挟まりそうですし、挟まってしまえば抜くにも苦労しそうです。
「ねぇ、あんた」
不意にどなたかの声がいたします。
声の方向に顔を向けると向かいの牢に収監されている女性が格子になった木枠から手を出してこちらに来いとばかりに手を振っておられます。
「はい?わたくしでございましょうか?」
「あんた以外に誰がいるってんだよ。ねぇ、その靴。交換しないかい?」
女性の言葉に、この牢の中ではとても使い物になりそうにないヒールを指に引っ掛けて「これか」と問えば「そうだ」と仰います。履くのではなく売るのだと女性は言ったのです。
「アタシは裸足でも問題ないしさ。この木の皮の靴。使い込んではいるけどまだ使えるし、使い込んだ分だけ柔らかくなってるからアンタの足には丁度だと思うんだよ」
しばし考えたのですが、ヒールはこの牢の中では使い物になりませんし、万が一牢から出た後で市井で放り出されれば貴族街を歩くだけでも大変そうで御座います。
今まで貴族のみが利用する商店街に行く時ですら踵の低い物しか履いた事がございませんし、その街ですらこの牢と同じ石畳。とてもヒールで歩けるものではありません。
何より兄と叔母が間に合わない時は、よくて平民街。最悪山か貧民街。
そちらは行ったことも御座いませんので、石畳かどうかも判りません。屋敷の庭のように土でしたらヒールで歩けば間違いなく土に足を取られるでしょう。
わたくしは女性と靴を交換する事に致しました。
「ちょっと待ってな。先にこの皮の靴をそっちに渡すよ。紐に靴を結んでおくれ」
女性は器用に紐で皮の靴を縛ると、また格子から手を出して数回紐の先についた靴を揺らし、こちらに放り投げてました。紐の片方は女性にあるので、引っ張るのだと判り感心をしてしまいました。
ヒールを縛り、こちら側の格子の外に出すと紐を上手に手繰り寄せていらっしゃいます。女性から頂いた靴は少し匂いが御座いますが、履き方も格子越しに教えてくださいます。
親切な向かいの牢の方に感謝しつつも、皮の靴はこの牢の中を歩くには丁度で御座いました。
「アンタ、いったい何をやったのさ」
女性に問われますが、王太子殿下によってここに入ったとは申せません。
「判らないのですが、何かお気に触る事をしたのだと思います」
「思いますって…あんた変わってるね」
「そうでございますか?」
わたくしからすると【スリ】をされたという女性の方が変わっております。
お召し物もドレスでは御座いませんが着ておられますし、皮の靴は交換して頂きましたが履いておられたのです。スリをしなければならないような生活をされていたのでしょうか。
「パンが固かったら、スープに浸せばいいよ」
千切る度に指がもげる思いでしたが固いパンの食べ方も教えて頂きました。その時に今は1日2食は出るけれど時に1日1食になったり、3日に2食になる事も教えて頂きました。
「何でもご存じなのですね。知らぬことばかりです」
わたくしの言葉に女性は大声で笑い始めてしまいました。
喜劇の言い回しに似たような台詞があったかと首を傾げましたが、目に涙をためて笑っておられます。それを見ているとわたくしも少し笑ってしまいました。
会話の中で、不要になった物は使用人にあげるか、教会に寄付をするかしか知らなかったわたくしは、色々な品を買い取ってくれる店がある事や、パンや水は自分で購入する事、購入するにはお金が必要だと教えて頂きました
牢ですら食事が運ばれてきますのに、平民の方は全て自分で賄うのだとか。
買い物も欲しいものを選べば、屋敷に請求書が届いておりましたのでお金とその場で交換だと知った時は大いに驚きました。
王太子妃に、いえ、王妃になろうとしていたのに何も知らなかった事を恥じ入るばかりで御座います。
数日すると女性は先に牢から出され、わたくしに軽く手をあげて出ていかれました。入れ替わりにすぐ別の女性が入って来たのですが、薄汚れたドレス姿のわたくしに声をかけてくださる事は御座いませんでした。
「出ろ」
貫木が外され、躊躇していると牢番の男性が入って来られ、わたくしの腕を掴んだのです。「一人で歩けます」と伝えたのですが、力づくで牢から出されました。
王太子殿下は反省せよと仰っておられましたが、わたくしの言い分など何一つ聞かれる事がないまま処分は決定されたのでしょう。
長い石の廊下を歩き、木の扉が開かれると庭が広がっておりました。
見回しましたが【歩け】と背を突かれ、周りを見る事も許されません。
兵士の方が数名居られる門を抜けると王宮を取り囲む堀にかかる長い木の橋。
皮の靴と交換をして良かったと思った所に後ろから不穏な声が耳に入りました。
「楽しんでから捨てるか」
「あの林に連れ込めばいいんじゃないか」
背筋がゾクリとし、ゆっくり振り返ると数名の兵士がニタニタと笑っております。兵士と少し距離はありますが胸が早鐘を打ち、この場から逃げる事だけが頭の中を駆け巡ります。
掘沿いの畦道に似た道は橋を渡り切った先にありますが、進む方向は石畳が林まで続いている道です。わたくしは距離を更に取るべく小走りになり、橋を渡り切るとドレスをたくし上げて走りました。
距離を取って歩いていた兵士の声が聞こえます。
「おいっ!逃げやがった!」
声と同時に、木の橋を走る音が聞こえます。背後に大きな足音を聞きながら、わたくしは懸命に走りました。途中荷車を引く人を追い越しますが、兵士はまだ追ってきます。
「助けてぇ!!」
走りながら無我夢中で叫びました。街中ほどでないにしても人はいます。
民家が立ち並ぶ場所まで走ったわたくしは、路地を見つけ曲がるとそこは土手になっていて、生い茂る草むらに滑り落ちてしまったのです。
ただ今まで食べた事もないほど薄い味で具のないスープに、とても手では千切れないくらい固いのにパサパサとした砂が混じったようなパンで御座いました。
当然顔を洗うために必要な侍女も、髪をすいてくれるメイドも、着替えをしてくれる侍女たちもここにはいません。
お茶会でしたからコルセットで締めていなかった事が救いですが、今まで脱着を1人でした事もありませんし、ドレスを脱いだところで着替えは御座いません。脱がせてくれる侍女もここにはいないのです。
一晩明かした事で、セットしていた髪は崩れておりますし、外出用のドレスで横になった事などないものだからドレスも皺だらけになってしまいました。
ヒールは脱いだのですが、牢の床は石であり素足で石の上など歩いた事も御座いません。ヒヤリとした冷たさに足の指が丸まってしまいます。かといってヒールを履けば踵のピンヒールが石と石の間に挟まりそうですし、挟まってしまえば抜くにも苦労しそうです。
「ねぇ、あんた」
不意にどなたかの声がいたします。
声の方向に顔を向けると向かいの牢に収監されている女性が格子になった木枠から手を出してこちらに来いとばかりに手を振っておられます。
「はい?わたくしでございましょうか?」
「あんた以外に誰がいるってんだよ。ねぇ、その靴。交換しないかい?」
女性の言葉に、この牢の中ではとても使い物になりそうにないヒールを指に引っ掛けて「これか」と問えば「そうだ」と仰います。履くのではなく売るのだと女性は言ったのです。
「アタシは裸足でも問題ないしさ。この木の皮の靴。使い込んではいるけどまだ使えるし、使い込んだ分だけ柔らかくなってるからアンタの足には丁度だと思うんだよ」
しばし考えたのですが、ヒールはこの牢の中では使い物になりませんし、万が一牢から出た後で市井で放り出されれば貴族街を歩くだけでも大変そうで御座います。
今まで貴族のみが利用する商店街に行く時ですら踵の低い物しか履いた事がございませんし、その街ですらこの牢と同じ石畳。とてもヒールで歩けるものではありません。
何より兄と叔母が間に合わない時は、よくて平民街。最悪山か貧民街。
そちらは行ったことも御座いませんので、石畳かどうかも判りません。屋敷の庭のように土でしたらヒールで歩けば間違いなく土に足を取られるでしょう。
わたくしは女性と靴を交換する事に致しました。
「ちょっと待ってな。先にこの皮の靴をそっちに渡すよ。紐に靴を結んでおくれ」
女性は器用に紐で皮の靴を縛ると、また格子から手を出して数回紐の先についた靴を揺らし、こちらに放り投げてました。紐の片方は女性にあるので、引っ張るのだと判り感心をしてしまいました。
ヒールを縛り、こちら側の格子の外に出すと紐を上手に手繰り寄せていらっしゃいます。女性から頂いた靴は少し匂いが御座いますが、履き方も格子越しに教えてくださいます。
親切な向かいの牢の方に感謝しつつも、皮の靴はこの牢の中を歩くには丁度で御座いました。
「アンタ、いったい何をやったのさ」
女性に問われますが、王太子殿下によってここに入ったとは申せません。
「判らないのですが、何かお気に触る事をしたのだと思います」
「思いますって…あんた変わってるね」
「そうでございますか?」
わたくしからすると【スリ】をされたという女性の方が変わっております。
お召し物もドレスでは御座いませんが着ておられますし、皮の靴は交換して頂きましたが履いておられたのです。スリをしなければならないような生活をされていたのでしょうか。
「パンが固かったら、スープに浸せばいいよ」
千切る度に指がもげる思いでしたが固いパンの食べ方も教えて頂きました。その時に今は1日2食は出るけれど時に1日1食になったり、3日に2食になる事も教えて頂きました。
「何でもご存じなのですね。知らぬことばかりです」
わたくしの言葉に女性は大声で笑い始めてしまいました。
喜劇の言い回しに似たような台詞があったかと首を傾げましたが、目に涙をためて笑っておられます。それを見ているとわたくしも少し笑ってしまいました。
会話の中で、不要になった物は使用人にあげるか、教会に寄付をするかしか知らなかったわたくしは、色々な品を買い取ってくれる店がある事や、パンや水は自分で購入する事、購入するにはお金が必要だと教えて頂きました
牢ですら食事が運ばれてきますのに、平民の方は全て自分で賄うのだとか。
買い物も欲しいものを選べば、屋敷に請求書が届いておりましたのでお金とその場で交換だと知った時は大いに驚きました。
王太子妃に、いえ、王妃になろうとしていたのに何も知らなかった事を恥じ入るばかりで御座います。
数日すると女性は先に牢から出され、わたくしに軽く手をあげて出ていかれました。入れ替わりにすぐ別の女性が入って来たのですが、薄汚れたドレス姿のわたくしに声をかけてくださる事は御座いませんでした。
「出ろ」
貫木が外され、躊躇していると牢番の男性が入って来られ、わたくしの腕を掴んだのです。「一人で歩けます」と伝えたのですが、力づくで牢から出されました。
王太子殿下は反省せよと仰っておられましたが、わたくしの言い分など何一つ聞かれる事がないまま処分は決定されたのでしょう。
長い石の廊下を歩き、木の扉が開かれると庭が広がっておりました。
見回しましたが【歩け】と背を突かれ、周りを見る事も許されません。
兵士の方が数名居られる門を抜けると王宮を取り囲む堀にかかる長い木の橋。
皮の靴と交換をして良かったと思った所に後ろから不穏な声が耳に入りました。
「楽しんでから捨てるか」
「あの林に連れ込めばいいんじゃないか」
背筋がゾクリとし、ゆっくり振り返ると数名の兵士がニタニタと笑っております。兵士と少し距離はありますが胸が早鐘を打ち、この場から逃げる事だけが頭の中を駆け巡ります。
掘沿いの畦道に似た道は橋を渡り切った先にありますが、進む方向は石畳が林まで続いている道です。わたくしは距離を更に取るべく小走りになり、橋を渡り切るとドレスをたくし上げて走りました。
距離を取って歩いていた兵士の声が聞こえます。
「おいっ!逃げやがった!」
声と同時に、木の橋を走る音が聞こえます。背後に大きな足音を聞きながら、わたくしは懸命に走りました。途中荷車を引く人を追い越しますが、兵士はまだ追ってきます。
「助けてぇ!!」
走りながら無我夢中で叫びました。街中ほどでないにしても人はいます。
民家が立ち並ぶ場所まで走ったわたくしは、路地を見つけ曲がるとそこは土手になっていて、生い茂る草むらに滑り落ちてしまったのです。
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