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★ガルティネ公爵家に来客②
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「どうされた?」
心配そうにユーリスの顔を覗き込むラウールに年甲斐もなくユーリスはドキドキした。
心臓が痛すぎる。決して恋ではない。
――本当の事を言ったら、この場で心臓が串刺しになるかも?――
「あのですね…ネイチュア伯爵領にある家?…いえ、家?いえ…」
「領にあるのか。国境に近いな。直ぐにでも――」
「お待ちくださいませっ!!」
行かせてなるものか!ユーリスは両手を前に突き出してラウールの言葉を制した。
冷や汗で脱水をしそうである。座り心地の良いソファが濡れていないだろうか。
「あの、ですね…そのネイチュア伯爵領は自然しか!ない所で御座いまして…お、お、お恥ずかしい話、アルメイテ国でも有数の貧乏いえ、財政逼迫いえ、と、兎に角、主が責任をもってプリエラ様を誠心誠意お世話しておりますのでご安心くださいませ!」
「そうでしたか…判りました。お世話になっているのです。せめて消耗品や妹が使用したリネンなど最低限の物はお返しをさせて頂きたい。直ぐにでも用意をさせよう。荷馬車5、6台にな――」
「お待ちくださいませっ!!」
――荷馬車5、6台?1台分でも入りきりません!――
「そ、そのような事は主も望んでおりません。お気持ちだけで結構で御座います」
「そうなのか…ネイチュア伯爵は寛大なお方だな。だが世話になりっ放しと言うのも貴族としてどうかと思いますので、妹に付いていた使用人は向かわせるように致しましょう。なんせ公爵家でも14、15人の従者、侍女、メイドに何もかもしてもらっていた妹です。いつまでも人員も割いて頂くわけにも参りますまい」
「じゅっ14、15人?!」
「大丈夫です。交代要員もちゃんとこちらで構えますので40人ほどになると思いますが、宿泊先なども早急に手配を致しますよ」
「いえいえいえ!宿泊は無理なんです!間違いなく無理なんです」
――14、15人があの小屋に入ったら崩壊しますし、野宿になります――
誤魔化すのは無理だ!ユーリスは己の限界を感じた。
考えずとも判る事である。世話になっていれば相応の物を礼とするだろうし迎えに行くのも当たり前だ。令嬢が多くの使用人に世話をされているのも当たり前の話である。
段々とユーリスの呼吸が早くなっていく。
「ユーリス殿、どうされた?息が荒いようだが?」
――もう誤魔化せないっ!――
ユーリスは立ち上がると、ソファを外れ床に跪いた。
「申し訳ございませんっ!プリエラ様をお預かりしているのも本当ですし、主が世話をかって出ているのも本当です。元気にしていると言う言葉も真実です!ですがっですが!!」
「どうされたのだ?ユーリス殿、そのような格好はお止めください。こちらが世話になっているのです。何故あなたがそのような…」
「び、貧乏なんです。いえ、わけあって小屋で住んでおりますが――」
「小屋?‥‥先程、小屋と申されたか?」
一気にサロンの温度が氷点下に下がり、なんなら吹雪いているのではないか。ユーリスの体感温度は瞬時で凍り付くまでに下がっている。
「ユーリス殿、もう一度聞かせてくれないか。妹は小屋に?」
「は、はい。ですが!小屋と申しましても、その家屋しかなく意外と満喫されていると言いますか、楽しまれていると言いますか…」
「ユーリス殿、私は疑問が浮かんだのだが、伺っても宜しいか」
「はい!なんなりと!」
「妹の世話は誰が?」
「はい。主のマクシムが行っております」
「そうではない。伯爵に世話になっているのは理解した。メイドなどの使用人が行っているのか?」
「いえ、主のマクシムが行っております」
「ユーリス殿。話が進んでいない。伯爵に世話になっているのは理解――」
「ですから!全てです。食事も掃除も全て主のマクシムが行っております!雑用も料理人も掃除夫も、食材の調達も洗濯も火起こしに至るまで全てで御座います」
バンッ!!! 「ヒャウゥ!!」
ソファーテーブルに思い切り拳を叩きつけたラウール。その拳がメシメシと音を立ててソファーテーブルにめり込んでいく。
全く表情のない顔に、地獄の底から響いてくるような低音がユーリスの耳に聞えた。
「殺す」
「ヒャァァ!!お待ちください!主にはまだ死なれては困るのです!!」
「心配するな。逝く時は一緒に逝かせてやる」
――えぇっ?僕も??僕も人数に入ってるんですか?!――
ユーリスは怯える子リスのように胸の前で手を組み合わせる。握っているのがクルミではなく空気だが、その空気は頬が切れそうなほどに冷たくて極寒の地に置き去りにされたような気持ちである。
「お待ちなさい。ラウール」
サロンに入って来たのは、セイレン公爵家当主夫人のファティマだった。
ユーリスはラウールの隣に並ぶファティマを見て少し…少しだけ‥‥漏れた。
「プリエラが面倒を見てもらっているのは事実なのです。ブローチも本物だったのでしょう?ならばプリエラが手紙に書いてきた通り先ずはお話を聞く事を優先ではありませんか?手紙には来るなとは書かれていませんよ?何れは迎えにも行かねばならないでしょう」
「だが、叔母上。小屋に住まうなどあり得ないでしょう」
「ラウール。それは貴方の価値観。貴族だから馬鹿みたいに大きな屋敷に住んでいるとは限りません。使用人すら通いの物が数名の家だってあるのです。ギレイム侯爵家を御覧なさい。自業自得とは言え使用人などいないのですよ。住む場所も荷車の下だったり、屋根のない廃屋という貴族もいるのですから」
ユーリスは聞き覚えのある家名に口から言葉がポロリと零れた。
「ギレイム侯爵?」
<< え? >>
ラウールとファティマ、2人と目線が合ってしまった。
バチっと音がしたような気がして、ユーリスの意識が飛んだ。
心配そうにユーリスの顔を覗き込むラウールに年甲斐もなくユーリスはドキドキした。
心臓が痛すぎる。決して恋ではない。
――本当の事を言ったら、この場で心臓が串刺しになるかも?――
「あのですね…ネイチュア伯爵領にある家?…いえ、家?いえ…」
「領にあるのか。国境に近いな。直ぐにでも――」
「お待ちくださいませっ!!」
行かせてなるものか!ユーリスは両手を前に突き出してラウールの言葉を制した。
冷や汗で脱水をしそうである。座り心地の良いソファが濡れていないだろうか。
「あの、ですね…そのネイチュア伯爵領は自然しか!ない所で御座いまして…お、お、お恥ずかしい話、アルメイテ国でも有数の貧乏いえ、財政逼迫いえ、と、兎に角、主が責任をもってプリエラ様を誠心誠意お世話しておりますのでご安心くださいませ!」
「そうでしたか…判りました。お世話になっているのです。せめて消耗品や妹が使用したリネンなど最低限の物はお返しをさせて頂きたい。直ぐにでも用意をさせよう。荷馬車5、6台にな――」
「お待ちくださいませっ!!」
――荷馬車5、6台?1台分でも入りきりません!――
「そ、そのような事は主も望んでおりません。お気持ちだけで結構で御座います」
「そうなのか…ネイチュア伯爵は寛大なお方だな。だが世話になりっ放しと言うのも貴族としてどうかと思いますので、妹に付いていた使用人は向かわせるように致しましょう。なんせ公爵家でも14、15人の従者、侍女、メイドに何もかもしてもらっていた妹です。いつまでも人員も割いて頂くわけにも参りますまい」
「じゅっ14、15人?!」
「大丈夫です。交代要員もちゃんとこちらで構えますので40人ほどになると思いますが、宿泊先なども早急に手配を致しますよ」
「いえいえいえ!宿泊は無理なんです!間違いなく無理なんです」
――14、15人があの小屋に入ったら崩壊しますし、野宿になります――
誤魔化すのは無理だ!ユーリスは己の限界を感じた。
考えずとも判る事である。世話になっていれば相応の物を礼とするだろうし迎えに行くのも当たり前だ。令嬢が多くの使用人に世話をされているのも当たり前の話である。
段々とユーリスの呼吸が早くなっていく。
「ユーリス殿、どうされた?息が荒いようだが?」
――もう誤魔化せないっ!――
ユーリスは立ち上がると、ソファを外れ床に跪いた。
「申し訳ございませんっ!プリエラ様をお預かりしているのも本当ですし、主が世話をかって出ているのも本当です。元気にしていると言う言葉も真実です!ですがっですが!!」
「どうされたのだ?ユーリス殿、そのような格好はお止めください。こちらが世話になっているのです。何故あなたがそのような…」
「び、貧乏なんです。いえ、わけあって小屋で住んでおりますが――」
「小屋?‥‥先程、小屋と申されたか?」
一気にサロンの温度が氷点下に下がり、なんなら吹雪いているのではないか。ユーリスの体感温度は瞬時で凍り付くまでに下がっている。
「ユーリス殿、もう一度聞かせてくれないか。妹は小屋に?」
「は、はい。ですが!小屋と申しましても、その家屋しかなく意外と満喫されていると言いますか、楽しまれていると言いますか…」
「ユーリス殿、私は疑問が浮かんだのだが、伺っても宜しいか」
「はい!なんなりと!」
「妹の世話は誰が?」
「はい。主のマクシムが行っております」
「そうではない。伯爵に世話になっているのは理解した。メイドなどの使用人が行っているのか?」
「いえ、主のマクシムが行っております」
「ユーリス殿。話が進んでいない。伯爵に世話になっているのは理解――」
「ですから!全てです。食事も掃除も全て主のマクシムが行っております!雑用も料理人も掃除夫も、食材の調達も洗濯も火起こしに至るまで全てで御座います」
バンッ!!! 「ヒャウゥ!!」
ソファーテーブルに思い切り拳を叩きつけたラウール。その拳がメシメシと音を立ててソファーテーブルにめり込んでいく。
全く表情のない顔に、地獄の底から響いてくるような低音がユーリスの耳に聞えた。
「殺す」
「ヒャァァ!!お待ちください!主にはまだ死なれては困るのです!!」
「心配するな。逝く時は一緒に逝かせてやる」
――えぇっ?僕も??僕も人数に入ってるんですか?!――
ユーリスは怯える子リスのように胸の前で手を組み合わせる。握っているのがクルミではなく空気だが、その空気は頬が切れそうなほどに冷たくて極寒の地に置き去りにされたような気持ちである。
「お待ちなさい。ラウール」
サロンに入って来たのは、セイレン公爵家当主夫人のファティマだった。
ユーリスはラウールの隣に並ぶファティマを見て少し…少しだけ‥‥漏れた。
「プリエラが面倒を見てもらっているのは事実なのです。ブローチも本物だったのでしょう?ならばプリエラが手紙に書いてきた通り先ずはお話を聞く事を優先ではありませんか?手紙には来るなとは書かれていませんよ?何れは迎えにも行かねばならないでしょう」
「だが、叔母上。小屋に住まうなどあり得ないでしょう」
「ラウール。それは貴方の価値観。貴族だから馬鹿みたいに大きな屋敷に住んでいるとは限りません。使用人すら通いの物が数名の家だってあるのです。ギレイム侯爵家を御覧なさい。自業自得とは言え使用人などいないのですよ。住む場所も荷車の下だったり、屋根のない廃屋という貴族もいるのですから」
ユーリスは聞き覚えのある家名に口から言葉がポロリと零れた。
「ギレイム侯爵?」
<< え? >>
ラウールとファティマ、2人と目線が合ってしまった。
バチっと音がしたような気がして、ユーリスの意識が飛んだ。
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