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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 本当に、わたしを3年前に時戻しをさせようとしたのなら、もっと上手くやれたはずだ。

 わたしの性格を理解していたようだったし、あしらいかたも上手い。
 わたしが弱いところも喜ばせ方も、わたし本人より熟知してるのに。

 それなのに、このひとは……!
 わたしが馬鹿みたいに拗ねたら、直ぐに撤回した……
 そうなるかも、と最初から覚悟していたみたいに!



「オル、貴方がさっき言ったのよ?
 時戻しは最長7年だ、って。 
 つまり、7年だったら安全性は確証されているんでしょう?
 だったら、普通は先ずは7年戻る、それから魔力の回復を待って更に6年戻る。
 それで13年になる。
 帰るのも同様に、2回に分けて帰る。
 それなのに、貴方はそうしなかった。
 1回で13年前に行けないのなら、せめて10年前に戻ってわたしを事故から救うことにした。
 そして、もしもわたしを説得出来たら、貴方は10年後に時送りの魔法で帰るつもりだった」

「……」

「2回に分けて、13年前に戻れなかったのは。
 術者本人が時戻し時送りを行える回数を予め決められているからじゃないの?
 何回でも行えたら、やがて術者は自分を万能だと錯覚してしまうから。
 神の領域を侵そうとする術者がかつて居たから。
 時戻しを行う前に魔法士の誓いを立てさせられていると言ったわね?」 
  

 わたしは人が何気なく言った言葉が耳に残ってしまう。
 だから、本人は掘り下げて話すつもりがなかったことまで、後から尋ねてしまうことがある。 
 今回もそれが当たったようで、本当に本気でオルは嫌な顔をした。


 それは『バレちゃったかー』的な、少し照れたような微笑ましいものじゃなくて、わたしを睨み付けるような、怖い顔だった。

 これがオルがわたしに絶対に知られたくなかった、時戻しの魔法のカラクリなんだ。

 オルが初めて見せた怖い顔に、わたしは負けない。
 睨んでも、続ける。


「その誓いは破ると命はなくなる、とフィリップスさんも言っていた。
 貴方はそれなのに、わたしを説得することを諦めて、黙ったまま命懸けで3年前にまた戻ろうとしてる。
 それで? 行けば貴方はどうなるの?
 16のわたしに会って、シドニーには近付くな、と話した後、貴方はどうなるの?
 時戻しを2回してしまったんだから、時送りはもう使えなくなって、23歳だった13年後には戻れなくなって、死ぬまで居続ける?
 10歳のオルも存在しているのに、23歳のオルがずっと存在することを神様が許すとは思えないけど?
 それとも、2回目の時戻しの後に誓約が発動して直ぐに死んでしまうの?
 そんなことになったら、16のわたしには会えなくて、無駄死になるわね?」

「ディナ!
 いい加減にその口を閉じてくれ」

「いいえ、黙らない!
 貴方のその自己犠牲の精神はご立派過ぎて、わたしには理解出来ない。
 賭け、って何なの!
 王族も動かせる貴方の命を懸ける価値が、わたしにあるの?
 29歳のわたしが、帰ってこない貴方を想ってどれ程悲しむか考えないの?
 いつか貴方に会えると信じてる16歳のわたしが可哀想だとは思わないの!
 分かる範囲なら話す、と言ったわ!
 早く答えなさい!」


 いくら、言いたいことは黙っていられない性分のわたしでも、人に対して、年上の男性に対して、ここまで喧嘩腰で大声をあげたことはなかった。
 それ程わたしは腹が立って。
 腹が立っていたのだ。


 わたしの物言いに我慢がならなかったのか。
 すっと怒りを収めて無表情になったオルが、わたしに手を伸ばしてきた。
 彼のような美しいひとが無表情になると、人間味がなくなって本当に怖い。

 わたしはどれ程オルを怒らせたいのか。
 彼がわたしの方へ伸ばしてきた手を叩き落とした。
 その手が何をしたかったのか、分からないまま。

 怒りに任せて、殴ろうとしたのか。
 抱き寄せて、なだめて誤魔化そうとしたのか。




「……ディナ、もういい、泣くな」

「泣いてない!」

「君は……本当に君は憎らしい程、頭も口もよく回る。
 こんなに生意気で面倒くさいディナには、その価値はあるよ」


 そう言われて、また伸ばしてきた手を受け入れたわたしは本当に簡単な女だ。
 オルはわたしの涙を拭おうとして、手を伸ばして来ていた。



「これから3年前に戻ってからどうなるのか、俺にも分からないから何も答えられない。
 それこそ戻ってきて、それを報告した魔法士が居ないからだ。
 直後に消滅するのか、神に疎まれ続けながら生きていけるのか。
 確かなのは、もう戻れないことだ。
 俺は29の君の元にはもう戻れない」

「だったら、もう一度わたしに頼んだら?
 今だったら、3年前に戻って16のわたしをやり直すから!」


 オルが消えてしまうのは耐えられない。


 わたしを死なせないために、簡単にそれを選択する彼が。
 わたしは許せない。
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