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♡初めての寝息

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日没までにはなんとか森を抜け街道に繋がる脇道に出る事ができました。
しかし、街道であれば道幅も広く馬車を引く馬にランプをつけてゆっくりと走らせる事も出来ますが、脇道となると凹凸も多いですし、石が飛び出している事も御座います。

民家も御座いませんが、ここで野宿をする事となりました。
ただ、わたくしは御不浄以外で馬車から降りることは出来ず、小窓から見える焚火の灯りをお兄様、マクシム様、モントさんが交代で消えぬよう見張り、夜明けを待ったのです。

日は昇っておりませんが空が白み始めた頃、わたくしは馬車の座席で横になりウトウトしておりましたが動き出した揺れと車輪の音に目が覚めました。

向かいでは最後の火の番をしていたのでしょう。マクシム様が座ったまま腕を組み目を閉じておられました。起こさないようにそっと毛布を足にかけて差し上げると少し目を開けられます。


「横になってくださいませ。座ったままは疲れが取れません」

「そうだな。ありがとう」


膝枕をして差し上げようとするとマクシム様が座席に横になるなり、両手をわたくしのほうに伸ばされます。

「抱いてないと寝られない」

「座席は寝台よりも狭いのですよ?揺れますし床に落ちてしまいます」

「大丈夫。落とさないから」

「少しだけですよ?」

服を着用されていますので、いつもの感じでは御座いませんがギュッと抱きしめられる感覚にわたくしも安心してしまいます。2カ月と少し、毎日でしたので上下になるのが普通になってしまいました。

「はぁ~気持ちいいなぁ。起きていても夢の中みたいだ」

わたくしを抱いた手の片方をずらして、わたくしの髪を撫でるマクシム様は目を閉じました。

「ごめんなぁ。もっとちゃんとした屋敷で使用人も沢山いて門番もいるような‥‥そんなだったら守ってやれたのになぁ」

確かに普通の貴族の住むような屋敷であればそうだったかも知れません。
ですが、もしそうだったらわたくしは…居られたでしょうか。

牢に入ってからわたくしは、それまで生きてきた時間よりも遥かに短い時間で色んな事を知ったのです。もし何事もなくジョルジュ殿下と婚姻をして、フローネ様と仲睦まじいジョルジュ殿下を見てみぬふりをしながら王妃となり職務に明け暮れる日々を過ごす…それで【生きている】事を実感できたでしょうか。

王子妃教育も王太子妃教育も市井の事など何も学びませんでした。
如何に隙を見せず夜会や茶会で立ち回り、国益に有利な条約や協定を結ぶか。
その為に完璧であれとされてきた教育は本当に知らねばならない事がタブーとされていた気がいたします。

ボンヌ国もアルメイテ国も街の人たちは賑やかでした。
まさに【生きている】と躍動を感じたのです。

なのに市井の事を何も知らない王妃が市井の人々の前に立ち手を振るのは、滑稽にしか思えません。

いつの間にか寝息を立てているマクシム様。
ふと、思えばわたくし、マクシム様の寝息を聞いたのは初めてです。
いつもわたくしが寝入るまでずっと起きていてくださっていたのです。

――お疲れなのですね。ありがとうございます。マクシム様――

初めて触れる力の抜けた腕は、わたくしの力でも外す事が出来ました。
そっと起き上がり、マクシム様に毛布をかけてその寝顔を眺めました。




数回の休憩は馬を休ませるためです。マクシム様は宿場町や休憩所になる村に馬を預けられているようで、公爵家の馬をそこで交換し、また馬車を走らせます。
街道に入れば夜道でも速度は落ちますがゆっくりと進みます。

お兄様とマクシム様、モントさんは2人が御者席に座り、1人は馬車で横になり休憩を取りますが、馬車を止めて馬を休ませる1、2時間の間でもわたくしが馬車から降りるのは御不浄のみ。
既に馬車がガルティネ公爵家の所有する辺境領に入ってもそれは変わりません。
むしろガルティネ公爵家に入った事で、お兄様は御者席に座る時も帽子を深く被り、髪を帽子の中に隠しております。王家の間者が何処に潜んでいるか判らないためだそうです。

お兄様が王都を出て迎えに来て下さったと言う事は、少なくとも3週間弱は屋敷を明ける事になります。動きを監視されている可能性は否定できず、なので夜も馬車を走らせてきてくださったのでしょう。


「あと、2つ峠を超えれば王都の街並みが見えてくる」

少し気が弛んでしまったのかも知れませんし、神様の悪戯なのかも知れません。
馬を交換しようと王都からアルメイテ国方面に向かう際に一番先に訪れる宿場町。わたくしたちから言えば最後の宿場町。それを越せば休憩する村しかないという大きな宿場町まであと少しの所で御座いました。


ヒヒン!!

馬車が止まります。小窓の外を覗けばまだ街道です。
山肌に添った急な曲道をあと幾つか抜ければ宿場町が見える位置で馬車が止まったのです。

馬車内で休憩をしていたモントさんが車内にある緊急時に使用する剣を壁から外しました。
時間的にはもう夕暮れ。空は赤くなり日没までは一刻あるかどうか。

「どうされたのです?」

「対向してくる馬車列…あれはおそらく王家の隊列です」

街道は広いと言っても余裕ですれ違えるほどの幅はなく、片方が待避所に避けてすれ違うのですが公爵家の馬車は一般の馬車よりも幅があるのです。王家の馬車も同じ。

すれ違う時はかなり速度を落としぶつからないようにするのです。
この時間にも移動をするとなれば余程急いで目的地に向かうと言う事。
つまりその隊列はジョルジュ殿下のものだと言う事です。

気付かれれば、ジョルジュ殿下は往来を止めてでも話しかけてくるでしょう。そうなれば対応をせねばなりません。こんな場所でお兄様がいる事自体が怪しんでくれと言ってるようなもの。
しかしお兄様が居なければ何故公爵家の馬車がここにいるのか怪しまれます。

「紋章…抉ってでも外しておくべきだったな」

御者席のお兄様の声が聞こえます。お兄様はモントさんに馬車から降りて馬車と馬を繋ぐハーネスを外すように指示を致しました。

小窓から覗くと数名の騎乗した兵士がこちらに向かってきます。

「お嬢様、合図をするまで絶対に外に出ないでください」

わたくしがコクリと頷くとモントさんは馬車を降りたのです。
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