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37:2つの取引①
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「あぁ、トルデリーゼ。この腕の中にトルデリーゼがいるなんて」
恍惚とした表情を浮かべ、アルフォンスはトルデリーゼの背に回した手を撫でるように添わせ頬を包んだ。
「わたくしは客人としてカドリア王国に来たのです。滞在日数が長くなればこうするのがカドリア王国の流儀なのですか?」
アルフォンスを突き飛ばしもしないが、挨拶だとしても手はだらりと下がったままのトルデリーゼは冷たい声でアルフォンスに言い放った。
「いいね。トルデリーゼ、君はそうでなくてはダメだ。私の心をそうやって鷲掴みにして翻弄の限りを尽くす君の事をその心ごとあげるよ。愛しているんだ。君無しでは生きていけないほどに」
「なら死んでしまえば宜しいのでは?わたくしは貴方無しでも生きて行けますから」
「そんな強がりもまた可愛くて堪らないが、これを見ても同じ事が言えるか?」
「何を‥‥えっ?!」
まるでこれから始まるショーを案内するかのようにアルフォンスは片手でトルデリーゼに「これ」と言った内容を示した。そこには別荘の使用人とは違う屈強な男に後ろ手に拘束され、口枷を付けた侍女リゼルがいた。
男の容貌からすると、第一王子に仕える間者であろうことは直ぐに解った。
温度の無い瞳は目の前の光景が異質である事すら異質と感じない。
思考さえも「勤務中」は捨てている目だった。
「トルデリーゼ。取引をしようじゃないか」
「最低な男だわ。こんな事をしなければ何も出来ないの?!」
強い口調で今度こそアルフォンスを突き飛ばし、睨みつけるトルデリーゼにアルフォンスの心は益々昂った。
「どうとでも?どうする?取引をする?今日は幾つかの取引を君としたいんだ」
「幾つかですって?」
「うぅぅー!うぅっ!うぅぅーッ!」
体と伝えられる言葉は拘束されてもリゼルは自由になる頭を大きく横に振ってトルデリーゼに「話に乗るな」と大きな拒否を目に涙をためて訴えた。
「五月蠅いな…折角トルデリーゼの心洗われるような言葉が聞けたと言うのに」
アルフォンスが憎悪の視線をリゼルに向けた。
トルデリーゼはアルフォンスの発する言葉一つでリゼルの身に危害を加えられる事は避けたかった。
「リゼルには何もしないで。出ないと取引には乗れないわ」
「良い心掛けだね。気持ちよく承諾してくれて嬉しいよ」
「で?早く終わらせたいわ。リゼルの体はデリケートなのよ。話を進めて」
「あふっ‥‥色々と漏れそうだが…解った。では最初の取引だ。私はその五月蠅い侍女が商品。君の商品は私の妻になる。その承諾と届けへのサインだ」
「こんな事で結婚?あなた正気なの?妻という立場の人間が欲しいならいくらでもいるでしょう?!」
「それがいないんだ。私の全てを満足させるとなれば…君しかいない」
アルフォンスは手を伸ばし、トルデリーゼの頬に手の甲を這わせた。
背中に毛虫を放り込まれた方がまだ心地よいと感じそうな不快感がトルデリーゼを襲う。
ゾワゾワとする感触にその手を払い除けた。
<< アァッ!やはりこの痛みは脳天を突き抜ける快感だ >>
ジワリとトラウザーズが湿るアルフォンス。
リゼルは更に大きく首を横に振るが、男はそんなリゼルの手を更に締め上げた。
トルデリーゼはリゼルに向かって小さく頷き、微笑んだ。
「判ったわ。取引成立よ。リゼルを解放して」
「サインをくれたらね」
「いいわ。サインをすればリゼルを解放するのね?ならサインするわ。だけど先に言っておくけれど心は貴方の物にはならないし、閨も共にはしない。あくまで書類上の関係。これが譲歩できる最大限よ」
「僥倖だ。君の方から私が欲しいと強請るようになる日を待てば良いだけだ」
アルフォンスの差し出した婚姻の誓約書にトルデリーゼはペンを握りながら思った。「この事を国王陛下は御存じなのかしら?」と。そしてカドリア王国に来るにあたっての確約を書いた書面でサインをしても無効に出来るのではと考えた。だがアルフォンスはその考えも見透かしたように薄ら笑いを浮かべた。
「元々君は私の婚約者として、妃となる者として父上には話を付けていた。君の駄々によって友人などという曖昧な立場になったが、男を困らせるのは女の常套手段だ。婚姻には何の問題もない」
「友人としてという確約をしたでしょう?書面にもしたわ」
「これは脅迫され強制的に書かざるを得なかったと言い出すつもりかい?私がそんな甘い男と考えてくれているのなら、それはそれで嬉しい事だが…ふふっ君は詰めが甘い。そんな書面はこの世のどこにも存在しない。確証の無い事を言い出しまた私を振り回すのか?」
「何ですって?まさか‥‥盗んだの?」
「盗むだなど人聞きの悪い。そんなものはない。そう言っているだけだ」
アルフォンスの自信満々な話しぶりからして、本当にあの書類はもう存在しないのだろうとトルデリーゼは悟った。
同時に勝手に持ち物を物色したのだと考えると、それだけで済んだのだろうかと思案した。
だが、王子という立場からすれば部屋にある物で手にする事が出来ない物などないに等しい。女装の趣味があればドレスを欲するだろうがアルフォンスとは体格差があり、トルデリーゼの衣類で着られる物などないはずだ。
「考え事とは私が目の前にいると言うのに随分と余裕があるね。余裕があるのは良い事だが早くサインをしないと侍女の腕が使い物にならなくなるよ?それと次の取引を進めたいんだが」
「次?なら先にリゼルを解放しなさいよ。結婚の誓約書にサインはするわ。カドリア王国に来る時に交わした約束事を書いた書面もないのでしょう?なら届け出れば婚姻が覆る事はないという事よ」
トルデリーゼは結婚誓約書に自身の名前を署名した。
書き終わった後のペンをアルフォンスに差し出し、リゼルを見やった。
恍惚とした表情を浮かべ、アルフォンスはトルデリーゼの背に回した手を撫でるように添わせ頬を包んだ。
「わたくしは客人としてカドリア王国に来たのです。滞在日数が長くなればこうするのがカドリア王国の流儀なのですか?」
アルフォンスを突き飛ばしもしないが、挨拶だとしても手はだらりと下がったままのトルデリーゼは冷たい声でアルフォンスに言い放った。
「いいね。トルデリーゼ、君はそうでなくてはダメだ。私の心をそうやって鷲掴みにして翻弄の限りを尽くす君の事をその心ごとあげるよ。愛しているんだ。君無しでは生きていけないほどに」
「なら死んでしまえば宜しいのでは?わたくしは貴方無しでも生きて行けますから」
「そんな強がりもまた可愛くて堪らないが、これを見ても同じ事が言えるか?」
「何を‥‥えっ?!」
まるでこれから始まるショーを案内するかのようにアルフォンスは片手でトルデリーゼに「これ」と言った内容を示した。そこには別荘の使用人とは違う屈強な男に後ろ手に拘束され、口枷を付けた侍女リゼルがいた。
男の容貌からすると、第一王子に仕える間者であろうことは直ぐに解った。
温度の無い瞳は目の前の光景が異質である事すら異質と感じない。
思考さえも「勤務中」は捨てている目だった。
「トルデリーゼ。取引をしようじゃないか」
「最低な男だわ。こんな事をしなければ何も出来ないの?!」
強い口調で今度こそアルフォンスを突き飛ばし、睨みつけるトルデリーゼにアルフォンスの心は益々昂った。
「どうとでも?どうする?取引をする?今日は幾つかの取引を君としたいんだ」
「幾つかですって?」
「うぅぅー!うぅっ!うぅぅーッ!」
体と伝えられる言葉は拘束されてもリゼルは自由になる頭を大きく横に振ってトルデリーゼに「話に乗るな」と大きな拒否を目に涙をためて訴えた。
「五月蠅いな…折角トルデリーゼの心洗われるような言葉が聞けたと言うのに」
アルフォンスが憎悪の視線をリゼルに向けた。
トルデリーゼはアルフォンスの発する言葉一つでリゼルの身に危害を加えられる事は避けたかった。
「リゼルには何もしないで。出ないと取引には乗れないわ」
「良い心掛けだね。気持ちよく承諾してくれて嬉しいよ」
「で?早く終わらせたいわ。リゼルの体はデリケートなのよ。話を進めて」
「あふっ‥‥色々と漏れそうだが…解った。では最初の取引だ。私はその五月蠅い侍女が商品。君の商品は私の妻になる。その承諾と届けへのサインだ」
「こんな事で結婚?あなた正気なの?妻という立場の人間が欲しいならいくらでもいるでしょう?!」
「それがいないんだ。私の全てを満足させるとなれば…君しかいない」
アルフォンスは手を伸ばし、トルデリーゼの頬に手の甲を這わせた。
背中に毛虫を放り込まれた方がまだ心地よいと感じそうな不快感がトルデリーゼを襲う。
ゾワゾワとする感触にその手を払い除けた。
<< アァッ!やはりこの痛みは脳天を突き抜ける快感だ >>
ジワリとトラウザーズが湿るアルフォンス。
リゼルは更に大きく首を横に振るが、男はそんなリゼルの手を更に締め上げた。
トルデリーゼはリゼルに向かって小さく頷き、微笑んだ。
「判ったわ。取引成立よ。リゼルを解放して」
「サインをくれたらね」
「いいわ。サインをすればリゼルを解放するのね?ならサインするわ。だけど先に言っておくけれど心は貴方の物にはならないし、閨も共にはしない。あくまで書類上の関係。これが譲歩できる最大限よ」
「僥倖だ。君の方から私が欲しいと強請るようになる日を待てば良いだけだ」
アルフォンスの差し出した婚姻の誓約書にトルデリーゼはペンを握りながら思った。「この事を国王陛下は御存じなのかしら?」と。そしてカドリア王国に来るにあたっての確約を書いた書面でサインをしても無効に出来るのではと考えた。だがアルフォンスはその考えも見透かしたように薄ら笑いを浮かべた。
「元々君は私の婚約者として、妃となる者として父上には話を付けていた。君の駄々によって友人などという曖昧な立場になったが、男を困らせるのは女の常套手段だ。婚姻には何の問題もない」
「友人としてという確約をしたでしょう?書面にもしたわ」
「これは脅迫され強制的に書かざるを得なかったと言い出すつもりかい?私がそんな甘い男と考えてくれているのなら、それはそれで嬉しい事だが…ふふっ君は詰めが甘い。そんな書面はこの世のどこにも存在しない。確証の無い事を言い出しまた私を振り回すのか?」
「何ですって?まさか‥‥盗んだの?」
「盗むだなど人聞きの悪い。そんなものはない。そう言っているだけだ」
アルフォンスの自信満々な話しぶりからして、本当にあの書類はもう存在しないのだろうとトルデリーゼは悟った。
同時に勝手に持ち物を物色したのだと考えると、それだけで済んだのだろうかと思案した。
だが、王子という立場からすれば部屋にある物で手にする事が出来ない物などないに等しい。女装の趣味があればドレスを欲するだろうがアルフォンスとは体格差があり、トルデリーゼの衣類で着られる物などないはずだ。
「考え事とは私が目の前にいると言うのに随分と余裕があるね。余裕があるのは良い事だが早くサインをしないと侍女の腕が使い物にならなくなるよ?それと次の取引を進めたいんだが」
「次?なら先にリゼルを解放しなさいよ。結婚の誓約書にサインはするわ。カドリア王国に来る時に交わした約束事を書いた書面もないのでしょう?なら届け出れば婚姻が覆る事はないという事よ」
トルデリーゼは結婚誓約書に自身の名前を署名した。
書き終わった後のペンをアルフォンスに差し出し、リゼルを見やった。
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