あなたの瞳に映るのは

cyaru

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2:親の因果が子に報う

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レンドン侯爵家は元々は公爵家であり広大な領地で上は王家、下は貧困層にまで程度の差はあるものの農作物を供給する家。

バレリオ様のお母様は出自が平民。
現侯爵が見回りに行った先で恋に落ちたのだという。
文字すら読めない平民を妻とすると言い出した。

当然結婚は周囲から猛反対をされた。

当時公爵家の子息だったバレリオ様のお父様は王女殿下と婚約中で他国に向けても結婚式の招待状を出しており、覆す事など出来ない状況だった。

国王は怒り狂い、どうしてもと言うのであれば当時のレンドン公爵家に対しての優遇措置を取りやめる。つまり今までは値が高くても他国からの輸入よりもレンドン公爵家からの買取を関税をかけてまで優遇してきた事を止めると通告をされたのだ。

輸入品の3倍の値がつく農作物を進んで買おうとする者は少ない。
むしろ、安い輸入品が多く入る事で公爵領では作物を作れば作るほど赤字になる。それほどにレンドン公爵家は優遇されていたし、それに甘えていたのだ。

優遇がなくなれば領民の生活は立ち行かなくなる。
餓死者も数万人を超えて出るだろうし、中には領地を出て他に移り住む領民も多くなる。そうなると受け入れる側の領主は頭が痛い。レンドン公爵家の領地に住まう領民は50万人を下らない。

移り住んだ先で仕事の奪い合いになり、食品なども品薄になってしまう。居住する場所もないことから好き勝手に家を建てられても困る。

何より困るのは粗悪品でも公爵家ブランドで売り出していたため、農夫たちは手抜きの作業。他の領の農夫達と技術面でも労働意欲も雲泥の差があった。

王女殿下との婚姻にケチがついたと見るや逃げ出した領民が流れ込んでくるであろう先の領主は移民を阻止する手立てを打った。レンドン公爵家は四面楚歌となり誰もがこれで「真実の愛」などには諦めを付けるだろうと考えた。

貴族が貴族でいられるのは、領民の為に人生を投げうつからである。そこには恋愛などの感情はなく、領民の為に、ひいては国のためにあるからこそ貴族でいられるのだ。

しかし誰に何を言われてもバレリオ様のお父様は愛を選んだ。
王女殿下との目の前まで迫った結婚式は中止となったのだ。

何と滑稽で素敵な事だろう。
そう、真実の愛の前には他人の命など吹けば消える蝋燭の火と同じ。
そう世間に知らしめたのだから。


バレリオ様のお父様の他の兄弟は公爵家そのものに見切りを付け自ら家を出た。泥船に何時までも乗船する事は出来ないと判断したのだ。

跡取りは1人しかいなくなり愚かな選択だと判っていても先代公爵も飲むしかなかっただろうが、今頃は草葉の陰で唇を噛んでいるだろうか。1つの選択ミスは後々に歪を残してしまう。


だからこそ、財がある者にありがちな「驕り」が芽生えたのだ。


それまでが優遇されていたとは言え肥沃な土地を持つ公爵家。
経営が傾く事はないと高を括っていたが1家、1家と取引から手を引きあっという間に傾いた。

人々は言った。

――言わぬことではない――


婚姻を反故にした事でレンドン公爵家は侯爵家に格下げとなった。
慰謝料を支払うためにレンドン家は半分以上の領地を手放した。

目前で降家先の無くなった王女殿下は遠い国の第5王子に嫁ぎ、今は王子妃となっているが出国をする際には遠回しに貴族として「死ぬよりも辛い目」にあう事も厭わないのだからそれも僥倖と言葉を残した。




子爵に過ぎないマルス家は過去幾度となく陞爵しょうしゃくの話が王家から打診された。海運を生業として堅実な商売をする家で、新たな海路を開いてからはその資産は国が幾つか買えると言われている。

頑として子爵と言う爵位にいたのは下世話な話だが「納税率」だ。
子爵と伯爵では納税率が18%違う。伯爵と侯爵ではさらに15%違うのだ。
マルス家は小さな領地しかなく、税率が上がれば領民への課税も負担となる。

過去に将軍まで拝命した先祖を持ち、その所以で軍港となる港を王家に差し出した功績をもって爵位を据え置いて貰っていたのだ。運送費も貴族や商会からは料金を貰っているが、平民には「ある時払いの催促無し」としている。

疫病が流行っても真っ先に医療品を無償で提供していたので王家も目を瞑っていてくれた。

マルス家に生まれた私に藁をもすがる思いでレンドン侯爵家は婚約を持ちかけた。マルス子爵家に旨味が無かった訳ではない。ただマルス家だけならその旨味は薄かった。

港に行くのにはどうしてもレンドン領を通る必要があった。
迂回をすれば荷を運ぶ日数は倍以上になる。単に日数が倍になるのではなく荷馬車を引く馬も人も数が倍になり、経費が嵩むのだ。それを負担するのは末端の人々。

荷物の到着が遅れるだけでなく価格も値上げになってしまう。
レンドン家は領地が半分以下になり公爵ブランドも消えた。農作物の収入だけでは経営が成り立たないと港までの街道が利用料の値上げをしたのだ。


そしてマルス家が婚約に応じるのであれば他家についても通行料は据え置くと言ってきた。マルス家が条件を飲んだのはマルス家だけの問題ではなかったからである。


農作物の優遇措置が無くなり、通行料で収益を補おうとするのは問題ではない。
それまで農作物の優遇措置があったから通行料に活路を見出さなかっただけで、通行料も規定されている上限いっぱいに設定していて違法ではない。

ただレンドン領が広く、通行料は距離数に応じての金額になるので以前の7倍ほどになるだけだ。他の領で上限一杯に設定している場所がないのは通行するにあたって領内での宿泊や飲食で商隊が金を落とすのを見込んでいるからでありレンドン家はそれは切り離しただけ。

レンドン家は婚約と言う慶事を匂わせながらもマルス家の財産を視野に入れているのは明らかだったが、他家や商人の事を考えればお父様は婚約を飲まざるを得なかった。

想定はしていたが想定を遥かに上回る誤算だったのは、レンドン侯爵家が見た目以上に傾いていた事とマルス子爵家からの金を延々とあてにして改善を見出さない事。

そして何より末っ子で甘やかされてきただけの私がバレリオ様に恋心を抱いてしまったからだ。好いた人に嫁ぐのが子供の幸せになるならと‥‥お父様だけでなく私が家族に負担を強いてきたのだ。




出自が平民であったからこそ、バレリオ様のお母様は厳しかった。

平民だから仕方ないと言われたくなくて、努力をしたのは判る。
「貴族として生まれたのだからこのくらいは出来るでしょう」と私に何度も言った。

6、7歳の私に10歳も年が上の令嬢がこなすカリキュラムを要求したのだ。
彼女も血反吐を吐く思いで習得したのだろう。
生まれがどうでも学ぶ事の大変さは変わらないのに、貴族の生まれであれば出来るだろうという怒声と振り上げられた手が怖くて堪らなかった。

それでも耐えてきたのは‥‥バレリオ様の「僕のお嫁さんになってくれるの?ずっとずっと君のこと大事にするよ」そんな言葉を…こんな簡単に壊れてしまう子供の口約束を信じた結果だった。


いいえ、違う。私がバレリオ様に恋をして愛したから。

ただ、私の抱いた思いとバレリオ様の思いには違いがあっただけだ。
優しい言葉も、温かい手も、透き通るような瞳に映る事もが出来たのも恋や愛からくる思慕ではない。

望まれたのはマルス子爵家の「金」であり、「私」ではなかったのだと今更に気が付いた。

これで4回目の人生。
何も覚えていないなら、同じ轍をまた踏むだろう。

――でも、私には記憶がある――


馬車がマルス家の外門を潜る頃には、もう4度目の思慕すら遠い過去になった。
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