46 / 143
第八章
面影
しおりを挟むそして翌日。
国王との面会を認められなかったバヤジットは、苛立ちながら早足で門を出た。
昨日も王宮へ出向いたが、「陛下の体調が優れない」と侍従達に邪魔されたのだ。
“ それにしても俺が訪ねた時の侍従どもの慌てようは何だ。面会謝絶はタラン侍従長の指示なのか? ”
仮にもバヤジットは近衛隊の将官だ。数ヶ月前までは国王への拝謁を許されていたのである。
それが、バヤジットが国境付近へ配属されていた間に、確実に状況が悪化している。
“ 陛下はご無事なのだろうな…!? ”
嫌な予感がバヤジットを襲う。
「──くそ!」
バシュという立場でありながら陛下の傍に居られないもどかしさで、我慢ならないバヤジットは建物の円柱を拳で殴った。
「そのように荒ぶったお姿を晒されては…また貴族のご婦人方に怯えられてしまいますよ?」
「…!? お前…」
拳を柱に当てたまま前を見ると、どこから現れたのかシアンが穏やかな表情でそこへ立っていた。
「お前か……。昨夜は邸に戻らなかったが、いったいどこへ行っていた?」
「ご想像にお任せします」
「チッ…口の減らない奴だな。出歩くなと行ったそばからコレか」
日照りのきつい朝でも汗ひとつ無い涼しい顔のシアン。そんな彼は今のバヤジットの苛立ちをつのらせた。
「いや…っ…お前にあたっても仕方がないか。俺のこの姿も、部下に見せていいものではないな悪かった」
「貴方は本当に隙がありませんね」
「ん?」
「理想的な上官だと申しただけです」
「そうか」
シアンの褒め言葉を仏頂面で受け流し、ひりつく拳を下げて荒ぶる気をなんとかなだめる。
けれどシアンの次の言葉を聞いて、気を落ち着かせたつもりが一瞬で哮り立った。
「ところで僕を部下と認めて下さるなら…ひとつ相談があるのですけれど」
「相談?なんだ言ってみろ」
「もともと僕が推薦されたのは貴方の騎兵師団です。そこで直属の上官となる貴方から、僕を王宮警備兵(ベイオルク)に推薦して頂くことはできないでしょうか」
「ッッ…王宮!? 何を言っている!」
「バシュにはその権限があると聞きました」
「確かにあるがお前を選ぶわけが無いだろう!陛下の身辺をお守りする何より重要な役目だぞ」
「…そうですね、冗談です」
「……っ」
冗談ならわざわざ言うな
「バヤジット・バシュはこれから訓練ですか?」
「いや…違う。俺は一時的にジエルへ戻ってきているが、本来の配属先はここでは無い」
「帝国と争っている件ですね。その指揮官は貴方だそうですが、…どうして単身でお戻りになったのでしょうか?」
「……お前は知らなくていい」
「では勝手に推測しますが──…タラン侍従長の動向を探る為なのでは?」
「…っ…何故お前がそれを知っている!」
確信をつくシアンの言葉はますますバヤジットを焦らせた。
「ちょ…ッ…お前、此方へ来い…!」
バヤジットはシアンの腕を掴んで建物の影に引き込んだ。
陽の日が当たらない隘路で、逞しい腕がシアンを壁に押し付ける。
「その話を誰から聞いた?」
「…っ…カナート(地下用水路)をめぐる帝国との争いは明らかに不自然です。供給を絶たれたにせよ帝国の水源はキサラジャだけでは無く、対立が長引けば窮迫するのは我が国だと…──そんな簡単なコトを議会が知らないわけがない」
「その通りだがっ」
「議会で実権を握っているタラン侍従長。彼がこの件を操っているのだとすればその矛先は勝ち目の無い帝国では無く
むしろ──…皆の関心が帝国に向いた今の、この隙だらけの王都にあるのではと」
「……!!」
「…それを睨んだ貴方が議会の方針に背きひとりジエルへ戻って来た。そう推測したまでです」
「お前……いったい何者だ……!?」
バヤジットはシアンの推理に関心したが、同時にさらなる疑心も招いた。
「クルバンにそれを問いますか?僕が何者であるかなど、気に掛ける価値も無いと思いますが」
クルバン──。上流貴族が連れてくる男娼。彼等は皆、法に守られず生まれも不明な賤人たち。
平民なら家名や職名を調べればすぐにその者の出自がわかるが、賤人である彼は全てが謎に包まれている。
「……お前、名は何と言った?」
「──…シアンです」
当然、返された名に聞き覚えは無かった。
バヤジットは彼を間近に見下ろし、その儚げな美貌を凝視する。
美しいのは目鼻立ちも勿論だが、知的な雰囲気のせいもあるのだろう。話し言葉や敬語からも、シアンの教養の高さがわかる。
“ 身分の低さを感じさせない、このシアンという者……どこか気品すら…… ”
ゴクッ.......
侵しがたい気品
これではまるで──
「…………殿下」
「…?」
「…ッ…いや、気にするな」
自分でも信じられない言葉を口からすべらせたバヤジットは、慌てて顔を背けた。
1
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる