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20:アルバートと名乗る男

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レンドン侯爵家は屋敷が競売に掛けられると途端に静かになった。
連日押し寄せていた借金取りは侯爵夫妻の身柄は抑え、侯爵は酒場の客引き、夫人は娼館の下働きをしているという話も聞こえてくるが私の知った事ではない。

ただ、バレリオ様だけは行方が分からないようで「一番稼げるのに」と破落戸たちを雇い、債権者が探していると言う話も聞こえてくる。

「試しにスブレ子爵の元に行ってみては?」と助言をしてやりたいが、既にマルス家の領地になっているため近いうちにスブレ子爵にも解任の知らせが届き、出て行くだろう。
時間差で債権者たちが徒労に終われば申し訳ないので言うのはやめておく。


今日はカエラお姉様の所にボンドと共にお手伝いである。
婚約は解消できたものの、私に対しての扱いはどの貴族も腫れもの扱い。
茶会に呼ばれれば「お客様」だし、どこか余所余所しい態度で話しかけられてしまう。言葉の裏には興味が見え隠れするのだが、私から愚痴でいいので話をして欲しいという意図が見えるのだ。

リディアお姉様の住まう国への出国も未だに認められないまま時間だけが過ぎていく。苛立つ事はないが思うのだ。「この場所にいる事がこんなにつまらない事だっただろうか」と。

そんな日々を過ごす中でカエラお姉様から手伝いに来てほしいと頼まれたのだ。

カエラお姉様の嫁いだライム子爵家はユーグ商会を通じ売り上げを伸ばしているが、ライム子爵家には居候の扱いなのだ。エルドゥ様は長男ではないので当主ではない。

この際だから平民でも良いので独立をしようとライム子爵家から居候脱却を図る。「いてもいいよ」と言われてはいるようだが、肩身が狭いのは言うまでもない。

ガラガラと走る馬車だがスピードを緩める場所でもないのに馬車の速度が落ちた。

「どうしたんでしょうかね?」
「雨でぬかるんでいるの?でも雨はここしばらく降ってないわよね」

「おい、どうしたんだ?」

ボンドが御者の背にした小さな窓を開けて声を掛けると少し向こうに男性2人と馬が2頭。何かトラブルがあったようだと御者の声が聞こえる。

馬は臆病な動物でもあるので目の前を馬車が音を立てて通り過ぎるだけでも暴れる馬もいるのだ。

速度を落として通り過ぎようとしたのだが、一人の男性が進路を塞ぐように飛び出してきて大きく手を上にあげてこちらに向かって動かし始めた。

「お嬢様、馬車を停めますね」
「判った。気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」

停車した馬車に男性はゆっくりと近づいて御者と話をし始めた。

どうやらライム子爵家を探しているのだが、その途中で馬がハミを嫌がりだしたと言う。御者は「馬の口の中に異常はないか」と問うが、顔に触れさせてくれないのだと。

「お嬢様、少しお待ちくださいね。扉は開けないように」
「えぇ。大丈夫そうなの?」
「おそらく鼻革か頬革がキツイんだと思います。ここから見た感じですけどもね」

馬車が少し揺れて御者が下車したのが判るとボンドと小窓から覗いてみる。
だが角度的に何も見えない。

「見えませんね」

残念そうなボンドの声だが、ほぼ同時に扉がノックされた。
ユーグ商会からの馬車は車高が他の馬車よりも高いにも関わらず、ノックをした男性は小窓にまでしっかり背が届いており、長身である事が伺えた。

ボンドが警戒をしながら扉越しに返事をする。

「はい」

「足を止めてしまい申し訳ない。決して怪しいものではないのだ。それだけは伝えておこうとこのような場所で失礼を承知で声を掛けさせてもらった」

扉の小窓から見える限りでは美丈夫な男性で目鼻立ちもはっきりとしていた。
少し見える襟元や続く言葉使いから高位貴族以上である事も伺えた。

「あ~。これは厩舎に連れて行って歯を削った方がいいですね。よく我慢したなぁ。偉いぞ」

御者の声が聞こえてくる。どうやら馬は歯が人間と違って毎年少し伸びるのだ。草を磨り潰しながら食べるがそれでも噛み合わせが悪くなるとハミを嫌がったりするのである。

だが、こんな場所に歯を削る道具はない。

「ライム子爵家に行くのであればご一緒したらどうかしら」

「ですが…大丈夫でしょうか」

ボンドが警戒をしているのは、腐っても侯爵家のレンドン侯爵家に恩義を感じている者もいる。没落し今は貴族の体を成していなくても傾倒している者が送り込んだ間者でないとも言い切れない。
マルス子爵家とつながりのあるライム子爵家には同様に嫌がらせをするものもいるのだ。

私達の声が聞こえたのだろうか。扉をまたノックする音が聞こえる。

「決して怪しいものではないのです。カドリア王国から来たので…その先触れはないんですけども…身分としては問題ない自信はあります」

自分の事を怪しくないと言う者ほど怪しいものはいないだろう。
だが、御者の声に馬の調子が悪いのは事実のようだ。

「馬には罪はありません。私達は許しが出るまで敷地の中には入りません。どうか馬だけでもお願い出来ませんか。仔馬の時から彼が可愛がっている馬なんです」

男性の声に考え込むボンド。
少し馬車が揺れて御者が御者席に戻った事に御者席の後ろの窓から小声でボンドが問う。

「大丈夫そうか?」

「そうですね。カドリア王国かどうかは判りませんが、かなり長旅をしたのだろうことは確かです。馬は歯だけではなく蹄鉄も少し浮いているので直したほうが良いと思いますが…あと…」

「どうしたんだ?」

「馬の鞍にですね…紋章がありました。ワシかタカ?みたいな鳥が翼を広げているような…何と言ったらいいのかな」

紋章の付いた鞍なら相応に身分のあるものである事は間違いがない。
私の学んだ中ではカドリア王国で紋章が刻印された馬具を使用しているのはカドリア王国の王家若しくは公爵家のみだったはずだ。

「ボンド、小窓を開けて頂戴」

「いいんですか?」

「手が入らない程度でいいわ」


ボンドに頼み、少しだけ小窓を開けて貰うと冷たい風が馬車の中に吹き込んでくる。
小窓越しに私は背の高い彼に話しかけた。

「お困りでしょう?私達もライム子爵家に行くのです。馬は引いて後をついてこられますか?」

「助かる。ありがとう。だがこちらの馬に負荷がかかる。それでも宜しいだろうか」

「貴方の馬も困っているでしょう?そんなに遠くはありませんし」

「恩に着る。本当に助かった。いやぁ朝からこの場所で嫌がって嫌がって途方に暮れていたんだ」


屈託なく笑顔を見せる彼は「アルバート」と名乗った。

公爵家の子息は判らないがカドリア王国の王家であればアルフォンス、ディートヘルム、ジュリアスが王子殿下の名前だったはずだ。

他国とは言え子爵家の馬車がこのような応対をすれば、王族であれば不敬に取られ国際問題になる可能性もある行為だが大丈夫そうにも思える。

だが、この出会いが私の運命を大きく変える事になるとは誰が予想しただろうか。

馬車がゆっくりと先を走り、その後ろを若干早歩きになりながら2人はしっかりとライム子爵家までの道のりをついて来た。
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