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☆問題しかない過去
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非常に困っている。
何に困っているかと言うと、隣にいる可愛い妻に困っている。
彼女は突然私の前に現れた。日を追うごとに私の復讐心の炎が小さくなる。
この田舎に来て8年になる。
私はプリエラに知られたくない姿がある。
事の起こりは12年前だった。
兄は国一番の騎士と言われて、その能力の高さから王家専属の護衛騎士。
兄は騎士としては私の自慢だった。兄の失敗は王太子妃を慕っていた事だ。
私には婚約者ができた。
1歳年上の女性だったが伯爵家の令嬢で侯爵家の次男だった私は当時15歳だった。侯爵家と言っても次男である私は家を継ぐ事は出来ない。学園には進学をせず私は騎士団に入団した。
武功をあげればすぐに爵位が手に入る。何もなくとも5年勤めあげれば騎士爵にはなれる。贅沢は出来ないかも知れないが倹しくすれば暮らしていける。そう考えたからだ。
我武者羅に働き、遠い地でも自ら志願して遠征に何度も行った。
17歳で運よく武功を認めてもらえた私は騎士爵を賜った。だがまだ成人になっておらず結婚は出来なかった。
その年、アルメイテ国では王太子殿下が婚姻をした。長年婚約者だった公爵令嬢との婚姻で何処に行っても祝いムードだったが、当の王太子夫妻の仲は冷え切っていた。
王太子、王太子妃ともに仕事はしていたが私生活は乱れに乱れていて事もあろうか王太子妃の護衛騎士だった私の兄が王太子妃を妊娠させてしまったと噂が流れた。王太子は自分の事は棚に上げて侯爵家は取り潰しの危機にあった。
それも衝撃だったが私にとってもっと衝撃だったのは婚約者だった伯爵令嬢が他の男と浮気をしていた事が発覚したのだ。その事を聞いたのは半年間、生きるか死ぬかの戦地から帰った時に、騎士団の同期から聞かされた。
私は年下だったしなんとか爵位を結婚までにと遠征に継ぐ遠征で寂しい思いもさせてしまっただろうからと許そうとした。しかし、彼女は結婚資金にと報酬の殆どを預けていたその金を全て使い込んだ挙句相手は1人、2人ではなかった。
「寂しかったの。だけど貴方以外に本気になった事はないの」
口でそう言いながら、その足で男の家に行き明け方気怠そうに自分の家に戻る彼女とは婚約破棄になった。軽い女性不振に陥っていたが、最悪なのはそこからだった。
王太子が何者かに暗殺をされてしまったのだ。
首謀者は王太子妃の実家で実行犯は私の兄ではないかとまことしやかに囁かれた。
証拠こそないものの、生まれるまでに王太子が無くなればその子が王位継承者の第一位になるからだ。
一時的に戦地から戻っていた私は兄に聞いた。托卵であれば重罪だ。
だが、兄は何も言わなかった。
アルメイテ国はその事から第二、第三王子を推す貴族同士が睨み合いを始め内政が不安定になったそんな時に見計らったかのように隣国が攻めてきた。私は戦地に赴きそこでも武功をあげてしまった。
2年間何もかも忘れたくてただ剣を振っていただけだった。なんならそこで命が尽きても構わないとどんな危険な作戦でも真っ先に手をあげて参加をした。
死にたくても死ねない男に成り下がったが、周りの評価は違っていた。
無謀とも言える作戦でも成功させて生還してくる私の事をスパイだと言うものが現れたのだ。19歳の若さで、しかも腕一本で伯爵位まで授かった私は、嫉妬や妬みの対象だった。
隣国との戦は終わったものの、王位継承という戦は続いていた。
隣国との戦が終わり少しした頃、兄が亡くなった。
国一番の騎士と言われた兄だったが、王宮内で窃盗を働いたと投獄された翌日だった。
兄の遺体は明らかに自死できるような状態ではなかった。
帰国してすぐの頃、兄が言っていた。
「俺は利用されただけだった。こんな事なら…」
夫である王太子が存命中は子に継承権が付いても王位に着くまでに時間がかかる。
手っ取り早いのは王太子に消えてもらう事だ。
妊娠中は国一番の騎士に護衛をしてもらう。貴方の子だと言われ兄は有頂天になったのだろう。関係を持っていたからこそ兄は何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。
子が産まれれば1年と少しは徹底的に守られる。宮から出なければ宮は安全圏内。
恐らく王太子妃が兄にその時まで何も言わなかったのは、万が一戦に負ける事になれば王族は首が飛ぶ。不貞を働いた自分は除籍してもらい、兄の子だとして逃げるつもりだったのだろう。
噂ではなく兄は王太子暗殺の実行犯を王宮内に引き入れる役だった。
そして戦に勝ったとなれば、兄に生きていられては困る人間がいる。
王太子妃だ。
私は兄の死は不自然だと何度も陳情に赴いたが相手にされなかった。
その1か月後、王位継承権第一位をもつ子供が誘拐されてしまった。
王太子妃は狂ったように泣き叫び、誘拐犯は私だと言った。
勿論私はそんな事はしていない。
しかし、状況が私を追い込むものばかりだった。
戦地で不自然なほど武功をあげていたのは敵と通じていたと言われ、兄の死の再調査を執拗に陳情する姿は誰もが知っており、どこかの国と手を結び腹いせに誘拐をしたと。
爵位は自分の力で掴み取った伯爵位と褒賞、恩賞の小さな領地だけだった。
伯爵家となったが、取引をしてくれる者など誰もいない。
私が誘拐犯だと噂が立った事で領民まで誘拐一味だと出稼ぎすら出来なくなった。
この領の出だと言うだけで何処も雇ってくれないのだ。
褒賞で貰った剣や宝飾品を売ったが焼け石に水で多くの領民が困窮した。
ボンヌ王国の辺境の民が個人的に取引してくれなければ餓死者を出す寸前だった。
歩けば後ろ指を指され、自暴自棄になった私は人に会うのも嫌になった。
同期のユーリスを執事に据え、私は王都から遠く離れたこの唯一の領地。
ここで情報を集めその時を待つ事にした。
3年前。誘拐された子供がようやく発見された。
誘拐犯は乳母をしていた女で王太子妃の学園時代からの友人の男爵令嬢という低位貴族だったが上手く王宮に入り込み、金欲しさに誘拐をしたのだ。学園時代に兄によく付き纏っていた女だ。
冤罪は晴れた。国王には第三王子が即位し、王太子妃は謀りが暴かれ追放された。本来なら処刑だが子が誘拐され憔悴した彼女は減刑された。
しかし、その男爵令嬢は国外に逃亡して捕まっていない。
ユーリスと小さな領地の収入でやりくりしながらその男爵令嬢をようやく探し出した。
新しい事実も判明した。
王太子妃の子が兄の子ではないかと噂が流れた時、侯爵家は確かに傾いた。
その時、男爵令嬢の実家が私の両親に金を貸した。払えない額ではなかったはずだが偽造の借用書で領地も私財も奪っていったのだ。両親は爵位を売るしかなくなり、その後川に浮かんだ。紛れもなく自死だった。言い寄っても靡かない兄に対し可愛さ余って憎さ百倍。王太子妃に兄を利用するように言ったのも、誘拐犯が私ではないかと噂を流したのも男爵令嬢だった。
その男爵令嬢をここまで運んでくるのがデラメッタだった。
金さえ払えば右にも左にも転ぶが、仕事は確かな女だった。
私はせめて両親の恨みを晴らしてやるとここで生涯を終わらせてやろうと思っていた。
滅多に人がいないこんな田舎のボロ小屋に訪れる者などいない。
デラメッタは【仕事は終わった】と言った。
やっとこの日が来た。そう思った。
しかし、「お邪魔致します」と入ってきた女の声に戸惑った。
「開いてるだろ」と返事をしたら扉を閉めてしまった。
ゆっくり歩いて自分で扉を開けた。
そこにいるのはやはりあの男爵令嬢ではなかった。
「雨が来るぞ、早く中に入っとけ」
どうしてそんな事を言ったのか判らない。
ただ、その女性が雨に打たれるのが嫌だと思ったからだ。
今思えば一目惚れだったんだろう。だから今、非常に困っている。
隣でこうやって話を聞いてくれるプリエラが愛しくて堪らないからだ。
プリエラから自分は身代わりを頼まれたと告白をされてデラメッタの寝返りを確信した。金さえ払えば右にも左にも転ぶ。つまり男爵令嬢に私以上の金を積まれたと言う事だ。
そして…ユーリスは表向きプリエラの用事でボンヌ王国に向かった。
だが、私もユーリスもプリエラに話していない事がある。
その男爵令嬢が爵位しか残っていないボンヌ王国のギレイム侯爵家で囲われているという情報だ。ギレイム侯爵家は調べた限り非常に危うい位置にいる侯爵家。
いったい何のために男爵令嬢はギレイム侯爵家に寄生したのか。
街に買い物に行く日はユーリスが送り込んでいる「お隣さん」に情報が届いているだろう。
何に困っているかと言うと、隣にいる可愛い妻に困っている。
彼女は突然私の前に現れた。日を追うごとに私の復讐心の炎が小さくなる。
この田舎に来て8年になる。
私はプリエラに知られたくない姿がある。
事の起こりは12年前だった。
兄は国一番の騎士と言われて、その能力の高さから王家専属の護衛騎士。
兄は騎士としては私の自慢だった。兄の失敗は王太子妃を慕っていた事だ。
私には婚約者ができた。
1歳年上の女性だったが伯爵家の令嬢で侯爵家の次男だった私は当時15歳だった。侯爵家と言っても次男である私は家を継ぐ事は出来ない。学園には進学をせず私は騎士団に入団した。
武功をあげればすぐに爵位が手に入る。何もなくとも5年勤めあげれば騎士爵にはなれる。贅沢は出来ないかも知れないが倹しくすれば暮らしていける。そう考えたからだ。
我武者羅に働き、遠い地でも自ら志願して遠征に何度も行った。
17歳で運よく武功を認めてもらえた私は騎士爵を賜った。だがまだ成人になっておらず結婚は出来なかった。
その年、アルメイテ国では王太子殿下が婚姻をした。長年婚約者だった公爵令嬢との婚姻で何処に行っても祝いムードだったが、当の王太子夫妻の仲は冷え切っていた。
王太子、王太子妃ともに仕事はしていたが私生活は乱れに乱れていて事もあろうか王太子妃の護衛騎士だった私の兄が王太子妃を妊娠させてしまったと噂が流れた。王太子は自分の事は棚に上げて侯爵家は取り潰しの危機にあった。
それも衝撃だったが私にとってもっと衝撃だったのは婚約者だった伯爵令嬢が他の男と浮気をしていた事が発覚したのだ。その事を聞いたのは半年間、生きるか死ぬかの戦地から帰った時に、騎士団の同期から聞かされた。
私は年下だったしなんとか爵位を結婚までにと遠征に継ぐ遠征で寂しい思いもさせてしまっただろうからと許そうとした。しかし、彼女は結婚資金にと報酬の殆どを預けていたその金を全て使い込んだ挙句相手は1人、2人ではなかった。
「寂しかったの。だけど貴方以外に本気になった事はないの」
口でそう言いながら、その足で男の家に行き明け方気怠そうに自分の家に戻る彼女とは婚約破棄になった。軽い女性不振に陥っていたが、最悪なのはそこからだった。
王太子が何者かに暗殺をされてしまったのだ。
首謀者は王太子妃の実家で実行犯は私の兄ではないかとまことしやかに囁かれた。
証拠こそないものの、生まれるまでに王太子が無くなればその子が王位継承者の第一位になるからだ。
一時的に戦地から戻っていた私は兄に聞いた。托卵であれば重罪だ。
だが、兄は何も言わなかった。
アルメイテ国はその事から第二、第三王子を推す貴族同士が睨み合いを始め内政が不安定になったそんな時に見計らったかのように隣国が攻めてきた。私は戦地に赴きそこでも武功をあげてしまった。
2年間何もかも忘れたくてただ剣を振っていただけだった。なんならそこで命が尽きても構わないとどんな危険な作戦でも真っ先に手をあげて参加をした。
死にたくても死ねない男に成り下がったが、周りの評価は違っていた。
無謀とも言える作戦でも成功させて生還してくる私の事をスパイだと言うものが現れたのだ。19歳の若さで、しかも腕一本で伯爵位まで授かった私は、嫉妬や妬みの対象だった。
隣国との戦は終わったものの、王位継承という戦は続いていた。
隣国との戦が終わり少しした頃、兄が亡くなった。
国一番の騎士と言われた兄だったが、王宮内で窃盗を働いたと投獄された翌日だった。
兄の遺体は明らかに自死できるような状態ではなかった。
帰国してすぐの頃、兄が言っていた。
「俺は利用されただけだった。こんな事なら…」
夫である王太子が存命中は子に継承権が付いても王位に着くまでに時間がかかる。
手っ取り早いのは王太子に消えてもらう事だ。
妊娠中は国一番の騎士に護衛をしてもらう。貴方の子だと言われ兄は有頂天になったのだろう。関係を持っていたからこそ兄は何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。
子が産まれれば1年と少しは徹底的に守られる。宮から出なければ宮は安全圏内。
恐らく王太子妃が兄にその時まで何も言わなかったのは、万が一戦に負ける事になれば王族は首が飛ぶ。不貞を働いた自分は除籍してもらい、兄の子だとして逃げるつもりだったのだろう。
噂ではなく兄は王太子暗殺の実行犯を王宮内に引き入れる役だった。
そして戦に勝ったとなれば、兄に生きていられては困る人間がいる。
王太子妃だ。
私は兄の死は不自然だと何度も陳情に赴いたが相手にされなかった。
その1か月後、王位継承権第一位をもつ子供が誘拐されてしまった。
王太子妃は狂ったように泣き叫び、誘拐犯は私だと言った。
勿論私はそんな事はしていない。
しかし、状況が私を追い込むものばかりだった。
戦地で不自然なほど武功をあげていたのは敵と通じていたと言われ、兄の死の再調査を執拗に陳情する姿は誰もが知っており、どこかの国と手を結び腹いせに誘拐をしたと。
爵位は自分の力で掴み取った伯爵位と褒賞、恩賞の小さな領地だけだった。
伯爵家となったが、取引をしてくれる者など誰もいない。
私が誘拐犯だと噂が立った事で領民まで誘拐一味だと出稼ぎすら出来なくなった。
この領の出だと言うだけで何処も雇ってくれないのだ。
褒賞で貰った剣や宝飾品を売ったが焼け石に水で多くの領民が困窮した。
ボンヌ王国の辺境の民が個人的に取引してくれなければ餓死者を出す寸前だった。
歩けば後ろ指を指され、自暴自棄になった私は人に会うのも嫌になった。
同期のユーリスを執事に据え、私は王都から遠く離れたこの唯一の領地。
ここで情報を集めその時を待つ事にした。
3年前。誘拐された子供がようやく発見された。
誘拐犯は乳母をしていた女で王太子妃の学園時代からの友人の男爵令嬢という低位貴族だったが上手く王宮に入り込み、金欲しさに誘拐をしたのだ。学園時代に兄によく付き纏っていた女だ。
冤罪は晴れた。国王には第三王子が即位し、王太子妃は謀りが暴かれ追放された。本来なら処刑だが子が誘拐され憔悴した彼女は減刑された。
しかし、その男爵令嬢は国外に逃亡して捕まっていない。
ユーリスと小さな領地の収入でやりくりしながらその男爵令嬢をようやく探し出した。
新しい事実も判明した。
王太子妃の子が兄の子ではないかと噂が流れた時、侯爵家は確かに傾いた。
その時、男爵令嬢の実家が私の両親に金を貸した。払えない額ではなかったはずだが偽造の借用書で領地も私財も奪っていったのだ。両親は爵位を売るしかなくなり、その後川に浮かんだ。紛れもなく自死だった。言い寄っても靡かない兄に対し可愛さ余って憎さ百倍。王太子妃に兄を利用するように言ったのも、誘拐犯が私ではないかと噂を流したのも男爵令嬢だった。
その男爵令嬢をここまで運んでくるのがデラメッタだった。
金さえ払えば右にも左にも転ぶが、仕事は確かな女だった。
私はせめて両親の恨みを晴らしてやるとここで生涯を終わらせてやろうと思っていた。
滅多に人がいないこんな田舎のボロ小屋に訪れる者などいない。
デラメッタは【仕事は終わった】と言った。
やっとこの日が来た。そう思った。
しかし、「お邪魔致します」と入ってきた女の声に戸惑った。
「開いてるだろ」と返事をしたら扉を閉めてしまった。
ゆっくり歩いて自分で扉を開けた。
そこにいるのはやはりあの男爵令嬢ではなかった。
「雨が来るぞ、早く中に入っとけ」
どうしてそんな事を言ったのか判らない。
ただ、その女性が雨に打たれるのが嫌だと思ったからだ。
今思えば一目惚れだったんだろう。だから今、非常に困っている。
隣でこうやって話を聞いてくれるプリエラが愛しくて堪らないからだ。
プリエラから自分は身代わりを頼まれたと告白をされてデラメッタの寝返りを確信した。金さえ払えば右にも左にも転ぶ。つまり男爵令嬢に私以上の金を積まれたと言う事だ。
そして…ユーリスは表向きプリエラの用事でボンヌ王国に向かった。
だが、私もユーリスもプリエラに話していない事がある。
その男爵令嬢が爵位しか残っていないボンヌ王国のギレイム侯爵家で囲われているという情報だ。ギレイム侯爵家は調べた限り非常に危うい位置にいる侯爵家。
いったい何のために男爵令嬢はギレイム侯爵家に寄生したのか。
街に買い物に行く日はユーリスが送り込んでいる「お隣さん」に情報が届いているだろう。
応援ありがとうございます!
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