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★兄は怒り心頭

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緊張感しかない部屋。

国王の執務室隣にある控室だとは言っても、気の置けない話をする為の部屋である。つまり、この部屋に通されたと言う事は国王も王妃も非公式ではあるが頭を下げる覚悟があると言う事に他ならない。

深くソファに体を預けている男はラウール・ガルティネ。そしてその叔母でありセイレン公爵家の当主夫人であるファティマも同席している。


本来であれば未成年であるラウールが家督を譲り受けることはないし、移行期間が僅か10日足らずという短期間である事も前代未聞だったが、ラウールはガルティネ公爵家当主となった。

父親と同年代であるボンヌ国の国王よりも威圧感を放っているラウールの前でソファに座る事は許してもらえたが王太子ジョルジュも参加をした会合。
既にギレイム侯爵家は全ての財産はガルティネ公爵家に慰謝料として支払われており、足らない分は入り婿であった当主代行の実家や、それぞれの兄弟姉妹も負担を強いられており、参加は認められなかった。


当然、本来ギレイム侯爵家の女当主である夫人の姉、つまり王妃にも慰謝料の負担はあり、王妃は私財から支払っているが、未だに続く捜索費用は毎日加算され終わりが見えない。


王家としても、王太子ジョルジュが全くの無関係とは言えないどころか、トリガーとなった人物であるだけにその責任は逃れられずガルティネ公爵家には多額の慰謝料を支払っている。


大人しくラウールに従っているのは、ガルティネ公爵家が所有する領地はボンヌ国を国境添いにコの字型に取り囲んでおり、残る一辺は辛うじて別の公爵が所有しているものの、ガルティネ公爵ラウールの支配下にある。

元々は王家の所有で辺境伯に任せていたが、兵も財も辺境伯の負担を強いた上、万が一隣国が攻め込んで来た時に少しでも足止めをする為に敢えて街道も整備せずにいた。資金繰りに窮した辺境伯が先代のガルティネ公爵家の女当主に領地を買い取って貰ったのである。


王家としては、ガルティネ公爵家のプリエラと王太子ジョルジュの婚約は血を薄めるためでもあったが、姻族となりボンヌ国を国境添いにコの字型に取り囲むガルティネ公爵家を監視する目的もあった。


「さて、陛下。捜索の進捗は如何かしら?」

扇を広げ緩く風を送るファティマの隣で、ひじ掛けに肘を置き、頬杖をついて国王を見やるラウール。場が場であれば不敬となろうものだが、ここでは完全に立場が逆転をしていた。

冷や汗をハンカチに吸わせながら国王は「捜索は続行中」であると答えると、ファティマの扇がパチンと音を立てて閉じた。その音に合わせて国王夫妻が小さく跳ねる。

「本当。話にならないわね」


国王は間違っても「ガルティネ公爵家」の当主代行も加担していたではないかなどとは言えない。


何故なら女公爵であった夫人が亡くなった年。
ラウールは17歳、プリエラは14歳だった。セイレン公爵家ファティマ夫人は当主の夫と共に、成人するまで後見人となり、王家及にボンヌ国に対し両家で年額数千億の寄付も行うとラウールの未成年当主を国王に進言した。

しかし、国王は両家がこれ以上強く結びつくのを警戒し認めなかった。
その際にガルティネ公爵家の当主代行の散財は既に報告されており、それを食い止めねば国防も危ういと言われていながら認めなかったのだ。

同時に元々辺境伯に譲渡した土地を、ガルティネ公爵家の当主代行のうちに王家の所有にしようと当主代行を抱き込む構えであったのも王家が今回強く出られない要因である。


財産については女公爵の私財のみセイレン公爵家ファティマ夫人が管理出来たので手出しはされなかったが、使用人や領地経営もあり当主代行が好き勝手する分が発生してしまった。

ラウールは土地の権利に関する書類を全て留学先で保管した。
それにより、王家はこの機会に辺境の地を手中にと描いた目論見は破綻したのだ。


女公爵が生きている間はガルティネ公爵家だけの問題だったが、当主交代となれば国が絡む。絶好のタイミングだったが王家は選択を間違ってしまったのだ。


王家が当主代行を支持したとなればラウールは当主代行のめいに従うより術がなかった。国王が認めた当主代行を否定できないからである。
それにより、ガルティネ公爵家はその後の2年で私財の三分の一を当主代行とその連れ2名により失った。

セイレン公爵家が守備範囲を超えてガルティネ公爵家の所有する辺境の守りに人と、金、武具に食料を供給しなければここ10年間情勢の危うかったアルメイテ国に攻め込まれていたかも知れない。


「兵を使って妹を探していると言うパフォーマンスは結構。陛下、こう言っては何ですが金もさほどに必要はないんです。言っている意味がわかりますかね?」

「ラウール殿…判っている。判っているんだが待ってくれないか。此度の事で迷惑をかけた事は重々承知している。ガルティネ公爵家、セイレン公爵家ともにこの程度の謝罪で溜飲を下げてくれと言う事が如何に烏滸がましいかも判っている。だが!アルメイテ国に領地を売られては困るのだ。国防もへったくれもない。当主になるのも異例中の異例で望み通りにしたではないか!」

「わたくしからも、この通り!ギレイム侯爵家一同には毒杯を――」

「あら?この期に及んでもそやつらの貴族の矜持を優先?これは驚きましたわ。プリエラとの婚約はこちらが何度も何度も何度も何度も…お断りをした事をお忘れ?当時からこちらはギレイム侯爵家のは如何?と申し上げたはずですのにね」

「母からも聞き及んでおります。殿下が産まれてへその緒も取れぬうちから懇意にしているを差し置いて我が娘を何故?とね。従者たちも何度も注意、苦言は呈したはずです。距離感には留意せよ…とね。知らぬとは言わせませんよ。両陛下」


セイレン公爵家はジョルジュとフローネの関係を何度も王家に抗議した。しかし所詮は叔母であり他家である事から王家はそれを鼻で笑ってきた。当のガルティネ公爵家が何も言わないのだから他家が口出しをする問題ではないと突っぱねてきた経緯があった。


言い訳をする事も出来ず、国王夫妻は項垂れたがジョルジュはソファを立ち上がるとラウールとファティマの前に跪いた。立てた片膝よりも頭を垂れてラウールとファティマに懇願した。


「あと3カ月、いや、1カ月でいい!時間をくれないだろうか。私が探す。私が直接各地に赴き、この足で!この目で探す。プリエラは私の命。何に於いても探し出すっ!だから…」


懇願するジョルジュにラウールは返事を返した。

「それで?」

「必ず見つける。責任を取ってプリエラを妻とし生涯を捧げる。慰み者になっていよ――」

ドガッ!!ダダダンッ!!

ラウールの蹴りがジョルジュの肩に入り、ジョルジュは壁まで吹き飛んだ。

「我が妹が慰み者にだと?ぬけぬけとどの口が言うか!」

激昂したラウールが腰の剣に手をかけると、護衛の騎士がジョルジュを取り囲んだ。半分腰を浮かせた国王と王妃をラウールは睨みつけた。

「これが王家か。謀りに乗り、あまつさえ妹を慰み者などと…母は調和に重きを置いたが私もそうだと思うなよ。調和は会話が出来る相手と行うものだ。貴殿らとは‥‥フッ。話はここまでだ」

「待ってくれ!ジョルジュには言い聞かせる。頼むから待ってくれ」

「お願いです!私はプリエラが無事なら王太子の立場など捨ててもいい!だから探す猶予を!猶予を!!」


縋ろうとする王家の3人に振り返る事もなく、ラウールとファティマは部屋を後にした。
部屋の中からは扉越しに王妃の嗚咽と、国王の怒号が聞こえていた。
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