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♡滑り落ちた奇襲神
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手で耳を塞いでいても聞こえる心臓の音。
モントさんと入れ替わるように馬車に乗り込んだお兄様と向かい合わせに座り、側面の壁に頭をつけ出来るだけ顔が見えぬように寝入っているふりを致しました。
お兄様は扉の取っ手に空になった鞘を貫のように差し外開きの扉が開かないように致しました。
「あと半刻早かったら宿場町でまともに合っていたな。ここで良かったと見るべきか」
宿場町では、2頭の馬を交換せねばなりませんので鉢合わせとなっていたでしょう。
このまま気付かずにいてくれればよいのですが、気付かれた時にどのような態度になる事か。
その時御者席で声が聞こえました。
御者席にはマクシム様とモントさんがいらっしゃいます。こちらに向かってきていた兵士が声をかけたようです。
「この馬車はどの家の馬車だ」
「はい、これはアルメイテ国ネイチュア伯爵家の馬車で御座います」
「アルメイテ国の…なるほど。ボンヌ国に行かれるのか」
「はい、特産品の売り込みをと思いまして」
「屋根の荷物がそれか」
「そうです」
「荷物を検めたいが、よろしいか」
「それは困ります。こんな土埃の多い所で開封をされ、広げられたらもう商売になりません。荷の検品は所定の宿場町で行なうようになっております。それがすぐそこの宿場町。ここでの検品はご容赦ください」
モントさんと兵士のやり取りにわたくしは叫び出したいほどの緊張を覚えます。
ちらりと向かいのお兄様を見れば、こんな怖い表情を見たのは留学先に向かう際にお父様と言い争っていた時以来で御座います。
「直ぐに終わる。全てではない。屋根にある荷のうち1つだ。人が入っていないかの確認だけだ。他の馬車は調べさせてくれたが、見られては困る事情でもあるのか」
「そのような事は。ただ【ここで広げる】のは如何なものかと。検品を拒否しているのではないのです。先程も言ったようにこの先の宿場町では検品を致します。この場所では遠慮いただきたいと申し上げたのです」
「よく判った。アルメイテ国のネイチュア伯爵家と言ったな。このボンヌ国でこの甲冑の紋章を付けた私の指示に従わぬとはゆっくりと話を聞かねばならないようだ。この場で間諜の疑いありとし捕縛をする」
「そんな無茶苦茶です。宿場町では検品をする―――」
「私はボンヌ国王太子ジョルジュ殿下の命により任務を行っているのだ。ここがアルメイテ国であれば良かったのに残念だな。ここではボンヌ国の王太子ジョルジュ殿下が優先をされる」
「判りました。ではご確認ください」
最後にマクシム様の声が聞こえます。
ガタンと音がして馬車が少し揺れます。ドキリと致しましたがおそらくモントさんかマクシム様が御者席から立ち上がり荷を手に取ったのでしょう。
しかし、屋根に積まれた荷は女性用のドレスや下着などの衣類ばかり。
これを商いの荷だと言うには無理があるでしょう。
「プリエラ」
お兄様の声に体が跳ねるくらい驚きましたが【はい】と返事を致します。
「外に出たら私の背から離れるな」
「はい」
ゴクリと生唾を飲み込み、短い返答と小さな頷きを返すとお兄様は屈み気味に身を乗り出し、わたくしの髪を撫でてくださいました。
同時に、兵士の怒声が聞こえます。
「なんだこれは!女もののドレスばかりではないか!しかも装飾に縫い付けられた宝石…かなり買う人間を特定したような物ばかり。伯爵は馬車の中か。出て来て頂こうか」
馬車の周りには人の気配がいたします。それも1人や2人ではありません。
同時に扉を開けようとしたのかガチャガチャと音がいたしますが鞘が使えて開かない事に兵士が騒ぎ始めました。
コンコン
御者席から壁を叩く音が聞こえると馬車が大きく揺れ兵士が剣を構える音がいたします。扉も無理やりこじ開けようとしているのか、剣の刃先が2,3本突き抜けて参りました。
「扉が破られたら、判っているな?」
「はい。判っております」
扉の外では耳を塞ぎたくなるような剣と剣が合わさる音。兵士の断末魔の声が聞こえて参ります。教育の中で護身術を教示頂く際に、騎士団の鍛錬上で聞いた木刀や模擬刀が合わさる音とは明らかに違います。
ガッ!ガッ!ガゴン!!
扉が目の前に吹き飛んで、こちらをみる兵士と甲冑のバイザー越しに目が合った気がいたしました。
ザシュ!!
お兄様の剣が兵士の甲冑、肩口の切れ目に突き刺さり兵士が後ろに倒れて行きます。お兄様に手を引かれステップのない馬車からお兄様が飛び降り、間、髪を入れずお兄様はわたくしの手を思い切り引きました。
ガンガン!!ガギンッ!!
剣の音に視線を移せば‥‥マクシム様を7、8人の兵士が取り囲み波状のように剣を振り被ってマクシム様に斬りかかっております。
「ヒゥッ!!」
マクシム様のすぐ先には先程まで馬車にいたモントさんが血を流し地に目を見開いたまま伏せられております。その目はもう瞬きをする事もない目。
お兄様はわたくしを背に庇い、兵士に剣の刃先を向けて馬の方に歩きます。
たった数歩の距離がこんなに遠いと感じるのは初めてで御座います。
「来たか。手前の馬に乗れ。乗ったら振り返らずに宿場町まで駆け抜けろ。そこに俺のリトルという栗毛の馬を預けてある。11歳の馬だが3歳まで戦場を駆けた馬だ。それなりに走れる」
お兄様と重なるようにマクシム様が兵士の剣を弾きながら仰います。
「判った。直ぐに来いよ。こんな所でくたばったら一生、弟しては認めん」
「承知した。年下の兄上殿。妻を頼んだ」
「頼まれた」
お兄様の言葉に少しマクシム様が微笑んだ気がいたしました。
「鐙に足を掛けたら鞍を引いて飛び乗れ」
「はいっ」
こうなるまで馬車を引いていた馬には騎乗する用ではなく馬車を繋ぐハーネスを止めるための鞍が付けられております。鐙に足を掛けたところでございました。
「逃がすかぁぁ!!」
突然わきから飛び出してきたのは、剣ではなく槍を持った兵士。その槍がわたくしに向かって伸びて参りました。鞍を掴んだ手に力が入り、わたくしはギュッと目を閉じました。
グジュっと鈍い音に、開けた目に入って来たのはマクシム様の背中。そしてその背には脇腹から槍が突き抜けておりました。
ほんの一瞬なのに、長い時間をかけてその光景が何なのか。
認識をするのに時間がかかった気がいたします。
「いやぁぁぁ!!マクシっ!マクシム様ァッ!!」
「プリエラっ。早く乗るんだ!」
「嫌です!お兄様っ!マクシム様がっ」
その間にも、マクシム様とお兄様が兵士の剣を受ける音と一緒に血飛沫を伴って兵士が倒れて行きます。マクシム様は槍が刺さったまま。その槍の長い柄を己の剣で叩き折ると、向かってくる兵士の剣を弾き、兵士を斬り、突いて叫んだのです。
「早く乗るんだ…ラウールッ!プリエラを抱えてッ!早くッ!」
お兄様に抱えられるように馬の背に乗ると、ハーネスを外した馬は前足を大きく上げました。
「逃がすな!」兵士の怒号は止む事が御座いません。
馬の前にいる3人の兵士にマクシム様は斬りかかり、道を切り開いてくださいました。
腹に槍が刺さったまま、馬車を引いていたもう一頭に跨ったマクシム様がわたくしとお兄様の乗った馬を追い越しジョルジュ殿下の馬車を囲む兵に突進していきます。
その背は、家屋の前でお兄様と掴みあいの喧嘩をした時に仰った【アルメイテの奇襲神】そのもので御座いました。わたくし達の乗った馬も速度を上げてマクシム様の馬の後を追います。
騎乗したまま槍を引き抜いたマクシム様の赤い血が風に乗ってわたくしに痕を残します。馬を走らせながらマクシム様が投擲のように槍を投げると兵士で塞がっていた中に道が出来ました。
そこを猛スピードで駆けぬけ、あっという間にジョルジュ殿下の馬車をやり過ごしたのです。
しかし、その先の曲がった道でマクシム様の体が揺れたのです。
「マクシム様っ!!」「マクシムッ!!」
お兄様とわたくしの声が重なります。
道なりに速度を上げて走る馬、手綱から手が離れたマクシム様の体は宙に浮いた後、地に落ち、滑りながら谷に落ちていったのです。
「嫌あぁっ!!放して!お兄様、放して!マクシム様がっ!イヤァァぁ!!」
わたくしはお兄様の体越しにマクシム様が落ちていった谷に手を伸ばしましたが、お兄様は馬の速度を落とす事も言葉を発する事も御座いませんでした。
宿場町に付いたわたくしは、目に映るもの全てが虚無でございました。
マクシム様が仰った通り、リトルと言う栗毛の馬は軍馬だったからでしょうか。
通常なら休憩する地点でも水も飲まず平然と、わたくしとお兄様を屋敷まで力強い歩みで送り届けてくれたのです。
モントさんと入れ替わるように馬車に乗り込んだお兄様と向かい合わせに座り、側面の壁に頭をつけ出来るだけ顔が見えぬように寝入っているふりを致しました。
お兄様は扉の取っ手に空になった鞘を貫のように差し外開きの扉が開かないように致しました。
「あと半刻早かったら宿場町でまともに合っていたな。ここで良かったと見るべきか」
宿場町では、2頭の馬を交換せねばなりませんので鉢合わせとなっていたでしょう。
このまま気付かずにいてくれればよいのですが、気付かれた時にどのような態度になる事か。
その時御者席で声が聞こえました。
御者席にはマクシム様とモントさんがいらっしゃいます。こちらに向かってきていた兵士が声をかけたようです。
「この馬車はどの家の馬車だ」
「はい、これはアルメイテ国ネイチュア伯爵家の馬車で御座います」
「アルメイテ国の…なるほど。ボンヌ国に行かれるのか」
「はい、特産品の売り込みをと思いまして」
「屋根の荷物がそれか」
「そうです」
「荷物を検めたいが、よろしいか」
「それは困ります。こんな土埃の多い所で開封をされ、広げられたらもう商売になりません。荷の検品は所定の宿場町で行なうようになっております。それがすぐそこの宿場町。ここでの検品はご容赦ください」
モントさんと兵士のやり取りにわたくしは叫び出したいほどの緊張を覚えます。
ちらりと向かいのお兄様を見れば、こんな怖い表情を見たのは留学先に向かう際にお父様と言い争っていた時以来で御座います。
「直ぐに終わる。全てではない。屋根にある荷のうち1つだ。人が入っていないかの確認だけだ。他の馬車は調べさせてくれたが、見られては困る事情でもあるのか」
「そのような事は。ただ【ここで広げる】のは如何なものかと。検品を拒否しているのではないのです。先程も言ったようにこの先の宿場町では検品を致します。この場所では遠慮いただきたいと申し上げたのです」
「よく判った。アルメイテ国のネイチュア伯爵家と言ったな。このボンヌ国でこの甲冑の紋章を付けた私の指示に従わぬとはゆっくりと話を聞かねばならないようだ。この場で間諜の疑いありとし捕縛をする」
「そんな無茶苦茶です。宿場町では検品をする―――」
「私はボンヌ国王太子ジョルジュ殿下の命により任務を行っているのだ。ここがアルメイテ国であれば良かったのに残念だな。ここではボンヌ国の王太子ジョルジュ殿下が優先をされる」
「判りました。ではご確認ください」
最後にマクシム様の声が聞こえます。
ガタンと音がして馬車が少し揺れます。ドキリと致しましたがおそらくモントさんかマクシム様が御者席から立ち上がり荷を手に取ったのでしょう。
しかし、屋根に積まれた荷は女性用のドレスや下着などの衣類ばかり。
これを商いの荷だと言うには無理があるでしょう。
「プリエラ」
お兄様の声に体が跳ねるくらい驚きましたが【はい】と返事を致します。
「外に出たら私の背から離れるな」
「はい」
ゴクリと生唾を飲み込み、短い返答と小さな頷きを返すとお兄様は屈み気味に身を乗り出し、わたくしの髪を撫でてくださいました。
同時に、兵士の怒声が聞こえます。
「なんだこれは!女もののドレスばかりではないか!しかも装飾に縫い付けられた宝石…かなり買う人間を特定したような物ばかり。伯爵は馬車の中か。出て来て頂こうか」
馬車の周りには人の気配がいたします。それも1人や2人ではありません。
同時に扉を開けようとしたのかガチャガチャと音がいたしますが鞘が使えて開かない事に兵士が騒ぎ始めました。
コンコン
御者席から壁を叩く音が聞こえると馬車が大きく揺れ兵士が剣を構える音がいたします。扉も無理やりこじ開けようとしているのか、剣の刃先が2,3本突き抜けて参りました。
「扉が破られたら、判っているな?」
「はい。判っております」
扉の外では耳を塞ぎたくなるような剣と剣が合わさる音。兵士の断末魔の声が聞こえて参ります。教育の中で護身術を教示頂く際に、騎士団の鍛錬上で聞いた木刀や模擬刀が合わさる音とは明らかに違います。
ガッ!ガッ!ガゴン!!
扉が目の前に吹き飛んで、こちらをみる兵士と甲冑のバイザー越しに目が合った気がいたしました。
ザシュ!!
お兄様の剣が兵士の甲冑、肩口の切れ目に突き刺さり兵士が後ろに倒れて行きます。お兄様に手を引かれステップのない馬車からお兄様が飛び降り、間、髪を入れずお兄様はわたくしの手を思い切り引きました。
ガンガン!!ガギンッ!!
剣の音に視線を移せば‥‥マクシム様を7、8人の兵士が取り囲み波状のように剣を振り被ってマクシム様に斬りかかっております。
「ヒゥッ!!」
マクシム様のすぐ先には先程まで馬車にいたモントさんが血を流し地に目を見開いたまま伏せられております。その目はもう瞬きをする事もない目。
お兄様はわたくしを背に庇い、兵士に剣の刃先を向けて馬の方に歩きます。
たった数歩の距離がこんなに遠いと感じるのは初めてで御座います。
「来たか。手前の馬に乗れ。乗ったら振り返らずに宿場町まで駆け抜けろ。そこに俺のリトルという栗毛の馬を預けてある。11歳の馬だが3歳まで戦場を駆けた馬だ。それなりに走れる」
お兄様と重なるようにマクシム様が兵士の剣を弾きながら仰います。
「判った。直ぐに来いよ。こんな所でくたばったら一生、弟しては認めん」
「承知した。年下の兄上殿。妻を頼んだ」
「頼まれた」
お兄様の言葉に少しマクシム様が微笑んだ気がいたしました。
「鐙に足を掛けたら鞍を引いて飛び乗れ」
「はいっ」
こうなるまで馬車を引いていた馬には騎乗する用ではなく馬車を繋ぐハーネスを止めるための鞍が付けられております。鐙に足を掛けたところでございました。
「逃がすかぁぁ!!」
突然わきから飛び出してきたのは、剣ではなく槍を持った兵士。その槍がわたくしに向かって伸びて参りました。鞍を掴んだ手に力が入り、わたくしはギュッと目を閉じました。
グジュっと鈍い音に、開けた目に入って来たのはマクシム様の背中。そしてその背には脇腹から槍が突き抜けておりました。
ほんの一瞬なのに、長い時間をかけてその光景が何なのか。
認識をするのに時間がかかった気がいたします。
「いやぁぁぁ!!マクシっ!マクシム様ァッ!!」
「プリエラっ。早く乗るんだ!」
「嫌です!お兄様っ!マクシム様がっ」
その間にも、マクシム様とお兄様が兵士の剣を受ける音と一緒に血飛沫を伴って兵士が倒れて行きます。マクシム様は槍が刺さったまま。その槍の長い柄を己の剣で叩き折ると、向かってくる兵士の剣を弾き、兵士を斬り、突いて叫んだのです。
「早く乗るんだ…ラウールッ!プリエラを抱えてッ!早くッ!」
お兄様に抱えられるように馬の背に乗ると、ハーネスを外した馬は前足を大きく上げました。
「逃がすな!」兵士の怒号は止む事が御座いません。
馬の前にいる3人の兵士にマクシム様は斬りかかり、道を切り開いてくださいました。
腹に槍が刺さったまま、馬車を引いていたもう一頭に跨ったマクシム様がわたくしとお兄様の乗った馬を追い越しジョルジュ殿下の馬車を囲む兵に突進していきます。
その背は、家屋の前でお兄様と掴みあいの喧嘩をした時に仰った【アルメイテの奇襲神】そのもので御座いました。わたくし達の乗った馬も速度を上げてマクシム様の馬の後を追います。
騎乗したまま槍を引き抜いたマクシム様の赤い血が風に乗ってわたくしに痕を残します。馬を走らせながらマクシム様が投擲のように槍を投げると兵士で塞がっていた中に道が出来ました。
そこを猛スピードで駆けぬけ、あっという間にジョルジュ殿下の馬車をやり過ごしたのです。
しかし、その先の曲がった道でマクシム様の体が揺れたのです。
「マクシム様っ!!」「マクシムッ!!」
お兄様とわたくしの声が重なります。
道なりに速度を上げて走る馬、手綱から手が離れたマクシム様の体は宙に浮いた後、地に落ち、滑りながら谷に落ちていったのです。
「嫌あぁっ!!放して!お兄様、放して!マクシム様がっ!イヤァァぁ!!」
わたくしはお兄様の体越しにマクシム様が落ちていった谷に手を伸ばしましたが、お兄様は馬の速度を落とす事も言葉を発する事も御座いませんでした。
宿場町に付いたわたくしは、目に映るもの全てが虚無でございました。
マクシム様が仰った通り、リトルと言う栗毛の馬は軍馬だったからでしょうか。
通常なら休憩する地点でも水も飲まず平然と、わたくしとお兄様を屋敷まで力強い歩みで送り届けてくれたのです。
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