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わたくしの事情

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「オフィリア、逃げるのか!」
「逃げるも何も。先ほどから殿下方とお話をされているようですが、わたくしはどのような内容か聞いておりませんし、ここまで聞こえてきておりませんから、知りようがありません。それに、もし機密扱いのお話でしたらどうするのですか? 。そのお話が広まった場合、あなた様に責任が取れるのですか?」
「ぐっ……」

 何の感情も乗せることなく、淡々と指摘すれば、兄は黙りました。ただ、わたくしのという含んだ言い方に、殿下方が意外そうといいますか、若干お顔が厳しくなっております故、兄や妹の態度に違和感を感じたのかもしれません。

「別に機密の話ではないが……」
「だったらここで話しても問題ないではありませんか、殿下」
「そっ、そうですっ! わたしの持ち物や制服、そしてお姉様のそのお姿についてなのですもの!」
「あとはどうしてこのクラスにいるかだ! どうせ不正したのだろう!」

 二人の言い分に……特に、兄が言い放った「不正したのだろう」という言葉に、殿下たちは不愉快そうに顔を顰めます。もちろん、こちらを窺っているクラスメイトも同じ顔をしています。
 当然ですわね。実力で試験を突破したのに「不正した」と決めつけ、このクラス全員を侮辱したのと同じことですから。
 ああ、なるほど。わたくしが皆様と違う格好をしているから、それを言及しに来たと、そういうことですか。
 しかも、次期伯爵として教育を受けている兄ですらBクラス、妹に至っては最底辺ですもの。まともな教育を受けていないはずのわたくしが、Sクラスなのが気に入らないのでしょう。

 冷めた目で二人を見やるわたくしに、殿下と二人の側近が兄と妹を胡乱げに見つつも、若干わたくしがいるほうへと移動いたしました。

「それだったら、学園長を交えて話したほうがいい」
「そうですね。不正だと言うんだから、自信も証拠もあるのでしょうし」
「それはいい! ミランダ、そうしよう!」
「え……?」

 殿下の提案と眼鏡をかけた側近候補の言葉に兄は即座に頷き、妹は若干顔色を青ざめさせながら、視線を彷徨わせています。
 当然です、妹は嘘得意なのですから。
 そして兄は妹の――ミランダの話すことを全て信じます。それはジョンパルト家にいる者全員にも、同じことが言えますが。
 わたくしにとって、ジョンパルト家にいる者たちは信用と信頼に値しません。それどころかどうしようもないと諦観ていかんしたうえで、どうでもいいと思っているのです。
 それはともかく。

「不正だと声高に言う以上、学園長を交えて話したほうが早い」
「で、でも、そのっ! お姉様が嘘をつくかもしれないじゃない!」
「その可能性を潰すためにも、学園長を交えて話すんだ。これは決定だ。すみやかに移動しよう」
「……っ」
「はい」

 妹は悔しそうな顔を、兄は晴れやかな顔をして頷いたあと、わたくしを睨みます。
 兄も妹も、頭は大丈夫でしょうか。嘘とわかった場合、学園長から処罰されると思うのですが。
 しかも、学園長は王族です。二人の王族に嘘をつくなど、わたくしにはできません。するつもりもありませんが。
 先ぶれとして茶髪の側近候補が教室から出ました。そのあとを追うように、妹をエスコートして兄が出て行きます。

「オフィリア嬢、大丈夫か?」
「ええ……」
「移動しながら、先にそののことを聞きたい」
「はい」

 殿下に促され、一緒に歩きます。
 いろいろと面倒ではありますけれど、わたくしのために奔走してくださった伯父様と伯母様に、ご迷惑をかけるわけにはまいりません。
 殿下と眼鏡の側近候補の方には歩きながら淡々と、事実のみをお話いたしました。

「制服一式、その全ては、〝欲しい〟とねだったジョンパルト伯爵令嬢の手に渡りました」
「「は?」」
「彼女が目を潤ませるか泣き叫び、三歳児のように駄々を捏ねて暴れながら〝欲しい〟とねだると、彼女の両親と兄、使用人たちが寄って集って〝お姉さんなんだから我慢して、ミランダに渡しなさい〟と言い、取り上げるのです」
「「それは……」」

 殿下と眼鏡の側近――宰相補佐様の次男であるマウリシオ・ソリス侯爵令息様が、呆れたように嘆息なさいました。

「制服一式には、面接後に登録した個人の魔力が練り込まれているから、いくら他人に譲ってもらったとしても、着ることはできないようになっているんだがな」
「ええ。しかも、他人が悪戯できないようになっていますし」
「それは入学案内書にも書かれていた」
「そうですよね、わたくしも確認いたしましたし、そう言いましたわ。それなのに、それを知っているはずの両親や兄も、ミランダが欲しいと言ったんだし、姉なんだから渡しなさいと言いまして……。それで仕方なく、制服の色に似たドレスを着てまいりましたの」
「なるほどね。マウリシオ、アダン兄上に連絡して、ジョンパルト伯爵家とオフィリア嬢のことを知らせるために、鳥を飛ばしてくれるか?」
「はい」

 殿下のお言葉に、ソリス様が頷きます。そして魔力で作った鳥に伝言をすると、鳥は王宮がある方向へ飛び立ちました。
 さすがSクラスの方ですね。とても綺麗な青い鳥でした。
 この鳥は伝言鳥と言いまして、どなたでも使える魔法の一種です。簡単な伝言を相手に届けることができる、魔力の塊の鳥なのです。
 相手に伝言を授けると、その場で魔力が霧散します。
 あくまでも伝言ですので長文を伝えることはできないのですが、急ぎの時などに使われるので、重宝しているのです。
 ちなみに、アダン殿下は第一王子です。二年前に立太子されましたので、王太子殿下でもあります。

「そのうち返事が来るだろうから、待っていてくれ」
「お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「気にするな。さすがに制服一式を奪うなど、看過できん」

 殿下とソリス様が揃って溜息をつきます。わたくしも溜息をつきたいところです。

「それにしても、よくその形と色のドレスがありましたね」
「たまたまこのドレスの布地を持っておりましたので、すぐに縫いましたの。慌てて縫ったものですから、ポケットもないですし、縫い目も荒くて……」
「「は?」」
「時間があれば、もっと制服に近いものが作れたのです。けれど、入寮は入学式後と決まっておりましたので、徹夜するわけにもいかず……」
「「いやいやいや」」

 令嬢がドレスを縫う!? とお二人とも驚いていますが、仕方がないのです。十歳までは、両親もわたくしにドレスや装飾品を買ってくださいました。
 けれど、毎回ミランダが欲しがってしまい、「お姉さんでしょう? 我慢しなさい」という言葉とともに、ミランダへと渡ってしまうのです。色違いだろうと、同じものだろうとです。
 それならばとわたくしの分はいらないと話し、買ってもらうことをやめました。それ以来、ミランダにされることもなくなりました。
 ただ、それですとお茶会に呼ばれた時、わたくしが困ることになります。
 ですからその分、刺繍がしたいから布や端切れが欲しいとお願いし、それを買っていただいたのです。ミランダは布や端切れに興味を持つことはありませんでしたから。
 まあ、お茶会に呼ばれることも、呼ぶことも、今日までついぞありませんでしたが。

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