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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 これこそがオルの上手なところなんだ、と言う人は居るだろう。

 ジェラルディン・キャンベルは厄介な性格だ。
 自分が納得しなければ動かない。
 自分で頭も口も回る、と思ってる小賢しい小娘。


 ちょっと自分の顔がいいから。
 その顔にわたしが弱いから。
 それに加えて、大事なキーワードをさりげなく。
 会話のなかに混ぜて聞かせて。

 わたしが『それ』に気が付くように誘導した。
 わたしを思い通りに出来るように。


 オルシアナス・ヴィオンは、まんまとわたしの方から時戻しの魔法を掛けて、と頼ませることを成功した、と。



「どうしたの?
 これが貴方の本当の目的、だったんでしょう?
 言えばいいの、今なら簡単にわたしは頷くから。
 『もし過去の時間をやり直したいなら、1度だけになるけれど、叶えてあげる』って」


 オルが再び、わたしを睨んでいる。
 彼はわたしの涙を拭ってくれたけれど、今は離れて。
 それ以上触れては来なかった。



 こんなはずじゃなかった。
 こんな、まるで不倶戴天の敵同士のように睨み合って、対立しているふたり。



 ここは『ありがとう。がんばってね』とさっさとわたしを3年前に送り込めばいい。
 得意の耳当たりの良い言葉と、最後に甘いキスのひとつでも贈れば。

 それから貴方は時送りの魔法で10年後に戻り。
 モニカの毒を飲まなかったわたしを抱き締めて。
 ただいま、と言えばいいの。



「男のくせに泣き虫ね。
 泣き黒子のせい、にしないでね」

「……泣いてない」

「早くして。
 ぐずぐずしてたら、10年後のわたしが死んじゃう」

「……やる気なしの怖がりなくせに無理するな」

「いいえ?
 今は楽しみなくらい。
 モニカとシドニーを、わたしの手でぶっ潰せる機会をくれてありがとう!と思ってるくらいだから、早くして」


 わたしは怖い顔をしていたのを止めて、笑顔を見せてあげたのに、反対にオルはますますわたしから離れる。

 無詠唱で3年前に。
 これは逃げる気だ、と思った。
 咄嗟に足が動いて、手が伸びた、彼の方へ。

 自分でもどうしてそんなに素早く動けたのか分からない。
 一気に近付いたわたしを巻き込むことを恐れたのか、オルが静止して。
 わたしがオルのバスローブの端を掴まえることに成功した、その時だった。


 またもや、わたしの部屋のドアが強く叩かれた。
 あのジャガイモが、性懲りもなくまた来たのかと思った。 

 オルもそう思ったのか、今度こそ手を出しそうな勢いで彼がドアを開けたら、そこに居たのは息も絶え絶えなフィリップスさんだった。


「あ……あ……あぁー、よかった……ヴィオン、まだ居た……」

 まだ居るんだ、と怒られるのではなく。
 どうして、居てよかった?


 余程急いで来たのか、11月だと言うのに、フィリップスさんは汗を流して。
 ネクタイは捩れて、ハットもステッキも無し。
 紙袋ひとつだけを手にしている。

 オルが差し出した冷たい水を一気に飲み干したフィリップスさんはわたしに言った。


「クレイトンへの17:30発最終便の席を取りました。
 90分後に迎えのキャリッジも予約済みです。
 大学への休みの届けは、明日早々にすれば良いので、貴女は取り敢えず、2、3日分の荷物を作ってください」


 これから最終便でクレイトンへ帰る?
 母には夜に電話を入れたらいい、と言っていたんじゃ……



「リアン……フロリアン君が意識不明だ、とさっき電話が来て……。
 至急、ノックスヒルに戻り、ご両親を支えてあげてください。
 ヴィオン、着替えに適当に僕の服を持ってきた。
 下着と靴下だけは新品だ。
 だが靴だけはサイズが分からないから、紳士用のルームシューズを入れている」 


 リアンが意識不明?

 立ち竦むわたしを支えようとしたオルに、フィリップスさんが紙袋を押し付けた。




 ちゃんと状況理解が出来ないまま、とにかくフィリップスさんの言うことに従えばいいのだ、と思い始めたわたしの肩を抱いたオルが。


「まさか今日……」


 呆然として、そう呟いたのを聞いた。

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