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退学危機!

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 彼女は隣の男とともに、残される。

《 我が校にスパイを送る組織はいくらでも…… 》

「……そんな」

 立ち上がりかけていたミレイだが、すぐに腰が抜けたように椅子に座り直した。

「……わたし……どうなるの……?」

 スパイだなんて誤解だ。

 自分はただあの時の……あの人に、会うために

 彼の手がかりを見付けたくて。

 なのに

 このままでは──

「──…退学、だろうな」

「……っ」

 焦躁する心に追い討ちをかけるがごとく、横からさらりと口を挟まれる。

 ミレイは彼を睨んだ。

「退学だなんておかしい!ここに入るまでどんなに苦労したかわからないのに……!!」

「……」

「たったこれだけで全部が水の泡だなんて信じられない……っ」

 認めたくない。認められない。

 もっと慎重になっていれば…と、後悔ばかりが膨らんでしまう。

 そうやって苦しむミレイに対して、横の男はやはり無感情だった。

「そんなに助かりたいんなら、そこに這いつくばって…──俺に、頼んで……みたら?」

「──…!?」

 ゆっくりと発せられた彼の言葉に、耳を疑う。

 こちらの焦りを意に介さず、腰をずらして椅子に座る男は手と足を組んで悠々としていた。

「助けて……くれるんですか?」

 そもそも何の関係もない彼に助けることが可能なのか。それを疑問に持つことすら許さないのは、男が全身から醸し出す不動の自信だ。

 しかしそうは言っても……

“ 這いつくばる……!? ”

 彼の言っていることはかなり非情だ。

 こちらが危機的状況にあるのを踏まえた上で、遊んでいるに違いない。

“ でも……原因を作ったのは自分自身 ”

 軽率だった。

 貴重な文庫が棚に収められていたのを見た時点で、それなりのセキュリティが張られていると気付けばよかったのに。

 こんなことで退学になったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。

「……っ」

 男のほうはと言うと、彼女が自分に助けを頼もうが頼むまいが興味は無いようで、こちらに顔を向けてもくれない。

 そんな態度にムッとくるが

“ 仕方がない…っ ”

 ミレイは椅子から腰をあげ

 彼に真っ直ぐ身体を向けた。

「わたしがちゃんと頼んだら…ッ、助けてくれる気はあるんですね……?」

「助ける……気?」


フッ‥


「──…あるわけが無いだろう。
 面倒臭い……」


 しかしこの男──

 血のかよった人間だとは思えなかった。


「さっきと言ってることが違います!」

「五月蝿い……!!」

 ミレイが声を張ると、溜め息とともに顔をしかめられた。

「助けてほしいなら、って言ったじゃない!」

「確かに言った、……だが──助ける義理はない」

「そうですけど…っ」

「……チッ」

 このままだと話を終わらされてしまうので、必死なミレイは彼の腕を掴んで揺らしていた。 

「揺らすな……っ」

「お願いします…!! ここを切り抜けないと、本当に退学にされてしまう……っ」

「俺には無関係だ。……ダルい」

「そんなこと言わないで…!」

 彼に少しでも良心があればと願いながら……ミレイは男に訴えかける。

 だが、どれだけ訴えても、男は力なく揺さぶられているだけだった。

「わたしはここから追い出されても…ッ 帰る場所なんて、ないの…!!」

「……?」

「ここ以外に、夢なんて…──ッ」

「……夢?」

 スパイ疑惑で退学になったりしたら、もう二度と……ガードマンになることができなくなる。

 夢が途絶える。

 亡き母に誓った、約束が───。

「……夢とか、ハッ…笑える」

「…っ…どうして笑うの…!?」

 この時彼は、嘲るような見下すような

 ──それでいて、どこか切ない笑みを口許に浮かべていた。



「五月蝿いうえに……シャクに障るな、あんた」





.....



 ミレイがもう一度、助けをせがもうとした瞬間、部屋のドアが開き先ほどの男達が戻ってきた。

「どうした?何があった?」

「…あ、これは……っ」

 男の腕に掴みかかるミレイを見て、職員達は何事かと聞いてきた。

 ミレイは仕方なく席に戻る。

 それを確かめ、指導官も椅子を引いて向かいに座った。

「上の者に報告を入れたところだ」

「…はい」

 彼女は自分の膝に視線を落として俯いている。

「入学したばかりの新入生が、我が校の機密を探して閲覧禁止の場所に立ち入ったのだと」

「……」

「……そう報告をしたところ、念には念を入れた対処をするように、との返事を受けた」

 厳しい声で告げられる。

 横の男に助けを求めるくらいなら、その時間に何か上手い言い訳でも考えておくべきだったと、後悔しても後の祭り──。

「明日から、しばらくの停学」

 向かいの指導官は、ミレイの学生証を顔の横に掲げた状態で言葉を続けた。

「そして君の素性に裏がないかを調べた上で、退学も念頭に置いた処置をくだす」

「……!」

「それまでは、LGAが監理する独居監房に入って待ちなさい」

 ──つまりは

 容疑が晴れるまでの拘束。

 それで無実が証明されるなら……従った方がいいのだろうか……。

 泣きそうな顔で歯を食い縛る彼女の隣に、職員達がやって来る。

 逃げられないようにして、これから彼女を独房へ連れていくためだ。



「……、待て」


「─…!」


 けれどミレイが引っ張られて立ち上がった時、それを妨げる声がかかった。



「何だね。この件について君は無関係だ。口を挟むのはやめなさい」

「その女はスパイじゃない……。あの部屋にいたのは俺に付きあって来ただけだ」

「え…!?」

 首をひねって顔を上げた男。

 身体の動きと同じ様に……その話し方も一音、一音がゆっくりで、それ故に凄みが増す。

「部屋の資料を探していたってのは……そいつが咄嗟に考えた、作り話だ」

「そうなのか!?」

「え?え?…っと……!!」

“ この人、今度はどういうつもり……? ”

「君、彼の言うことは本当なのかね?」

「その…っ」

 助ける義理など無いと言っていたくせに、いきなり話を振られても彼女だって戸惑ってしまう。

 どう考えてもムリがある言い分だが、彼は余裕綽々。自信に満ちている。



「……なぁ?言ってしまえばいいだろう…?」


「…な…ナニヲ…!?」


「恥ずかしがらずに、正直に話せ……

 あの部屋で……あんたがどれだけ淫らに喘いでいたかを……」


「は‥‥!?」



 彼以外の──その場にいる全員が固まった瞬間だった。

「…ぇ─ちょッ// なに言ってるの……!?」

「あんたが隠そうとするからだろう……。二人きりの時はもっと大胆になるじゃないか……なぁ?」

「…!? よく……意味が……わかんない……っ」

 いきなりとんでもないことを言い出され、額に手をやるミレイ。

 それでも彼女の顔が真っ赤に変わったのを、周囲の大人達はまじまじと見ていた。

「……下手な芝居はやめて……素直に、なれば? ク……それとも俺が手伝わないと無理なのか」

「す、素直に……!?」

「来いよ……クク、また脱がしてやる」

 金髪から覗く挑発的な視線──

 ……それは最近会った誰かに、似ているかもしれない。

「……!!」

「待ちなさい!」

 声を荒げた指導官が、その視線を妨げる位置に割ってはいった。

 咳払いをひとつして、ミレイではなく男の方に問い始める。

「つまり……ッ、君が彼女をあの場所に引き入れたと言いたいのかね?」

「……そうだ」

 こんな状況になって初めて、男はどこか楽しげに喋りだすのだった。

「服、脱がせて……触って、舐めて、喘がせて……。その後で、突っ込むタメ……にな」

「……!!」

「……あんた等さ、突入するタイミング間違えたんじゃあないの」

「わ、わかった、もういい……!!」

 これ以上は相手をしていられない。

 そうとでも言いたげに、指導官はすぐに質問を切り上げたのだった。








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