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40:ディートヘルムの帰還

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教会から王家宛に1通の書類が届けられた。

配達係に頼んでではなく、直接司祭が王宮にまで手渡しをする為にやって来た事に国王夫妻は驚きを隠せなかった。そしてその書類を見て更に驚いた。

「アルフォンスが結婚?!そんな…いや、まさか!」

王太子の結婚は議会の承認が必要だが、カドリア王国に王太子はいない。
立太子をする前の結婚については形式的に承認が必要ではあるが、義務ではない。

盲点を突かれたような結婚に国王はアルフォンスを呼び出した。


「アルフォンス。彼女は思い人であり、客人ではなかったのか」

「えぇ、そうです。それが何か?」

国王の問いに惚けているのか、それとも知らないのか。
王妃はしばし考えたが、知らぬのであれば問題。だが惚けているのであれば更に大きな問題だときり出した。

「妙な話を聞きました」
「人の口を経由して聞こえてくる話など真偽の程を考えるまでもありません。母上ともあろうお方がそのような噂話を真に受け右往左往したとなればいい笑い者ですよ」

肩を竦め、アルフォンスは王妃を小馬鹿にしような声を出す。

「そう、人の口を伝わってきた話を真正面から信じるものは愚か。だが、アルフォンス。そんな話が聞こえてくる前に対応するのも上に立つ者の役目。彼女はマルス子爵家の令嬢です。彼女の姉の夫はエルドゥ氏。我が国にとっては救世主とも言える農業改革を引き受けてくださった方なのです。聞けば懇意にされている仲と。契約と言えど義妹となるトルデリーゼが不遇を被っているとなれば、その内容によっては違約金を払っても手を引くでしょう。マルス家にとって違約金など痛くも痒くもないという事を考えておるのか?」

「クックック…何を仰るかと思えば。まるで私が彼女を冷遇しているとも聞こえますが。間違いがあります。私達は結婚をしたのです。彼女を迎えに行く際に伝えたでしょう?今はあくまでも政略的なもの。冷遇している様に見えるのは縁起。それに「友人」のままでは妃教育も始められません。どんな理由であれ妃と言う立場になっていれば歯向かう者もいなくなりスムーズに運ぶでしょう?これは私と彼女の取り決めなんです」

「噂されているような事はないと言い切るのですね?」

「当たり前でしょう?私は彼女が望むがままを与えているのです。要望通りのね」

「彼女の要望?お前の願望ではない。そう受け取っても良いと言うのね?」

「勿論。妃教育が終わるまでは両陛下も節度ある対応で彼女と向き合って欲しい。他国の子爵令嬢をちやほやしたり、あれこれと手を貸していれば妃教育も御座なりなもので良いのだと考える不届き者が出るやもしれませんのでね」


国王と王妃はアルフォンスの言葉の真偽を計り兼ねた。
それまでに知るトルデリーゼは決して無理強いをされてカドリア王国に来たとは思えなかった。

王妃から過日話を聞いた国王もトルデリーゼに関する報告書を読み、カドリア王国の妃教育を修了すれば問題ないだろうと結論を付けた。
アルフォンスの客人としての立場だったが、アルマド公爵夫人とのやり取りも聞き、望んで受けていた教育の習熟度などからも相手が息子たちの誰であろうとそこに問題はないと考えたのだ。

何より、マルス家と言えば現状で大陸のなかでも1、2を争う大富豪。
他国で子爵という位置でも実質は公爵。なんならマルス家をカドリア王国に迎え入れても良いとさえ考えた。


「こんな話で呼び出したのですか?では祝福の言葉くらい頂いても…あぁ盛大な結婚式にせねばなりませんね。周りには署名が先か、お披露目が先かなんて関係ないのですからカドリア王国にマルス家の血が入る。それが何を意味するのか知らしめる盛大なものにして下されば、祝いの言葉と代えてもは構いません」


国王と王妃は部屋を出て行くアルフォンスの背を見送る事しか出来なかった。
入れ違うように第二王子ディートヘルムが部屋を訪れた。

3カ月半の予定だったが、予定よりも1か月遅れでの帰還である。
だが、南の最果てにあるルフツ公爵領にまで直接足を運んだものの芳しい成果は得られず肩を落としての報告を持って訪れたのだった。


「ディートヘルム。どうだった」

ディートヘルムは微妙な表情を浮かべる国王夫妻の向かいのソファに腰を下ろした。

「報告の前に、どうなされたのです?城に戻った途端に使用人の間にも何かこう…溝があるような気がしたのですが。先程の兄上と何か関係が?」

「アルフォンスが結婚をしたのだ」

「結婚?!お許しになったのですか?相手は?」

言葉に詰まる国王と王妃。互いに目も合わせず相手の発言を待っているかのよう。
ディートヘルムはまさかと思いつつも相手の名を口にした。

「まさか、マルス家のご令嬢ですか?」

国王は頷く事で返事とした。王妃は視線をディートヘルムの後ろにある壁に向けたままだ。

「そうですか。ですが慶事ですので喜ばしい事ではないですか。では彼女は兄上の宮に移られたのですか」

「いいや。別荘のままだ。宮へ移ったとは誰からも聞いてはおらぬ。それが何よりも‥」

言葉の続きを吐き出す息で終わらせた国王は気を取り直したようにディートヘルムに向かい合った。声の調子を上げ最果てのルフツ公爵領の報告を急かした。

が、今度はディートヘルムが考え込んだ。

「どうしたのだ?報告をせよ」

「いや、父上。先ずは兄上の事だ。妃となる女性を迎えに行きカドリア王国に迎えた。それはいい。だが蓋を開けてみれば結婚の「け」の字もない関係だったではないか。それをいきなり結婚?確かに王太子でなければ婚姻付いては承諾は必要ないが、それでも議会には承諾の場を与えるべきだった。一足飛ばしに婚姻だなどと…。これでは見ようによっては彼女が兄上を唆したと言いだす者もいるやも知れません。今一度保留にし、手を打つべきです」

「だが、誓約書にあったのは彼女の自筆だろう。時折講義の履修度を確認するための書き取りにある署名と文体は同じだ。世話になっているうちに彼女もアルフォンスを好いて友人から前進したと見るのが今は妥当だ」

「ですが、父上。彼女はマルス家の人間。これがもし兄上の策略の中の事であれば一大事となります。慎重に事を運ぶべき案件ですよ?なによりマルス家はこの事を知っているのですか?」

「距離があるからな。知らせに走りマルス家の者たちがカドリア王国に来る頃には…腹に子を宿しているのが判ってもおかしくない時間がかかる。片道2か月。つまり知らせに行くのに2か月、準備をしてこちらに急いで来ても4カ月後にならないと来られないのだからな」

「だとしてもです!子爵令嬢である彼女の両親、そして出自の国の王には伺いを立てるべきです」

食い下がるディートヘルムにはトルデリーゼへの思慕は感じられない。
結婚は結婚で構わないが「順序」を踏めと言っているのだ。国王も王妃もそれはわかる。

特に王妃はあのトルデリーゼが一切をなし崩しに了承したとは思えなかった。
色恋に惑わされ、アルフォンスを心から愛していたとしてもトルデリーゼの性格からしてこの状況になるほどアルフォンスへの愛に溺れたとも考えられない。


「仕方ありません。私の方でも調べてみます。それでルフツ公爵領ですが関税撤廃によりこれまでの収益が見込めない事から果実そのものを売るのではなく、果実酒を造ってはどうかと話を持ち込んでみました。それならば収穫量を落とさずとも良いですし、未熟なままで出荷し輸送中に色付きを待つ事もありませんから」

「で?どうだった」

「良い返事は得られませんでした。今度のネックは酒税です。過去に酒に依存する者に対しての措置として引き上げた酒税が現状のままであれば果実酒を造る事は出来ないと。その為の工場を建設する必要もありますし機材も必要になります。今の段階でその投資をすることは出来ないと。試験的に民家で作る事が出来るような小規模なものは王子の権限で許可を出してきました。ルフツ公爵家には申し訳ないですが末端の領民にはそれで日銭が稼げるでしょうから」


礼をしてディートヘルムが部屋を出て行く。

「頭の痛い事ばかりだな」ポツリと国王が呟いた。

強引にも法を布き従わせるアルフォンスは結果が出るのが早い。不具合は進みながら是正していくタイプだ。反対にディートヘルムが足元を固めて方なので結果が出るのは遅い。

どちらが民にとって良いか。一概にどちらとも言えないのだ。
求められる事象にはケースバイケースで対応をせねばならない。

「王が2人で良いなら越した事はないのだが」

夫である国王のボヤキを背に受け、王妃は独断で自身の間者をアルフォンスに出す事を決めた。腹を痛めて産んだ我が息子の所業を自らが暴かねばならないなど考えても見なかった事だった。
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