あなたの瞳に映るのは

cyaru

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47:リディアからの手紙

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「柑橘系でしょう?ならば敢えてレモンの果汁を加えてみては?」
「レモン?酸っぱさが問題なのに?」
「だからよ。あとは皮は10日から2週間で取り出して、種も出来るだけ取り除いたほうが苦みはかなり抑えられると思うわ」

「試してみよう。君に相談をすると何でも解決するような気がするよ」
「買い被りです」


ディートヘルムは販売経路を確立する前に、肝心の商品である果実酒の製造に悩んでいた。飲めなくはないが二度目を買おうとは思わない。試飲したあと誰もが口を揃えるのだ。それでは商品としては売り出す事が出来ない。

果物として販売が出来なくても「果実酒」「ドライフルーツ」として加工し売り出す事で日持ちがするようになり携帯も出来るようになると、考えたのだ。

「竈の熱を利用してはどうかしら?夕食を調理したあとはもう薪を足さないからじんわりと炭が灰になっていくその余熱なら熱すぎず、適度な温度が乾燥させる時間だけは保てるはず」

「だが、その為に竈に熱を造る必要がある。それは何かに利用できないだろうか。家庭なら調理と出来るが売り出すための品を作るとなれば毎回料理というのはあり得ない」

「では、温水を利用して野菜を育てるのはどうかしら?あ、お湯をかけるのではなく野菜を育てるための畝を建物で覆い、その中の空気を温めるために使うのよ。果実だけでは収益も上がらないでしょうし、温室とする事で年中作物が育てられるようになる。どうかしら」

「いいね。試してみよう。建物の素材は…」

「蓄熱を考えるなら石、レンガ。木材はそれで乾燥を促してしまうから隙間が出来るかも知れないし、今の段階では竈の熱、つまり燃焼させるわけだから火災の可能性もあるから木材はやめておいたほうが良いわ。革新的な技術が確立されれば試す価値はあると思うわ」

事実その通りでドライフルーツについてはカドリア王国ではなく、海の向こうの国では予約待ちとなった。関税が撤廃されたのは「果実」であり加工品は除外される。
この事で元々の販売先に商談を持ちかけ、持ち直した家も増えてきた。



だが、王太子妃となったトルデリーゼは腫れもの扱いとなり、話しかける貴族もいない。
相変わらずアルフォンスの別荘から王宮に出向く王太子妃は王太子用の宮にも立ち入りを禁止されているとまで言われ出した。

実際はトルデリーゼが宮に入る事を拒否している。
アルフォンス自身も宮には「公妃」となる女性を連れ込んでいるため、ホーデック侯爵令嬢と繰り広げられていた痴態を夜まで見せられると思えば離れている事で嘲笑される方がずっと楽だ。

別荘の使用人達は相変わらずで、トルデリーゼはカドリア王国に来た時よりも体重は10キロほど減ってしまった。それでも王宮に来るのは、父からの便りが何かに紛れて届く可能性があるためだ。

王太子妃になった頃、上から2番目の姉リディアから手紙が届いた。
その手紙を持って来てくれたのはディートヘルム。

アルフォンスが王太子となり、ディートヘルムは王弟への道しかないと思われていたが数少ない味方となってくれる貴族と共に、来るべき日に起こす「どんでん返し」をまだ諦めてはいなかった。

「私宛の書簡の中に紛れ込んでいた」

「殿下宛の書簡に?」

しかし、差し出された封書の宛名は聞いた事もないような男性の名前宛で、差出人もポムス商会となっており、ユーグ商会を手伝ったことは有るが、聞いた事もない屋号だった。

――どうしてこれが私宛だと思えるのだろうか――

そう思いながらもペーパーナイフで封を切り、中の便箋を取り出し開いてみた。

「これは!」

「良かったよ。やはり君宛で間違いなかったようだ」

ルディへと書き出しのある手紙は姉のリディアからのものだった。
ディートヘルムを思わず見てしまったトルデリーゼだが、ディートヘルムは小さく頷き、「今でもガマが必要なら言ってくれ」と部屋を出て行った。

リディアからの手紙は、先ず手紙を読んだら焼却するようにと書かれていた。
そして、ディートヘルムの働きかけでリディアの嫁いでいった国の皇太子もトルデリーゼの状況を鑑みてアルフォンスが国王となった時は、アルフォンスが国家間の交渉をしたように関税の交渉を持ちかけ、譲歩を引き出すと書かれてあった。

――ディートヘルム様は味方だったという事なの?――


互いに思慕の感情はなく、ディートヘルムは責任感からの行動。
その目的が離縁が出来るよう法を制定するためとリディアの手紙で知ったトルデリーゼは既に立ち去ったディートヘルムの後姿を思い浮かべ、頭を下げた。





国王により貴族の中で囁かれる噂は表立っては聞こえなくはなかったが、国王自らが否定に乗り出せば違った意味でも注目を浴びてしまう。

エルドゥの見せた成果があってもディートヘルムが推進するそれまでの農業でも売る品を変える事で収益を齎す事が出来ると実証された事は、王太子となったアルフォンスに焦りを促した。

回廊を歩いていくトルデリーゼを執務室から見下ろし、さっぱり向けてくれなくなった視線を求めより強い刺激をと公妃も迎えた。だが吐精をしても思うような満足感は得られない。

あの日、トルデリーゼを押し倒したまではよかったが「純潔が欲しいならくれてやる」と最後に口角を上げたあの口元が忘れられない。
隣で寝落ちした裸婦がただの肉の塊に見え、昨夜の行動を思い出し嘔吐をしてしまう。

また窓の外から聞こえてくる声にアルフォンスは視線を落とした。

「見て、幽霊王太子妃様よ」
「恥ずかしくないのかしら?あぁそんな感情勘定は請求書にあるのかしらね」

――私の妃なのだ。何を聞いても表情を変えないが心は叫び声をあげているのだ――

声は聞こえているだろうに凛と背を伸ばし歩いていくトルデリーゼを見てまた快感に襲われ、気持ちが昂る。側に置いた公妃を椅子に座った自身に跨ぐように伝えて鎮めさせる。

――あぁ…あぁ…トルデ――

「リーゼっ!」

今、まさに根元まで押し寄せた快感が一気に萎んだ。
跨った公妃を撥ね退け、半裸で窓に齧りつくとそこにはトルデリーゼに駆け寄るジュリアスの姿があった。

間も無く14歳となるジュリアスは剣の鍛錬を欠かさなかった事もあるが、上背だけならアルフォンスとさほど変わらないまでに背が伸びた。

少年から青年への切り替わりとなる思春期を迎え、その容貌は父にも似てきたが、何よりアルフォンスを苛立たせるのは兄弟だからか自分にも似てきた事だ。

40歳を迎えるまでにあと少し。同じ時を過ごせばジュリアスは15歳、16歳。
アルフォンス自身、自分は何でも出来るとまるで無敵のように考えていた年代なのだ。

26歳となったトルデリーゼは益々の女盛りで年相応の色気も加わった。
 
――私の妃だ!触れるな!――

窓から身を乗り出すようにジュリアスに向かって怨念を向けるが、ジュリアスはトルデリーゼに二言三言話しかけるとあの白く、細い手を取って陽だまりに歩き始めた。

ジュリアスの顔がアルフォンスのいる窓に向けられ、ニヤリと笑うのが見えた。
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