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♡託したブローチ
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「誠に申し訳ございません」
ユーリス様は一向に頭をあげてくださいません。
ふつふつと怒りが沸いたのかマクシム様の御機嫌も悪くなる一方で御座います。
「そもそもで御座いますが、何故人違いをされたのです?」
「それは…」
やっとユーリス様が顔を少し上げてくださいましたが、その目はマクシム様を向いております。マクシム様は完全に顔を向ける方向から違っておりますので目線を合わせる気も、答えるつもりもないようです。
大きな馬車から運び入れられる荷は、交換用なのかリネンであったり、寝台の下の衣装入れに入っている衣類であったり。多くは御座いませんが小麦や日持ちのする干し肉や乾物となった果物などで御座いました。
わたくしが居なくて、少量づつ食べたとしても1カ月あるかどうかの量。
それはまるで、持ってきてもらった食料が尽きればここで朽ちても構わないと言うほどの量しか御座いません。今はわたくしがいますから、どんなに倹約をしても2週間あれば良い方でしょう。
「マクシム様、あとでゆっくりと説明頂きますわよ」
「判った。プリエラの頼みなら仕方がない」
「仕方がない?マクシム様、それはおかしくは御座いませんの?わたくしもう少しでユーリス様に――」
「言うな。ちゃんと説明する」
「本当ですよ?それで‥‥お願いをしても宜しいでしょうか?」
「何かあるのか?」
やっとわたくしの方を向いてくださったマクシム様。頬をギュッと抓りたくもなりますがここは堪えるしかありません。わたくしはユーリス様に手渡そうとここに来た時に来ていた今はもうワンピースとなったドレスを手に取りました。胸元の少し下につけて居たブローチを外します。
傾いたテーブルの上にコトリと置くと、ユーリス様に向かって寄せました。
「これをボンヌ国のガルティネ公爵家であればラウールに、セイレン公爵家であれば夫人のファティマ様に手渡して頂きたいのです。ラウールはわたくしの兄。留学中かも知れませんのでその際はセイレン公爵家であれば夫人のファティマ様に。ファティマ様はわたくしの母の妹。叔母になります」
「え…あのボンヌ国のガルティネ公爵家…プリエラ様ってまさか!?ちょっと待ってください。マクシム様。いったいこれはどういうことなのですか!」
「ユーリス様ッ!」
話がそれそうでしたので、わたくしはユーリス様のお名前を強めに呼びました。
ボンヌ国の今の状況は判りません。ですが何も知らなくても兄か叔母には知らせたいのです。
「このブローチはわたくしの母の形見で御座います。兄ラウールも叔母のファティマもこれを見ればわたくしの身に何かがあったと悟ってくださいます。紙とペンがあれば手紙を書くのですがお持ちではないでしょう?」
「便箋となりますと持ち合わせが御座いませんが、私の手帳で良ければ…。ただそれを手紙と呼べるかはガルティネ公爵令嬢と受け取った方が感じる事となりますが」
胸ポケットから手帳とそれに附属する小さなペン。ただ手帳はそのページを切り取る事にもなるでしょうからあまり良い方法とは思えません。
「手帳のページは数枚切り取っても問題御座いません。毎年新しくしておりますしご遠慮なく。お詫びにはならないかも知れませんが、お二方のどちらかに必ず届ける事をお約束します」
「早馬で行け」
「マクシム様。そのような無理は…早馬となれば――」
「構わない。プリエラに剣を向けた罰だ。ユーリスお前が行け。そしてプリエラを一人にしてしまった私の罰として街道添いの私の馬を使っても構わない」
「よろしいんですの?」
わたくしはマクシム様とユーリス様のお顔を交互に見ますが、マクシム様はまたそっぽを向かれ、ユーリス様は少し笑いながらも頷かれます。その微笑は先ほどの物と違って本当の微笑で御座いました。
わたくしが直接手紙を受付所に出しに行ってもそこまでに1週間、その手紙が配達されるまでにもう2週間はかかるでしょう。その点ユーリス様に頼めば数日は短縮できます。その上早馬ですからユーリス様も馬も宿場町で夜は休んでも2週間内外で届くでしょう。
お兄様が留学先から帰国されるのは予定では3カ月先。ガルティネ公爵家でお父様に読まれれば破り棄てられる可能性が御座います。継母や異母妹に渡れば暖炉にくべられるでしょう。
セイレン公爵家も投獄の話が伝わっていれば手紙として記すのは得策では御座いません。
わたくしは手帳から破り取った紙2枚にペンを走らせました。
【この紙を持ってきた者の話を聞いてください。プリエラ】
お兄様も叔母様も名前の筆跡で気が付いてくれるはずです。
そこにブローチがあれば、信憑性も高まります。
「どちらか片方でも構いません。わたくしが無事で元気でいる事、マクシム様のお世話になっている事をお伝えください。それから‥‥わたくしは無実ですと」
「場所を聞かれたらどうなさいますか?この場所を?」
ちらりとマクシム様のお顔を見ると「ここを教えてもいい。但しその2人だけだ」と仰ってくださいました。
ユーリス様を乗せた馬車が遠くなり、すっかり姿が見えなくなります。
マクシム様はずっとご機嫌が悪かったのですが、小麦粉を水でこねて土鍋の内側に薄く張り付けて蒸した状態にしたものに、炙った干し肉をクルクルと巻いていきます。
ハシュの大きな葉っぱが今日のお皿で御座います。こんもりと盛られた干し肉巻きを頬張ると蒸し焼きの生地から「小麦」の香りがします。
久しぶりの小麦の香りですが、ふと感じました。
牢で食べたパンには砂が混じっていました。スリの女性が教えてくださいましたが砂の混じっていないパンを食べるのは貴族でも一部だと仰っておりました。
小麦を挽く時にどうしても異物が混じるそうなのです。
何度もふるいにかけて混ざり物がない小麦を買っていくのは貴族でも高位貴族か王族。
そこそこの貴族でもふるいの回数が少ない物しか買えないため、フスマという小麦の皮の破片が混じるそうです。それでも小麦の破片くらいならまだいい方で、庶民は挽く際に一番下になった部分。
つまり、砂もフスマも混じったふるいもかけられていないようなものが常で、購入後に自分でふるいにかけるのだとか。それでも砂は取り切れないため砂混じりのパンになると仰っておりました。
この小麦には砂も何も混じっていないように思います。
「マクシム様、貴方はいったい何者なのです?」
「何者って…俺だよ」
「ちゃんと説明くださると仰いましたよね。教えてくださいませ」
人間には頬袋は御座いません。図鑑に書いてありました。
口いっぱいに捩じ込んでも無駄です。飲み物を入れる唯一の茶器(ボウル)はわたくしの側に御座います。
喉に詰まる前にお話しくださいませね?
ユーリス様は一向に頭をあげてくださいません。
ふつふつと怒りが沸いたのかマクシム様の御機嫌も悪くなる一方で御座います。
「そもそもで御座いますが、何故人違いをされたのです?」
「それは…」
やっとユーリス様が顔を少し上げてくださいましたが、その目はマクシム様を向いております。マクシム様は完全に顔を向ける方向から違っておりますので目線を合わせる気も、答えるつもりもないようです。
大きな馬車から運び入れられる荷は、交換用なのかリネンであったり、寝台の下の衣装入れに入っている衣類であったり。多くは御座いませんが小麦や日持ちのする干し肉や乾物となった果物などで御座いました。
わたくしが居なくて、少量づつ食べたとしても1カ月あるかどうかの量。
それはまるで、持ってきてもらった食料が尽きればここで朽ちても構わないと言うほどの量しか御座いません。今はわたくしがいますから、どんなに倹約をしても2週間あれば良い方でしょう。
「マクシム様、あとでゆっくりと説明頂きますわよ」
「判った。プリエラの頼みなら仕方がない」
「仕方がない?マクシム様、それはおかしくは御座いませんの?わたくしもう少しでユーリス様に――」
「言うな。ちゃんと説明する」
「本当ですよ?それで‥‥お願いをしても宜しいでしょうか?」
「何かあるのか?」
やっとわたくしの方を向いてくださったマクシム様。頬をギュッと抓りたくもなりますがここは堪えるしかありません。わたくしはユーリス様に手渡そうとここに来た時に来ていた今はもうワンピースとなったドレスを手に取りました。胸元の少し下につけて居たブローチを外します。
傾いたテーブルの上にコトリと置くと、ユーリス様に向かって寄せました。
「これをボンヌ国のガルティネ公爵家であればラウールに、セイレン公爵家であれば夫人のファティマ様に手渡して頂きたいのです。ラウールはわたくしの兄。留学中かも知れませんのでその際はセイレン公爵家であれば夫人のファティマ様に。ファティマ様はわたくしの母の妹。叔母になります」
「え…あのボンヌ国のガルティネ公爵家…プリエラ様ってまさか!?ちょっと待ってください。マクシム様。いったいこれはどういうことなのですか!」
「ユーリス様ッ!」
話がそれそうでしたので、わたくしはユーリス様のお名前を強めに呼びました。
ボンヌ国の今の状況は判りません。ですが何も知らなくても兄か叔母には知らせたいのです。
「このブローチはわたくしの母の形見で御座います。兄ラウールも叔母のファティマもこれを見ればわたくしの身に何かがあったと悟ってくださいます。紙とペンがあれば手紙を書くのですがお持ちではないでしょう?」
「便箋となりますと持ち合わせが御座いませんが、私の手帳で良ければ…。ただそれを手紙と呼べるかはガルティネ公爵令嬢と受け取った方が感じる事となりますが」
胸ポケットから手帳とそれに附属する小さなペン。ただ手帳はそのページを切り取る事にもなるでしょうからあまり良い方法とは思えません。
「手帳のページは数枚切り取っても問題御座いません。毎年新しくしておりますしご遠慮なく。お詫びにはならないかも知れませんが、お二方のどちらかに必ず届ける事をお約束します」
「早馬で行け」
「マクシム様。そのような無理は…早馬となれば――」
「構わない。プリエラに剣を向けた罰だ。ユーリスお前が行け。そしてプリエラを一人にしてしまった私の罰として街道添いの私の馬を使っても構わない」
「よろしいんですの?」
わたくしはマクシム様とユーリス様のお顔を交互に見ますが、マクシム様はまたそっぽを向かれ、ユーリス様は少し笑いながらも頷かれます。その微笑は先ほどの物と違って本当の微笑で御座いました。
わたくしが直接手紙を受付所に出しに行ってもそこまでに1週間、その手紙が配達されるまでにもう2週間はかかるでしょう。その点ユーリス様に頼めば数日は短縮できます。その上早馬ですからユーリス様も馬も宿場町で夜は休んでも2週間内外で届くでしょう。
お兄様が留学先から帰国されるのは予定では3カ月先。ガルティネ公爵家でお父様に読まれれば破り棄てられる可能性が御座います。継母や異母妹に渡れば暖炉にくべられるでしょう。
セイレン公爵家も投獄の話が伝わっていれば手紙として記すのは得策では御座いません。
わたくしは手帳から破り取った紙2枚にペンを走らせました。
【この紙を持ってきた者の話を聞いてください。プリエラ】
お兄様も叔母様も名前の筆跡で気が付いてくれるはずです。
そこにブローチがあれば、信憑性も高まります。
「どちらか片方でも構いません。わたくしが無事で元気でいる事、マクシム様のお世話になっている事をお伝えください。それから‥‥わたくしは無実ですと」
「場所を聞かれたらどうなさいますか?この場所を?」
ちらりとマクシム様のお顔を見ると「ここを教えてもいい。但しその2人だけだ」と仰ってくださいました。
ユーリス様を乗せた馬車が遠くなり、すっかり姿が見えなくなります。
マクシム様はずっとご機嫌が悪かったのですが、小麦粉を水でこねて土鍋の内側に薄く張り付けて蒸した状態にしたものに、炙った干し肉をクルクルと巻いていきます。
ハシュの大きな葉っぱが今日のお皿で御座います。こんもりと盛られた干し肉巻きを頬張ると蒸し焼きの生地から「小麦」の香りがします。
久しぶりの小麦の香りですが、ふと感じました。
牢で食べたパンには砂が混じっていました。スリの女性が教えてくださいましたが砂の混じっていないパンを食べるのは貴族でも一部だと仰っておりました。
小麦を挽く時にどうしても異物が混じるそうなのです。
何度もふるいにかけて混ざり物がない小麦を買っていくのは貴族でも高位貴族か王族。
そこそこの貴族でもふるいの回数が少ない物しか買えないため、フスマという小麦の皮の破片が混じるそうです。それでも小麦の破片くらいならまだいい方で、庶民は挽く際に一番下になった部分。
つまり、砂もフスマも混じったふるいもかけられていないようなものが常で、購入後に自分でふるいにかけるのだとか。それでも砂は取り切れないため砂混じりのパンになると仰っておりました。
この小麦には砂も何も混じっていないように思います。
「マクシム様、貴方はいったい何者なのです?」
「何者って…俺だよ」
「ちゃんと説明くださると仰いましたよね。教えてくださいませ」
人間には頬袋は御座いません。図鑑に書いてありました。
口いっぱいに捩じ込んでも無駄です。飲み物を入れる唯一の茶器(ボウル)はわたくしの側に御座います。
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